酔狂に為れ

死ぬれば死神
すいきょうになれ

 瀞霊廷七番区に堂々と建つ、とある試験会場前。ぞろぞろと会場内に入っていくその殆どは、真央霊術院で六年の課程を修了し、満を持して護廷十三隊入隊試験を受けにいく人々である。数年の独学と七日間の死神直接指導を受けたとはいえ、これからこの中に混じって競うのかと思うと一気に自信が失せていく。


「う…はあぁ……」


 緊張からつい溜息を吐いた瞬間、脳天にずどんと手刀が落ちてきた。


「い゛っ!?」

「はあぁ……じゃねぇよボケ!お前なら大丈夫だ!」

「……今ので知識が頭から抜けたらどうしてくれるんです」

「おぅ、そりゃすまんすまん」


 からからと笑いながら、海燕さんは私の頭を雑に撫で回す。今朝も普通に仕事があるはずなのに、こうして送り届けてくれるところはやはり面倒見が良い。十三番隊舎を出発するときなんて隊士総出で見送りもしてもらったし、海燕さん含め彼らには多大な恩がある。ここは頑張って成果を出すっきゃない。


「じゃあ、そろそろ行ってきます」

「おう!頑張れよ!そんでまたうちの隊舎に来い!」


 気が早いだのまだまだ未熟だだの散々言っておきながら、一番背中を押してくれるのもまた海燕さんである。手を振る彼に一礼してから、建物の中へと足を踏み入れた。
 試験中に帯刀する訳にもいかないため、斬魄刀は鍵付きの戸棚に預けた。受験票を片手に持って掲示物を確認し、指定された席につく。用意をして待っていれば続々と席が埋まっていき、時計の針が九時を指すと同時に試験官も入室した。ありきたりな注意事項の説明を受けた後に配られた一枚の紙には、志望する隊を書く欄と、斬ざん拳けん走そう鬼きそれぞれの自己評価を三段階でつける欄がある。試験を始める前に記入し、筆記試験の後の実技試験ではこれを自分で持って回るらしい。私は斬術に「甲」、白打、歩法、鬼道は「乙」としておいた。白打そのものの訓練は積んでいなくとも剣を振るために相応の体術は身につけているつもりだし、歩法は最近目にした瞬歩が隊長格のそればかりだから駄目だと思ってしまうだけで、新人としてはそれなりだと思う。鬼道は赤火砲以外は悲惨だが、試験を受けに来て自己評価が「丙」では締まらない。ここは少し見栄を張っておこう。

 試験官の合図で問題用紙を捲り、順に答えを書いていく。沢子に見坊さん、御厨さん、勇音さんのおかげですらすらと解くことができた。特に応急処置の項目は、あのときお団子を食べながら教えてもらったおかげで鮮明に暗記できていた。全体的に見ても及第点ではないだろうか。


「終了です。手を膝の上に置いてください。答案用紙は試験官が回収します」


 あちこちから筆を置く音と「ふぅ」と息を吐く音が聞こえた。この終わってひとまず安心する気持ちと、結果が心配で不安な気持ち、綯ない交ぜになって心臓が少し忙せわしなくなる。ああ私の答案用紙、さようなら。


「この後は横一列を一班として、各班別々の順に斬拳走鬼の実技試験を受けてもらいます。左端に立っている試験官に続いて移動してください」


 室内が若干ざわついた。なんでもこのやり方は今年からなのだそうで、去年までは受験番号順に一人ずつ見ていたらしい。しかしその方法では時間もかかるし、近くに好敵手がいた方が実力も引き出せるだろうということで変更されたそうだ。何となく同じ列にいる人の顔を見てみるが、当然私には知り合いなどいない。周囲の人は級友と一緒だ何だと嬉しそうにしている。自分の右隣を向くと、そこにいた青年の流し目と視線がぶつかった。喜之助と似た髪型に、どことなく漂う高貴な雰囲気。おそらくは貴族の出なんだろう。あまりじろじろ見るのも失礼だし、ふいと前を向き直して移動を始めた。

