第五節「紅顔の少年」

 その日の夜も、当たり前のように宴は行われた。仲間が打ち倒されたというのに、彼は、セタンタは笑顔で私達を招待した。

「いやぁ、あいつを倒すとはな! 俺が見込んだだけのことはある! さぁ、たんと食え、今日は昨日よりいい肉を用意した」

 招かれたその場にもちろんライリーの姿はない、それがどうにも、私だけは気がかりで、思わず食事の手を止めてしまった。

「口に合わなかったか?」

 フェルディアと談笑をしていたセタンタが、わざわざ私に声をかけてくれる。私はふるふると首を横に振って「ライリーのこと」と小さく呟いた。

「なんだ、心配してくれてんのか、たしかにあいつの傷は深いが致命傷というほどじゃねぇ、命に別状はないだろうよ」

 そうか、と胸を撫で下ろす…良かった。

「甘いな、あんた」

 冷たい声だ、ぞくりと背筋が震え、思わず息が止まる。目だけを彼に向ければ、普段よりも少し細めた赤い瞳が私を射抜いていた。

「手加減するように、とでも言ったのか? フェルグスに」

「い、いや、私は」

 たしかに、「できるだけ殺さないでほしい」と伝えたのは私だ。だがこうしておもてなしを受けている以上、どうしても彼らの命を奪う事に抵抗があるのは仕方がないのではないだろうか。特に、昨晩笑顔で楽しそうに語らっていた彼らを見たのだから尚更だ。

 …たとえその存在がサーヴァントに近いものだとしても。

「戦士に情けをかけるのは、侮辱だ。次からはそうはいかないと心得ておけ」

「…ご、ごめん、なさい」

 まるで蛇に睨まれたカエルの気分だ。息をするのさえ精一杯で、指一本動かすことができない。

 誰か、と心の中で助けを求めた時、小鳥が囀るような声が頭上から降ってきた。

「あら、クーちゃんてば、私のマスターをいじめないでくださる?」

「め、メイヴちゃん」

 彼女の揺れる髪からふわりと漂う甘い香りに、少し体が軽くなる。セタンタは「クーちゃんっていうのやめろよ、俺はクー・フーリンじゃないんだぞ」と拗ねたように唇を尖らせた。

「あらいいじゃない、私にとってはどんなクーちゃんもクーちゃんよ」

「その呼び方、子供扱いされてるみたいで嫌なんだよ」

「幼名で呼ばれるよりもマシではなくって?」

「ならせめて、ちゃん、ってのをやめてくれ」

 はぁ、とため息を吐いたセタンタの表情は、先ほどのような冷たいものではなく、いつも通りのものに戻っていた。

 …いつも通り? まだ出会って三日目だというのに私は何を言っているのだろうか…ランサーと同じ顔だからといって、同一視はしないと決めたはずなのに。

「…ほら、しっかりしなさいマスター」

「っ、ありがとう」 

 彼女の気遣いに感謝する、きっとそれがなければ私は今頃彼に呑まれていただろう。

「それで、明日私の相手をする勇士は誰なのかしら、クーちゃん」

 セタンタはメイヴの呼び方に対する不満を隠そうともせず、少しぶっきらぼうに「明日はコナルが出る」と答えた。

「そう! わかったわ。…安心なさい、私はフェルグスのように甘くはないのだから」

 メイヴはそう言って、可愛らしい笑顔で自分の戦車へと戻っていった。

 

「まぁそれはそれ、これはこれってな」

 夜、眠ろうとしたテントの中で、なぜか今日も私の横に潜り込んだセタンタがそう言って笑った。

 あんなやり取りをした後だ、来るはずがないと思っていたのだけど、彼は何故か当たり前のように私の前に現れ「昨日の続きを聞かせてくれ」と目を輝かせた。

「昨日の続き…となると、そんなに、いい話じゃ、ないんだけど…」

「わかってる、それでいい」

 そういうのなら、と私は昨日のように話を始める。

 アイフェとの間に作ったコンラという息子、彼が自らその子の命を奪った話、影の国でできた親友と、今のように浅瀬で戦わなければいけなかった話、メイヴ女王との戦い、そして、彼の最期。

 あまり楽しい話ではなかったが、彼は黙って聞いていた。憤ることも悲しむこともなく、最後まで聞いてから彼は一言「そうか」と言った。

「なんとも俺らしい死に方だな」

 なんて言ってから、少し微笑み、彼の手を私の手にそっと重ねた。

「なぁ、あんたから見たクー・フーリンって英雄はどんなやつなんだ」

「どんな、って」

 繋がれた手の暖かさに少し戸惑う。それでも振りほどこうとしなかったのは、やはり彼がランサーにとてもよく似ているからなのだろう。

「…強くて、誇り高く、誰からも好かれる立派な英雄だったと思うけど」

「ふぅん」

 その答えでは納得いかないのか、面白くないといったような表情で彼が少し眉をひそめた。いったいどんな返答を期待しているのか。

「じゃあ、あんたが言うランサーって、どんなやつなんだ」

「ランサー?」

 今度は英雄クー・フーリンではなく私のサーヴァント≠ナあるランサーについてきいてくる。彼がなんと言ってほしいかはわからないが、私は私の思うように答えることにした。

「女好きで、ついてなくて、ちょっと私には失礼な感じで…でも気が利いて、優しくて、いい奴。私には太陽みたいだと思えるような人、かな」

 目を閉じて彼のことを考えながらそう答える。本人がいないからといって少し褒め過ぎたかもしれない。

 なんだか恥ずかしくなってふふ、と笑いをこぼすと、「じゃあ、俺は?」というセタンタの声が聞こえた。

 どういう意味? と目を開けると、昨夜よりももっと近くに彼の顔があって驚く。きゃっ、と小さく悲鳴をあげて後ろに退けようとしたが、彼の両腕がいつのまにか腰に回されておりそれを許さない。

「セ、セタン、タ」

「俺は? そのランサーとはどこが違う?」

 甘くとろけるような声、まるで甘える子供のような、しかしその表情は雌を逃すまいとする雄のもので、私はしばし答えることを躊躇してしまう。

「顔は、一緒なんだろ。聞くところによると考え方だって変わらない。あんたはランサーとやらの強さを信用しているようだが、俺だって十分強い…知ってるだろ?」

 なぁ、と彼が片腕を腰から顔の位置まで上げ、私の頬をするりと撫でる。彼はランサーではないというのに、私は思わずゴクリと息を飲んだ。

「…! セ、セタンタは、ランサーとはやっぱり違う、よ。はは、そんな風に迫られたって、私はあなたに何も有益な情報とかは流せないけど」

 私がそう言って彼の手をやんわりと押し戻すと、彼は「そんなんじゃない」と少しムッとした。

「俺はあんたが欲しくなったんだ、涼」

「…!?」

 驚きのあまり、もはや声も出ない。からかっているのかと抗議することさえ今の私には困難だ。

「それにあんた、俺のこの顔、好きだろ」

「な」

「初めて目があった時、恋をする女の貌《かお》をしていた」

 火が灯ったように頬が熱くなる。実際の私の気持ちはとにかく、彼にはそう見えていた、らしい。

「まぁ、でも、最初に言った通り、俺は嫌がる客人に手はださねぇさ…それじゃあ、今日はもう眠ることにしよう、おやすみ」

 彼の唇が額に触れて、私の体温が更に上昇する。彼の中では、これは手を出すうちには入らないということだろうか。

 …あぁ、こんな気持ちでは今日はもう眠れる気がしない…。


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