5章「主人」
「うふふ、もう終わりかしら?」
「……ちっ」
ふらり、傾いた身体を槍で支え、奴を睨む。認めるのは癪だがこの身体はすでにボロボロだった。崩れるそばからルーンで治療し、繋ぎ合わせる、それ自体は難しいことではなかったが、なんせそれをするための魔力が絶望的に足りていない。
(めんどくせえ)
パスは真っ当に繋がっている、吸い上げようと思えばまだあいつから魔力を搾り取ることはできるだろう。
だが、それをすれば恐らくあいつは死ぬ。そう確信できるほどあいつの魔力は、弱い。
俺は
サーヴァント──所詮、道具に過ぎない。それが
マスターを死なせる原因になるなど本末転倒にもほどがある。
「……ままならねぇな」
「ねぇクーちゃん」
小鳥のさえずるような声が聞こえる。正面を見据えれば、美しい髪を揺らめかせて、メイヴが小首を傾げていた。……あぁ、全く、やはり中身以外はいい女なんだがなこいつは。
「私のところにおいでなさい? 私のマスターはとても優秀な魔術師よ、バーサーカー一人分の魔力なんて簡単にまかなえるわ! ……無理でも、私が頼めばどうにかしてくれるの、どんな手を使ってでも!」
メイヴが子供のようにはしゃぐ、馬鹿馬鹿しい、俺がそんなことをするはずがないと、お前はよく知っているだろうに。
「お断りだ、俺はマスターを裏切らない」
「……そう、そうよね、クーちゃんは主人を裏切らない。──だったら、その主人さえ消してしまえばいいのかしら?」
──悪寒、あるいは、今すぐにでもあいつの元へ行くべきだという、直感。
あいつが走っていった方向へ振り返る。それでもあの軍勢の欠片も見えないということは、俺の言った通り少しは遠くに逃げたということだろう。
(間に合う、か)
あいつの魔力を探知して、両脚に力を込める。そして、メイヴに背は見せないまま、後方へ跳びのき、次の一歩で民家の屋根に上がった。
「まだそんな体力が残っていたのね、驚いたわ」
「は、残念だったな、俺は結構しぶといぞ」
それだけ言い残してあいつのいる方へ走りだす。人間の足で逃げられる距離などたがか知れてる、すぐにあいつと、メイヴの使役する軍団を視界の端に捉えた……メイヴのマスターと対峙し、何やら話し込んでいるように見える。
「君が、彼を譲ってくれれば僕はそれでいいんですよ」
さっさと殺そう、と槍を構えたところでそんな声が聞こえ、手を止めた。
(メイヴの、マスター……
サーヴァントが
サーヴァントなら、
マスターも
マスターか)
だがまぁ、これを断ればあいつはいとも簡単に殺されるだろう。
(なんと応える?)
俺を、裏切るのか、否か。
命惜しさに俺を捨てるのならばそれでも良い、主人が変われば穿つ心臓が変わる、ただそれだけだ。
「……さぁ、どうする、マスター」
俺の槍が動くのは、その答えを聞いてからにすると決めた。
逃げ場もなく、助けもなく、青ざめた顔で震える少女は、ゆっくりとその小さな唇を開いた。
「……お断りします」
「……はっ」
反射的に、ほぼ無意識に、口の端から笑いが溢れる。断る? 断ると言ったのかあの女は。
メイヴのマスターもそれが意外だったようで、戸惑っている様子がありありと見えた。
「……だからあげません、バーサーカーも、聖杯も」
あいつの口角が上がった。この状況で俺のマスターを名乗る女は、どうやら笑っているらしい。
「あぁ、いいぜ、そういう女は嫌いじゃねぇ」
俺は一人そう呟いてから再び槍を構え、二人の間に割って入った。
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