 私の属する十八班は鬼道からだった。私の順番は班の中では最後から二番目、さっきの流し目の青年が最後だ。前に立つ試験官に、縛道の一『塞』をかける。的確さ、拘束力の強さ、持続時間などを評価される。私の番が来て詠唱と共に試験官を縛ると、拘束力の強さを褒められた。壁を隔てた隣の部屋から謎の叫び声が聞こえたが、私の与あずかり知るところではない。試験官は特に気に留めていないようだが、後ろに立つ青年の視線がどことなく痛い。気にしたら負けである。
 次は弓道場に似た半分屋外の場所に移動し、向こうの的に赤火砲を当てる試験だ。私の前の何人かは、発射前に爆発させてしまったり、的から外れたりして肩を落としていた。気を抜けば私も二の舞になりかねない。早朝特訓での見坊さんの助言を思い出しながら、深呼吸をして集中を高めていく。


「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏きヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱、海隔て逆巻き、南へと歩を進めよ――破道の三十一『赤火砲』!」


 勝った。丸く赤い珠が手から離れた瞬間にそう確信できた。見事に的の真ん中に命中し、威力も圧縮できていたので綺麗に穴が開いた。これなら申し分ないだろう。


「おお〜ど真ん中!素晴らしい!君、自己評価は乙になっているけど、鬼道が得意ならもっと上のやつをここでやってみても良いよ」

「ありがとうございます。でも、赤火砲がとりわけ得意というだけなので……これで終了させてください」

「そうかい?勿体ない。でもあの赤火砲なら十分だね」


 上位の鬼道も詠唱だけならばっちりだが、やるだけ無駄というものだ。せっかく高評価を得られたのに取り消されかねない。後方に下がり、次の番である青年の赤火砲を見物する。私のものと同じくらい良い出来で、試験官に促された彼は更に破道の七十三『双蓮蒼火墜そうれんそうかつい』を披露していた。入隊前から七十番台とは、恐れ入った。

 鬼道の実技を終えて、次は白打の試験だった。相撲の土俵より少し狭い円があり、そこで一対一で組む。一回目は対試験官、二回目は受験番号前後の二人組で対戦だ。対試験官では倒すことが目的ではなく、如何にして攻撃を避け往なすかを見るらしい。反射神経には自信がある。相手は刀で斬りかかってくる訳ではないのだし、素早い攻撃は腕で防御すればいいだろう。先ほど赤火砲を爆発させていた人は白打は得意なようで、難なく試験官の攻撃を流している。やはり人には得手不得手があるものだ。順番が回って来たので円に入り試験官と向き合うと、暫しの間を置いてから話し掛けられた。


「貴女は……楠山沙生さん?」

「はい、そうです。……? どこかでお会いしましたか?」

「貴女が意識を失っていたとき、一方的にですが。私は刑軍所属の者です。火傷を負って運ばれている途中だった貴女にお会いしているのですよ」

「そ、そうだったんですか……」

「回復されたようで良かった。安心して臨めますね。では、参ります」

「はい!よろしくお願いします!」


 現役の刑軍が試験官だったとは、これは手強い。流石に手加減はしてくれているようだが、動作の一つ一つに間も隙も無く、次々と拳や蹴りが繰り出される。払ってきた足を跳ねて躱し、首を狙ってくる蹴りを腕で防御し、拳を捕まえて軌道を逸らす。片方の手首を掴まれて背負い投げされそうになったが、空中で何とか体を捻り、空いている手で試験官の肩を押し、抜け出して着地することができた。


「お見事。ここまでです」

「はぁ、はぁ……ありがとうございました!」


 もろに攻撃をくらうこともなかったし、良い線いってるんじゃなかろうか。次はあの青年との組手だ。順番が回ってくるまでに息を整えないといけない。いま目の前で行われている試験官との対戦と先の鬼道のことを鑑かんがみれば、彼はこの班の中では抽ぬきんでた実力を持っている。嫌なのと当たってしまったな、と思うが仕方がない。そういう相手と当たるのも経験になって良いと思うことにしよう。
 班内での受験者同士の組手が始まった。待っている間に体を冷やさないよう軽く体操でもしていようと思い立ち上がると、対戦相手となる彼がこちらに歩み寄って来て、隣ではなく目の前で立ち止まった。彼は背が高いので、私はやや見上げる恰好になる。対戦前に挨拶でもしに来てくれたのだろうか。


