ミッション インポッシブル in 本丸

タイムリミットまで、残り
十一時間 五十二分 十一秒—————

「急にお呼び立てして申し訳ありません。皆さまのお力をお貸しください」

執務室の扉を閉め切り、この場に集まった刀剣達に頭を下げた。それはもう畳に額を打ち付けるくらい勢いよく下げた。
本来ならば私が解決せねばいけない問題なのだ。いや、そもそも私がこの惨事を招いてしまったのだ。元を辿れば私がいけないのだ。しかし、最早私の力だけではどうにもできない。

「主君!頭を上げてください」
「自業自得だろう」

前田に支えられ、頭を上げる。私の隣でため息を付いた山姥切は中々に冷たい初期刀ではあるが、最もな意見であるため何も言えない。

「どうしたってんだよ主」

私を心配そうな表情で覗き込んだのは獅子王。その他この部屋には骨喰、髭切、数珠丸がいる。早急に集められた計六振りの刀剣のうち、今日の近侍であった山姥切以外はこの状況を分かっていない。まずは説明をしなければと、深呼吸をして皆を見据えた。

「先ほど、この本丸に次郎太刀が顕現されました」

おぉという小さな歓喜の声が上がり、骨喰はパチパチと拍手をした。戦力が増えたと考えれば、これは実に喜ばしい事なのだ。きっと彼の兄である太郎太刀も喜んでくれることだろう。しかし、ここで大きな問題が発生した。

「次郎太刀は、太郎太刀に会えるのを楽しみにしています。この本丸にすでに太郎太刀がいることを伝えると「アタシの兄貴はさぞ格好いいだろうよ。神社の御神体でもあったからねぇ悠然とした物言いが兄貴の魅力だよ。アンタもそう思うだろう?」と言いました」
「悠然とした物言い……?」
「僕はそんな刀知らないなぁ」

骨喰が首を傾げ、髭切は誰だっけ?と宙を仰いだ。私もそんな“太郎太刀”という刀は知らない。いや、初めの頃はそうだった気がしなくもない。だがしかし、今の太郎太刀は誰よりも現世の文化に敏感で、どっぷりとその世界に沈み込んでいるのだ。

「そうです。ここにいる太郎太刀は次郎太刀が思い描いているような刀ではないのです」
「あんたがそうさせたんだろう。こんのすけにも止められていたのに、本まで渡して変な言葉を教えて……意思の疎通を図るのがどれだけ難しくなったと思ってるんだ!」
「山姥切は止めてくれなかったよね!?」
「俺だってあそこまでひどくなるとは思っていなかったんだ!」
「落ち着いてください、お二方!」

争いになりかけた私達に、前田が仲裁に入る。本丸立ち上げ当初からいる山姥切、前田、骨喰、そして太郎太刀と同時期にやって来た数珠丸は彼の性格の移り変わりを何となく悟ってはいただろう。獅子王は先日太郎太刀と共に出陣させた際に、「あいつってあんな性格なわけ?」と私に聞いてきた。髭切も最近では太郎太刀に興味を示し始めている。

というわけで、この場にいる刀剣は少なからずうちの“太郎太刀”という刀がおかしなことに気付いている。こうなれば全員巻き添えだ、私の計画に協力してもらおう。

「幸い太郎太刀は遠征中です。戻り次第彼を部屋に監禁し数珠丸に法華経を唱えてもらいます。仏の道に立ち入れば太郎太刀も本来の在り方を思い出すでしょう」

何言ってんだこいつ、という山姥切の視線が突き刺さるがこれしか方法が思いつかない。
強い意志を持って数珠丸を見た。しかし彼の落ち着いた物腰からは何を考えているか全く読めない。少しの間の後、口角を僅かにあげて口を開いた。

「分かりました。仏の道を歩む仲間が増えることは嬉しいですからね」
「え、いいのかよ?」
「えぇ」

獅子王の怪訝そうな顔を見ても、数珠丸は笑みを崩さず頷いた。
役者は揃った。

太郎太刀が遠征から帰還するまで残り 
十一時間 十三分 四十五秒—————





まず我々がすることは太郎太刀が帰ってくるまで、次郎太刀の“理想の兄貴像”を壊さないことだ。彼が現世に関心を持っていることを知られてはいけない。つまり、他の刀剣達が太郎太刀の話をしないように口止めをする必要がある。これに関しては全刀剣男士に協力を仰ぐべきだが、伝達をしている時間がなかった。よって、先ほど集めた六人と私で上手く立ち回らなければならない。



