眩しく語らふ天の鷹

死ぬれば死神
まぶしくかたらうてんのたか

「それはそれとして」

 前置きはこれくらいにしておきましょうの意を込めた視線を送れば、浮竹隊長はぎくりとしたように首を縮こめた。


「約束をしてくださいましたよね?遠征出発前に。今度お伺いしたら、お話の続きを聞かせてくださると」

「ああ、言ったな。言ってしまったな、俺……」

「約束は――?」

「うっ……はぁ。お前にばかり守らせようとして、俺が反故にする訳にもいかないか」

「え?隊長、こいつに話すって約束してたんすか?それなのに渋ってちゃあ始まりませんよ」


 海燕さんは「タハ〜」っとまた呆れている。しかし浮竹隊長はやっと話してくれる気になってきたようだし、委縮させたせいで再び殻に閉じ籠られてしまっても困る。振り出しに戻ってもう一回彼を引っ張り出してあげられる言葉と気力を、果たして私はまだ残しているか。否だ。


「では約束どおり、志波隊長のお師匠さん――でもある私の父様が、どういう人だったか教えてください」

「それでいいのか?本当に知りたいことは、もっと他にあるんじゃ……」

「あなたがいま思い浮かべている事について単刀直入に訊いたとして、すらすらと答えていただけますか?」

「それは……ううん……自信がない、かな……」


 浮竹隊長は背中をやや丸くして、右手で自分の後頭部をぽんとさすった。ご自分からできない提案はしないでいただきたいものだ。
 父様が帰らぬ人となった原因である“二十年前”とやらについては、浮竹隊長自身まだ上手に受け止められていない様子である。押したら崩れかねないやわ・・な心を無視してまで無理押しするほど、私は鬼ではない。無論、本心では根こそぎ聞き出してやりたいと思っているが……いま強引にやると、根幹は切れて土の中に置いてけぼりになりそうな気がする。どうせなら花実が生るまで待とう。それに、浮竹隊長の他にも話を聞けそうな心当たりはあるのだし。


「じゃあ……俺があいつに初めて会った時のことから話してみよう。まあ気の滅入る話も含むから、どうか用心して聞いてくれ。これを語るにはどうしても、心の古傷も付き纏うんだ――」



「――驚いただろう?本当に、出会った当初はとんでもないやつだったよ。京楽の忠告が後になって沁みた」

「とんでもないどころか……」


 上手く二の句が継げなかった。だって、志波隊長は大蛸型との戦いでこう言っていたじゃないか。
「……そういやぁ昔、言ってたぜ。『死にたがるな、死んでも生きることを諦めるな』って無茶苦茶をよ」
 それなのになんだ、これではとんでもなくぶっ飛んだ死にたがりだ。更になんだ、黒い焔だと?斬魄刀についてはひとまず置いておくにしても、その焔だけはどうにも私とハクの白焔と無関係だとは思えない。
 ……ハク、おい相棒よ。無反応ですか。気分でないから何処吹く風と暢気に塔のてっぺんで寛いでるのか?……問い詰めなければならない相手がまた増えたな。
 海燕さんも似たようなことを考えているのか、こっちにチラチラ視線を寄越してくる。どういうことだ?って顔をされましても、そんなの私だって何が何だか。


「父様は…………被虐趣味だったのですか?」

「こら、そんな言葉どこで覚えてきたんだ。あいつはそういうのじゃないぞ」

「今のお話だけではそうともとれます。京楽隊長の人物評も頷けますよ」

「……生い立ちがあまりに複雑だったんだ。物心つく前から存在自体を否定される事が多々あったそうだ。そのせいで、自分は生まれてきては駄目だった、生きていてはいけないんだ、と……本気で思っているみたいだった」

「俺の知る限りでは、親族は大伯父貴を邪険になんかしてませんでしたが……何がどうしてそうなっちまったんですか?」

「海燕は――あいつが体のあちこちに傷痕を残していたのを覚えているか?」


 海燕さんは無言で頷いた。さっき彼から聞いた話を思い出しながら、父様の姿を思い描いてみる。優しい笑顔だ。けれど、顔の左半分にある傷痕の痛々しさも付いて回る。他にも袖の下や懐の奥にたくさん隠していたのだろう。大きな背中にもいくつも、いくつも。


