要らない刀なんていないんだ

パソコン画面の右端にポップアップが現れ、時刻を知らせた。改めて壁掛けのアナログ時計に目を向けて、もうそんな時間かと思い立ち上がった。

「どうした主?」

本日の近侍である蜂須賀虎徹は私の様子に気付いて声を掛けた。

「そろそろ第三部隊が帰ってくるから、迎えに行ってくる」
「転移装置が作動してからじゃ遅いのか?」
「この前みたいな事があると嫌だからね」
「あぁ、なるほど。では俺も行こう」
「ありがとう」

簡単に身支度をし、蜂須賀と共に執務室を出た。
あぁ、頭が痛い。この本丸に来てからは仕事によるストレスなど感じたことなどなかったのに、今はそれによる頭痛が私の悩みである。

丁度、転移装置の所まで来たところでそれが作動した。私が予想した時間通りだ。
戦場へと送り出した六振りが徐々にその姿を現してくる。

「第三部隊帰還しました!重症一振り、中傷が二振り、他三振りが軽傷です!主さん、兼さんを助けて!!」

想像以上の倍以上悪い状態で帰ってきた部隊を迎え入れた。
中傷は堀川と鳴狐。乱、数珠丸、鶴丸が軽傷といったところか。そして重症となり、刀の状態で帰還したのは和泉守兼定だった。

「和泉守をこちらへ、蜂須賀も堀川に肩貸してあげて。乱と鶴丸はそのまま鳴狐を手入れ部屋まで連れてきて」

数珠丸に支えられた堀川の手から和泉守を受け取り、他の刀剣達にも指示を出す。幸い、手入れ部屋は全て空いている。軽傷の刀には悪いが手入れ自体は追いつくだろう。

「主さん、兼さんは悪くないんだよ!最終的に僕が進軍することを決めたんだから。他の皆も止めてくれたのに……だから兼さんのことはっ、うっ…!」
「喋るな、傷口が開く」

堀川を責めるつもりはない。そもそも錬度も足りていないのに第三部隊に和泉守を組み込んだ私の采配ミスだ。和泉守と堀川に頼まれての事だったが、審神者として公平な判断ができなかった私が悪い。

「話は怪我を治してからです。もちろん和泉守も手入れをします、ただし彼に札は使いません」
「なんで!?」
「そう約束したからです」

和泉守の傷に響かないよう急いで手入れ部屋へと向かった。大きな傷は霊力を注いだ打粉で直接治し、落ち着いたところで手入れ部屋へと彼を入れれば、扉に手入れ時間が表示された。今の時間から数えれば、明日の明け方には終わるだろう。

「あるじさん、兄さんもお願い!」

後から手入れ部屋に来た乱と共に中傷の鳴狐を部屋に入れる。
それから彼を運んできてくれた乱を部屋に入れ、蜂須賀と一緒に来た堀川を部屋に入れようとした。

「兼さんは!?」
「手入れ中です。翌朝には目覚めます。貴方も早く」

彼はまだ何か言いたそうにしていたが、傷が響いたのかそれ以上喋れず体勢を崩した。反対側の肩を支えてやり手入れ部屋に入れてやる。

数珠丸と鶴丸は軽傷という事で空き次第部屋に入ってもらうことにした。
血で濡れた自分の服を見る。この前は血抜きに失敗したから今回こそはきちんと洗濯しなければ。

「主、本当に札を使わなくてよかったのか?」
「うん、次に無茶な戦い方をしたら札はなしだと約束したからね」

和泉守が重傷で帰ってきたのはこれで二度目だ。しかも短期間のうちにこうもあっては示しがつかない。手入れをすればよくなると思い無茶をされては困るのだ。
彼の入った部屋の手入れ時間は一秒一秒その時間を減らしているが、その進みはやはり遅いように感じられる。それでも私は札を使わなかった。





朝日で青白く染まった本丸内は、まだ起きている者もいなくとても静かだった。厨房まで忍び足で向かい、炊飯器からお米をよそった。冷蔵庫から適当な具材を取り出しそれでおにぎりを二つ握り、温かいお茶を水筒に入れ盆に載せた。

