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灰色の瞳


第2話−1


「どうして目隠しなんてするの? 僕、そんなものつけなくても何も見えないのに」
 そう言って少年は小首を傾げた。灰色の双眸はおかしげに半月を描いているが、正対する男の顔を見てはいない。少年の宙を彷徨う視線に、男は憐憫の眼差しを向けながら白く長細い布を手に取る。
「こういうのは形が大事なんだよ。僕達2人だけの秘密の儀式なんだからね」
「変なの。……でも、秘密って嬉しい」
「どうして?」
「僕にはほとんどのことは秘密じゃなくて謎になっちゃうから。みんなが、これは秘密だよって言っても、僕はそれが見えないから何のことだかわからないんだ 」
 少年は拗ねた風でもなく、それが当然のことだと受け入れているように笑う。
 この素直な性格が友人達にも親しまれているのだろう。殊更身体的なハンデをからかわれたり、その不自由を面倒がられたりすることもなく健やかな生活を送っているようだ。
「……そうか」
 男は涙ぐみ、少年の顔を両手で包むと清らかな瞳を閉じさせるよう、親指でそっと薄い瞼をなぞった。少年は素直に瞳を閉じる。
「じっとしててね」
 男は布を少年の目元に当てると小さい頭にぐるりと巡らせ、後ろできゅっと結んだ。
「なぁに? 何だか変な感じ」
 クスクスと笑う少年の脇の下に手を入れると、その軽い身体をひょいと持ち上げた。くすぐったそうにはしゃぐ少年をシーツの海に沈めると、何度も優しいキスを浴びせる。
「初めての時はあんな場所で強引にしてごめんね。怖かったよね」
「ううん。びっくりしたし最初は痛かったけど、でももう平気だよ。おにいさんが優しい人だって、僕もう知ってるもん」
 本当は「おにいさん」と呼ばれるような年ではない。声は若いとよく言われたが、実際には少年よりふた回り近くも上だ。
 そんな自分が押しつけた欲望を、まだランドセルを背負うような年の子供が受け入れてくれたのだ。
 あれからというもの、男は少年の家族の不在を伺っては自室に彼を囲い、日が落ちきらぬうちから幼い身体に何度も、何度も愛欲を注いだ。盲目の少年は男の愛撫に溺れながらその行為によって互いの肉体の輪郭を見出し、幼い肢体を淫らに濡らしては刻々と男好みの身体へと変貌していった。
 少年はやがて、自覚のあるやなしか男の恋人になった。
「僕、おにいさんとアイするの大好き」
 目隠しをした少年は男の首筋に抱き縋り頬を擦りつける。
 「アイ」とは、男が少年に教えた性行為の別称だ。言葉に偽りはないと、男は満足して微笑む。
 少年は男の耳朶を遊ぶように掴むと、自分の方に引き寄せ唇を重ねた。その流れるような動作に男は不思議な気分になる。目隠しをしている時の方が少年は自由だ。
 男は少年の水を掃いたような灰色の瞳を心から愛でていたが、その瞳がいつも迷子のように声の主を求め彷徨う様に胸を締めつけられていた。少年自身は不自由な目と親しんで長いらしく、孤独など感じていないようなのだが、それがかえって健気で痛ましいように男の目には映るのだった。
「今日はもうひとつ、」
 男はベッド下に隠していた箱を開けると、中からヘッドホンを取り出した。胡座をかいて対座する少年の耳に装着させる。
「何?」
「ヘッドホンだよ。君にプレゼント」
「え、本当!? やったぁ!」
 少年は与えられた物に手をやるとその感触を楽しむ。
 少年はよく迷彩柄のモチーフやワンポイントのある衣服を着ていたので、マットなモスグリーンのデザインを選んだ。彼にはまだ少し大き過ぎるが、そのアンバランスが子供らしく、愛らしかった。
 男はその姿をにこにこと見守りながら手元のスマートフォンを操作した。と、少年の動きがピタと止まる。
