Long StoryShort StoryAnecdote

Disguise/Disclose


7.

 手始めに、草太は鏑木の経歴を調べることにした。過去いた学校を辿ると、案の定桜斗の言っていた鏑木本人だということがわかった。桜斗の学校では産休の代打で1年間、その前は中学を3年間……中学と高校の教員免許を持っているのか、短期間であちこち移動している。
 クラスについて調べると必ずいじめが起きていたが、これはさして珍しいことではないだろう。しかし、バスケ部の対抗試合で知り合った生徒や塾の生徒など、他校生から情報を仕入れると、様相は変わって来た。
 いじめられた生徒は、全員が全員、突然登校拒否に陥っていた。それまで特別いじめられた様子もなかったのに、だ。おとなしい生徒が多かったが、仲間外れにされていたわけではないという。しかし、担任の鏑木はクラスで起きたいじめが生徒を追い詰めた、と断罪した。
 草太はますます鏑木への不信感を募らせ、学校でも注意深く男を観察するようになった。
 鏑木はひょろりと背が高いばかりでこれといった特徴はない、いたって普通の教師だった。模範的な生徒達が多いというのはあるにしても、嫌われることもなく、のらりくらりと生徒と適度な距離を置いて接している。
 休み時間には何をしているのかと探ると、よく図書室に顔を出しているらしかった。図書室は、比較的インドアでおとなしいタイプの生徒の憩いの場となっている。草太はい慣れない空気に心地悪さを抱きながらも、本棚の影に隠れて男を注視した。
 鏑木は、物静かな生徒には積極的に声を掛けているようだった。草太はあまり構われたことはなかったが、桜斗に対して優しかったというのも頷ける。そこでふと、引きこもりになったという生徒達の共通点に気付いた。どの生徒も、休み時間に教室にいるタイプの子供だったのだ。
 草太は調べたことをメモしたノートを繰った。遡れば、不登校になった生徒はほとんどが文化系の部活に所属しており、校舎内で過ごすことが多かった。もっともこれはいじめにあう生徒の特徴とも合致していたが、1つの特異点に気付くと他の符号も見えてくる。彼らには家庭、とりわけ父性愛の欠如が見受けられた。
 桜斗は父親を早くに亡くしている。その前に不登校になった生徒は、児童養護施設出身だった。全員が全員条件に当てはまるわけでもなかったが、男が少年達の心の隙間につけ込んだのだろうという草太の想像は、確信に変わりつつあった。
 2年生になると、草太はバスケ部を辞めた。部の仲間から孤立し、クラスメイトの輪からもそれて。横顔に憂いを刻み、思わせぶりに鏑木に縋った。
 鏑木がもし、そうなら――草太は、自らが餌になることを決意したのだった。

「なん、だと……ッ、やま、さきは……ッ」
「ああ……あれ?」
 冥土の土産にと、ことのあらましを説いてやりながら、草太は無様に身悶える男を鼻で笑う。
「あいつは男になんか興味ないよ。アイドルのおっかけが趣味なんだから。俺が更衣室で襲われたなんて、全部でっちあげさ」
「ぐぐ、ぅッ……」
「部活を辞める理由なんか何でもよかった。ただ山崎が俺を狙ってると知れば、あんたは犯行を急ぐだろ? 変態は、あんた、だけ、」
「ど、して……ここ、まで、して……」
 最後の悪あがきとばかり、鏑木は草太と繋がったままの腰を揺する。しかし、腕に力を集中させている草太は少しも動じなかった。
「俺は桜斗のためだったら何だってやる」
 炯々と輝く草太の目に、鏑木は息を飲む。
「お、まえ……あの、ガキに……ッ、惚れて、のか……、」
 精一杯の強がりに、口元を歪めて笑う。草太はネクタイを握った手を左右に引いた。
「おかしいか。笑えよ」
「うぅッ――!」
「笑えッ!!」
 復讐の鬼と化した少年の手にぐぐ、と力がこもると、鏑木の目がぐるん、と回り白目を剥いた。そのまま、草太の上にドサリと倒れた。
「うっ……く、はぁ、あ……、はぁ、……った……、やった、」
 草太は天井を見上げる。
 ――桜斗、もう大丈夫だからな。
 はたと気付いて、男の身体の下から這い出る。床に放り出されたスマートフォンを取ると、男の指先を当ててロックを解除した。
 動画ファイルの画面を開く。草太を撮影した動画の下に、桜斗の歪んだ顔がサムネイル表示されている。草太はぎゅっと唇を噛むと、その動画を選択し、削除した。同じように、写真も自分のものを残して桜斗の恥ずかしい姿を消してしまう。
「……なかったことにはできないけど、」
 呟き、スマートフォンを額に押し当てた。
 それから110番に通報すると、教卓の下に潜り、目を閉じた。身体の中も外も気持ち悪い。けれど、達成感が胸を満たしていた。疲れ果てた草太は、少しの間眠った。

 事件は、年末の報道で取り上げられたが、すでに犯人は逮捕されたこともあり、年始の正月ムードに押されてあまり派手に取り上げられることはなかった。草太も何度も警察に呼ばれ取り調べを受けたが、本格的な裁判などはまだこれからだ。
 鏑木は一命を取り留めたが、酸素欠乏からの血管障害により、半身不随となった。社会的に抹殺されながら生きなければならない、結果として草太が最も望む裁きが下された。
 今の法律だと少年へのレイプは強姦罪ではなくわいせつ罪の適用だから、最長でも懲役は10年だが、塀の外に出て来たところであの男の下半身はもう使い物にならないだろう。
 草太の咄嗟の行動は状況が状況なら過剰防衛だが、男のこれまでの犯罪歴や草太の年齢を鑑みれば、草太が罪に問われることはなさそうだ。あの場に駆け付けた捜査官も草太に同情的で、強い味方だ。
 とはいえ、あの学校に残ることはできない。計画の実行を決めた時に、それももう覚悟していた。
 バスケ部の仲間達を裏切ることには心が痛んだが、結果としてこれでよかったと草太は思う。もし草太と親しいままだったなら、きっとこの事件のことで一緒に胸を痛めてくれたことだろう。
 年が明けて、3学期からは別の高校に通うことが決まった。両親は草太の心身を案じたが、草太は自分の足でしっかりと立っていられた。
 すべては、たった1人の大切な人のためにやったことだから。

2016/09/25


←Prev Main Next→
─ Advertisement ─
ALICE+