楼の灼たか鳴り

死ぬれば死神
たかどののあらたかなり

 何をもって、心を謳うたおう。

 人には声がある。言葉がある。声がなくとも、体のどこかを動かして話せる。文字という伝手つてもある。
 鳥獣にも声がある。言葉はない?そう思うのも無理はない。踊ることがある。泣くことがある。ときに血色や体臭でも意向を示すだろう。

 では草には、花には何が有りや。生えて、開いて、枯れゆくのみかな。
 その色は意味をふくむか。その香に意思はやどるか。表あらわしても、現あらわしても、およそ人には解るまい、言ことと付かぬ葉の読めぬばかりに。

 茎を、蔓を、延ばすのは生きるため。絡むのも生きるため。少しでも長く陽を浴びようとするのも、見栄のためではない。必死・・だからだ。咲くのだって、種たねを残すための営みだ。決死の舞台で一世一代の死に花を咲かせ、次代へ繋ぐ。それが使命・・なのだ。生まれれば必ず死ぬのだから、種しゅを絶やさないために命を使うのだ。

 然さりながら、系譜を絶たれ、種を残せなくてはどうなろう。実を結ぶ前に摘まれた芽は。手折られた花は。


(……観用かんようの命か。可憐な花よ、きみは何を残していけるのだろうな)


 生けられた花の杪行うれゆきは死。
 訊けど話せど声は無し。


***


 一陣の熱風が吹き起こった。水気のない乾いた波が、遠慮なしに瞼を叩いてくる。


(……あぁ、また此処……)


 目を開く前に自身の居所の見当は付いた。どうやら私はまた精神世界にふらりとやって来たらしい。綿を引き伸ばしたような雲は薄紫を含みながらゆったりと流されているのに、空は夜とも朝とも付かない東雲のまま続く世界。
 黒の巨塔を取り巻く螺旋階段を上りながら見晴るかすと、白い焔平線を伝うように飛ぶ相棒の横姿よこすがたがあった。両翼を広げてスイスイと滑空する様が折り紙鳶みたいだと思ったが、そもそも彼は鳶である。元が逆だ。どうも頭が冴えない、夜更けにお酒は飲んでも夜明かしまではしていないはずなのに。


(おーいハクー)

(……む、いたのか沙生。少し待ってろ、今そちらに行く)


 遠くに小さく見えていたハクは、くんと方向転換して見る間に近まる。そのまま速度を緩めず眼前スレスレまで迫って頭上を越し、舞った髪に軽く趾あしゆびを掠めていった。後れて来た風がひゅんと耳を擽くすぐり、おかげで眠気は飛んでいった。私が寝惚け眼まなこをしているとハクはいつもこうしてくる。もう慣れっこだが、鼠とか油揚げにとっては今のも恐怖映像だろう。


(何か阿保なこと考えてたか?)

(やだねいきなり、もう失礼しちゃおうか)

(暇いとまはやらんぞ寝坊助ねぼすけ)

(ねぼ……あれ?私、現実ではまだ眠ってるんじゃない?そういえば、いつどこで寝たんだったか……)

(いいから今は寝ていろ)

(……そう?じゃあおやす)

(馬鹿、寝るな。ついて来い。この塔の上だ)

(……どっちよ)


 不遜だなぁもう。逆らって泣き寝入ってやりたいところだが、何かここだけの話がある様子だ。ハクはその場で小さく宙返りすると、ふっと落下しながら離れていき、また塔の周りを大きく旋回しながら上昇していった。
 螺旋階段を一段ずつ上がっていく最中、何かがいつもと違う気がした。覚醒したてで足元がふわふわしているせいだろうか……なんだろう……階段の幅が少し、狭いような。


(沙生。以前、『塔の上にある珠は何か』と訊いたな)

(え?……うん。結局あのときは教えてくれなかったじゃない。気が変わったの?)

