お庭の花よ、永遠なれ
序章 ガルグ=マクの庭師
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今日は近くに人里がなかったために、生きた森の中でひとり一夜を過ごすことにした。村をひとりでに飛び出してから、かれこれ一ヶ月という時が流れようとしていたけれど、わたしは寂しさを感じずに済んでいた。それは道行く先々で出会った草木や花、生き物たちが優しくわたしに寄り添ってくれたからだ。
とっぷりと宵闇に覆われた森は、すっかり驚かせたがり屋に変貌してしまっている。けれどもわたしはこれっぽっちも怖くない。何故なら森は、たださわさわと揺れているだけだからだ。驚かせたがり屋というのも、人間の物差しで測った場合に出てくる言葉である。
色とりどりの音たちは相も変わらず、今夜の主役を決めるために鎬を削っている。それを微笑ましく思いながら、わたしは今日も有り難く枯れ木と枯れ葉を頂戴し、火種で点火して焚き火を作る。そして万が一にも火が草木に燃え移るなんてことがないよう、焚き火の周りを石で囲んでおく。そうして暖の用意が一段落した所で、事前に集めておいたふかふかの落ち葉のベッドに、わたしは静かに横たわった。落ち葉のカサリと鳴る音も、ちくりと肌を刺激するような感覚も、全てが気持ちいい。安堵に満たされた胸に握り拳を当てて、わたしはそっと目を閉じる。
パチパチ。パチッ。
火花の弾ける音が、耳に心地良い。虫たちの合奏を背景に響くそれは、今夜の主役に相応しい音だった。
焚き火の熱が、じんわりと体を包む。そして、いよいよわたしは無意識の海に、どぼんと身を沈めた。
「――――、――――――」
どこからか、声が聞こえた。誰だろう。言葉がまだ上手く聞き取れない。いや、聞き取れてはいるのだろうけど、理解ができない。
何とか内容を知れないものかと、わたしはゆっくり、少しずつ、その声の元へ意識を浮かび上がらせていく。
「――な――さん――――いか」
「ひ――、なら、襲っちまおうぜ」
ようやっと理解を始めた頭に突如として振り落とされた言葉に、わたしはハッとした。反射で思わずカッと目を見開くと、煌めく星と夜空を背景に、わたしを囲うようにして三人の男が立っているのが分かった。右側に一人、左側に二人。
焚き火はまだパチパチと音を鳴らしていて、わたしが眠りに就いてからそこまで時間の経っていないことを知らせている。草木も虫も、相変わらずの騒がしさだ。大丈夫、意識はちゃんとあるし、徐々に脳も冴えてきている……大丈夫だ。
わたしの右側にいる男は、目覚めたわたしを見てゆっくりとしゃがみ込むと、にやりと目を細めた。火明かりのせいで、その顔は黄色く照らされている。酷く不気味だ。
「やあ、お嬢さん」
彼は存外優しい声を発した。けれどもその目の笑っていないことを見抜いて間もなく、恐怖がわたしを支配する。その声は子供騙しのハッタリだ、この人たちは悪い人だ、だから早く逃げろ、と頭のどこかで警鐘が鳴らされるのだ。しかし折角覚めた脳の機能が一時停止してしまったのか、体はぴくりとも動かない。何故だ、何故、動かないのだ。心臓だけは確かにどくどくと早鐘を打っていて、尚更焦燥に駆られた。
「ここは危ないから、俺たちが安全な場所に連れていってあげるよ」
焦るな、焦るな、焦るな。
最早彼の言葉はシャットダウンして、わたしはまるで呪文のように脳内で言葉を唱える。
「さあ、行こう」
しかし彼は時を待たずしてわたしの体に手を伸ばしてきた。その手の向こうにニタリと口角を上げている彼を認め、いよいよ危急が迫っているのだと察知する。それをどうにか拒もうと、わたしが「いや……」とか細い声を発した、そのとき。
――シュルシュルシュルッ!
目にも留まらぬ勢いで地から一本の肥った蔦(というには茎の部分が太過ぎるが、他にあれを形容できる言葉がないため、蔦と呼ぶことにする)が伸びてきたかと思えば、彼の腕に思い切り巻き付いたのだ。
「うああっ!!」
蔦はかなりの力で彼の腕を締め付けたらしく、彼は予期せぬ苦痛に顔を歪めて叫び声を上げた。しかしそんなのお構いなしに、それはみるみる茎を伸ばし、葉を茂らせ、彼の体を侵食していく。
「ぐあっ、いっ」
下半身から上半身へ。そして。
「まっ、やめ……やめてくれ……」
スルスルと大蛇のように蔦が上ってくるのを見て、その先を悟ったのだろう、彼は誰かに赦しを乞うた。しかし、もしその対象がわたしなのだとしたら、残念なことにわたしにも蔦の動きを止められそうになかった。
「う」
蔦はどうやら彼を赦さなかったらしい。問答無用で顔にも巻き付いて、以来彼は一言も声を発さなくなってしまった。そして一本の蔦に続くように、大量の蔦が次から次へと彼に巻き付き、彼の肌も、体の線すらも視認できなくなるほど彼を覆った後、彼らは満足したようにピタリと動きを止めた。