「え……? 何、これ……」
 少年のつけたヘッドホンには男のスマートフォンに入っている音声データが再生されていた。
「何だかわかるかな?」
 言ってから、ああ、この子にはもう自分の声は聞こえないか、とほくそ笑む。
 ヘッドホンは密閉型で、少年の小さな耳をすっぽり覆うとまわりの音は遮断してしまう。おまけに音声の再生が始まった今、少年の聴覚は完全に男に支配されていた。
『あぁーっ! あんっ、あっ! はぁ、あ、あ、あ、あはぁんっ!!』
 大音量のそれは、静かな部屋に微かに漏れ聞こえる。高く上擦る喘ぎ、乱れた呼吸と叫び声。
 少年は口元に微かな笑みを残したまま、聴覚に意識を集中しているようだ。
『あんっ、おにいひゃ! にい、ひ、ひぃっ! あぁ〜〜っ! あんっ! あっ、だめ、らめぇっ! きもひ、きもひぃよぉっ!!』
「こ、れ……僕の、声……?」
 少年の顔が目に見えて赤く染まる。
「そう、僕とアイした時の君の可愛い声をたくさん録音しておいたんだ」
 少年には届かない説明を呟く。
『んあ"――ッ!! だめぇ、そこらめぇえっ! ふか、いふかっ、ぃいっ! 奥、……あ"ひっ! おくっゴリゴリって、きもちぃよぉっ!』
 胡座をかいていた少年はもじ、と足を動かすと、膝を立てて座り直した。まるで、股間を隠すように。
「何、これこんなの……恥ずかしいよ、」
「恥ずかしくないよ。もう僕は聞いたことがあるんだから」
 男は少年の膝に手を乗せると無遠慮に押し開いた。
「あっ」
 男の思った通り、少年は自身の喘ぎを聞いただけで微かに催していた。きっと、その時の行為を思い出してしまったのだろう。
『あぁん! あんっ、あ、はぁ、はっ、あ! ひゃあんっ、あ、ひゅきっ、そこしゅきっ、しゅきぃっ!』
「はぁ、はぁ、あっ……やめ、おにいさん……っ」
 男の手が少年の性器に布の上から触れる。やわやわと擦っていると、やがてその形が明確になってきた。布地はじわりと色を濃くし、男がズボンの中に手を入れ下着の上から触ると濡れた音が響く。
「自分のイき声だけでこんなにして……いやらしいんだ」
 己の甘い悲鳴にすっかり囚われてしまった少年の額にくちづけると、男はその身体をゆっくり押し倒した。
「ぁ……ん、」
 ズボンをずり下ろし、テントを張った頭頂部を布ごと口に含む。
「ふんっ……!」
 少年は片手でシーツを、もう一方で股間に吸いつく男の髪を掴むと腰を揺らした。
『ああ、あっ! そんなぁっ、先っぽグリグリしないでっ! あ"っ! あ"ぅっ、い"やぁあーっ!!』
 男と行為を繰り返すうちに皮の剥けた少年のものを、男が手の平で擦って虐めた時の声だ。もちろん後孔も犯しながらだが、少年は前と後ろを一緒に責められるのが好きだった。
「んやぁっ……! は、はぁ、は、はっ、」
 少年の息はいつもより速い。頭を占拠する自分の声はすでに行為も中盤となりすっかりでき上がってひどくよがっているのに、現実の自分はまだ前戯を始めたばかり。少年の身体はいつも以上に先を急いて焦れているのだ。
『あ"ひぃっ、あ、あぁッん! なかっ、なかもっとこすってぇ! あっ! あっ! あっ、そこっ、そこっ! あんっ! あ、はぁ、はっ、あっ、ンあああッ!! イく、イくっ、イっちゃ……ひあぁ、あ"ぁ"――!!』
「あぐぅッ……!」
 少年は小さく呻くと、下着をつけたまま男の口淫で達した。
 男は悪戯っぽく笑うと、濡れた下着をゆっくりと引き下ろす。少年のまだ幼い性器の先は下着に糸を引いて、ぷるん、と外気に晒された。

2018/04/15


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