第九節「待ち望まれた再戦」
「よくきたフェルディア、俺を前にして逃げ出さないなんて驚きだな」
「それはこちらの台詞だな、おチビさん。それで? どうする、ただ戦ってもつまらんだろう」
翌朝、陽が昇ってすぐに二人は戦場に立っていた。まるでこの戦いを待ち望んでいたというように。
「ならばこうしよう、お互いに決められた武器を持ち、戦う。今日はお前が決めていい」
今日は≠ニいうことは、セタンタは一日でこの楽しい催しを納めるつもりはないのだろう。フェルディアの方もどうやら同じ気持ちだったようで、なんの疑問もさし挟むことなく「ならば剣を」と言って腰に下げていた一本の片手剣を手に取った。
「あぁ、受けて立とう」
セタンタも侍従に命じて持って来させた短剣を手に取り、その瞬間から彼らの戦いは始まった。
「…すごい」
開始からほどなくしてその戦いは最高潮を迎えた。激しく、熱く、舞い踊るかのように剣を交える二人の姿は、ただただ私を魅了していく。剣の一振りが、その体捌きが、一挙一動が洗練された美しさの中にあるようだった。
鋼のぶつかる音や掛け声に紛れて、時折何か相手に話しかけているような声が届く。離れたところで見ているだけの私達には聞こえはしなかったが、彼らの表情を見るにきっと悪いものではないのだろう。
「つまんない」
背後からメイヴの声が聞こえて恐る恐る振り返った。…なんだか突然現実に引き戻されたような心地だ。
「うまくいけば私があそこにいるはずだったのに」
「は、ははは」
昨晩のフェルグスの努力により、メイヴの機嫌はいくらか直っていた、が、また何かを切っ掛けに怒りだされても困る。今は滅多なことを言わないように曖昧な笑いを返すだけにとどめておいた。
隣には珍しく疲れた様子のフェルグスが何も言わずに座っている。どんな手を使ったのかわからないが、大変だったようだ。本当にありがとうフェルグス。帰ったら美女の一人や二人、七人くらいは探してあげよう。
「ねぇマスター、貴女が賭けるとしたら、どちらの勇士かしら?」
戦車の椅子に腰かけたまま彼女が私に問いかける。そんなの当然フェルディアだ。聖杯を回収するためにはそうでなくてはならないし、何より彼は私達の仲間として戦っているのだから。彼らの方へ視線を向けたままそう答えると「良い子ちゃんの模範的な回答ね」とメイヴが息を吐いた。
「どうあらねばならないかなんて聞いてないのよ、マスター、貴女はどっちに勝って欲しいのかしら」
「…それは、」
すぐにフェルディアだとは答えられず言葉に詰まる。メイヴはそれを都合のいい方に解釈したのか「奇遇ね! 私もクーちゃんに勝って欲しいと思ってたの! そうしたら今度は私が戦えるでしょう?」と笑った。
「そうは言ってない」
「言ったも同然じゃない」
彼女はどうやら退屈しのぎに私をからかうことにしたらしい。困った、そんなことより私は彼らを見ていたいのに。
「どっちを?」
「…どっちも」
「欲張りさんね、いいじゃない」
私の考えていることなんて見透かしているぞとでも言いたげな彼女の物言いに少しムッとする。
「欲しいものはなんでも手に入れるのがいい女のやり方よ。…どう、最高の気分じゃない? 二人の勇士に取り合われるのって」
「なっ…」
振り返るとにんまりと笑うメイヴと目が合った。フェルグスといいメイヴといい、どうしてそういう話になるのか。
「そ、そんなんじゃ、」
「あらそう? でも少なくともあのクーちゃんはそのつもりなんじゃないかしら」
昨夜の彼を思い出し顔が熱くなる。黙って俯いた私を見ながら、彼女はもう一度クス、と笑い、手に持っていた果実酒を一気に飲み干した。
フェルディアとセタンタの攻防はやはり一日では終わらなかった。二日目、今度はセタンタが武器を選び、三日目はまたフェルディアが。数日間、二人は陽の出ているうちはそのように戦い続け、陽が落ちてからは肩を組み、食事を共にし、笑いあって過ごした。
その様子はさながら昔からの友人のようで、どちらかが死ぬまで終わらない決闘≠ェ行われている間柄にはとても見えないほどだ。
メイヴがどこかのタイミングで、「飽きた」などと手を出したりしないかだけが心配ではあったが、存外に彼女は大人しく、退屈だとはぼやきながらも毎日彼らの戦いを見守り続けた。
…昨日からは、夜の宴に参加する勇士が減っており、同じくメイヴの姿を見ることもなかったが、まさか、うん、手を出したりはしていないであろう、そうだといいな。
「考え事か?」
「え? …うん、少し」
ぼんやりとしていた私の隣、並んで横になっているのはセタンタだ。当然のように私のテントにいる彼なのだが、毎夜私のところにやってきてはどちらかが眠りにつくまでお互いに話をする…ということを繰り返しているうちに、それが当たり前になってしまった。
そして何日目かの夜、今日もまた同じように話をし、そろそろ眠りにつこうかという頃だった。
「ここに来るのは今日で最後だ」
突然、彼が私に真剣な顔でこう言った。
…なぜ、もしかして私と話すことについに飽きてしまったのだろうか。たしかにもうめっきり新しい話題も少なくなり、好きな食べ物だの明日の天気だのつまらない話題ばかりになってしまっていたかもしれないが。
「…明日、フェルディアと決着をつける。だから、結果がどうなるにしろこれで終わりだ」
そう言って目を伏せた彼は、それが惜しいと言わんばかりの表情であったので、退屈していたわけではないらしいと私は少し安堵してしまった。それと同時に、夜の風とは違う冷たいなにかが胸の内を吹き抜けていくのを感じていた。
(…ダメだ、名残惜しいなんて思っては)
唇を引きむすび、「さみしい」と溢れそうになった言葉を飲み込んで、「そっか」と出来るだけ素っ気なく返した。
「…なぁ、そういえば、あんたらが勝ったら聖杯はくれてやると言ったが、俺が勝ったらどうするか決めてなかったよな」
それは、たしかに、と頷いて見せると「それじゃ勝っても面白くないよな…」と考えるように口元に手を当てる。
「じゃあ、俺が勝ったら、あんたカルデアに帰らないでくれよ」
「…!!」
セタンタの発言に驚き上体を起こす。からかっているのだろうと彼の顔をみると、その眼は悲しげに揺れていて、私は何も言えなくなってしまった。
「今すぐ俺のものになってくれとは言わない、だが、俺はあんたと離れたくない」
「そ、れは…」
そんなことをしてはこの特異点はどうなる? 例え今は小さなものだったとしても、ここが特異点である以上、いずれその歪みは歴史を大きく変えてしまう。そんなことはできない、してはいけないのだ。曲がりなりにも人理修復機関カルデアの職員であるのなら。
「そんなの、正式なマスター候補のやつに任せてしまえばいい」
「…!! …それこそだめだ、私は彼女を一人にはしたくない」
カルデアで私達の帰還を待っているであろう少女のことを思う。世界よりなにより、私は彼女を裏切ったりはしたくなかった。
「…明日、必ず聖杯は私達が回収する。そして私達の時代へ帰る…何があっても」
「…そうか」
彼は小さく呟くと、初めて私に背を向けて眠った。その背に私が言えることは何もなく、かすかに触れた背中の暖かさが、妙に寂しかった。
――翌朝、起きた時に彼の姿はなかった。