(ああ。全く気乗りしないがな。お前にはまだ早いのだ)

(それなら、どうして――)


 右腿を上げて一つ上の段に足をおろし、体重をかけ、膝を伸ばした、そのとき。私の目線はちょうど、天辺の空間にあるものを捉える高さまできた。


(我が教える前に、お前が掠さらってきたからだ)


 小さな小さな、黄色い珠。私の掌たなごころに転がしておけそうなほど小さくて綺麗な珠が、六注ろくちゅう造づくりの黒い屋根と床のあいだの中空なかぞらに、ぽつりと浮かんでいた。
 あの仰ぐほどの白銀の大珠たいじゅは何処へやってしまったのか。残りの階段を一気に駆け上がると、遠く上空からあの鈴のような音が聞こえてきた。りぃん、しゃららん。塔の縁へ行き、耳を頼りに音のした方へ目を遣る。細波さざなみ立って燃える白焔の海の向こうには、この世界で一番高い黒の巨塔が聳えていた。


(この塔は、別の……)

(そうだ。いつもは彼方あちらの塔から見渡していたろう。他にも無数に、果てしなく建っている)


 あっちの一番の巨塔と比べれば、こっちの塔はやや低くて細い。さっき階段の幅が少し狭いと思ったのも、感覚が正常に働いていたというだけのことだったようだ。とは言っても、この世界にある満目まんもくの巨塔は、どれもが大層な嵩かさを誇っているのだが。
 そうと分かった所でまたあの黄色を探す。ここの中央に浮遊していると知っているのに、一度目を離すともう見失ってしまうくらいに心細い存在感。黄色い珠にとって、此処は過ぎる広さであるように思えた。


(それが何か解るか)

(……一週間ずっと一緒にいたもの。明るくて澄んだ黄色の……)


 禅庭花。海燕さんがお見舞いにくれた、一本の切り花。合同遠征から命からがら帰ってきてからの入院生活に、ささやかな色を添えてくれた花一輪。それを私は今朝、見ただけで燃やしてしまったのだった。
 卯ノ花隊長、海燕さんと浮竹隊長、そして志波隊長に京楽隊長。昔話を訊いて回って聞かされて、焦り、和み、憂き、笑い、沈んだ。怒涛の如き一日だった。しかし、それを理由に開き直っていいものか。人のせいにして済むものか。焼失させておきながらその事を忘れていた、なんて飛んだ薄情だ。白面しらふでもないのに白しら化ばくれようとは白々しい。


(私が白焔を制御できなくて……命を摘み取ってしまったから、此処にいるの……?)

(半分外れ。お前は我がまだ教えずにいた或る力・・・を無意識に発動させ、うっかり燃やしてしまった。本来なら、対象に白焔は点けても燃やす必要ことはない)


 白焔は燃やす対象を絞ることができるはずだが、あの瞬間は制御できていなかった。そればかりか意識すら経由しないうちに見ただけで対象を燃やしてしまった。あれがもし花でなく、人だったら――。
 嗚呼、湧いてくる念は自責でも自罰でもない。よくない、これは自己嫌悪だ。今更になって急に自分が恐くなってきた。うっかりで燃やすとか、そんなの強盗だって御用盗だってやらないぞ。故意の放火と不意の発火は違う。人為的傷害か、自然的災害か。今回の私の火失はどちらかといえば後者に近くはないか。ややともすれば、私は歩く災いか?
 出自を知った今では、否定しようにも庇いようがない。

 浮竹十四郎が真に受けず聞き流していた、志波天鷹に向けられていた悪口とは、本当に根も葉もなかったか。いいや、火のない所に煙は立たず、火が出たからこそ煙たがられていたのではなかったか。京楽春水が語り明かしてくれた、綱彌代時灘が剥むき出してみせた貴族の深層――その根底には、烈唏れっきとした火元があったじゃないか。その後の地獄のような炎上っぷりは、大衆が過剰に煽った飛語風説のせいだったとしても。
『ああ、怖ろしいね!いつ目が合って燃やされるか、まったく分かったものではない!』
 生まれてすぐという時に、生まれ持った力を制御できず、目で見ただけで火を失したというのは真実だった。

