お庭の花よ、永遠なれ

序章 ガルグ=マクの庭師

朝がやってきた。何事もなかったかのように、朝はやってきた。ちゅんちゅん、と小鳥たちの元気な囀りで、わたしはゆっくりと目を覚ます。刹那、一面の緑と、そこから零れ落ちる朝日が視覚を刺激し、わたしは咄嗟に腕を翳した。そのまま、まだしょぼしょぼする両目をごしごしと擦り、上体を起こす。何だか変な臭いがするような……と思いながら、そこで漸く腕を下ろし、わたしは辺りを――。

「…………」

 首に剣を突き刺し、地面に仰向けに倒れている男。その右で、蔦の塊から生えた幹に突き刺さったまま、四肢をぶら下げている男。
 ぐちゅ、と心臓を鷲掴みにされたような衝撃が、全身に木霊した。昨夜の光景が、体験が、見事なまでに鮮明にフラッシュバックする。

『まっ、やめ……やめてくれ……』

 蔦に巻き付かれ、恐怖と痛みに顔を歪ませ、命乞いする男。

『……かはっ』

 幹に胸を貫かれ、大量の血を流し、力なく頭を垂れる男。

『――死ね』

 何の感情も湛えぬ瞳でこちらを見つめ、冷たい剣を突き刺そうとする男。

「……あ……あ……ああ……」

 記憶の光景から現実の景色へと視点が切り替わると、そこにはやはり、間違いなく三人の男の遺体が存在していた。徐々に取り戻してきていた嗅覚が、そのとき、身の毛も弥立つような激臭を拾い、故障する。直後、胃の内容物がぐわりと上ってくる感覚を掴み、わたしはすぐさま屈む姿勢を取った。

「ぉぇっ、」

 べちょ、と聞き心地の悪い音を立てて、昨晩摂った物が枯れ葉に付き、その隙間に少しずつ沈んでいく。しかし何とも気持ち悪い嘔吐物の臭いでさえも、既にあった激臭には敵わず、わたしの鼻に届くことはなかった。
 全てを吐き出し終えると、気管支辺りに焼けるような感じが残ったものの、気を持ち直すくらいにはスッキリした。しかしすぐに、まっさらな脳内をある疑問が占拠する。

(わたしが……この人たちを、ころした、の?)

 視界には、昨晩は暗くて詳細に見えなかった彼らの全貌が、木洩れ日に照らされてはっきりと映し出されている。目の前に倒れている男は剣士のような身なりを、その横にいる男は盗賊のような格好をしていた。蔦の塊の中にいる男の姿は、最早視認することはできない。彼らをこんな惨劇に巻き込んでしまったのは、間違いなくわたしの力だった。例えそれがわたしの意図しない所で発生したものだとしても、わたしが原因であることは明らかだった。

(わたしが、ころした)

 何も寒い訳ではないのに、背筋が凍る。下顎が揺れ、カタカタと歯の鳴る音を生んだ。
 とにかく、ここにいてはいけない。そう思った。ここにいては、わたしは益々おかしくなってしまう、そう感じたのだ。
 昨夜はあれ程までに動かなかった体が、今は思う存分機能する。わたしは手を付いて立ち上がると、恐怖心に取り憑かれたまま、生きた森で起きた惨状に背を向け、無我夢中で走り出した。


 ・・・


「主よ、尊き命を失った彼らの魂を、どうか安らかに眠らせ給え」

 もう何十万回と夢で見た過去の記憶を引き出しにしまい、祈りを主に捧げた後、私はそっと目を開けた。そこには千年前の光景など、当然のように存在しない。ただ小さく可憐な草花が、柔らかなる春の日の下、ふわふわと風に揺らいでいるだけだ。
 あのとき、私は底知れない力の一面を目撃してしまった――「人を殺す」ための力。きっと良いものだろう、そう思っていた力の悪の部分を知ってしまった私は、もうどうにかなってしまいそうだった。
 直接手を下していなくとも、自身の力のせいで人が死んだのだ。それは最早、自分が殺したといっても過言ではない。この事実は、当時まだ力の正体をよく分かっておらず、精神的に不安定だった私には重過ぎるもので。人を殺してしまった、人を殺す力を持つ自分が、果たしてどんな存在なのか、生きていていい存在なのか駄目な存在なのか、人間なのかそうでないのか、もうよく分からなくなってしまった。正直、死のうと思った。
 しかし、私は彼女との出会いをきっかけに、考えを改める。ガルグ=マク大修道院で、彼女の導き通りに自身の力を研究し、セイロスの教えに触れるようになって、自分が「人を殺した罪は絶対に忘れてはならない。贖罪のために、生きて、力を正しく使えるようにならなければならない」存在であるということを知ったのだ。
 あれから九百年五十年くらい経った今もまだ力の全貌は明らかにできていない。それでも、恐れていた力が本来は植物を生み、育て、守るためにあることを知れただけで、私は自身を誇れるようになった。
 私を導いてくれた彼女には、感謝してもし切れない。故に私はこれからも彼女のため、また自身が犯した罪を償うために、不死身(仮)なりに生きていこうと思っている。
 さて、明日はいよいよ入学式当日だ。奇跡の子たちが士官学校でどんな思い出をつくるのか、ガルグ=マク大修道院の庭師兼温室管理人として、静かに見守っていくとしよう。

罪を背負うということ




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