「……楠山沙生」

「? はい。楠山沙生です。お相手、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。兄けいのことは爺様から聞いている」

「お爺様からですか。どうして私のことをご存知なんです?」

「私は朽木白哉。爺様は護廷十三隊の隊長ゆえ、先日の兄の虚討伐についても知っている」

「なるほど、そうですかー……って、朽木銀嶺隊長のお孫さん……!?」

「そうだ」


 貴族に違いないだろうとは思っていたが、まさかのまたも五大貴族様である。不思議な巡り合わせだ。朽木家は代々、当主が隊長を務めていると聞く。ならば英才教育に加えて鍛錬も流魂街出身者とは比べ物にならないほど積んでいるだろうから、彼の実力にも納得できる。


「だが、兄が入隊試験を受けるとは知らなかった。霊術院で見かけたこともない。既に卒業していたのか?」

「いいえ……霊術院では学んでいません。ご縁があって、主に志波副隊長にお世話になって試験を受けてみることになったんです」

「そうか。志波家のあの……そしてその実力。相手にとって不足はないな」

「ええと、お手柔らかに」

「それは聞けぬ」


 口調はまあ穏やかなのだが、どこか好戦的な彼は闘争心に火が点いたらしい。挑発的な視線を投げかけてくる。良い経験になるとかそんなことも言ってられないかもしれない。やっぱり当たりが悪かったか。


「次!楠山沙生、朽木白哉、前へ」


 円の中に入って向き合う。朽木白哉という名を聞いて、他の班の受験者たちの視線も集まっている。彼に勝てるとも思っていないが、この大勢に見られている中であっけなく負けるつもりもない。残る歩法と斬術の試験のために程々にしておこうとか、そういうのは無しで全力でいく。


「はじめ!!」


 じり、と両者ともに足を動かす。出方を伺ったところで勝機は薄いのだ。ここは先手で攻める!体勢を一気に低くして地面を蹴り、彼の鳩尾みぞおちに拳を突き付けた。だがやはりそう簡単にいくはずもなく片足軸で躱され、回り込まれて私の背中めがけて手刀が降り下ろされる。しかし海燕さんの不意打ちのそれと比べれば僅かに遅い。上半身を捻って上を向くのと同時に片腕で手刀を相殺し、飛び退のいていったん距離を取った。すぐに詰められて回し蹴りが飛んできたので肘で受け止め、負けじとこちらも蹴り上げるが、同じようにして止められてしまう。
 暫くの攻防が続く。言い訳はしたくないが、体格差と純粋な力の差があって、同じ動きで受け止めているのに私の方が毀傷きしょうを受けている。腕、肘、臑がじんじんと痛むのだ。長引かせるのは得策ではない。こうして相対あいたいして分かったが、そもそも彼の方が上だ。奇策で以て、一か八か。渾身の力で跳び上がり、彼の頭上を越える。驚いて目を見開いているようだから、不意は衝つけたか。そのまま首根っこを掴み、自分が着地する前に空中で前転しながら円の外に放り投げてやる!……ということをしようとしたのだが。


「……そこ!」

「! っ、く」


 俊敏に対応されてしまい、振り向きざまに右手首が捕まり左肩は押さえられ、敢え無く仰向けのまま地面に縫い付けられてしまった。受け身は取ったが、打った背中が少し痛む。


「そこまで!!」


 負けた。しかしこれほどの実力者相手にしては粘った方ではないかと思う。拍手まで貰っているし、これで負けたから落とされる、なんてこともないだろう。押さえていた手を離し立ち上がった彼は、まだ寝転がっている私に手を差し伸べてきた。