「傷痕の大半は、あいつが死神になる前に負ったものだ。刺客が家に繰り返し侵入したのだと……人伝に聞いたことがある」

「……そっすか。すると、出ていったのって――……はぁあ、訳は分かっても納得はしてやれませんね」

「それは我が事じゃないからだろう。海燕も沙生も、同じような立場にあったなら同じようにするんじゃないかと思うぞ」

「……へいへい。ここに来て俺が最初に見た隊長は幻だったんですかって思えるくらい口が回るようになりましたね」


 刺客とはまた黒い話題であるのに、浮竹隊長の表情はやわらいでいる。あんなに話したがらなかった割に口を開けばこの饒舌さ、彼にとって父様はよっぽど自慢の友であったとみえる。父様について語れればそれだけでもう何でも嬉しくなってきてしまうって程には。
 父様が志波家に帰らなかった理由とは、自分を狙ってくる刺客の脅威が間違っても大切な家族に及ばないようにするため……か。標的は自分だけだから、距離をとれば安心だと考えたのだろう。家族に自分を護ってもらうより、自分が家族を護ることを選んだのだ。その選択は自己犠牲的な面もあって一概には褒められないが、私も自身のこれまでの行動を振り返ると……そういうがない、とは……言えないだろうなぁ。言ったら一角にも弓親にも小突かれそうだ。誰かさんたちからは手刀と這縄もお見舞いされそう。金矢と蒼純副隊長は断然こちら側のお仲間な気がする。


「何度も暗殺をはかられるほど嫌われる要素って何だったのでしょうか。目の色……だけではないですよね」

「刺客を送った奴らの考えも言い分も、俺には分からないよ。……いや、分かりたくもないというのが先ずあるかな。当事者に言わせれば色々あったんだろうが、あいつは何も悪い事などしていない。そもそも、理不尽に虐げられたときでさえ絶対にやり返さない相手のどこを危険視する必要があったのか……」


 聞いていて思うが、この人は些か善良が過ぎる。眉根を寄せて考え込んでもこれという見当がつかないようだ。確かに『こいつは手強い』。父様の気持ちを何となく理解した。あんまり純粋で白くって、自分が汚く思えてくるかも。
 卯ノ花隊長はこう言っていた。迷信、悪習、未知のものに対する恐怖――そういったものが人々を狂わせ、父様に差別の矛先が向いたのだと。私が現時点で持っている情報からだけでも、赤瞳、双子、謎の黒焔、と当たりがつけられる。これら以外にも何かあるとは思うが、差別の要因にはなり得るのだろうとは分かってしまう。しかも現在より差異や異例に対して大いに寛容でなかったであろう数百年前の話だ。少数の特別な存在に向けられる世間の目は酷く厳しく、極めて生き辛い時代だったのではないかと想像できる。
 しかしだからこそ、暗い世界を見てきた父様がうっかり浮竹隊長みたいな人に出会ってしまったら、それはそれは眩しい一差しの光のように映ったことだろうとも想像できる。


「……どうやって落としたんだか」

「ん?沙生、何か言ったか?」

「いえ?それからどのようにして仲良くなられたのかなぁと。避けられたりして大変だったのではないですか?」

「よく分かったな。そうそう、あいつは俺から逃げるようになった。否が応でも鬼ごっこが始まって、おかげで俺も少しずつ体力がついていったりしてな――」



「――とまぁ段々と心を開いてくれた……けど、それからも百年くらいはずっと忙しそうにしていたよ。いつ休んでいるのか分からないくらい飛び回っていて、やっぱりそう簡単にはつかまらないんだ」