そのまま手入れ部屋へと向かへば、部屋の前には小さな人影が蹲っていた。驚いて早足に近寄ると、堀川が毛布にくるまって小さな寝息を立てていた。どうやら一晩ここで過ごしたらしい。
私の気配に気づいたのか、彼は薄っすらと目を開けた。

「主さん…?」
「おはよう堀川。これ飲んで」

水筒から注ぎ入れた温かいお茶を差し出せば、こくりと頷いて少しずつ飲んでいった。

「主さん、怒ってる?兼さんや他の皆を危険な目に合わせたこと」
「怒ってないよ。それに謝らなければいけないのは私の方だよ。和泉守にまだあの戦場は早すぎた。無事に全員を帰還させてくれた堀川には感謝してる、ありがとう」
「でも、僕が兼さんと同じ部隊にして欲しいってお願いしたんだ。だから…」
「じゃあ和泉守が目覚めたら手合わせをしてあげて。貴方と同じ部隊で戦えるよう鍛えてあげてよ」
「はいっ」

手入れ部屋の表示が零になり、手当てが終わったことを教えてくれた。

「堀川、これを運んでもらってもいい?」
「主さんが持って行かないの?」
「堀川が行った方が喜ぶよ」

和泉守はおそらく私の事を好いてはいない。というか、主として認めていないんじゃないかと思う。
幕末時代に使われていた刀剣の中で、和泉守は最後に迎えた刀だ。特に共に土方歳三が使用していた堀川との錬度の差は大きくて、彼が焦っているのは何となく気付いていた。いざ戦場に送り出せば力任せに戦い重傷を負って帰ってくる始末。

そのため暫くは演練や遠征にて錬度を上げていたのだけれど、彼の不満が溜まり爆発したのがつい先日。堀川と同じ部隊にしろと言い出しこの有様だ。
少し彼とは距離を置いた方がいいだろう。そう思いおにぎりが乗った盆を堀川に渡そうとしたら断られてしまった。

「いえ、主さんが行ってください。兼さんは主さんと話がしたいと思いますよ。お願いします」

背筋を正し、丁寧に頭を下げられては断ることなどできなかった。少し気は重いが私から動かなければ余計に和泉守の居心地も悪くなるだろう。

「わかったよ。兼さんの事は任せてね」
「ありがとうございます」

堀川は落ちていた毛布を拾い上げ自室へ戻ろうと立ち上がった。その背中を見守っていたら「あっ」と声を発し曲がり角でくるりと振り返った。

「兼さんって気安く呼ぶのやめてもらっていいですか?主さんでもちょっと…ね」

彼の口は笑っていたけど、瞳は笑っていなかった。
盆の上のおにぎりが落ちてしまうんじゃないかと思うくらい、こくこくと頷けば満足そうに角を曲がっていった。

土方歳三はよくもまぁこの二振りを使いこなせていたものだ。
一つ深呼吸し、私は手入れ部屋の戸を開けた。





戸から差し込んだ光により部屋の中が明るく照らされる。
布団の上にはこちらに背を向けて横たわる和泉守の姿があった。寝息は聞こえない、おそらく起きている。それが分かったから私はその背中に声を掛けた。

「調子はどう?和泉守」
「…………」

水筒から湯呑へとお茶を注いだ。
私は努めて明るい声でそのまま彼の背中に話しかける。

「昨日から何も食べてないでしょ?おにぎり作って来たよ」
「…………」

相変わらず彼からの返事はない。
今までこんな刀剣はいなかったから私もどう接すればいいのか正直分からない。でもきっと無理に今話をすべきではないだろう。

「オレは、要らない刀か?」

立ち上がり、部屋を出ようと戸を再び開けようとした手が止まった。
相変わらず彼は背中を向けたまま、でもその消え入るような声は今必死に彼が話そうとしている証拠なのだと思った。

「要らなくなんかないよ」

彼がどういう意図でこの話をしようとしたかは分からない。でも私は今伝えられることをはっきりと言った。
和泉守の背中に向かい合う。彼の背は少しずつ小さくなっていくような気がした。

