お庭の花よ、永遠なれ
第一章 祝福の春風吹いて
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ぱち、と目が覚めた。本当にぱち、という表現が相応しいと感じるほど、すっきりとした覚め様だった。途端に、聴覚がガヤガヤと騒騒しい話し声を拾い出し、視覚が
一体私は誰の肩に寄り掛かっているのかと思って瞬時に横に顔を向けると、突如として視界が一面赤に染まった。そこで私はついさっきの二つの記憶を脳内に浮かび上がらせる――集団の中から飛び出してきた赤髪の男子生徒と、フェリクスくんに語り掛けるシルヴァンくん。私はハッとした。そういえば、そうだった。シルヴァンくんを探そうとしていた私の眼前に現れた赤髪の彼こそが、シルヴァンくんなのだった。つまり、この赤の正体はシルヴァンくんだ。
「ヴィオラさんって意外と大胆なんですね」
私が不本意ながらも意識を手放して植物たちの記憶を頼りにすることとなった元凶であるシルヴァンくんは、しかし私の秘密なんて露知らず、私にしか聞こえないだろう声量で囁き掛けてきた。多分、彼は私をからかっているつもりなのだろう。しかしながら、こういう類いのものは生憎、私には全く以て意味を成さないのだ。他のこと――誰かが泣いているだとか、事件が起こっただとか――でなら我が心も動かされることができるのだけれど、色恋が僅かでも関わると、忽ち揺らがなくなってしまうのだから、不思議なものだ。何にせよ、今は引率者としての役割を全うしなければならない。
「……シルヴァンくん、さっき私、名前を呼ばれたら返事をするように言ったと思うんですけど、聞いてませんでしたか?」
点呼の邪魔をされたことに内心で憤りを覚えながら、私はシルヴァンくんから離れ、彼に問い掛けた。そうして初めて覗いた彼の瞳は、確かに薄く茶色付いてはいたけれど、まるでその視界に何も映していないように見えて、少しばかり気味が悪かった。けれども彼は、自身の双眸がそんな風に表現されているなんて露ほども想像していないのだろう、「……え? ああ、すいません。幼馴染みにヴィオラさんが如何に美しいかを語ってたもんで」と、記憶で見た彼と変わらぬ調子で笑っていた。これは確かに、相手するには少々疲れるかもしれない。フェリクスくんが彼に対して
「そうですか。容姿を褒めてもらえるのはありがたいことですけど、話はちゃんと聞いてくださいね。これがもしも実地訓練だったら今頃大騒動ですから」
「……確かに、それはヴィオラさんの言う通りだ。素直に謝ります。すいませんでした」
私の忠告に対して、シルヴァンくんはやけに従順に納得し、頭を下げた。加えて、後ろを振り返って「皆も、迷惑かけて悪かった」と、
そうして心温もる光景を微笑ましく思いながら眺めていると、シルヴァンくんが再びこちらを振り向いてきたので、とにかく彼が入学式を清々しい面持ちで迎えられるよう、私も笑顔で語り掛ける。
「皆も許してくれたみたいですし、今回の件はこれでお終いにしましょう。折角の入学式なのに反省なんてしていたら、もったいないですから。ね、シルヴァンくん」
しかし、シルヴァンくんに優しくし過ぎたのが却って仇となったか――否、彼はこの時を狙ってわざと大人しく装っていたのだ――、彼は若干屈むようにしてそっと私の両肩にその大きな手を添えると、真剣な眼差しで私の両目を射貫き、「ヴィオラさん……やっぱり、これから俺と二人きりでお茶でもどうです?」と如何にも魅了せんとしている声音で以て私を誘惑してきたのである。まあ、とは言え、私の感覚は色恋沙汰に発展しそうな物を総じて受け付けてくれないため、彼の策略は無駄骨も同然なのだが。
最早呆れを通り越して感動を覚えるシルヴァンくんの無遠慮な物言いに、私はイングリットちゃんと似たような怒りを抱く。けれども私は引率役という立場上、彼女のように彼に対して強く出られないから、「……あの、シルヴァンくん。それは今のこの状況を把握した上で言ってるんでしょうか?」と遠回しに感情を伝えることしかできなかった。そして、そんな婉曲的発言に込められた心情を、彼が汲み取ってくれるはずがなく。
「当たり前じゃないですか。俺がヴィオラさんをお茶に誘ってる、でしょう?」
シルヴァンくんは何故そこまで自信満々に、ウインクまでして、的外れな発言ができるのだろうか。いや、分かってはいる。きっと彼の行動原理が彼をこんな風に突き動かしているのだろう。それは分かっているのだ。ただ、それにしては、彼の言葉が彼の私欲のために紡がれているように聞こえるのだ。
もうすっかり頭がこんがらがってしまって、私は思わず一つ溜め息を零し、「シルヴァンくん」と自分でも分かるくらい気落ちした声で彼の名前を呼んだ。すると彼は「何ですか? ヴィオラさん」と、余裕綽綽たる顔付きで応じてきた。そんな彼の目を見て、何だか無性に腹が立ってきて、もうこうなったら直接指摘してみるしかないと若干の自暴自棄に陥った私は、