「浮竹隊長は…………簡単ではない相手ほど燃えてくる質ですか?」

「こら、何だその言い方は。今度は俺が変な趣味みたいじゃないか」

「ふふっ。しかし物申させて頂きますが、『変わり者だな』と言われて否定はできませんでしたでしょ?」


 浮竹隊長は反論しようとしたのか何やらクワッと口を開いたが、どうも何も思い付かなかったみたいだ。そのままパクンと閉じられた口元は波線を描いて悔しそうである。きまり悪そうに肩を窄めて、指でちょいと掻いた頬はほんのり色付いている。今更そんな照れくさい素振りをされたところで、こちとら聞いているだけで胸焼けするような親愛の情をまざまざとひけらかされた後なのですけれど。尻こそばゆいってこういう感じか。


「父様が根負けして折れたのも解ります。浮竹隊長は普段は親切で物腰柔らかでいらっしゃいますが、時たま石にでもなってしまわれたのではと思うくらい譲ってくださらない時がありますから」

「そ……そうか……?」

「あー俺も解る。隊長には怖いってのとはまた違う圧というか頑固さがありますよ」

「な、なんだ二人とも……そんなくしゃみし損ねたみたいな顔をして……」

「だって……」
「な〜?」


 ……顔を見合わせて思った、海燕さんも私と全く同じ気持ちでいる。凄い、こんなに人と心が通じ合ったのは初めてかもしれない。もうこれに関しては何も言うまい。浮竹隊長はそのままでいい。


「むぅ……思い出してきたぞ。京楽も当時そんな顔をしていたような……」

「そうでしょうとも。京楽隊長はその後なにか変わられましたか?父様に対して」

「やり取りの調子は変わらずだったな。元々、天鷹を忌み嫌っていた訳ではなかったみたいだし……苦手意識も次第に薄れて、俺たち三人が上位席官になった頃にはもうそんなの忘れたみたいに打ち解けていた」


 三人の若かりし頃が目に浮かぶ。父様は人付き合いには消極的だが、言動を聞くに茶目っ気はあったようだ。そして見放す気ゼロの浮竹隊長がにっこにこ追いかけて、面倒嫌いの京楽隊長はやや遠くから見守りつつ、しかしどうも突っ込み役が不在なので仕方なく間々あいだに入る、と。……結局巻き込まれたのでしょうね。御苦労様です、苦労人の玄人くろうとかな。


「……仲良し三人組ですか」

「そう、仲良しだ。しかし天鷹は友達をつくるのが下手でな。だが根っこは凄く好いやつだから、それに気付いて良くしてくれる人も少しずつ増えていったさ」

「卯ノ花隊長は父様と交流のあった人として浦原元隊長、桐生さん、御厨さんを挙げておられましたが……」

「曳舟のことも聞いたのか?」

「はい、お名前だけ」

「そうか。曳舟は豪胆で世話好きで、捻くれ者を見ると放っておけない性というかなぁ。彼女が十二番隊の隊長になって以後のことだが、『アタシが纏めて面倒みる!』って感じだったな」

「お会いしてみたいですが……王族特務では中々難しいでしょうね。何となく食堂の女将さんや肝っ玉母さんのようなお人柄ではないかと想像しますけど……どうですか?」

「はは、的確だ。全く以てそんな感じだよ。他には七代目剣八だった刳屋敷に、そいつの副隊長だった佐郷さごうに……失踪中の元二番隊隊長の四楓院とも妙な縁があったとか……もう少し経つと一心や蒼純も入隊して、人の輪は広がっていった」


 浮竹隊長は穏やかに笑って嬉しそうに語る。冒頭にとんでもない話を聞かされたときは流石に怖気おぞけを震ったが、もうそろそろぽかぽかしてきた。
 孤独を選んだはずの父様は、山本総隊長に拾われ、浮竹隊長という友を得、それが切っ掛けとなって優しい方々にも巡り合えたのだなぁ。痛くてつらい事も絶えなかったろうが、ちゃんと楽しくて幸せな事もあったなら良かった。


「あとは……おっとそうだ、逆藤さかふじを忘れたらいけな――」

「ぶッふぁ、っオ゛、ぶぉ、えっホ、」

「海燕さん!?」


 隣で黙々と練り切り頬張ってはお茶飲んでるなぁこの人……と思っていたら、急に咽て胸をトントコ叩きだした。朝ごはんの時もやっていたし、もっと食べ方をゆっくりにするべきなのでは。中々おさまらないみたいなので背中を軽く叩いて差し上げよう。


