第四節「先鋒戦」
翌る日の朝、日が昇った頃、浅瀬の真ん中に二人の勇士が向かい合っていた。
「やぁやぁ勇敢な戦士よ、俺の名はフェルグス・マック・ロイ。お前さんの名前を聞かせちゃくれないか」
こちら側に立った男、フェルグスがそう声をかけると、赤い髭を蓄えた大男は真っ直ぐ彼を見つめながら名乗りを上げた。
「我が名は栄光のライリー、お前を打ち倒すものだ」
それを聞くとフェルグスは「ふうむ、やはりな」と笑顔を見せる。彼はあの男の真名に気付いていたようだ。
「失礼、どこかで会ったことがあるか?」
「いいや、生前の話さ…さて、戦いの刻限は日が沈むまでで良かったな? では始めよう」
そう言い終わるや否や両者はその手に持った剣を構え、打ち合う。飛び散る火花や時折聴こえてくる掛け声はあれど、遠くから見守るだけの私達には何が起こっているかまではわからない。
「勝つに決まってるじゃない」
背後からそんな声がかかる、それを聞いて私が振り向くと、まだ少し機嫌の悪そうなメイヴと目があった。
「それに、もし負けそうになったならルールを守る必要なんてないわ、一気に攻めて首を落とせばいいのよ」
「それは、さすがに、」
私でもどうかと思う、そう伝えるとメイヴは「真面目なだけじゃつまらないわ」と息を吐く。
「もっとも私はこんな戦い自体やる気がないんだけど…せめて立派な牛でもいるのなら別なのに」
クーリーの牛争いを再現したいとでもいうのだろうかこの女王様は、カルデア内でのごっこ遊びならともかく、レイシフト先でそんな風に遊ばれるのはご勘弁いただきたいものだ。
「メイヴちゃん、その…」
「わかってるわよマスター、ちゃんとやるわよ」
自身の戦車の上で退屈そうに寝そべる彼女は、それでも昨日よりは少し、怒りも収まっているようだった。
「…昨日は、ごめんね」
「なにが?」
「うん、いろいろと?」
へへ、と誤魔化すように笑うと「変なマスター」と彼女もつられて笑った。
…しばらくして、陽は完全に落ちた。だがその日のうちにフェルグスとライリーの戦いは決着がつくことはなかった。
「いやあ、いい戦いだった」
そう言って私達の方へ歩いてきたのは、敵の王であるセタンタ本人であった。
戦いの最中も、対岸から彼の鋭い眼光がこちらに向けられていたことには気づいていたが、まさか戦いが終わってすぐにここに向かってくるとは思っておらず、想定外の襲撃に私達はみな身構える。
――フェルディアを除いて、
「おう、警戒しなさんな、なぁに晩餐の誘いに来ただけだ、美味い肉を用意したんだが…あー、あんたイノシシは嫌いだったか?」
そう言って彼は何も持たない両の手を私の目の前で振ってみせた。戦うつもりはない、ということだろうか。
「大丈夫だカルデアのマスター、あいつは約束を守る男だ、多分、知っているだろうけどな」
フェルディアはそのままセタンタの目の前まで歩いて行って、まるで昔からの友人のようにその肩を抱いた。あっけにとられる私を余所に、メイヴ、フェルグスの二人までもがそれに続き、向こうの火のある方へ歩き出した。
「え、ちょ、待っ、」
「お前もきいたことはないか、俺とこいつの浅瀬での戦い、夜はお互いの傷を癒し共に飯を食う。…こいつにとっちゃ俺たちは競い合う相手である前に客人なのさ」
「その通りだ、さぁて、サーヴァントとやらは知らんが、あんたは腹に何か入れなきゃ持たないんじゃないのか?」
彼らの言葉が終わるか否かというタイミングで、私のお腹から情けない音が聞こえた。腹の虫だ。慌ててお腹を抱えて気まずそうに目をそらした私を見て、二人は顔を見合わせてから笑った。
豪勢な宴であった。
先ほどまで争いあっていたライリーとフェルグスでさえも笑顔で酒を酌み交わし、メイヴはセタンタと楽しそうに話をしていた。
(なんというか、お似合いという感じ)
流石、一国の女王と王様、何を話しているかはわからないが、とにかく様になってる。高貴な雰囲気が二人の間からは漂っていた。
それが少しだけ、羨ましかった。