 そして私も、目で見ただけで――。

 父様は善き人たちから好かれ慕われていた誇れる死神であるが、“厄”とされていたのもまた事実だ。そういう側面が実の娘に一切遺伝していないとどうして言い切れよう。
 天地の災害と比べれば、人間による傷害の方が、因果の究明は容易い。“厄”と“悪”の違いとはそこだろう。片や人の手に負えない領域であるが、片や人の意思によって為されるのだから人の理ことわりの範疇である。
 人々が特異だったり神秘だったりを“厄”として忌むのは、それらが条理に適かなわず、理屈を超えているからだ。人智を尽くしても人の理ではどうにもならない、理解不能な禍災が何時この身に及ぶものかと危ぶむからだ。わからなくて、おそろしいからだ。
「彼らは彼らの理で動いているだけさ。例の志波家の息子は、その理に背く存在だという事なのだろう」
 ……あの京楽隊長が酷く嫌っておられる時灘とかいう男、当たり最低で幸災こうさい楽らく禍かを地で行く外道のくせに、言う事はいちいち的を射てるんだよな。

 己には周囲を害する虞のある謎の厄めいた力があり、そのせいで大切にしたい人や物まで害される可能性が出てくるなら、笠を被って家出したくもなるか。ここにきて父様の気持ちを実感として解せるようになろうとは。
 ――父様は先達としてどう思われますか?私には無縁と思っていたはずの希死念慮に格いたる辺際への到りとは、もしかしてこの辺りから始まるのでしょうか。でも海燕さんは『訳は分かっても納得はしてやれない』んですって、どうしましょうね。

 浮竹隊長の話だと、当時二番隊所属だった浦原喜助は、父様について「結局どういう力なのか本人すらもよく解ってないみたいな感じだった」と所感を述べている。

 そして私も、自分の力がよくわからない。

 ずっと心の隅に引っ掛かっていた疑問だ。もうずっと引っ掛けたまま、引き摺り続けて今日まで来た。

 ――私が生まれ持った力とは、何だ?

 私が死神になる前、流魂街の森で一角と弓親と出会って共に達磨型虚と戦ったあの日、ハクはさらりとこう告げていた。
(“隠れる力”と“燃やす力”は斬魄刀としての我の力ではない。我の魂が元より持っていた神力であり、それを引き出すのはお前の魂が元より持つ力だ)
 斬魄刀なしでもハクの神力を引き出して使える由縁は、『私の魂が元より持つ力』とやらにあるらしい。だから今回の失火を引き起こしたのは私であって、彼ではないのだ。しかも私は、自分のその力が何を起源とするどういう類のものなのか、明細を全く把握していない。死神の力とは違う何か。ハクの神力とも異なる何か。「私は特別特異な存在なので不思議な力が使えるのです」とかまるで自惚れ屋みたいな馬鹿丸出しの理由付けでは、もはや合点は付けられそうにない。

 私の意思では抑制しきれない力がこの身に具そなわっているとなれば、それは宝の持ち腐れならぬ力の振り乱れ、そんな私にハクが宿っている現状は、いわば猫に小判というより猿にダイナマイト。使い方さえ誤らなければ益をもたらしてくれる希少で素晴らしいものでも、持つ者に理性と技術が備わっていなければ何時いつ何分いつに何処で爆ぜるとも知れない。要は「持たせておくと危険だ」と言いたい。新たに「沙生にハク」という諺ができてもおかしくなくなってきた。


(……変なことを考えている顔だな。言っておくが、花の命はお前が燃やす寸前に既に尽きていた。お前は命は奪っていない)

(でも、力を暴発させた事には違いないんでしょう。私ってハクの神力を借り受けていい器じゃなかったんじゃないかな……)

(そこまで悲懐することはない。此度こたびの損ないは、花の方の無茶な心任せに縁よるものと思え。花がお前の内なる世界に行くことを強く望み、それにお前の潜在能力が感応かんのうしたまで)

(……花にもちゃんと心があるってこと?)

(あらねば此処に珠はない。お前は花の命ではなく、心を剪裁せんさいしてきたのだ)

(こころ……この珠が、心……?)

(我はとっくに伝えていたぞ。あの白鳥花が咲いた日に)


 そうだっけか?……春にした話といえば、市丸副隊長のことと……あれかな。私の“魂”という囲いの中に、彼の“心”が住んでいるって話。
 精神世界の中は夢みたいに何でもありだから、本来は形なきものでも形をとれる。この白と黒と東雲の世界が私の魂を可視化したものであると仮定したなら、その囲いの中で珠として色像しきぞうをとって現うつされるのが、外から入ってきた心である、と。……つまり、私が遠征中に答えられなかった問いかけの答えも?