「大丈夫ですか?草鹿副隊長でも目指してるんですか?」

「ごふぇ、っふ、あっ……あー……ふぅ。……いやいや、あの子の真似は誰にもできねぇだろ」

「承知ならどうぞゆっくり味わってくださいな。これ、上等なお菓子ですよ」

「そ、そーだな。お前も乾いちまう前に食えよ。隊長もどうすか?見坊のやつ結構くれましたよ」

「いいのか?実はさっきから気になって……見坊の選ぶ菓子はどれも旨いんだ。たくさん話したら小腹が空いたような気もするし……」

「どーぞどうぞ。これとかどうです?たぶん椿の花の――……あ」

「……あっ」


 そうだ、これも訊いておくべきだ。瀞霊廷帰還目前にして私たちの前に現れた、あの椿色の最上級大虚ヴァストローデのことについて。


「浮竹隊長、あの……答えづらい話であれば無理にとは言いませんが……」

「なんだ?今度は二人揃って神妙そうに」

「合同遠征部隊帰還の際に、一悶着あったのはご存知ですよね?」

「……報告は受けたよ。夜間に襲撃してきた個体とはまた、別の……人型虚のことだろう」

「その虚は私と海燕さんを見て、母様と父様の名を口にしました。でも嘗て会ったことがある、というよりは――」
「『ニルが言ってた』だったな。大伯父貴たちに会ったことがあるのはその“ニル”って奴の方なんだろ。それも強い虚のことを指してるんだと思うが……」
「ええ。浮竹隊長は何か心当たりはあったりしませんか?」


 ぷすり。練り切りの椿に竹楊枝が刺されて立つ。浮竹隊長は返事とはまた違う雰囲気で「ああ」と零すと、そっと切り分けたそれを再びぷすりと刺し、口に運んで咀嚼した。「うん、旨い」と呟いてはまたぷすり。……お菓子を召し上がっているだけなのに妙な空気になってないか。食べられていく椿をじっと見ることしか出来ずにいたら、海燕さんに背中を叩かれた。……私は別に咽ておりませんが。


「……うきたけたいちょう?」

「俺が知ってるのは名前だけだ。“ニルヴァーナ・ルーフガン”――完全に人型であり女型の虚で、何度か現世や流魂街に現れたことがあったと」

「“ニル”……えっと、それで……」

「……天鷹は……そいつとも友人になったのだと、言っていた」

「へっ?……虚と友人……ですか?」


 ぶすり。……あっ。これたぶん踏んじゃいけないやつ踏んだ。誰でしたっけ、『怖いのとはまた違う圧』がどうたらとか言ったの。取り敢えず、海燕さんの背中を叩き返しておく。


「天鷹は護廷に背くことは絶対にしない。それは確かだ。そのニルとかいう虚は、死神にも一般魂魄にも危害を加えた記録は一切ないそうだ。……そいつに会ってきた帰りだという天鷹は、よく怪我をこさえていたが」

「……どういうことなんでしょう……修行相手、とか……?」

「そうだったのかもしれないが、俺は詳しく知らないんだ。知っているとすれば――浦原喜助。今となって真相を語れるのは彼くらいのものだろう」


 ここでまた彼か。コッソリの達人さんめ、謎ばっかり残してからに。父様も父様である。友人に友人を紹介とか全然しなかったんだろうなぁ。同じ組織に属している友人と友人が友人同士じゃないって、窮屈には思わなかったのだろうか。
 やれやれと思っておでこに手を当てていたら、海燕さんがいたわるようにスッとお菓子を渡してくれた。黄と緑にややべにが差された梅の実を模した練り切りだ。美味しそう、いただきます。
 ここまでは聞き役に回っていた海燕さんだが「それ食ってる間の進行は任せろ」ということらしい。胡坐を組んだ脚の上の両端にそれぞれ握り拳を置いて、しっかりと浮竹隊長に向き合っている。


