6章「宝具開帳」
「バ、バーサーカー……」
突如現れた自身の使役するサーヴァントの姿に驚く。降り立った
片手間のように振るった槍で、前衛の男達の幾人かが吹き飛んだ。流石はサーヴァントだ……私は一体ずつだったのに。
「よう、怪我はないか、楓」
「……う、ん、私は大丈夫」
こちらを振り返ることなく「そうか」と呟いた彼の背中に、ひどく安心、した。
よかった、とつい気を緩ませそうそうになるが、それを堪えて再び相手を睨みつける。ライダーのマスターはいつの間にか後方へ下がっており、憎々しげな目をこちらに向けている。
「下がっていて、マスター」
彼女の声がした。呼応するかのように群衆が裂け、できた道の向こうからライダーがゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
髪も、肌も、身体も、何もかも美しいまま――けれどその瞳だけは、酷く恐ろしい色をして。
「……これで終わりにしましょう、クーちゃん。私、あまり気は長くない方なの」
カツン、カツン、と一歩ずつ、近づくたびに彼女の魔力が膨れ上がっていく、恐らく、次の一撃で大きいのが来る、のだろう。
(……どうする……)
バーサーカーは平気な顔をしているが、後ろから見るだけでも相当……ライダーにやられた傷があるようだ、この軍勢から無事に逃げられるだろうか?
迎え撃つにしても、全てを一掃できるような手段がない、よしんばあったとして、きっと私の魔力が保たない。
(どうする……!)
「おい」
呼びかけに顔を上げると、首だけでこちらを振り返った彼と目があった。
「選べ、撤退か、迎撃か」
「……っ!? む、無理だよ! この戦力差じゃ……」
そこまで言ってからハッと口を噤む。今私が口にしようとしたのは、彼に対する侮辱に他ならないのではないか。
「……できるの?」
期待を込めて彼に問いかける。
「お前は選ぶだけでいい、俺への気遣いは無用だ。……少し、お前も無理をすることにはなるがな」
彼の瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。そんなこと承知の上だ、ならば、私の選択は決まっている。
「……うん、一掃して! バーサーカー!」
「――了解」
笑った。
無表情な彼が、口角を上げた。……私がそれを見たのは、多分、二度目だった。昨夜もたしか、同じような――
「勇士達!」
ライダーの声が響き、男達が一斉に雄叫びを上げ、私目掛けて突進する。
怯んだ私をバーサーカーが片手で抱き上げ、上空へと飛び上がった。
「――この一撃、手向けと受け取れ」
私を抱えているのとは逆の手に持った槍を大きく振りかぶる。膨大な魔力が槍の先端に集まるのを感じ、同時に自分の魔力がきゅうそくに吸われていくのがわかった。想像していたよりずっと、苦しい。少し目眩もする。
……どこからか、何かが壊れるような、切れるような音がする、気がした。
「――
抉り穿つ鏖殺の槍!」
槍が、放たれる。彼の手から離れたそれは、空中で形を変え、矛先が幾重にも分かれていく。まるで大樹から伸びる枝が徐々に細くなっていくように。
「……っ!? なによ、コレ……!」
分裂した槍の先が、あの男達一人一人を的確に狙い、穿っていく。流石は、必ず当たる≠ニ言われた槍、
ただ一人だって外れない。
「……くっ!」
もちろん、それはライダーも例外ではなく――
「……っメイヴちゃん……!!」
しかしその寸前、あの男がライダーの前に飛び出した。
「えっ……?」
私とライダーがそう声をあげたのはほぼ同時だったように思う。本来であればそんな行為に意味はない。『
抉り穿つ鏖殺の槍』は途中、どんな障害があろうと当たった≠ニいう結果を覆すことはできない。
だから、その行為には全くなんの意味もない、はずだ。
しかしその槍はマスターを貫いたところで止まり、あと一歩ライダーには届かなかった。
「……っ、魔力が、足りなかった……?」
私の力不足が彼の必中の力を弱めてしまったのか。
彼の槍が抜け、バーサーカーの手の中に戻ると同時に、岩清水は地に膝をつき倒れ伏す。
「う……」
彼が短く呻いた、急所は外したようで息はあるらしい。
ライダーは横たわった彼の側にしゃがみ込んで、その傷跡に触れながら「……馬鹿な人、」と呟いた。
「――チャリオット!」
ライダーの声と共に突如一つの戦車が現れる。恐らくライダーの宝具だろう。
(……っ、しまった、まだ宝具を残していたなんて)
だが警戒する私を他所に、彼女はマスターをその戦車に乗せると、自身も乗り込みそれを走らせた。
「――次はないわ」
ライダーの声だけが聞こえ、戦車が空へ飛び立つ。徐々に小さくなっていくそれを見ながら、彼女が撤退したのだとようやく理解した。
「やっ、た?」
敵を退けた安心からか、急激な魔力の減少からか、突如急激な眠気に襲われる。人通りが少ないとはいえ、バーサーカーを置いてこんな道の真ん中で倒れるわけにはいかない。
そうは分かっていても、自然とまぶたは落ちていた。私を抱えたままのバーサーカーが何かを言っている気がしたが、虚ろな意識では上手く聞き取れない。
音や光、思考さえだんだんと遠くなって、そうして私は、そのまま意識を失った。
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