「まだ起きてるか?」
「…!? せ、セタンタ!?」
そんなことを思い返しながら、簡易的なテントの中で眠りにつこうとした時、彼の声がすぐそこで聞こえて驚き大きな声を出してしまう。彼はしぃ、と唇を人差し指で塞ぐような仕草をし、きょろきょろと周りに人影がないのを確認してから「隣いいか」と私の真横に寝そべった。
「え、な、なん、何を」
「うん? いや、あんたと話がしたくてな」
彼が身じろぎをして、また少し距離が近くなる。
「は、話ならする、から、もう少し離れて…」
「心配すんなって、嫌がる客人に手を出したりしねーよ、ましてや命なんてとらねぇさ」
彼がそういうのなら、そうなのだろう。何より闇討ちなどしなくても彼の力であれば私一人などいつでも殺せるのだから。
「じ、じゃあせめて、それ以上近づかないで」
「わかった」
近づかないで、とは言ったものの、すでに至近距離にある彼の端正な顔で視界が埋め尽くされている。およそ拳二つ分といったところだろうか、この距離では暗い中でも彼の赤い瞳がよく見えた。
彼とそっくりな顔だと思っていたがよく見るとやはり違うかもしれない、まだ少年の面影を残しているセタンタの顔を見てそんなことを思いながら、彼が話し始めるのを待った。
「あんた達がいた世界の俺のこと、教えてくれよ」
「クー・フーリンの伝承を、ってこと?」
「あぁ、あんたが知っている範囲で良いからさ、聞きたい」
まぁ、それくらいなら、と私は私の知っているクー・フーリンの伝説の話を始める。
武者立ちの儀、予言の星、姫様に恋をして影の国へ修行へ行ったこと、スカサハという名の師匠となる女性の話、アイフェという女性との戦い、エウェルとの結婚、英雄争いの話…
私の好きな話は特に最後の英雄争いの話に出てくる「よそ者ウアト」という話だ。「勇気あるものは俺の首を落とせ、俺はその次の晩お前の首を同じように落とそう」という狼のような大男の話。
彼は首を落とされたにも関わらず、首無し死体のまま起き上がり「それでは明日、お前の首を貰い受ける」と言って去っていく。クー・フーリン以外の男はみな死を恐れ逃げ去ってしまうのだが、彼だけは目の前にある自分の死から逃げず、ウアトとの約束を守りその首を差し出すのだ。
そうして彼の首に斧が振り下ろされようとしたその時、ウアトは突然その姿をケリーの王、クーロイへと変貌させた。そして声高らかに「この国一番の英雄はこの男クー・フーリンである!」と告げるのだ。
「へぇ! そんな話が伝わっているのか…それにしても、ライリーとコナルは命を惜しんで逃げたのか、ふぅん」
この国では二人はセタンタの友人である以前に、彼に仕える戦士なのだそうだ。自分の仲間を悪く言われたも同然と、気を悪くするかもと思ったが、彼は存外楽しそうにその話を聞いていた。
「…私がよく聞くのは、こんな話かな」
ざっと話し終えたところで一息つく、少し長く話しすぎてしまったかもしれない。だが彼はまだ聞き足りないとでもいうように話の続きをねだってきた。
もう話せることは…と少し曖昧に答えると、彼はそれでもまだだ、と首を横に振る。
「嘘だな、だってお前の話の中では誰一人だって死んじゃいねぇ」
…図星だった。私は多少意図的に、彼自身や彼の大切な人の死にまつわる話だけはしていなかった。気を使ったわけではない、ただ、私自身があまりその話をしたくなかったのだ。
「俺はそれがききたかったんだがな。まぁ、続きは明日にするか…今日はもう寝よう」
「明日も来るつもりなんだ…というか、なんで毛布に潜り込んでくるの」
「流石に寒いだろ」
「そうじゃなくて…もしかしてここで寝るつもり!?」
「いいだろ別に、なんもしねぇよ」
んじゃおやすみ、と言って、私の話も聞かず若き王様は私の隣で静かな寝息を立て始めた。なんて自由奔放な人なんだろうか。仕方がないと思い直して、私も深い眠りについたのだった。
――次の朝、ライリーとフェルグスは再び戦った。そして決着はついた。私のサーヴァントは見事勝利を収め帰還したのだ。