「隊長は浦原元隊長とは親交深いんでしたっけ?」

「いや……俺が彼と初めて話したのは天鷹がいなくなってからだ。彼と天鷹に親交があると知ったのは沙生が生まれた頃だったが、当時彼は隠密機動としての任務が主で滅多に表に出てこなかったし、そう機会もなく……正直避けられていたんじゃないかとも思うが……彼ともっと早く話をしておけば、と……後悔したことは一度や二度じゃない」

「会えてなかったんならしょうがないっすよ。そりゃ自罰ってやつです」

「……うーん……耳が痛い……」

「でも、大伯父貴がいなくなってからは話したんですよね。俺が訊きたいのはそこです」


 海燕さんの目付きがちょっと悪くなっている。じぃっと浮竹隊長を睨むように見詰め――反して、一瞬だけ私の方に向いた視線はどこか気遣わしげだった。


「……二十年前の事件の後から……現世にいた楠山のこと、監視してませんでしたか」

「へ……?」

「………海燕……」


 急に何を、と思って二人の顔を交互に見てみるが、既に口を挟める雰囲気ではない。浮竹隊長は黐鳥もちどりの如く難渋したように目を伏せた。


「もう五年前になりますか。俺が初めてこいつに会った日――こいつの命日です。隊長は俺に『今すぐ現世に向かってくれ』と言いました」

「……ああ」

「そして当時玲瓏山もゆらやまとその周辺の地区駐在任務担当だった見坊に『これを渡してくれ』と、伝令神機を託してきました」

「……ああ。そうだったな」

「席次は与えられちゃいましたが、俺は死神になって浅いもんでしたから。なぁんも分かってなかったんですよ。右も左も。伝令神機って便利な道具がまだ・・開発・・途中・・だっ・・たう・・えに・・非公・・表だ・・った・・ってことも」


 海燕さんは湯呑を上から摘まむようにして持ち上げると、ずずっとお茶を啜った。その表情は全く乗り気ではなくて、本当はこんなこと言いたくないのだと表明していた。浮竹隊長は目を伏せたままだ。


「伝令神機が未普及なんだったら、現世の虚出現観測の網もろくに張れてなかったでしょう。というか未だに張れてないそうですよ。流魂街を優先して順次広げていってるのが現状だって話でした」

「……機械はからっきしだと言ってなかったか?誰から聞いたんだ」

「技術開発局に阿近ってガキがいましてね。無愛想ですが割に話の通じるやつですよ」


 あの海燕さんが――カメラをまるで魔法道具みたいにもて囃して燥いでいた海燕さんが、機械について急にぺらぺら話しだすものだから驚いた。阿近少年からの付け知恵なら納得だ。それにしても私が春に入院する前は技術開発局に入ったこともない様子だったのに、いつの間に仲良く……って、入院していた間か。阿近少年とお茶したら何か面白い話とか聞けないかな。
 ――そんな与太に思考が割かれる。頭の中が散らかってきた。無意識に逃避しているみたいだ。……監視って、なに?


「そいつに拠りゃ、現世で何時何処に虚が出るかなんて現在いまですら殆ど分かりっこないってことでした。……それだってのによくまあ、五年も前に“予感”できたモンっすねと思う訳です」

「……やはりお前は優秀だな。隠し事なんか通じない」


 構図としては暴かれている事相であるのに、浮竹隊長は安堵したように弱々しく笑う。まただ、またあの顔だ。


「たまたまですよ。最近までは隠せてましたって。……隊長は損な役回りの請けすぎです。好きで気負ってるにしても、ここらで一つくらい肩の荷おろしたらどうです」

「……責めないのか」

「趣味じゃねーっす。それにどうせ、そうしなきゃならない理由があったんでしょ。ただし楠山にはちゃんと話してください。俺がモヤモヤしてんのはそこだけです」


 言いたいことは言い終わったという合図代わりに、海燕さんは両腕をぐっと上にやってのびする。いつもの調子に戻って寛ぎ始めたそんな彼を見て、浮竹隊長は眩しいものを前にしたときのように目を細めた。