「すごい豪勢だねぇ!この飾り切りなんてすごく綺麗じゃないかい」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「次郎太刀さんの歓迎会はまた別の日にやるそうですが、今日の夕餉は張り切って作ってくれたそうですよ」

次郎太刀は歌仙、前田と楽しそうに話をしている。社交的である次郎太刀は早くも本丸に馴染んでおり、色々な刀剣達と会話を楽しんでいる。前田には次郎太刀のそばに居るよう頼んであるため一先ずは大丈夫そうだ。

私達が食事を取るとき、その席順は私と山姥切を除いて自由である。私は所謂お誕生日席と言われる場所に座る。そして山姥切は私の左斜め前に座る。山姥切の席は特に取り決めたわけではないが、年功序列ならぬ顕現序列の風習が少なからずあるらしく、暗黙の了解になっているらしい。

次郎太刀は比較的中央の席に座り、その隣には前田が座った。骨喰、獅子王、髭切、数珠丸もそれぞれ散らばって座り、厳戒態勢が敷かれた。

「本日もお疲れ様です。それでは、いただきます」
「「いただきます!」」

いつも通り挨拶をすれば、それを合図に皆が食べ始める。
本日の献立は酢の和え物に油揚げとわかめの味噌汁、そして肉じゃがと焼き魚だ。肉じゃがは大皿に盛られ、五〜六人でそれを取り分けて食べるのだが、今は前田が次郎太刀の分を取り分けている。

「これが食べ物の味なんだねぇ、美味しいわ。兄貴もこの肉じゃがというものが好きなのかい?」

“兄貴”という言葉を聞き、思わず味噌汁を吹き出しそうになる。山姥切も不穏な空気を感じ取ったのか私と同じ状態だった。

「えぇ。太郎太刀さんも美味しそうに召し上がりますよ」

無難という名の神回答。これ以上話を広げない、且つ太郎太刀の“普通”な一面を垣間見ることができる返しだ。さすが前田、頭の回転が速い私の愛すべき短刀。

「そういえばこの前、太郎太刀さんとテレビを見てたら気になる飲み物があるって言ってたんだよね。もしよかったら次郎太刀さんもどう?タピオカって……ぐふっ!?」
「加州殿、このじゃがいもすごく美味しいよ」
「どうしたんですか骨喰!?」

“タピオカ”というハイカラな単語が出てからの骨喰の反応は早かった。加州の隣に座っていた骨喰が自身の箸にじゃがいもを突き刺し、彼の口に詰め込んだ。骨喰の突然の行動に驚いた一期一振がお茶をひっくり返し向こうの机は大惨事だ。

目が合った骨喰にそっと親指を突き立て頷いた。骨喰も頷きグッと親指を立ててみせる。よくやった骨喰。きっと後で一期一振に怒られることになるだろうが、事が終わったら私から一期一振に謝罪すると約束しよう。

「随分と賑やかだねぇ。そういえばアンタらも兄弟なんだって?えぇっとお兄様の方は〜…」

次郎太刀の興味は源氏の重宝である膝丸と髭切に移る。味噌汁のお椀から口を話した膝丸は嬉しそうに話し出した。

「俺が弟の膝丸で、こちらが兄者の髭切だ。兄者は俺よりも遅くにこの本丸に来たが、すでに俺と同じ錬度におられる。敵が目の前に現れれば獅子奮迅の勢いで叩き切る、自慢の兄者なのだ」
「そうかいそうかい、立派なお兄様だねぇ。うちの兄貴も戦場ではそんな感じなのかい?」
「太郎太刀殿か?そうだな。時折、“この眼は闇がよく見える”、“月を見るたび思い出せ”と決め台詞のようなものを…がはっ!?」
「髭切さん!?」
「おや?弟丸の顔に虫がいたんだけどねぇ。どうやら殺し損ねてしまったようだ」
「俺の名前は、膝丸だ…兄者……」

髭切の目にもとまらぬ速さの平手打ちで膝丸が吹き飛んだ。それを間近で見てしまった乱は顔面蒼白である。髭切は何も悪くないんだ、乱もどうか彼を嫌いにならないで欲しい。
それにしても、太郎太刀は中二病の台詞まで網羅していたのか。それは確実に私が植え付けた知識ではないぞ。

「はっはっはっ、兄弟がいるのは実に羨ましいのう」
「アンタは三日月宗近かい!?まさか本物に会えるとはねぇ!」

この微妙な空気を断ち切ったのは三日月であった。やはり天下五剣は刀剣の間でも珍しい存在なのか、次郎太刀は目を輝かせている。ただ、この三日月宗近という刀も少し変わった性格の持ち主なのだがここではあえて触れないでおこう。
三日月なりに気を遣ってか、彼は太郎太刀との先日の会話について話し出した。