「……立てるか?」

「ん、ありがとう……イタタ」

「加減できる相手ではなさそうだったからな。すまぬ」

「いえ、加減されない方が光栄ですし。ありがとうございました」

「そうか……これまで組んだ同輩の中では一等手強かったぞ。斬術でも当たるかもしれぬとなると、気も抜けぬ」

「斬術なら、今みたいにはいきませんよ」

「ほう?強く出たな。もし当たらずとも、兄とは一度手合わせ願いたいものだ」

「ええ、是非」


 そのときには、この借りを返して差し上げなくては。だがこの班は斬術の前に歩法の実技試験だ。試験官の後を追い屋外の広場に移動する。徒競走の記録を計るみたいに、端から端までの瞬歩の速さを競うとのことだ。班は更に二つに分けられ、私と朽木白哉は後発の組になった。前の組の人たちが走る様を見ると一着と最下位の差は激しく、僅か数秒の瞬歩で終わる者と普通に何十秒とかけて走っている者とがいた。四番隊志望だったり、素早さより力が売りだったりすると、瞬歩というのはそう重要ではないのかもしれない。
 自分の組の番が来て、横一列に並び、試験官の合図で一斉に走り出した。実は、十三番隊での赤火砲の練習の合間に、敷地内を瞬歩で回ってみたりもしていたのだ。岩鷲くんを助けたときより少し早くなっているはずである。足先に気と霊力を集めて、駆ける。瞬歩というのは、理屈がどうのこうのより想像力が大切だ。とにかく速い自分を想像して前のめりに。独特な体重移動と霊力で空間を圧しきる感覚でいく。私が八分目に差し掛かろうとしたとき、朽木白哉は既に到着地点まで行っていた。ついさっき、移動中にちらりと見えた彼の自己評価が全て「甲」なだけはある。私は彼より3秒遅れで着いた。秒数でいえば大差ないようだが、距離でいえば軽く300メートルは開いていた。


「歩法も中々だな。私には及ばないが、受験者の中では速い方だろう」

「ふぅ。……さすが、白哉さんの瞬歩すごく速いですね」

「……白哉さん…」

「お嫌でしたか?朽木さんだと、銀嶺隊長や蒼純副隊長も被ってしまうと思って」

「いや……あまり呼ばれないから少し驚いただけだ。別にいい」

「そうですか?なら良いのですけど」


 残るは斬術の実技試験のみ。私が胸を張って得意だと言える科目だ。板張りの道場のような部屋に移動し、一人一本の木刀を手渡された。白打の試験と同様に、一回目は対試験官、2回目は受験者同士で対戦を行うということで、私も白哉さんもつい不敵な笑いを浮かべていた。試験を受けに来ている身であるというのに、合否がどうこうより対戦が楽しみになってきてしまっている。しかし下手に緊張せずに済むからそれでも構わないだろう。そう楽観し、対試験官で自分の順番が回ってきたとき、ドゴッという衝撃音とともに部屋の壁に一つの大穴が開けられた。突然のことに、試験官も受験者も声を上げることすら忘れていた。立ち昇る砂煙が徐々に晴れていくと、そこに立っていたのは傷痕のある顔に壁のような巨躯、そして肩には可愛い桃色髪の女の子がしがみついている。見紛うはずもない、十一番隊隊長更木剣八と、副隊長草鹿やちるだ。


「入隊試験の会場ってのはここか!?」

「は、はい!ど、どうされました更木隊長……」


 近くにいた試験官が情けない声で答えた。試験官でさえこれだから、受験者たちも大半が怯えてしまっている。


「そうかここか。やっと着いたか。やちる、やっぱお前が言ったのと反対だったじゃねえか」

「ぶっぶ〜!!剣ちゃん、曲がり角ぐるぐるしてたでしょ!あたしこっち指してたもん!」

「あぁ?適当なこと言ってんじゃねえぞ」


 周りで呆気にとられている私たちのことなど気にも留めず、二人はやいのやいの言い合っている。瀞霊廷通信で彼らの写真を見たときは「何とも不釣り合いな二人組だ」と首を傾げることしかできなかったのだが、いざ目の当たりにしてみれば案外そうでもないのかもしれない。前隊長を斬ってのし上がった恐ろしい男であるはずなのに、少女は恐がる素振りも一切なく、仲も良さそうである。


「まァいい……おい、楠山って奴はいるか。まさかもう終えちまってやしねえだろうな」

「楠山沙生ちゃ〜ん!どこどこ?いる?」


 ご指名。まさかの。この場にいる人たち全員の視線が突き刺さる。ここで無視してもどうせ誰かに突き出される。潔く一歩前に出て、更木隊長の方を向いて言った。


「私です。私が楠山です」

「お前か。よし、ちょっとどんなもんだか見てやるぜ。構えろ」


 周囲が一層ざわついた。更木隊長に目を付けられるなんて、心当たりは一つだけだ。あいつらが何か吹き込んだに違いない、と内心で舌打ちする。更木隊長は脇に置いてある木刀には目もくれず、抜き身の斬魄刀を担いだまま寄って来た。