「……沙生」

「はい」


 噛み締めるように名前を呼ばれると落ち着かない。浮竹隊長は懐から何かを取り出して、私によく見せるように掌を広げた。握ればすっぽり隠れるくらいの大きさの、金と黒で鳥を象った何かの装飾具だ。


「俺はこれをずっと懐に入れていた。二十年――お守りみたいに事ある毎に握りしめた。勇気を貰うこともあったし、赦しを乞うこともあった。これは……天鷹がのこしていった忘れ物だ」

「……父様の…」

「あいつが自分の斬魄刀の柄に着けていた手製の目貫だ。飾り気のないやつだが、これだけはお気に入りなんだとよく言っていた」


 説明を終えた彼はぎゅっと鷹の目貫を握りしめ、瞼を閉じて押し黙った。外からあたたかい風がふうっと吹き込んで、白い髪がふわりそよぐ。やがて目を開けた彼は掌もまた開き、そっと私の左手を取ってそこに目貫をのせてきた。


「沙生。これを預かってくれないか」

「……あなたの大切なお守りなのでは」

「ああ。心の支えだ。しかし同時に、俺の逃げ所になる。それに懺悔さんげしたところで影像えすがたに縋るのと変わらないのに……あると、つい寄り掛かってしまう」

「……形見を拠り処にするのは、そう悪いことだとは思いませんよ」

「甘やかすなよ。俺の豆腐みたいな決意が崩れるだろう」

「ふふっ、何ですかそれ」


 結局、押し付けるようにして目貫を握らされた。浮竹隊長がうつした熱がまだ残っていて温かい。


「沙生、海燕。お前たちにちゃんと話すよ。まだ全てに向き合う勇気のない俺だが……今日のところは、どうかこの告白を聞いていってほしい」



「…………は、……」


 ハクがちゃっかり登場しおった!


「彼に拠れば、執念深い桃色の悪魔によって玲瓏山が襲撃される可能性が残っていた。念には念を入れて、あそこには彼が個人的に開発していた機器を設置しておいたんだ。いつ異変が起きても、すぐに分かるように……」

「ははーあ……それで当時はまだ技術開発局もなかったってのに、あの人独自の最先端技術を使って二人だけで動向監視を始めてたってことですか。そりゃ阿近も知らないはずだ」

「四六時中張り付いていた訳ではないぞ。彼の発明したシステムは、異変を自動感知して知らせてくれるものだった」

「で、五年前はあの山で虚が感知されたから、俺らが向かわされたと」

「そうだ。しかしあの日はただ現れただけではなかった。そう強力なものでもなかったが、虚除けになる結界も張り巡らせていたのに……それが急に機能しなくなってしまった」

「そりゃあまた。なんでだったんすか?」


 海燕さんが受け答えしてくれている内に少しでも頭を整理しようかと思っていたのに、更にどんどん情報が足されていく。


「あの日、あの時……あの場所は“重霊地”になった・・・んだそうだ。時代と共に不規則に移り変わるという霊的重要地――元々近しい気配のある土地だとは思っていたが……浦原は『土地の霊脈が急激に変わったせいで制御が利かなくなった』と、ひどく焦った様子だった。……向こうで沙生が平和に暮らして、何も起こらず、もう俺の目に触れることがなければ……それが一番だ、と……願っていたんだがな」


 浮竹隊長はそこで一旦言葉を切り、申し訳なさそうに俯いた。
 卯ノ花隊長のお話の比ではないくらい色々と詰め込まれて、とても即座には呑み込めない。監視といっても悪意なんて微塵もなかったんじゃないか。そも、母様という保護者の許可を得ていたようなものだし、あの、桃色の悪魔と私にそんな因縁があったとか初耳だし、それより、なんかご先祖さまの話とかチラついてたし、というか、名付け親……?