「俺にも兄が欲しいと言ったら自分の事を“にいに”と呼んでくれていいと言ってくれたよ。ただし上目遣いで…ごほっ!?」
「三日月殿、何か喉に詰まらせたのではないですか?」
「じゅ、数珠丸殿……そんなことはないのだが…寧ろお主に背中をっ…がはっ!!」
「私達は歳ですからねぇ」

三日月の背中を擦るふりをしてバシバシと叩く数珠丸は今何を思っているのか。いや、怖いので考えないでおこう。やはり三日月と渡り合えるのは、同じ天下五剣である数珠丸であったか。三日月よ、どうか彼を恨まないでやってくれ。無事に召されよ、南無阿弥陀仏。

「ほう。私に弟が欲しいと言えばそう思ってくれて構わないとも仰ってくださいましたよ。ただしエド○ード・エルリックのような兄が理想だと…むぐっ!」
「おぉ、お前の毛はもふもふだなぁ!こいつもびっくりしてるぜ」

獅子王の首に乗っている鵺を模した黒い塊が小狐丸の口元を髪の毛ごと覆った。なんと平和的な解決方法なのだろうか。この前、私の事を「ばっちゃん」と呼んだことは水に流してやろう。

それにしても誰だ、太郎太刀にアニメ知識を植え付けたのは。それを否定するつもりはないが、彼は純粋で真面目な性分のためのめり込むと日常との区別がつかなくなるんだよ。

ちらりと山姥切を盗み見れば、いつもより食事が進んでいない。彼もまた太郎太刀の新たな一面を知ってしまい、困惑しているのだろうか。

「そうだ、歓迎会での料理の希望はあるかい?」

燭台切が次郎太刀に声を掛けた。これはいい流れかもしれない。話は次郎太刀自身の事になりそうだ。

「そうだねぇ…アタシは酒が好きだから、それに合うものがいいねぇ」
「それなら、しめ鯖とか軟骨のから揚げとかかな?あぁ、それと太郎太刀君お気に入りのカルパッチョッ…ォオオ!?」
「おっとすまない!俺の布が風で飛ばされてしまった!」

山姥切が紐の結び目を解き、燭台切の頭へと布をかぶせた。今のは別に止めに入らなくてもいい気がしたが、もはや過敏になりすぎてどの単語がアウトなのかも曖昧である。

普段、決して布を取りたがらないのにこんなことまで山姥切にさせてしまった。文句も言うが、いざとなれば彼は私を助けてくれるのだ。こんな審神者でごめんね。

「さっきから様子がおかしくないか?もっと彼に教えてあげればいいじゃないか。俺以上の驚きを提供する太郎た…うぐっ!?」
「今日も白米が美味しいねぇ鶴丸!!」

反射的に自らの茶碗を鶴丸の顔面に押さえつけた。白い鶴丸に、白い米が張り付いたところで今さら誰も気にすまい。勘のいい刀は嫌いだよ。因みにこの米はのちに鶴丸が美味しく頂いたので粗末にはしていない。

少々の手荒な真似をしたこともあったが、何とか大波乱の食事の席を乗り切った七人の戦士。

太郎太刀が遠征から帰還するまで残り 
九時間 三十七分 二十三秒—————





その晩はまだ部屋の支度ができていないと言いくるめ、次郎太刀には客間に一人で寝てもらった。太郎太刀が帰ってくるのは明け方である。出来れば次郎太刀にはぐっすりと寝ていてほしかったが、そんな淡い願いは打ち砕かれてしまった。

「いや〜兄貴に早く会いたくて起きちまったよ。もうすぐ帰ってくるのかい?」

太郎太刀が遠征から帰還するまで残り 
十六分 四十七秒—————

遠征部隊を迎え入れるため、転移装置の元に来ていた私の隣に次郎太刀が並んだ。まさか彼が出迎えまで来るとは想定外だ。山姥切と数珠丸には朝も協力してもらうよう頼んだのだが、まだ姿が見えない。

「アンタから見て、兄貴はどんな奴だい?」
「え?」
「そういやぁアンタの口からそれを聞いてなかったと思ってね」

次郎太刀はにこやかな顔で私を見た。
うちの太郎太刀は確かに変わっているけれど、とても優しい刀なのだ。
近侍をさせれば任せた以上の仕事をするし、酷い傷を負って帰ってきても自分は時間がかかるからと他の刀剣に手入れ順を譲る。遠征先で綺麗な花があれば持ち帰って私に見せ、力仕事だって率先して手伝ってくれる。

