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Disguise/Disclose


4.

 12月24日。鏑木は浮足立つ気持ちを抑えきれず、いつもより1時間早く学校に着いた。
 職員室には山崎の姿があった。バスケ部の朝練があるから、早く来ているのだろう。鏑木は心の中でほくそ笑む。お前の狙っていた獲物は、今夜俺がいただく。お前は指を咥えて見ているんだ……。
「山崎先生、おはようございます」
「おや、鏑木先生。今朝は早いですね」
「ええ、年内最後の登校日ですからね」
「いやぁ、本当に熱心だなぁ」
「いやいや、山崎先生には敵いません」
「何ですか、それは」
 ははは、と二重顎を弾ませて笑う。まったく、呑気なものだ。
 ふと、鏑木の中の支配欲がきざして、あえて話題にしてこなかったことに触れる。
「ところで山崎先生。うちのクラスの秋山のことなんですが……今年に入ってから、バスケ部を辞めてしまったそうで」
「え? ああ、そうそう、そうでした、そうでした。いや、これは失礼しました。担任の鏑木先生に伝えるのを忘れていましたね」
 山崎はわざとらしく己の狭い額をぴしゃりと打つ。
「熱心で優秀な選手だったのに、本当に残念です。なんでも、他にやりたいことがあるそうで……」
「へぇ、そうなんですか」
 山崎の白々しい弁解を内心せせら笑いながら、鏑木は熱心そうに聞いた。
 草太の身体を好きにした後は、誰彼構わず好みの子供に手を伸ばしてみてもいいかもしれない。すべてこの男に罪をなすりつけて、とんずらという手もある――鏑木はほくそ笑み、チャイムが鳴ると終業式を執り行う体育館へと足を向けた。

 終業式は1時間ほどだが、ひどく退屈だ。学期の振り返りを校長がまとめ、風紀担当の教員が冬休み中の諸注意を呼びかける。鏑木は名前を呼ばれると、風紀担当教諭として壇上に立った。
 交通安全、生活リズムを崩さないこと、休み中でも本校の生徒である誇りを失わないこと――ありきたりの文句を並べていく。
 休みだからと不純交遊は年齢らしくほどほどに、と軽口を叩くと、生徒達から笑い声が立った。これまで少年達の性をさんざん弄んできた自分が風紀担当教諭だと思うと、その皮肉に笑ってしまいそうになる。
 鏑木は同じ制服の少年達が並んだ群れの中から草太の顔を見つけると、ふっと微笑みかけ、マイクのスイッチを切った。

 教室に戻ると受け持ちの生徒達に通知表を渡す。これは名前順だから、草太が1番最初だ。
 この9ヵ月間に、草太を支持する生徒はほとんど皆無になったといってよかった。内申点を気にして担任に取り入ろうとする小狡い生徒の内の1人と見なされたらしい。
 名前を呼ばれて返事をする草太の背中にはやや白い目が向けられていたが、草太自身はまったく気付いていないらしかった。鏑木の関心だけ買えればそれで満足といった様子に、鏑木の顔も緩む。
「よく頑張ったな。数学は前の学期よりだいぶよくなった。それに社会科も……体育は、辛いのか?」
 山崎の授業だ。声は潜めたが、あえて衆目の集まるタイミングで言ってやると、草太は耳を真っ赤にして俯いた。
「……頑張ります」
 鏑木は案ずるような顔を作りながら、心の内は興奮に喘いだ。
 草太は学校内に親しい友人もなく、言葉少なになった。物静かで思慮深く、それでいて鏑木だけを頼りに学校へやって来る、鏑木好みの従順な生徒に作り替えられていた。

 終業式が終わると解散だが、鏑木は草太を伴って昼飯をご馳走してやった。捕食される前の最後の晩餐だ。草太が嬉しそうに頬張るのを、鏑木はじっとりと濡れた目で観察した。
 腹ごしらえをした2人は、人の少なくなった校舎の別館に入ると、視聴覚室の電気を点けた。黒板の上にスクリーンがあり、ボタン1つで下に降りてくる。鏑木は建て前であるバスケットボールの試合観戦の準備をしながら、細部の点検を怠らなかった。
 教員達はまだ校舎内に残っているが、別館には見回りは来ない。校長がケチって、警備員の年内の勤務日を繰り上げたのだ。おまけに室内は防音だから、多少の物音くらいでは不審に思う者もいないだろう。万一のことも考えて、視聴覚室の鍵は持ち出しておいた。うっかり保持したままだったということは、日常的にもままあることだ。
 そしてカーテン。角度によっては、本館の廊下からこの教室の中が見える。まさか捕食している現場を披露する気はないから、DVD鑑賞にかこつけてカーテンはすべて閉めた。
 周りの机をよけて中央にスペースを作ると、そこに体育館から運んで来たマットを敷いた。薄暗い部屋で2人、マットに座るなり寝そべるなりして、スクリーンに投影される映像を見つめる。
 草太は隣にいるハンターの目などには気付いた様子もなく、真剣な眼差しで食い入るようにスクリーンを見つめていた。鏑木は見るともなしに試合を眺めていたが、映像が終わる頃には時計は18時を回っていた。
「なかなか面白かったな」
 心にもないことを言いながら、草太の顔を見る。草太は満足したような、終わってしまって寂しいような複雑な顔をして頷く。
「そう言ってもらえてよかった。俺はただ……」
「ただ?」
「……できるだけ先生と長く一緒にいたかっただけだから」
 俯いて言う項がほんのりと赤い。鏑木は、2年前の桜色の少年を思い出して、居ても立ってもいられなくなった。その薄い身体に、横から抱きつく。
「草太……!」
「せ、先生?」
 腕の中できゅっと強張る身体が、鏑木の中のストッパーを破壊した。
「……ずっと、お前をこうしたかった」
 そのまま横抱きに押し倒すと、草太の唇に唇を合わせた。舌を捻じ込み、片手で草太の手首をまとめ上げる。口を話すと、草太は赤い顔ではぁはぁと荒い呼吸をして目を瞬いていた。眉間に微かに皺が寄る。
「せ、んせ……?」
 草太の怯える顔に、男の影が落ちた。

2016/09/25


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