Long StoryShort StoryAnecdote

Disguise / Disclose


2.

 12月24日。草太は桜斗を迎えに行くと、電車に乗って会場となる店へ向かった。
 予約されていた居酒屋は座敷席だった。元々学生の客が多いのか、店内は若い客が多い。先に入店していた面々にはすでにできあがっている者もいる。
 2人は成人して半年が過ぎていたが、酒を飲むような場所に来るのは初めてだ。同世代の男女が入り混じった喧騒に圧倒されながらも、壁際の隅に空席を見つけると並んで座した。
「草太はお酒飲んだことある?」
「甘酒くらいしかない」
「そっか。俺も初めて」
 笑う桜斗に、草太も顔を綻ばせる。
 草太が桜斗を自宅まで迎えに行った時、桜斗は少し緊張したような硬い表情をしていた。本当はこんなところに来るのは嫌だったんじゃないか、無理をしているんじゃないかと草太は案じていたのだが、実際に来てみると案外桜斗はこの雰囲気を楽しんでいるようで、草太はほっと胸を撫で下ろす。
 間もなくして、2人の前にはビールジョッキが運ばれてきた。2人はその大きさに目を丸くする。
 春日の音頭で改めて乾杯をすると、草太は一口飲んで顔を顰めた。
「苦っ……、こんなものの何がいいんだろう」
「秋山、意外とオコチャマなんだな」
 春日は桜斗の隣にやって来ると、座布団もない板の間の上に直接ドカリと座る。
 先にやって来て場を盛り上げていたから、草太達よりも酒が進んでいるようだ。その割りに顔に出ていないのは大したものだが、からかわれてついムッとする。
「去年は未成年で参加できなかったはずだろ。そんなに飲める方がおかしくないか?」
「そりゃ、外ではな。店で飲んで迷惑かけるわけにいかないだろ?去年の不参加はそういうことさ」
 暗に、未成年のうちからこっそりアルコールを嗜んでいたことを仄めかす春日に、負けず嫌いの節がある草太は口を尖らせるともう一口呷った。
「草太、あまり飲み過ぎるなよ」
 隣で桜斗が苦笑する。
 草太は桜斗の方が心配だった。酔っ払った時には俺が介抱してやらなきゃ、などと思いながら、桜斗の飲酒量を見守る。桜斗は案外平気そうだ。ひょっとすると草太より強いのかもしれない。

「ね、秋山くん。彼のこと紹介してよ」
 3杯目のサワーを頼んだ時、いつの間にか対面に座っていた椿佳奈美(つばき かなみ)がぐいと身を乗り出した。彼女は草太と同じ学部の生徒で、バスケサークルのマネージャーでもある。
 彼、と言われたのは当然桜斗のことだが、当人はちょうどトイレにと席を立ったところだった。
「冬月桜斗、俺の幼馴染みだよ」
 枝豆を口に運びながらの素っ気ない応答に椿は鼻白んだようだったが、春日がフォローするように口を挟む。
「幼稚園からだって、すごいよな。冬月はどこ中だったんだ?高校は?」
「それ……、」
 中学は、桜斗とあの忌々しい事件を結びつける場所だ。それに桜斗は高校には通っていない。高認を取って大学に入学したのだ。
 草太は乱暴にジョッキを置いた。振動で近くの食器がガチャと鳴るが、構わない。
「お前さ、そうやって桜斗のこと根掘り葉掘り踏み込んでくるクセやめろよ」
「な、何だよ……急にそんな、怒ることないだろ」
 たじたじになる春日に、「秋山くんコワーイ」と椿が囃して場が沸いた。
 草太は本気で怒っているのに、何故か春日とのやり取りは夫婦漫才のように面白がられてしまうのが常だ。草太は小さく舌打ちする。
 春日は草太の両肩を掴むと揺さぶった。
「冬月とも仲よくなりたいんだよぉ、独り占めすんなよぉ!」
「っるさいな」
「そうだよー秋山くん。冬月くんて、結構女子に人気なんだから」
「えっ?」
 それは初耳だ。目を丸くする草太に、椿が頬杖をつきながら言う。
「ほら、彼って入学してからずっとマスクしてたじゃない? おまけに手袋まで。話し掛けたら愛想は悪くないのにどこか影があって、ミステリアスだなーなんて思ってたんだけど。マスクはずして来た時、ちょっと話題だったんだから」
 草太は複雑な表情で押し黙った。
 桜斗が席を外していてよかった。本人が聞いたら、きっともっと、どういう顔をしたらいいかわからなかったことだろう。
 そこでちょうど桜斗が戻って来ると、「何の話?」とにこやかに話しかける。
 春日はおしぼりをマイク代わりに握ると言った。
「はい、じゃあ2人のことが気になる女子に代わりまして、俺から質問! 秋山と冬月の好みのタイプは?」
 近くにいた女子生徒達が耳ざとく聞きつけて、視線が集まるのがわかる。
 桜斗とは、思えばあまり恋愛の話をしたことがない。小学校を卒業後は手紙でお互いの生活を伝えていたけれど、手紙に特定の誰かの名前が書かれることは少なかった。
 草太は部活に明け暮れる日々で、もしかすると春日について触れたことはあるかもしれないが、おそらく名前は出していない。少なくとも、想いを寄せている相手と直接手紙をやり取りしていた草太には、想い人として書ける名前はなかったけれど。
 桜斗は──そんな人がいたんだろうか? 思いがけず訪れた機会に、草太の胸はアルコールのせいばかりではなく高鳴る。
 桜斗の目は春日の顔を見つめ彷徨い、それから頭を緩く振って俯いた。
「……あ、──ごめん、俺はちょっと……わかんないかな」
 桜斗の顔は見えない。春日は何だよそれぇ、とふざけ半分で詰った。椿はふふっと微笑ましそうに笑うと、「シャイなんだ」と場を収める。
「秋山はどーなんだ?」
「え……俺? 俺は……」
 俯いたままの桜斗の様子をチラと伺う。自分が答えたら、助け舟になるだろうか。適当なことを言ってもよかったが、酔いも手伝って本音が零れた。
「──優しくて強くて、きれいな人」
 一瞬、座が静まったことに草太は気付かない。空になったグラスを強く握り締め、流れる水滴を親指でなぞる。
「……その人のことを考えると、むしょうに泣きたくなることがあるよ」
 桜斗が顔を上げる。大きな黒い瞳がじっと、不思議そうに草太を見つめた。
 ただ、お前に笑っていて欲しい──草太の願いはそれだけだ。
 パン、と春日が威勢よく手を打って、草太ははっと現実に引き戻された。
「いいねぇ! 何それ、誰それ? 詳しく聞きたい! なぁ、冬月!」
「え……あ、うん。そうだね」
 戸惑ったような桜斗の声に、頬が熱くなった。
 気付かれた? そんなはずはない、と一人問答をしながら、草太はのそりと立ち上がった。
「あ、何だよいいところなのに」
「トイレ、」
 酒のせいばかりではなく赤くなった顔を伏せたまま、フラフラと中座する。大丈夫かあいつ、という春日の声が背後で聞こえた。


←Prev Main Next→
─ Advertisement ─
ALICE+