「……せめて試験を終えてからでは駄目ですか」

「温ぬりぃこと抜かすなよ、俺が試してやるって言ってんだ。つうか、斬魄刀もってんだろ?木刀なんかで向かってくる気か?死ぬぞ」

「隊長、殺しちゃ駄目ですよ」
「そっすよ。沙生!ほら、斬魄刀」


 更木隊長が突っ込んできた方とは反対の、ちゃんとした部屋の出入口の方から二人の声がした。弓親と一角だ。こうなることが分かっていたのか、一角は何故か戸棚に預けていたはずの私の斬魄刀を持っていて、放って寄越してきた。こんなことになっているのは十中八九、彼らの所為に違いない。


「お前のことを隊長に話したら、戦ってみたいって聞かなくなっちまってよ」

「一角があんまり『強い』とか言うからだよ。沙生、悪いけど諦めてくれ。死ぬ前には僕らも何とか止めるからさ」

「無責任……」

「おう一角、気が利くじゃねえか。じゃあお互い刀も持ったことだし、始めようぜ……!」

「剣ちゃん、りんりん、頑張れー!!」


 りんりんって、もしかしなくても私のことでしょうか。びりりと空気が震え出した。これ、最悪ほんとうに死ぬんじゃないか。せっかく順調に試験をこなしてきたのに、ここで死んでは洒落にならない。立っているだけでも更木隊長の霊圧は凄まじく、受験者の大半は耐え切れずに座り込んでしまっている。何人かの試験官は、慌てた様子で部屋を出て行った。流石に逃げた訳ではないだろう。誰か止められそうな人を呼んできてもらえるまで、何とかもたせなければならない。


「来ねえならこっちからいくぜ!オラァ!」


 更木隊長が斬魄刀を振りかぶる。刃毀れしたボロボロの刀だが、その刃を覆っている霊圧はとんでもない強度だ。油断して普通に受けようものなら、斬魄刀ごとすっぱりやられかねない。ありったけの霊力を研ぎ澄ませて刀を抜き、どうにか初撃を受け止められたが、ただの一振りに五歩分くらい後方に圧された。壁にでかい穴が開いてはいるがここは屋内であるため、私はいま草履は履いていない。足袋と床板が擦れて熱を持つ。そしてあまりの衝撃に、腕と刀がずっと震動しているのではないかと錯覚した。蹴った鉄棒か叩いた寺の鐘みたいに、後を引く揺れだ。


「こんなのすら受けきれねえ奴もウチにはいやがる。それと比べりゃアやるじゃねえか、女……!次はお前の番だ!斬りかかって来い!」


 躊躇ためらうが、本気でやらなければ更木隊長の機嫌を損ねそうだ。いや、ご機嫌になられたところで危ないことには変わりないかもしれないが。覚悟を決めて間合いを詰め、限界まで研ぎ澄ませて斬りかかった。


「……は……?」


 私は、てっきり刀で防がれるものと思っていた。小細工なしにただ力を込めた一刀が隊長に見切れないはずがない。
 しかし更木隊長はただ立っていた・・・・・。防がなかったのだ。私の一刀は、そのまま彼の左肩を斬っていた。血が弾けて、どこかから誰かの悲鳴が上がる。


「はん……俺を斬れる奴となるとまたそういねえ。まだ浅いがな」


 血をぼたぼたと流しながら、更木隊長は怒らず寧ろ愉しそうに言った。確かに、さっきの一刀をもろに受ければあんな浅い傷では済まないはずだ。手の中の斬魄刀にばかり注意を払っていて今まで気が付かなかったが、ただ垂れ流されて彼の体を覆っている霊圧でさえ常人のそれを超えていて、鎧と同じ機能を果たしたのだろう。


「もっとだ!もっと高めろ!!ハハッ!!」


 今度は狂ったように連撃を繰り出され、必死に対応する。ただの一撃だってきついのに、ガン、ガンと次々に重い剣が降ってくる。刀で受け止めても鋒きっさきが四肢を掠めたり、斬撃の余波で皮膚のあちこちに傷がついたりしていった。