(その顔、理解したようだな。では今一度問おうか。『人が何かを大切にするために必要なもの。そして、人が人であるために最も大切なもの。それは何だと思う?』)

(……こ、心)

(うむ。そういうことだ)

(既に答えは教えていたも同然だったってこと?となると、それにも拘わらず答えられなかった私って……)

(ああ。面白いな)

(くっ、イジワル鳶……!じゃあ、あの白銀の大珠は)

(我の)

(この小さな黄色い珠は)

(花の)

(その……どちらも『人』ではないよね?)

(何だ、問題文に異議申し立てか?ただの表現の綾だ。人間の言葉では喜怒哀楽や思いやりを指して人の・・心とよく言うだろう。それに合わせたに過ぎん)


 一理あろうが釈然としない……それにしても相棒、やっぱりちょっと鳶が悪いぞ。


(しかし人の子らに自覚が有るにせよ無いにせよ、草木や畜生はそれらを持たぬのだと誤解して驕おごった故に成立した言葉よな。人の言葉は人の為にあるものゆえ、仕方ないといえばないのだが)

(すみませんでしたね。視えない聴こえないモノはなかなか信じられない、了見の狭い人の子で)

(そう膨れるな。お前が言い始めた訳でもあるまいし、お前は別に「花には心がない」とは思っていなかっただろう。こうして目にするまでは、確かに半信半疑ではあったようだがな。此処へそれを招き入れられたのは、他でもない、宿主となるお前が「花にも心がある」としていたからだ)

(そう……なのかな)

(そうだ。桜を庇うくらいの馬鹿なのだから、大いに自覚があってもいいところだぞ)


 また馬鹿って言った。でも今のは「お前は別に驕ってなんかいないからもっと自信を持て」って意味だな。そうだろう相棒よ。
 白い病室を彩って私を励ましてくれた黄色い禅庭花は、その花生が終わろうという今際いまわの刻みに、まだ私と一緒にいたいと心から思ってくれたから此処にいる。現実からは跡形もなく消えてしまったが、私の魂の中に残り、これからはハクと同じようにずっとそばにいてくれるのだろう。


(……お話できたりしないかな)

(花だぞ。人の言葉を話せる訳がないだろう)

(鳶は喋ってるのになぁ)

(我とて、この嘴と舌では人の言葉は話せない。斬魄刀に本体として写されているゆえに、今でこそ念話くらいなら容易だがな。神力を行使して出来ないこともないが、結構かったるい)

(そ、そうだったんだ……現世にいた頃とか、本当は喋れるのに隠してただけかと思ってた)


 たとえ神様でも、何でもかんでも簡単に出来るわけじゃないんだな。人の子からすれば格の違う存在で十分万能にみえても、実は完全無欠とはいかないらしい。
 これは空想に過ぎないが、もしも三界に星の数ほど散らばっている総ての生命が一個に融合したりしたら、それは互いの欠けを補って余りあって、真に完璧な全知全能の神様になれるのかもしれない。でもそれって、きっと独りきりの寂しい世界になるだけで、何にも廻らなくなる気がする。その神様は心を通わせる相手がいないから喜怒哀楽を覚えることもなくなって、超人のはずなのに人の心を忘れていって、虚みたいになってしまいそうだ。
 だったら、ハクみたいに人間味(これも“人の心”と同じでちょっと文句を言われそうな言葉だが)のある神様や色んな個性を持つ生物がいて、めくるめくくらいに巡る今の世界のままであって欲しいと思う。

 小さな黄色い珠が、幽かすかに風を受けて鈴りんと揺れた。


(珠が心なら、珠が出す音はハクたちの心の音ってことだよね)

(半分外れ)

(えっ また?)


 浮遊している小さな黄色い珠の下に立っていたハクは、パタパタと飛んで珠より上まで行くと、バサバサと翼で扇いで風を送った。りぃりりり、と賑やかに音が転がる。


(さて、何が鳴った?)

(この珠でしょ?)

(では、何で鳴らした)

(……風で)

(そう、風でだ。今みたいに我が直々に扇いだり、我が白焔の熱で気流を繰くっても鳴るには鳴るが、常の風はそうではない)

(普通にこの世界に吹いている風だよね?)

