7章「初めての魔力供給」


 目が覚めたのはもう日も落ちた頃だった。

「……あれ?」

 見慣れた自室の天井を見上げながら、どうしてここにいるんだっけ、と、どうにか眠る前の事を思い出してみる。

「そうだ……私、ライダーと戦ってそのまま……」

 まだ少しだるい体を起こして周囲を見渡す。天井から察しはついていたが、ここは間違いなく私の家のようだ。たしか私はあのまま気を失ってしまったと思っていたが、一体どうやって帰ってきたのだろう。

「……起きたか」
「……! バーサーカー?」

 思いがけない方向からバーサーカーの声がして少し驚く。見れば部屋の隅の方に座り込んでいる彼と目があった。

「え、と、私なんで家に、」
「俺が運んだ」

 なるほど、実にわかりやすくシンプルな答えだ。ご丁寧に放り出した荷物まで運んでくれている。……中身は無事なようには見えないが。

「あ、ありがとう……」
「……」

 彼は何も言わない、上げていた顔を伏せ、何をするでもなくただじっと床を見つめている。

「……バーサーカー? どうかした?」

 微動だにしない彼に不安を覚え、こちらからも声をかける。が、それでも返事は来ない。もう一度彼の名を呼ぼうとした時、彼が「足りねぇ」と小さく呟いた。

「え……」
「魔力が、足りねぇ」

 そう言われて気がつく、彼と私のパスが、何故かほぼ強制的に閉じられている、ということに。

「あ、あれ、なんで」

 一体いつから、いや、そんなことより、

「た、足りないって」
「……動けねぇ」

 よく見れば彼の身体はボロボロだ、恐らくライダーと対峙した後、ろくに回復もできていないのだろう。
 そして動けない≠ニいうことは、見える範囲だけでなく、中身も相当に傷ついているということだ。

(パスをもう一度……えっと、でも私そういうのやったことないし、ど、どうしたら……っ)

 一人だけ、そういったことが得意な人間の心当たりがないこともないが、一先ずは彼が存在を維持できるだけの魔力を送らなければ。バーサーカークラスは現界だけでも大量の魔力を消費する。比較的可及的速やかに迅速な魔力供給が必要だ。

 パスによる供給以外の方法としては、やはり、

・肌と肌での接触
→……恥ずかしいので遠慮したい。

・第三者の魂を喰わせる
→論外、非人道的なことはできない。

・食事での回復
→うん、これが一番現実的だ。

(よし)

 重い身体を無理やり起こして彼の元へヨロヨロと歩いていく。

「バーサーカー、食べ物は食べられる? 応急処置にしかならないかもしれないけど、それと私の……未熟ではあるけど、治癒魔術でなんとか……」
「……。もう少し、こっちに、こい、」
「う、うん?」

 言われた通り彼の側による。どうかしたのだろうかと彼の顔を覗き込むと、彼の唇が小さく動いた。

「え、なに……?」

 上手く聞き取れずさらに顔を近づける、するとさっきまで一ミリも動く気配のなかった彼の手が持ち上がり、私の腕を掴み引き寄せた。
 いきなりのことに驚き、そのまま彼の胸へ倒れこむ、彼の全身の棘が頬や脚の肌をかすめ、かすかな痛みが走った。

「な、わ、バ、バーサーカー?」

 何を、と顔を上げると、至近距離で彼の赤い瞳を覗き込むことになり、ドキリとする。
 この距離で見て改めて彼の顔の良さに気がついてしまい、心臓があまりにもうるさく鼓動していた。

「魔力供給なら、もっと手っ取り早い方法があんだろ」
「えっ」

 彼の顔が、さらに近づく。もはやここまで近いと毛穴すら見えてしまうのではなかろうか。ただし彼の肌はまるで陶器のようにすべすべでそんなものは微塵も見えなかったが。

(……! も、もしかして、き、き、き……)

・体液の摂取
→…………キス!?

 待て、待て待て待ってくれ、たしかに手段の一つとして考えなかったでもないが、こ、心の準備というものが……!
 ぎゅっと強く目を瞑り、胸の高鳴りをできる限り抑えながら、来るべき衝撃に備える。
 グッバイ、私のファーストキ…

「いっ……!? た――――――い!?」

 だが私を襲ったのは温かなぬくもりでも柔らかな感触でもなく、首筋に走る鋭い痛みだった。そして、吸われているような感覚。

 ……なるほど、血液≠ナの摂取か、なるほど、たしかに、なるほど……

「……ちょっと、ムカつく……かも……う、」
「何か言ったか」

 彼が口を離し、私からも離れる。思ったより強く噛み付かれてはいないようで、出血は酷くなかった。けれど痛いものは痛い、後できちんと消毒をしておかなければ。

「とりあえずは充分だ……俺は寝る」

 彼は満足だというように頷き、そのまま霊体化してしまう。一人部屋に取り残された私は、なんだか遣る瀬無い気持ちになりながら大人しくベッドへ戻った。

 ……あぁ、期待なんてしていない、していないとも、本当に。
 ふい、と彼のいた場所に背を向けるようにして私も眠りについた。



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