2021/3/30〜4/30
語り手:黒猫



 瀞霊廷内はいつにも増して落ち着きがない。ざっと理由を探ってみた結果、新隊長四名同時就任という異例中の異例のせいであるらしい。縁台の下で寝た振りするなり、屋根の上を歩き回るなりすれば、これくらいの情報収集など造作もないこと。壁に耳あり障子に目あり、足元膝元枕元には物言わざれども黒猫あり、じゃ。

 三、五、九番隊の状態は予想通りというべきか。巨悪に着実に侵食されていく護廷の危機を悟っている者は一紙半銭、これでは形勢不利どころかまず勢力を築けてすらない。太刀に箸で向かっていくようなもの。あの娘が浅薄な愚か者でなくて良かったわ。今は余計な行動は起こさず、力を付けることに専念するのが正しい。
 十番隊も漸く隊長の席が埋まるという。あれは実力的にはもっと早くに選任されていてもおかしくなかったと思うが、当人が心を決めるのに時間を要したのじゃろう。優秀な隊長副隊長に寄っ掛かりっきりでおったからの。


「ふわ〜ぁ……んにゃむ」


 春の芝生は好きじゃ。程よく温ぬくく肉球にも優しい。たまに芋虫とか転がっとるから足元には気を付けねばならんが。
 清らかな小川に寄っていって水面を覗き込むと、草の陰を沼鯥ぬまむつが泳いでいた。腹の足しにしていくか。これは煮たり揚げたりが結構イケるんじゃが、生もなかなか悪くないぞ。……別に強がっとらん。


「おーし、そこでよく見てろ!俺の必殺踵落とし!」

「道場から出て何をするかと思えば……お次は白打を教えてくださるんですか?」

「だぁってよ、剣は俺だとお前に教えるっつうよりいい勝負しちまうし。つい加減忘れて腕ボコッちまったし」

「清音さんがすぐ治してくれましたから大丈夫ですよ?別にいいじゃないですか。海燕さんと打ち合うの愉しいですし、お互い強くなれますし」

「まぁそうだが……お前、白打はなんにも習ってねんだろ?剣を握っても足は空いてんだからよ、蹴り技の一つくらい覚えといて損はないぜ」


 噂をすればというか、気付いたら儂の足が向いていたというか。志波家の者とは相変わらず、こう、切っても切れない縁でもあるのかのう。折角だ、少し見物していくか。
 ……ふむ。儂には遠く及ばないが、ほう。いい打撃じゃ。無駄もない。早々に副隊長になったのは浮竹が色眼鏡を掛けていた所為もあるのではないかとちょっと思っておったが、これならば納得じゃな。希ノ進の息子より余程やる。


「おおっ、すごい!深くめり込みましたね……」

「高く跳んだ後って、着地するまではどうしても無防備になりがちだからな。だがこれ覚えときゃ、少なくともそこを狙われる確率は減る。敵に叩き込めれば一番だが……ま、近寄らせないための威嚇になれば十分だ」

「なるほど……あの、やっぱり足先に霊力を込めるんでしょうか」

「んー?まあそう……あ。もしかしてお前の苦手分野……か?」

「どうでしょう……鬼道とはまた勝手が違う気もしますけど……」

「物は試しだ。踵落としはいいから、まずそこでじっと片足に霊力を集めるだけやってみろ」

「はい、じゃあ右足で」


 沙生の足先に霊力が集まっていく。覆うように、纏うように。どうも話を聞くに霊力の操作は苦手としているようじゃが、いま見る限りでは何も問題はない。きちんと集中させられておる。


「おう、ばっちりじゃねぇか。やっぱ鬼道だけ駄目なのか?……なんでだかなー」

「さぁ……私も知りたいです」

「じゃあ次は動きだ。さっきの俺みたいに地面凹へっこませようとしなくていいから、跳んで空中でくるっとしてみろ」

「できるだけ高く跳んだ方が良いですよね?」

「はじめはそうだな。着地まで余裕あった方がいいだろ」


 沙生がぴょっと上へ跳ぶ。身のこなしは軽く、筋が良い。じゃが一瞬だけ違和感があった。儂ほどの者でなければ気付けないであろうほんの僅かな異常さ、些細な奇妙さ。具体的に言い表せず歯痒いが、踏み込みの刹那に脳裏がざわついた。万人とは何かが違う。しかし、この感覚には覚えがないという訳でもない。何かしらの血脈か――。


「っと。どうでしたか?」

「見真似の一発目にしちゃ上出来だ。でも脚はもっとぴんと伸ばせ」

「はい」

「あとちゃんと踵から落ちてこいよ。途中まで尻に重心いってたろ」

「やっぱりばれますよね……どすんと落っこちてきて尻餅では恰好悪いですもんね、気を付けます」

「新しい技ってことにしとくか?必殺!尻落とし!」

「お尻に霊力を集めるんですかソレは」

「へへ、力んで屁こかねぇように気ィつけろよ〜」

「やりません!踵落としでいきます!」


 ……ずいぶん砕けとるのう。浮竹はだんまり貫いとるっぽいのに……まあ、仲が良いのはいいことじゃ。沙生のことは喜助も気に掛けておったからの。「こちらとしても信を置ける頼り先ができとるぞ」とでも言っておけば、一安心じゃろ。

 ――目の黒いうちは恙つつがなし、か。

 由よしは知らんが……さて、そろそろあやつと落ち合わなければならん時刻じゃな。儂のこの姿に腰を抜かしたりせんとよいのじゃが……いや、杞憂か。この程度では動じまい。そういう男であるからこそ、あれこれ任せていったんじゃ。また如何ほど成長しておるか、楽しみよのう。

神の目隠し


 『このほの』本編の13話『変はり者に寄る変はり者(上)』と同じ3月30日のお話でした。黒猫さんは今のところ本編には一回だけ出てきています。もし覚えてくださっている方は、再登場の時をお楽しみに。
 しかしそれには10話くらい更新しないといけないような。しかもなんとこの管理人、サイト公開して最初の一年間で現時点の最新話(38話)の内容までは漕ぎ着けるつもりでいたそうな。ほぼ箇条書きみたいなプロットからいざ小説に書き起こすと文字数が倍々の倍々になっていく不思議。希釈してはいないのです、原液を増産しているのです。「更新が遅い」そして「見積もりが甘い」とどっかの天狗面かぶった男の人に叱られそうだな!引き続きマイペースに頑張ります!

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3/12/72
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