透明な繭に棲む



ぽかん、と呆けた顔の碓氷が数回ぱちぱちと瞬きをすると、戸惑ったように視線を彷徨わせた。

「えーと…」

こんな提案をさせるとは思っていなかったのだろう。不死川とは出会って一年しか経っていない。そもそも親戚でも恋人でもない。一年で会ったのも数回だけで、全て彼女の植物園でのみだった。この関係に名前を付けるには些か曖昧すぎる。知人と言うには遠すぎるし、友人と呼ぶには近すぎた。彼女は人差し指で頬をかくと、そのまま言い淀んでしまう。

「別に無理にとは言わねェ」

ただ、不死川は昨晩植物園を放火したであろう男が気がかりだった。彼が植物園に足繋く通っていたのは碓氷に会いたいという思いだけではなく、植物園の周りを彷徨く怪しげな男を牽制するためでもあった。一年前、彼女と初めて会った時に目撃された男だ。その男が犯人と決まったわけではないが、注意するに越したことはない。不安にさせまいと彼女には言わないでいたのだが、こんな過激な真似をするとは思わなかった。彼女をひとりホテルに泊めるよりは、自分の家に居座らせた方が安心だ。

「迷惑ではないですか…?」

「迷惑だったらこんなこと言うかよ」

不死川の返事を聞いて、彼女は少し考える素振りをすると、次には真っ直ぐと彼の顔を見て決心したように口を開いた。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

彼女の返答に嫁入りの挨拶か、とツッコミながらも、不死川は内心ほっとしていた。




ーーーー………



「…お邪魔します」

碓氷が不死川に続いて靴を揃え、おずおずと室内へ足を踏み入れる。表情を変えないようにと唇を硬く結び、不死川に内面のうちを悟らせまいと努めているようだが、強張った肩といつもより瞬きの回数が多いことから緊張しているのだと容易く予想できた。

「あんまジロジロ見るんじゃねェよ」

「ご、ごめんなさい」

彼女が肩を窄めて、咄嗟に視線を床に落とす。室内は整理整頓がされており、目立った埃もなく清潔に保たれていた。

「…男の人の家に上がるのは初めてだったので…想像していたより綺麗にされてるんですね」

照れくさそうに笑う彼女に、次は不死川が無表情を見繕う番だった。男の人の家に上がるのは初めて、か、と彼女の言葉を胸の内で復唱し自然と上がる口角をきゅっとすぐに結ぶ。

「帰って寝るだけだからなァ」

彼女に心の内を気づかれまいと誤魔化すようにテレビの電源を入れる。
アナウンサーが滑舌よくニュースを読む声が聞こえた。時計の針はちょうど二十三時を回っている。

「あ、」

ふたりが何気なくテレビに視線を向けると、タイミング悪く昨晩の火事のことを読み上げるところだった。不死川は反射的にテレビの電源を落とすと、気まずそうに頭を掻く。

「…あー、先に風呂入れよ」

「は、はい。では、お言葉に甘えて…」

「おう、着替えは…悪ぃけど俺のスウェットで当分我慢してくれェ」

あまりにも話題の逸らし方が不自然すぎたか、と思ったが、碓氷は特に何も言わず素直に不死川に従う。タオルや着替えを渡す流れで彼女を覗うと、その表情には少し翳りが見られる。

「ひとりで入るのが不安なら一緒に入ってやろうか?」

「なっ…!」

揶揄うように笑うと、彼女の顔が赤らみ肩が小さく跳ねる。

「け、結構です!」

彼女はタオルを抱きかかえると、足速に脱衣所へと姿を消した。
カチャリ、と鍵かかかったことを確認すると、不死川は再びテレビの電源を入れる。

まだ次の話題には移っていないようで、ーーー〇日未明、〇区の郊外にある植物園から火災が……と先ほどのアナウンサーが深刻そうな表情で原稿を読み進めている。

警察は放火とみて、現在も犯人逮捕に向けて捜索中、とニュースは続き、不死川は画面を睨むように見つめていた。



210205
2話と3話を修正しました。以前は植物園の火事は不注意と書いていましたが、不審な男による放火と変更しました(不死川さんがなんとなく女性を泊めるのはないかな、と思った結果です)