(それは沙生、お前の風だ。お前の内より湧き出いづる霊力が、この世界では風となって吹き荒び、我らの心たる珠を震わせ、音を鳴らしているのだ。楽器の音色は奏者の腕次第ともいうだろう)


 ……風で鳴る。音と、強さ。何かを思い出せそうで思い出せない。頭のどこかに記録はある気がするのに、記憶にない。美しい音はりんりんと冴え渡っているのに、視界には靄がかかったような。なんだか変な感じ。かつて泡沫うたかたの夢でも見たのだろうか。


(私が強くなればなるほど、風がよく吹いて音もよくなると)

(なんだ、今度は物分かりが良いな)

(うん……なんでか。ねぇハク、まだ幾つか訊いてもいい?)

(斬魄刀に写された身として、疾とくより隠蔽せざるべきであった情報ならば開示してやろう)

(今回私が無意識に引き出したハクの力は何ていうの?白鳶の“隠れる力”と白焔の“燃やす力”について教えてくれた時みたいに説明してくれると、ありがたいんだけど……)


 ハクは私の足元をゆっくり右に、ゆっくり左にトコトコ歩く。


(まず、「白焔の力は二種類ある」と解釈しろ。我の左翼が司りし“燃やす力”はその一つめ。対象を浄火に焼くべ、燃やし、殺し、魂たましいを昇華させる送り火だ。お前が戦う時にいつも使っているのはこちらだな)

(ふむ)

(今回使ったのは、白焔の力の二つめ。我の趾あしゆびが握りし“掠う力・・・”だ。対象に灯火を点け、燃やさず、焦がれ、魄こころを召煥しょうかんする迎え火だ。燃やす力と同じく、斬魄刀を介しても発揮できる能力でもある)

(今回は介さずに暴発させちゃったけど、介して使いたいときはどうすればいいの?)

(始解した鳶絣は、柄頭についた鎖から吊り灯籠が提がっているだろう。介して掠うにはあれが起点となる。対象に白焔を点けたら改めて「掠え」と解号を口にすればよい。対象の魄こころは燐火りんかと化し、灯籠に容いれられるだろう)

(それで……掠ったら、どれかの塔の天辺に珠として現うつされて)

(ああ)

(……それは……私の力の一部になる、の?)

(そうだ)

(………それって……死にゆく誰かを掠えば掠うだけ、私は力を得ていくってことだよね)

(相違ない)

(…………この塔は……灯台みたいなものだと思ってたけど……本当は、墓標ってこと……なんだね?)

(……だから、お前にはまだ早いと言ったのだ)


 そう、そういうことね。ああ、そういうこと。死を司る白鳶の神様に、私だって死神だもの。誰かの死を糧にする能力なんて、なんともらしい・・・ものではないか。燃やして殺して、死にに死んだら掠いに掠えと慫すすめるかのような性質ときた。
 今までハクが“掠う力”について何も教えてくれなかった理由なんて、そんなの、親切心以外に何がある?私の相棒は、根っこは優しいんだもの。私の気に染まない能力だろうと配慮して、隠していた。誰かが死ぬときの覚悟も決められないような大甘な私が、いつか覚悟を決められる時が来るまで、待っていてくれるつもりだったに違いないのだ。私があんな風に暴発させたりしていなければ。


(沙生。この力を忌むか。疎むか)

(……極力使いたくないなぁとは思う)

(ならそうしろ。それでいい。仮に、二つの白焔の力を区別せずに混沌と振るい、魂魄の奪い掠いを繰り返して死屍累々を積み重ねたなら、お前は短期間で途轍もなく強くなれるだろう。しかし、それでお前の心が死んでは元も子もない。我の望むところでもない。夢寐むびのことと忘れて力を封じても、我は叱るまい)


 少し遠くに歩いて行っていたハクは、振り向いて私の目を見ながらキッパリと言った。元はハクの神力であるその力を忌むという事は、彼を忌むという事と同じであるにも拘わらず。私を心配して、気持ちを汲もうとしてくれている。

