第三節「戦いの前夜」
夕暮れの浅瀬で、焚き火にあたりながら少し冷えた身体をさすってため息をついた。
「勝負は明日、陽が昇ったら開始だ。それまでに一人目の戦士を選んでおけ」
彼等は私達を浅瀬に案内した後、そう言って踵を返していった。明日からというのなら、今日くらい屋根のついたところで眠りたかった、と、ちょっと思う。
「そうら、魚が焼けたぞマスター。食えるなら食っておけ、味は保証できんがな」
そう言って豪快に笑うフェルグスから、ありがとう、と魚を受け取る。今日日まさか木の枝で刺された魚の丸焼きを食すことになるとは思っていなかった。味も言うほど悪くはない…なんの魚かはわからないが。
「えぇと、フェルディア…さん? なんだか流れで私達と一緒に戦うことになってしまったけど…いいんですか?」
「よくない」
きっぱりと言い切った彼の眉間には深いシワが刻まれており、その瞳は私ではなくメイヴの方を凝視していた。
「ふーん、貴方はこの時代の人間じゃなくてサーヴァントなのね、だから私を覚えてる、そして私が気に入らないんでしょ」
無言だ、しかしその態度こそが肯定以外の何者でもない。
厳密に言えばあの彼、セタンタもサーヴァントなのだろう。しかし彼はもしも≠フ世界の英霊だ、きっと使えている戦士達も同じ、だから彼らは凡人類史のクー・フーリンの伝説に聞き覚えはなかったのだろう。
だがこのフェルディアと呼ばれた男はどうやら私達が知っている伝承のフェルディアと同じ男らしい。
「協力するかどうかは別として、話だけでも聞かせてもらってもいいですか。いつから、ここに? 今まではどうしてたんです?」
「俺は…気がついたらここに召喚されていた、いつからかは正直よく覚えていない。だが、あいつを一目見てすぐに俺の兄弟だと気づいた。だから、俺はあいつと生前のように語らいたくて、肩を組みたくて、だが、俺が奴の名を呼んだ時、あいつは…」
誰だ、と…そう小さな声で言ってから拳を固く握りしめる。
「…正直、悲しかった。だが、槍を交わせば何か変わるかもしれないと…そう思って奴の城を目指していたらお前たちと出会った、それだけだ」
「なら目的は一致してるじゃない、私達と共に戦いなさいな」
メイヴの言葉に、フェルディアは彼女を鋭い目線で睨みつけた。
「殺し合いがしたいわけではかった」
「一緒よ、わかってるくせに」
「どちらにせよ貴女の下であいつと戦うのはもうまっぴらだ!」
二人の確執はどうやらとてつもなく深いらしい。それもそうか、伝承では弟と呼ぶ程に大切であったクー・フーリンと戦うことを拒んだフェルディアに、メイヴは戦士としての誇りを盾に脅迫まがいのことをしているのだから。…脅迫まがい、いや、脅迫だったのだろう、彼にとっては。
「昔のことを掘り返すなんて無粋な男ね、そんなんだからクーちゃんに勝てなかったんじゃないかしら」
心なしかメイヴのあたりも強い。わがままで傲慢なところもあるが私に対してはここまで強く言うこともなかったと記憶しているが。
「…あれは、ちょいと機嫌が悪いみたいだな」
フェルグスがこっそり耳打ちで教えてくれたことには、どうやらこの世界のコノートがすでに滅んでいることが…ひいてはセタンタが「メイヴ? 誰だそれは」と言ったことが大変気に入らなかったらしい。
だがそれで味方になってくれそうなフェルディアと喧嘩でもされるのはこちらとしても困る、戦力は多い方がいい。
「あの、フェルディアさん」
「なんだ」
「別に、メイヴちゃんに従ってくれって言ってるわけじゃないんです。私達だけでは彼を倒せない、だから、力を貸して欲しいんです」
苛立つ彼の機嫌をこれ以上損ねないよう気をつけながら言葉を選んでいく。
「それに、サーヴァントは魔力供給がしっかりしてたほうが全力を出せると思うんです。私なら、ちゃんとパスを繋げます」
だが、しかし、とそれでもまだ乗り気ではない彼に「全力が出せなかった、だから負けた、なんてこと、あったら嫌ですよね…?」と最後の駄目押しをした。
彼は少しうろたえるような素振りを見せた後、観念したように「今回だけだ」と渋々承諾してくれる。私は安堵に胸をなでおろした。
「だがひとつだけ条件がある、あいつと戦うのは俺にしてくれ。その条件を呑むのなら俺もお前の元で戦ってやろう」
「…! わかりました」
そう言って右手を彼に差し出すと、彼がその手を取り、握手を受け入れてくれた。
「そうだな、つまりお前は俺の仕える主人みたいなものか、なら敬語はいらん、名前も好きに呼んでくれ」
「うん、ありがとう、フェルディア」
彼がそこで初めて微笑みを見せてくれる。人から好かれそうなその笑顔に、思わず私も釣られて笑った。
「ちょっと、マスター、勝手に決めてるけど、私だってここのクーちゃんと戦いたいのよ?」
そういえばフェルディアとは別にもう一人機嫌の悪い者がいたのだと思い出してちらりと顔色を伺う、案の定とてもお怒りのようで、隣でフェルグスがまぁまぁとなだめていなければ、マスターの私でもどうなっていたかわからない。
「め、メイヴちゃん…ごめんね、レイシフトが終わったら、カルデアでお好きなクー・フーリン掴み放題…みたいなことするから、マスター権限で」
「それはそれ、これはこれじゃない」
彼女がそっぽを向く、どうしたら納得してくれるだろうか。
「…でも、メイヴちゃん、あれはきっと、クー・フーリンではないよ、あの人は…」
「どうしてそう思うの?」
突然問い返されて、えっ、と彼女を見る。私を見つめるその瞳は、責めるようでも憐れむようでもあった。
「どうして、って、だって、ランサーならきっと、力が欲しいなんて聖杯に願ったりしないよ、だって、だって…」
「…ふぅん、私より傲慢なのね、貴女。クーちゃんの全てをわかったつもりでいるのかしら」
冷たい声だった。今まで聞いたことのないような、突き放した、声。思わず息を飲んだ私に、メイヴはため息を吐いてから背を向けた。
「…まぁいいわ、私はどんなクーちゃんだって好きだし、私のものにしたいけど、今回はマスターに免じてそこの男に譲ってあげる。でも明日は戦う気にならないし私は出ないわよ」
「なら俺が出よう。案ずるな、俺は強いぞ?」
はっはっは、と笑うフェルグスの声とメイヴの足音が重なった。正直、フェルグスには助けられっぱなしだ。また彼に「ありがとう」と伝えると、「なぁに、気にするな」と頭を力強く撫でられた。
陽が昇れば一騎打ちが始まる、不安で仕方がないところではあるが、睡眠は取れるだけとっておかねば。
そう思った私は薄い毛布にくるまって、寝心地がいいとは決して言えない草地の上で目を閉じた。