「更木隊長、やめ!ストーップ!!」
「縛道の六十一『六杖光牢りくじょうこうろう』!」

「と、父様……!?」


 部屋を出ていた試験官が連れて来たのは二人だ。派手な女物の羽織を着た八番隊隊長京楽春水が声を上げ、六番隊副隊長朽木蒼純が縛道で更木隊長の動きを止めた。白哉さんは実父の登場に驚いている。


「何だよ、邪魔すんじゃねえ!!」

「更木隊長、ちょっと周り見てみなさいよ。入隊前の子たちがキミの霊圧にあてられちゃってるでしょ」

「じゃあそいつら連れてさっさとどっか行け。今いいとこだからなァ……!」

「え、ちょ、ちょっと?」


 更木隊長は力と霊圧だけで六杖光牢を破った。跳ね返された縛道の残滓ざんしが白哉さんの方へ飛んでいったが、蒼純副隊長が『断空』で間一髪ふせいでいた。相当な鬼道の使い手だろうに、その彼の六十番台の縛道を解いてしまうとは無茶苦茶である。


「それともてめえが相手してくれんのか?そういや、巫山戯た恰好だがてめえも隊長だしな。本気出してヤりゃ強つえぇんだろ」

「え?やだなぁ買い被りだよ、それに面倒事は……ねぇちょっと、蒼純クン」

「はい」


 京楽隊長は手招きしたあと蒼純副隊長に何か小声で耳打ちする。頷いた蒼純副隊長は、瞬歩でこの場から去っていった。


「おい早くしろよ」

「いやぁ、ボクと戦っても面白くないと思うよ。仲間と斬り合いなんてご免だし……更木隊長がかかってくるならボクは避けるだけだけど、それでいいかい?」

「チッ、よくねえよ。やっぱやめだ、仕切り直すぞ!女ァ!続きといこうぜ」

「だからそれもダメだって……ああもう」


 結局、更木隊長との真剣勝負が再開してしまった。京楽隊長が来て一安心かと思ったのに、それでもどうにもならないなんてとんだ狂犬である。草鹿副隊長は楽しそうに跳ねて応援しているし、一角と弓親も手出ししてくる気配は一切ない。京楽隊長はひとまず、倒れている受験者たちを遠くに運ぶことにしたらしい。瞬歩で何処かとの往復を繰り返している。


「防ぐばっかりじゃつまんねえだろ!愉しもうぜ!」

「……っ、この!」

「ハッ!いいぞ!俺を殺そうとしたな!?」

「でなきゃ殺されますからね……!」


 それから斬っても斬っても更木隊長は倒れない。もう手の感覚が危うい。一方で、少しでも油断すればきっと斬り殺されてしまう。しかし更木隊長はこれでも全力は出していないはずだ。もし最初から全力でやられていたら、私なんて紙のように斬られているに違いない。戦うことを愉しんで、私の限界を引き出しては限々その力に合わせてきているかのようだ。


「久し振りだぜ……こんだけやれるやつはよ……!お前、焔を出せるんだってなァ!それもやってみせろよ!!」


 あの二人、本当に余計なことを言ってくれたものである。ハクの”燃やす力”の白焔は霊力の消耗が激しい。また無理に使えば、あっという間に力尽きることになる。


「出せよ!舐めてかかるならぶった斬るぜ!!それとももうヘバッたか!?」

「……箆棒が言うじゃないですか!戯けの痴れ者が!!」

「べらぼう……美しくない……」
「隊長に『戯け』って……」
「しれものってなぁにー?つるりん」


 大口。またヤケになっている自覚はあるが、そうまで言われてしまっては御覧に入れるしかないでしょう。燃やす。斬魄刀に焔を纏わせ、研ぎ澄ます。無駄なく刃のみに集中させて斬りかかり、更木隊長の刀とぶつかった瞬間に解き放った。刃から噴出するかのように燃え広がった焔は、私の身すら包み込んだ。だがこの白焔は燃やす対象を絞ることができる。目標は更木隊長の腕と胴体に絞って、轟々と焚き続けた。私と更木隊長だけが真っ白である。


