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言の葉の飽和の少し前



 君が可愛いことは僕が一番に気付いて、そして僕が一番よく知っている。この感覚が自分勝手な妄想や空想の一部であることも、よく分かっている。
 捻くれ者で少し卑屈なくらいに穿った考え方をする彼女が、可愛くないと言われ続けてきた彼女が、何も気にしていないような顔をして実は「可愛くないこと」をひどく気にしているのも、何とかしようとしてどうにも出来ずに藻掻いているのも僕は何となく気付いていた。だからこそ、彼女を可愛いと思う。気にしないということが出来るほど強くなく、素直になりたいと願って簡単にそうなれるほど単純には出来ていない、難解で捻じ曲がった彼女が――その癖、存外顔に感情を出す彼女が、愛おしいとそう思うのだ。
 だから彼女が実はとても素敵な女の子なのだということに誰かが気付いてくれるのはとても喜ばしいことだし、彼女が――彼女の言葉を借りるなら――「可愛く」なって、周りに「何だ、可愛い人じゃないか」と思ってもらえるのもとても嬉しいこと、であるはずなのだけれど。

「最近のあの子、ちょっと可愛くなった。前よりよく笑うし、褒めるとちょっとムスッとしながら、でもありがとうって言うの。なんかよく分かってないって顔だけど、もしかして照れてるのかなって思っちゃった」

 スタッフがそう言って僕に笑いかける。
「ビリーはよく彼女と話してたけど……あの子って前から実はそうだったの?」
「ううん」と僕は否定した。彼女は僕の前でも捻くれ者の可愛くない自分だった。僕が可愛いと言うたびに「どこが可愛いんですか」とか「お世辞でしょう」とかちっとも可愛くないことを言う女の子だった。最近は、スタッフの言う通り、前と比べて格段に丸くなったと思うけれど、人の輪に少しずつ馴染み出した彼女の邪魔をするのは良くないかと思って――つまり、僕が独り占めしているのも悪いと思って、あまり話していなかったから具体的なことは分からないけれど。

「でも、確かに最近の彼女は可愛いよね」

 ずっと前から可愛かったけれど。
 よく笑うようになったのも、僕は前から気付いていたけれど。
 でもそんなことは、このスタッフには教えてやらないのだ。