お庭の花よ、永遠なれ
第一章 祝福の春風吹いて
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私という存在が、人間の姿形を取っていながら、人間に理解してもらえない性質を備えるものであるといよいよ認知したのは、一体いつのことだったか。自分にも恋愛ができるはずだという愚かな思い込みを打ち消し、それを以て人々を振り回すのを止めたのは、一体いつのことだったか。
別に「恋愛ができないなら死んでやる!」と思うほど恋愛に対して拘りがあった訳ではないけれど――というか死のうとしても死ねない訳だけれど――、私は長い間恋愛に憧れ、私にだって恋愛はできるという思い込みに固執していた。だって、ながく生きていると、人々の恋に溺れる姿だったり恋を実らせるのに奮闘する姿だったりを嫌でも目撃してしまうのだ。そして、そんな人々の姿は、まるで私に「生」の真実を突き付けてくるようで――いのちを繋ぐということ。それがとても辛かった。いのちを繋げない私が「生」に相応しくないとは思いたくなかった。故に私は、事実から目を背けるために、周囲の人を巻き込んで恋愛ごっこをしていたのだ。
けれども私という存在は、ありがたいことに何とか知能を備えていて。どれだけ努力を積み重ねても実らない恋心を求めるのに疲れてしまったのもあるし、士官学校が設立されるとなって植物の世話が従来より大変になるからというのもあるし、まあそんな感じでとにかく色とりどりの言い訳を用意して、どうにか自身を「生」とはかけ離れた存在であると納得させることができたのだった――と今まで思っていて、その通り、上手くやれていた気がするのだけれど。今日のシルヴァンくんとの会話を通して、心の片隅に「私も人間であると思いたい」と願う幼稚な自分が潜んでいるのを、私は見つけてしまったのである。
何故、今になって思考が若返ってしまったのか。あれから暫く経った今でも、焦りにも似た疑問は消えない。何故、今になって。
しかし、それでも私の日常は揺るがない。何故なら、士官学校が設立されてからもうずっと、即ち二百年間続けている習慣だから――ああそうだ、私の大切な日常を思い返せば、願望も疑問もすべて忘れてしまえるかもしれない。
引率役の仕事と庭仕事を一通り終えてやって来た夕暮れどきの大聖堂で、私はひとり長椅子に腰掛け、目を閉じた。
私が起きて一番にするのは、涙を流すこと。毎晩必ずあの日の記憶が夢となって蘇るからだ。そして支度をして、大聖堂で主に祈りを捧げる。そうすれば心も幾分か凪ぐので、まだ人の少ない静かな食堂へ向かい、静かに朝ご飯をいただく。食べ終わったらその足で温室に向かい、庭仕事を開始。草花の面倒を見たり(水やりや花がら摘み、植え替え、植え付けなど)室内外の掃除をしたりといった感じだ。温室での仕事が一段落したら修道院内を回り、あちこちに設置されている花壇の手入れを行う。結構な数があるため、全てを管理するとなると中々に時間がかかるのだけれど、色彩豊かな生花が土の上で咲き誇っている様子を一番に鑑賞できるのが嬉しくて、どのような組み合わせにするか考えるのも楽しくて、結局時間を忘れて作業に夢中になっているのが常だ。そして、そんな私にそろそろお昼時だと教えてくれるのが、士官学校のチャイム。修道院中に鳴り響く鐘の音にハッとして、確かにお腹が空いたななどと思いながら道具を片付けて食堂に向かえば、生徒たちの楽しそうな会話が聞こえてくる。今日の料理はちょっと苦手だとか、さっきの戦術の講義は面白かっただとか、そういう他愛のない、けれどもとっても幸せに溢れた会話が聞こえてくるのだ。それを耳にしながら口にする料理は、やはり静かなる朝飯よりも美味に感じる。そうして満たされた心と体を再び動かして、植木の剪定と芝生の手入れ、庭仕事用の道具の手入れなどに勤しむ。それが終わったら宿舎に戻って私服に着替え、レアの部屋でレアとアフタヌーンティーを楽しむ。その後は修道院内を散策し(図書館で本を読んだり、玄関ホールで人間観察をしたり、市場に繰り出したり、釣り堀で釣りをしたりと様々だ)、一人もしくは誰かと夕餉を味わう。それから入浴し、清めた体で大聖堂に向かい、一日を無事に過ごせたことを主に感謝して、遂に寝床に就くのである。
ああ、やっぱり自分の日常ほど充実していて、幸せに満ちたものはないのではなかろうか。故に、恋愛ができないという理由だけで、悲観的になる必要はないのではなかろうか。
(……うん、もう大丈夫だ)
心の凪いだのを実感して、私はパチっと目を開けた。するとそこで、硝子窓から夕陽の差し込み、黄金の如き色彩を織り成している瞬間に遭遇する。
何と神々しいのか。これも主の導きか。清く神聖な空気に満ちた世界と、そこに創られた美しき煌めきに、私は思わず感嘆した。
けれどもすぐに我に返る。レアとのアフタヌーンティーの時間が、もうすぐそこに迫っているのに気付いてしまったから。
大変だ、今までレアとの時間を忘れたことは一度もなかったのに。私は慌てて椅子から立ち上がり、未だ輝きを放つ