「打刀は他にもいる。曽祢さん、加州、大和守、あんたの初期刀だってそうだ。国広は俺よりも強い。俺は、全っ然強くなれねぇ…!」

最後の方は、苦しい叫びに近いような声だった。
和泉守が努力していることは知っている。顕現したその日から堀川と共に鍛練を積み、褒めたもんじゃないけど馬当番の時も木刀を使い素振りをしている。出陣となれば誰よりも張り切って戦場に向かうのだ。

「あいつらに追いつきたい。でも、この体はすぐ疲れるし思うように刀を振るえなくなる時もある。何なんだよ……」

すっかり忘れていたが、彼等は刀としては私の何十倍も生きているけれど、人としては生まれたばかりの赤子と変わらないのだ。身体の疲れが分からなくて、感情の制御が分からなくて、痛みを感じて折れるなんて、そう簡単に受け入れられるものではない。

「大丈夫だよ、みんな初めはそうだった」

もっと気の利いたことが言えればよかったんだけど、どの言葉も綺麗事だと思われそうで言えなかった。代わりに彼の頭をそっと撫でた。
前に五虎退から触れられていると落ち着くのだと教えてもらった。刀は常に人の体に触れるところにあったから、体温を感じると落ち着くんだって。

いい子いい子と撫でていれば、急に和泉守が起き上がった。怒らせてしまったのかと思っていれば身体が引き寄せられ、彼の黒髪が頬に当たった。そのまま背中に腕を回され、私の肩に顔をうずめた。彼は泣いているのか温かな雫が肩を濡らした。

「強くなりてぇよ…」
「なれるよ。貴方は和泉守兼定という強くてかっこいい刀なんだから」

優しくその頭を撫でてやった。子供をあやすように、きっと強くなれるよと願いを込めて私は彼を抱きしめ返した。

「強くなったら、俺の事もっと使ってくれるか?」
「もちろん」
「第一部隊の隊長も任せてくれるか?」
「うちの初期刀は強いよ」
「オレの方が強くなるし」
「それは楽しみだ」

彼がゆっくりと顔を上げた。少しだけ濡れた目元を拭ってやれば、不器用に笑って見せた。
もう彼には私が言わんとしていることは伝わったのではないかと思う。

「自分を大切にしてね。貴方にはもっと強くなってもらいたいんだから」
「約束する。あんたの自慢の刀だと言ってもらえるよう強くなる」

顔を見合わせて笑い合ったら、きゅうぅと可愛らしい音が聞こえてきた。誰かのお腹が鳴ったらしい。もちろんそれは今目の前にいる顔を真っ赤にした彼のお腹だ。

「あー腹減った。それ食っていいか?」
「うん。ちょっと待っ…」

体勢を変えようと膝を動かした際、掛け布団を踏んでしまった。元々立ち膝状態でバランスが悪かった私は和泉守を押し倒すようそのままバランスを崩した。病み上がりの彼を下敷きにしてはならないと咄嗟に腕をついて体を支える。

「ごめんっ!大丈夫?」
「兼さん、主さん、朝餉の用意ができたみたいなんだけど———」

勢いよく戸を開けて入ってきた堀川の動きが止まった。
和泉守に覆いかぶさるようにいる私、彼の目は泣き腫らしているし、服も若干はだけている。傍から見れば“病み上がりのイケメンを襲っている女”の完成である。いや、もしかしたら事後だと思われてもおかしくはない。

「堀川、これは…」
「なるほど、そういう手段に出たんですね。兼さんに何をしたんですか?答えによっては…いや、もうやっちゃった方が早いですね。表に出ろ」
「ち、違う…堀川さん、話を聞いてください」
「大丈夫です。僕は暗殺もできますので痛くないようにしてあげますね」



本丸に響くは審神者の断末魔の叫び。いや、死んではないけども。
この後、加州と安定を含めた第三者委員会が行われ審神者の身の潔白が証明された。しかし堀川の目は最後まで獲物を狙うそれであったと、加州清光は語っている。