... 君の心に触れたい




君と曇り空を扇ぐ ...その後のお話
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「お、チャイム鳴ったな」

午後の授業の予鈴が鳴り、屋上で寝転んでいた青峰はゆっくりと身体を起こした。

「あれ、今日はサボんないんだ」

優衣は先に立ち上がった彼を見上げる。

「お前も早くしろ、いくぞ」

見上げた先にあるのは、逸らされた視線と、差し出された右手。
優衣は携帯電話を片手に、彼のその様子を物珍しそうな目で見つめた。

ふたりは昼食後に屋上で鉢合わせると、そのままうたた寝してしまったり、話し込んで午後の最初の授業をサボることが多かった。
そしていつもは、だらだらとサボりたがる青峰を優衣が責付いて屋上をあとにするのが恒例だった。
なのに今日、彼は初めて優衣よりも先に立ち上がった。

「めっずらしー……」

優衣は目の前に差し出された手に左手を重ねると、心の中の声をボソリと零した。
ぐっと握られた手は大きくて、その手に力強く引っ張られると優衣は簡単に立ち上がった。

「お前の猫の話きいてんのも飽きたしな」
「ひどっ!」
「お前どんだけ猫好きなんだよ、写真撮りすぎだろ」
「わたしいっつもダイの虫の話聞いてんじゃん」
「限度ってもんがあるだろ」

呆れた様子で青峰はそう言った。
その言葉に優衣は驚いた表情を隠すことなく青峰に向ける。

「……ダイが限度ってもんを知ってると思わなかった」

そんな優衣を一瞥して、青峰はため息をついた。

「もう授業サボんなってさつきに言われてんだよ。今度のテストで赤点とったら試合でれねーって言われたしな」

ばつが悪そうに言うと、「ほら、荷物」と優衣の鞄やブランケットを引ったくるように取って歩き出した。

「それはダメだねぇ、授業でなきゃ」
「だろ?」
「わたしはべつに大丈夫なんだけどね?」
「あ?なんだそれ、お前もちゃんとしとけって」

強い口調で言い放ち、乱暴に屋上の扉を開ける彼の姿に優衣は足を止めた。

「……なんかまた機嫌わるい?」











屋上の扉にもたれて立つと、青峰は丸い目で見つめてくる優衣を見下ろした。

「…………」
「なに?」

あどけない表情で首をかしげる彼女に、こんなことを言っていいのかと戸惑い、口を閉じた。
青峰が躊躇しているのは、昨日の自主練習後の、更衣室でのことだった────。



観覧席で青峰と優衣が話しているのを見ていたのだろう、みんなが着替えている中、赤司が優衣のことを切り出した。

「青峰」
「……なんだ?」
「優衣がよく午後の授業をサボっていてね、見つけたら授業に出るように促してくれないか」

優しい口ぶりとは裏腹に、目が笑っていないことに気づいた青峰は、思わずなぜかと問うことなく頷いた。

「お、おう」
「頼んだよ。もうすぐ試験もあるからね、青峰も付き合いはほどほどにした方がいい」

言外に一緒にサボるなと言われ、なんでオレまで赤司に言われなきゃいけないんだ、と心の中で不服を漏らした。

部活が始まる前にも、どこからか聞きつけて来たのか幼馴染である桃井さつきに「だいちゃん授業サボってるんだって!?」とガミガミ言われていたのだ。
赤司にまで言われて、それも優衣の巻き添えを食らったような感じだったのがどうにも気に食わなかった。



────そのことがずっと心に引っかかっていた青峰は、優衣に不満をぶつけてしまったのだった。
随分とガキっぽいことをした、という自覚はあった。

冷静に考えれば、桃井だけではなく赤司にまでサボるなと言われたのは、事実サボっている自分が悪い。
とばっちりを食った気でいたが、今更そのことに気づき、青峰は閉口するしかなかった。
しかし、やはり優衣が赤司と親しくなければ自分は何も言われなかったのではないか、など無駄に頭をひねり続けていた。

「なんか今日のダイ、変じゃない?大丈夫?」
「……べつになんでもねーよ」
「ならいいんだけどさー」

ちらりと青峰を見ながら前を通り過ぎると、優衣はひょいひょいと階段を降りて行った。

「おい優衣。お前いつも飯あんなんばっか食ってんのか?」

優衣のあとに続き階段をゆっくり降りながら、青峰は誤魔化すように、一度はぐらかされた質問を再度問いかけた。

「まだ言ってるの?いつもってわけじゃないよー」
「ちゃんと食えよ」
「んー……毎日自分の手作り弁当なんて、楽しくなくてねぇ……」
「は?自分で作ってんのかよ」
「うん、ひとり暮らしだから。毎日ずーっと自分の手料理。料理って人に作ってあるげる方が楽しいみたい」
「中学でひとり暮らしって、お前、親は?」
「ただの仕事人間。まぁいいじゃない、そんなこと」
「そんなことって……優衣がいいっつーならいいけどよ」

一年の教室が並ぶ廊下に出る直前で、ふたりは立ち止まった。
そこは、いつもなら軽い調子で「じゃ、またね」と言って優衣が離れる場所だった。
足を止めた優衣が振り返る瞬間、青峰は言葉を放った。

「優衣。オレに弁当作ってこいよ。それでチャラにしてやる」
「……え?なんで?ていうかチャラにしてやるってなに?」

眉間にしわを寄せ「なんのこと?」と問いかける優衣に、何をなかったことにするのかと口で説明するのが面倒だった青峰は、彼女の疑問には答えることなく言葉を続けた。

「オレに作るついでに自分の作ればいいじゃねーか。それなら楽しくなるだろ?」
「んー?そう言われると、ねー……」

呆れたような、でも口元を緩ませどこか嬉しそうな、そんな表情を彼女は見せる。

今みたいにはっきりと分からないことの方が多いが、初めて会った頃よりも、優衣は幾分か表情が増えた。
そのことは青峰の心に充実感を与え、もっと彼女の笑顔を引き出したいと思うようになった。

なのに、今日は何度も困らせてしまったな、と不意に今までのことが気になり、後悔が押し寄せる。

「分かった、いいよ。じゃあ明日作って持ってくるね」

そう言って優しく微笑む彼女を見た瞬間、青峰は優衣の頬に右手を伸ばしていた。











「今日は悪かったな」

そう言って一瞬だけ触れた手は、わずかな温もりを頬に残した。

今日ずっと険しいままだった眉が解け、穏やかな、優しい眼差しをしている。
何か心境の変化があったのだろうか。
優衣が口を開こうとすると、大きな手が視界を遮った。

「弁当、楽しみにしてるぜ」

その大きな手は、優衣の頭にポンッと乗せらせた。

驚いて固まっていると、ふっと頭が軽くなり、「じゃ、またな」と上から声がした。
気づけば彼は目の前から消え、気怠そうにひとり廊下を歩いていた。

彼の後ろ姿を見つめていた優衣は、ぼんやりする頭のなかで湧き上がる、小さな感情に目を瞑った。












君の心に触れたい








その気持ちを包み隠すように、わずかに感触が残る右手を、強く握りしめた。







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赤司さんの言葉に振り回される青峰さん

あとがき
2018/05/26

Clap!


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