 生き物はみな死を恐れるものだ。穢けがれと呼び、厭悪し、遠ざけたがる。現世で見聞きした伝承や演芸では、死神はいつも嫌われ役で悪役だった。
 しかし、死んでみて知った死神の正体は人・だった。人を護り、世界を調整し、秩序を守らんとする人々だった。まぁ但し人なので、現世の人間と同じく中には凄く悪い奴もいたりするわけだが、それはそれとして。
 ハクだって全然悪い神様なんかじゃない。私が誰よりいちばん分かっている。彼がどんな人柄かも……鳶柄?神柄?んん、言葉って難しいけど兎に角、彼は善い心の持ち主なのだ。

 思うに、死神の精神とは殺生ではなく生死にこそ宿る。死神たちの目的は、生き物を殺すことではないはずだ。死を司り、生を還かえし、世界を廻まわしていくことであるはずだ。その本質の差異がよく解らない人たちから怖がられたり嫌われたりするのも、損な役回りってやつ。
 人より真面目に働く優しい人は、何もしない人よりも悪人と呼ばれうる。たとえば浮竹隊長なんて、その典型である疑いがある。「なぁにが『監視して悪かった』だ、保護者め」と言ってやりたかったよな。


(――でも、さ。人も死神も、死ぬときは死ぬよね)


「死神も死ぬことはあるの?」

「あぁ。お前からしたら可笑しいだろうけど、死神だって死ぬさ。人とは少し違うが、死が別れになるのは同じだ」


(ハクだって、他の神様だって、きっと死ぬときは死ぬでしょ)

(死は世の摂理だ。この星に死という概念が生まれたとき、全ての魂がその業を負った。千年万年生きようと、果てにはいつか縡こと切れて死ぬだろうな)

(……じゃあ、考え方を変えよう。うん、こう考えよう!ハクと私は誰かの“死”を力にするんじゃなくて、誰かの“生きた証”を力にするの)

(……ものは言いようだな)

(なによ。お願いだから「ならそうしろ、それでいい」って言って)

(いいのか?それで)

(いいって言ってって言ってるのに)


 ハクの言葉で後押ししてもらえれば、無理じゃなくて、ちゃんと頑張れると思うから。だって言霊の力って殊の外に強いんでしょう?声にして、震わせて、私の心柱に刻み付けて欲しいのだ。名言として繰り返し再生することにするからさ。たしかフォノグラフもそういう原理だったと思うし?……なんて。
 丁寧に深呼吸をしてから、ハクと目を合わせた。さあ、逸らさないし、塞がないから。頼んだよ。



 ――ならそうしろ。それでいい。我らが掠うは、“生きた証”と心得よ。

 お前は落ちゆく命の生きた証を、寛容に掬むすび迎えろ。さすれば命燃え尽きようと、お前の魂の中うちに建つ塋はかたる燈楼とうろうにて、心は再び灯ともれるだろう。

 心とは、一個の生命が始まったときから終わるときまで育まれし、その生命の芯を成すものであり、体が失われてもなお残るものだ。燦然と耀かがやく明あかしだ。

心に形は無いが、誰もが底に秘めている。
たとえ胸に孔あなの空いた姿でも。
心に質量は無いが、確かに存在している。
お前が重みを感ずる限りは。

 人にふれ、物にふれ、自然にふれ、知識にふれ、教養にふれれば、心は大きく広く育っていく。豊かな心は温かみを持ち、やがて光を発する。
 人の物差しや人が定めた位では計り知れぬとしても、無形である心は、而して無計の熱量を生む。

 誰かの心を預かり、自らの力に変える。誰もができることであり、誰もがやっていることだ。お前はそれを、誰よりも上手くできる。

 来きと来くる色々な心を受け容れよ。お前はまっさらな白地に様々な色を繡ぬいとり、この世界を熾烈しれつに綾あやなしていけ。

いいな、沙生。

思いを力に変えていけ。
遺志を力に繳かえしていけ。

お前は人の心を受け撈とって、強くなれる。



(……うん。うん、わかった)


 激励が凛々りりと胸に響いた。贈られた言葉は私の中で根を張り脈を張り、この先の道標みちしるべとなってくれることだろう。大切に胸にしまって、迷った折には縋すがらせてもらおう。
 然りとて、甘く薄い希望も完全には振り切れないのだが。やっぱり誰にも死んでほしくないし、護れるだけ護りたい。聞き分けが悪いと叱られようが、それでも。それでも、助けたくて諦め悪く手を伸ばすと思う。不幸な死に別れのない円満な未来を本命として、“掠う力”を行使するのは最終手段としたい。ここを譲るのは、私には一生難しいことだ。