「とはいえ……監視していたというのはその通り、紛れもない事実だ。聞かされて良い気持ちにはならないだろう。沙生、本当にすまなかった」

「あ……そんな、そんな!頭下げたりしないでください!」


 深々と謝罪されて、止してほしいのに嬉しかった。この人は――そんなにも前から私のことを気に掛けてくれていた。ぶわっと胸があたたかくなっていく心地がする。


「浮竹隊長……ありがとうございます。私いま、あなたの後頭部じゃなくてお顔が見たいです」

「……な……なんだと……尚更恥ずかしくて上げられないじゃないか……」


 海燕さんが座ったままずりずりと浮竹隊長の方に寄っていく。そして、彼の両肩をがっしりと掴んだ。……あれ?コレ、さっきも見たな?


「隊長〜〜?」

「んぐッ……海燕、お前またっ…た……やめろ、やめなさい……!」


 お仲のよろしいことで。はいはい、はっけよいよい、勝負はもう見えていますけれど。また二人してぷるぷると震えて、暫くすれば力負けした浮竹隊長が「ぶはっ」と頭を上げた。はじめから素直に上げてくだされば良かったのに、粘ったせいで最初より赤らんでいる。


「う……沙生……」

「はい。沙生です」

「……あいつも一緒に考えたんだよ」

「はい。私にも父様はちゃんといるんだって……やっと実感が湧いてきました」


 御伽噺でも幻でもなかった。私には、誰かを護って戦えるような死神の父様がいるのだ。そう、いるんだ。


「浮竹隊長。私、あなたと約束したことがありましたよね」

「……ああ」

「今でも考えは変わりません。死神やってる以上、常に危険とは隣り合わせです。ですが……あなたのところに帰ってくる努力はちゃんとする、という約束ならできます」

「……ありがとう。それで十分だよ」

「それと、もうひとつ」

「ん?」


 すっくと立ち上がる私の動きを、浮竹隊長は不思議そうに目で追った。海燕さんは何となく私のやることが分かったみたいで、すすっと端に避けて場所を空けてくれた。一瞬目が合って、にやりと笑い合う。


「掠え『鳶絣』」


 常時帯刀している斬魄刀を抜いて始解させた。りんと音が鳴って、柄も刀身も全てが漆黒になる。
「沙生の斬魄刀の力については俺も人伝に聞いているが、今度……そうだな、次に十三番隊に来た時にでも見せてくれないか」
 これから御指南を請うような流れではないが、そういえば見せると約束していたから。浮竹隊長はもう目を皿にしている。「これに写されている本体、あなたが昔みた白い鳥さんなんですよ」なんて付け加えたら魂消られてしまうかも。言わぬが花かな。


「それが……沙生の斬魄刀か……」

「はい、鳶絣です。鷹じゃないですけど……どうですか?父様のとおんなじ色、してますか?」

「――ああ、おんなじだ。形は違うが、きれいな黒だ」


 振らずにじっと構えたまま真黒い刀身に白焔を灯す。少しずつ大きくしていって、花吹雪を模して。ここは浮竹隊長の隊首室内なので何も燃やさないように気を配りつつ、それでいて、ほのあたたかい熱くらいは肌に感じてもらえるように。


「白い焔……なぁ、もしかしてそれは……斬魄刀がなくても――?」

「ふふ。さて、どうでしょうね?」

「……ふふっ、はは。成程。なるほどなぁ……」


 浮竹隊長はうっすらと目尻に涙を浮かべて笑った。海燕さんはというと、ちょんちょん、と指で白焔をつついて遊んでいる。燃やす対象を絞れる焔であるとはいえ、触れるのに全然躊躇がないな。流石というべきか。


「おっ?」

「どうしました?熱かったですか?」

「いや。今一瞬、ちっと黄色っぽく見えた気がした」

「……そうですか?」

「反射かなんかだろ。にしてもこれ、暖とるのにも使えて便利そうだな」

「夏が始まったばかりですよ」

「へへ、終わったら試しゃいいだろ」


 白焔を消し、始解を解除して鞘に戻す。すると海燕さんは「そろそろ失礼すっか」と立ち上がってもっかい伸びをした。勢いよく突き上げた腕がごつんと欄間にぶつかって「ぎぇ」とか変な声を出した彼が可笑しくて、浮竹隊長と顔を見合わせてもっかい笑った。


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