「凄すげぇじゃねえか!!」

「不死身ですか……!!」


 これはよろしくない。そろそろ倒れてくれないと、もう私の霊力も限界に近い。込め続けた力がとうとう抜けそうになったとき、カン、と杖が床を叩く音がした。それほど大きな音でもないのだが、この場を鎮しずめるかのように響き渡ったのだ。音の元に目を向けようとした瞬間、私は更木隊長から引き離されるようにして後ろに引かれ、誰かに体重を預けて斜めに倒れ掛かる恰好になっていた。


「……蒼純副隊長」

「間に合って良かった。無茶をし過ぎだよ」


 私がいた場所には、いつの間にか山本総隊長が立っていた。その反対、更木隊長の背後には京楽隊長が立って挟みうちにしている。何だか大事になっていやしないか……と思ったが、落ち着いて考えてみれば、戦闘部隊の十一番隊隊長を諫いさめられる人間なんて限られている。私などが相手ではそこまで被害は大きくもならないだろうが、念のため、といったところだろう。


「更木隊長。入隊試験に乱入するとは感心せんのう。暴れる時と場所を弁わきまえよ」

「チッ、爺じじいが来ちまったか……これからってとこだったのによ」


 私はこれまでってところでした、とは口に出さないでおくことにする。


「ここまでにせい。暴れ足りぬなら儂が稽古をつけてやろう。好きなときに一番隊隊舎に来れば良い」

「爺が相手してくれんのか?そりゃいいかもしれねえな」

「そこのおぬし。その傷と疲れでは試験を続けるには無理があるじゃろう。なに、これだけ張り合ったんじゃ。悪い結果も出ようがない」

「……はい」


 畏おそれ多くも総隊長殿に話し掛けられてしまった。今日はもう帰って、発表を待てということらしい。白哉さんとも対戦してみたかったが、私は既に疲労困憊だ。今回は諦める他ないだろう。そしていつまでも蒼純副隊長に支えていただく訳にはいかないので、そっと離れて立った。


「…待て、楠山沙生」

「白哉さん?」

「手合わせの話、よもや忘れたとは言わせぬぞ」

「今、は勘弁してくださいよ」

「分かっている。いつか必ず果たしてもらう」

「ええ。落ち着いたら、いつか」


 試験会場内に保健室はあるだろうか。幸い、放っておいて死ぬような傷ではない。しかし消毒と包帯くらいはしておこうと思い、この場を後にしようとしたのだが、まだ私は解放してもらえなかった。一角と弓親が出入口を塞いで立っているのだ。


「まぁ待てよ、まだ話があんだ」

「そうですよね、隊長!」


 更木隊長はどすどすと音を立てて歩み寄ってきた。総隊長と京楽隊長は、また何か仕出かすのではないかと慎重に様子を窺っているが、その心配はなさそうだ。ついさっきまでと違って、殺気は微塵も感じられない。


「お前を十一番隊に入れてやる」

「は……、はい?」

「なァ爺!!隊長には席官の指名権限があんだよな?だったら俺はこいつを指名するぜ!」

「確かにそうじゃが……おぬしはどうじゃ?嫌ならば拒否することもできる」

「私は……」

「りんりんおいでよ〜!」
「お前、さっき隊長とやってたとき笑ってたの自覚してるか?」
「君は僕らと同類さ。ウチに来なよ」


 護廷十三隊最強の戦闘部隊、十一番隊。ずっと前に喜之助が見せてきた瀞霊廷通信では、鬼道がまるで使えない死神だらけの隊。ガラも悪い。しかし、弓親の言った『同類』というのがどうもしっくりきた。私は強い死神になりたい。困ったところも多そうだけれど、更木隊長は強い。この人の下でなら、私はもっと強くなれるかもしれない。


「――分かりました。お受けします、更木隊長」

「決まりだな!!よし、ついて来い女!やちる、一角、弓親!てめえらも隊舎に戻るぞ」

「更木隊長、私は楠山沙生です」

「あぁ?そうか。沙生、行くぞ」


 更木隊長は自分で開けた夕日差し込む大穴から外に出て行き、この場にいる十一番隊はそれに続いていく。少し驚いた顔をしている総隊長、京楽隊長、蒼純副隊長たちに一礼してから、私は更木隊長の背中を追いかけた。




あとがき(memoの追記に飛びます)


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表紙・家