 それでも、誰でもいつかは死んでしまうから。

 人の命の運びは、なかなか人の思い通りにはいかない。失われた命は残らずさっぱりと何処かへ消えるのに、遺された者の後悔はいつまでも消えない。
 目の前で爺様を殺された私のように。目を離した隙に大切な部下たちを亡くした志波隊長のように。目と鼻の先にいた友が死地に飛び込むのを見送るしかなかった浮竹隊長のように。
 救おうと手を尽くしても、力及ばず、運悪く、零れ落ちてしまう命はある。そうなったとき、そこからでも手が届いて抄すくえるものがあるというなら、私は覚悟を決める。


(……二度と暴発だけはさせないように気を付けないとね)

(もう大丈夫なのではないか。お前がそう心に決めたのなら)

(そうだといいなぁ)

(お前の力は、お前の心が源だからな。心を強く持てば制御も利くだろう)

(…………ん?)

(どうした。泡を食ったような顔をして)

(ねぇ、結局『私の魂が元より持つ力』っていうのは……)

(? そのままの意味だが。多少強弱はあれど、万物万象は思おぼし事ごとを実現させる力を魂に具えているのだぞ。大抵の者はそれを奥底に眠らせたまま生涯を閉じるゆえ、相対的に顕著に使える者は珍しがられるというだけで)

(そ……そういうもの?)

(そういうものだ。大して霊力のない整プラスでさえ、虚ホロウと化す際には中心こころを異形の仮面や特殊な能力チカラに変えて発現させるだろう)

(そういやそう……だね)

(更に言えば、死神の斬魄刀とは、使用者が元より持つ魂の力を写し取って扱いやすくする、謂わば補助道具の一種だ。刀の形をとらせたのは発明者の趣味か主義かは知らんがな)

(……じゃあ、私みたいに斬魄刀なしでも魂の力を扱える可能性は、実は誰もが秘めているってこと?)

(まあ、そうなるな。お前は「自分は魂の力を使うのが特別得意な存在だから神がかっているのだ」という風にでも思っておけ)

(それもなんだかなぁ)

(いいから認めろ。己を誇れ。そもそも、お前には我が憑ついているのだから当然だ)

(……ふふっ、それはそれは。心強いこと)


 元々そこまで自信家ではないというのが私の自認だが、共にいるハクがこんなに自信たっぷりないい性格してるからなぁ。私が彼是難しく考えては失くしてしまう自信を、彼は代わって溢あふれるくらいに満たしてくれる。……まぁ、過剰に濫みだれて慢心しないようには注意したい。
 弱気でいるより大胆だいたん強つよ火びに、傷心するより精進すべし。そんな感じの心組みで、私自身、もう少し彼みたいな色に染まってみても良いのかもしれない。


***


 枯れ朽ちるまでが花の一生だ。陽を浴び、種を残したら、草葉の陰に還って土となる。次代が芽を出すための根柢となり、そうして命は連綿と続いていく。
 ところがどうだ。観用の命は、萎しおれ散るときが臨終だ。結実を前に刈り奪とられ、芯は切って晒さらされる。土には禍根だけが取り残されて、二度と日の目を見なくなる。

 だからどうか、供えた花にも心配りを。
 生けるものには水の済すくいを。
 死せるものには火の烋さいわいを。

 花の心のありやなしやは、誰たれか知る。

 草花に声はない。言葉もない。しかし、きみの迎え火に花は応えた。ならば奈何いかんも推して知れよう。その色を読め。その香を聞け。読色どくしき聞香ぶんこう、之を以て誠意としよう。

 種ならここに。火種が心に残っている。

 さあ、風を吹かせよう。きみとぼくの白や黄色の焔あいぼうたちを、きっと強く燃え立たせよう。きみがまだ、ぼくの名前を知らずとも。きみがいつまでも、ぼくの存在に気付かずとも。


(……沙生の力になれて、きみも充分に笑み割れているとみえる)


 訊けど話せど声は無し。
 然れど答えは魄ここにあり。




あとがき(memoの追記に飛びます)


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表紙・家