それに、太郎太刀が現世の言葉などを使いこなすようになったのも、元を辿れば私の期待に応えたいといった節があったのかもしれない。
彼もまた、私の大切な刀剣に違いないのだ。

「すっごく頼りになる、自慢の刀だよ」
「そう言ってもらえて、アタシも嬉しいよ」
「おぉ主殿ではないか!」

カカカカカ!と笑いながら現れたのは山伏であった。常に早起きである彼は、内番でないにも関わらずその服を身にまとい今にもどこかへ出かける雰囲気である。

「おはよう。今からどこかへ行くの?」
「あぁ、少し走り込みをしようと思ってな。さぁ主殿も行こうぞ!」
「え?私はちょっと……」
「弱音を吐くでない。先日、体力を付けねばと言っておったであろう。拙僧が鍛えて進ぜよう!」
「そういうわけじゃ…うわぁ!」
「出迎えはアタシに任せな!」

山伏に腰を掴まれ、そのまま米俵の様に担ぎ上げられた。次郎太刀は私達に手を振っているが、太郎太刀と次郎太刀が出会ってしまったら昨日の努力が水の泡だ。山伏に下ろしてもらえるよう、声をかけたりもがいてみたりしたものの笑われるだけで状況は変わらない。

本丸に転移装置が作動する音が響いた。

不味い、と思った時にはすでに次郎太刀は装置のすぐそばまで近づいていた。

「兄弟!朝の鍛練なら俺が付き合おう!」
「山姥切!?」
「いいから行け!」

腰を掴む手が緩んだと思えば山姥切が山伏の腕を掴み、私を解放してくれていた。
力強くそう言った山姥切の言葉に頷き、審神者は黒い風のように走った。庭の小石を蹴飛ばし、雑草を踏みつぶし、ぬかるみを飛び越え、少しずつ昇りゆく太陽の、十倍も早く走った。様子を見に来た獅子王と颯さっとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「もう間に合わねぇよ…」呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出しかけた。見える。はるか向うに小さく、次郎太刀の姿が見える。転移装置は、朝陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、兄貴…!」歓喜の声が、風と共に聞えた。

「おや、次郎太刀ではないですか」
「兄貴、久しぶりじゃないかい!また会えてアタシは嬉しいよっ…!」
「久しぶりの再会とあってバイブス上がっていますね。私も積もる話もありますが腹ペコぐうぐう丸ゆえ、とりま朝食後でもいいでしょうか?」

終わった。
確実に終わった。審神者は間に合わなかった。
私は二人の前に崩れ落ちた。
次郎太刀には何と言えばいいのか。大好きなお兄様が人間によって汚されたと思われても致し方がない状態である。打ち首も覚悟の上か…

「あはははは!兄貴、少し見ない間に随分と変わったねぇ!」
「じ、次郎太刀…?」

急に笑い出した次郎太刀の声を聞き顔を上げた。私の存在に気付いた彼は、そっと土に汚れてしまった顔を拭ってくれた。

「兄貴は神社に奉納されていた時期が長くてね。浮世離れしたところがあるから、アンタ達と上手くやれてるか心配だったんだよ。それがこんな面白い事になってるなんてね!アンタがアタシ達の主で良かったよ」
「ほんと?」

地面に倒れていた体がスッと軽くなり宙に浮かんだ。そう思えば私は太郎太刀に抱きかかえられていて、すぐ近くに太郎太刀と次郎太刀の顔が見えた。

「主、これからは次郎太刀の事もよろしくお願い致します」
「〜〜っもちろんです!了解ウォッチ!」
「ここでの暮らしは楽しくなりそうだねぇ」



笑いあう三人の周りには桜の花びらが舞っていた。
それを見守るのは彼女の初期刀である山姥切国広と、遠征部隊の出迎えを頼まれていた数珠丸恒次。普段は閉じられている目を薄っすらと開き、彼はゆっくりと口を開いた。

「私が力を貸さずとも何とかなりましたね」
「もしかして、こうなることが分かっていたのか?」
「さすがにそこまでは分かりませんよ。でも彼に法華経を唱えるつもりはありませんでした。寧ろ、私が彼から現世の教えを説いてもらおうと思っていましたよ」

表情など滅多に表に出さないけれど、このときばかりは山姥切でも彼が笑っていることが分かった。太郎太刀然り、数珠丸然り、この本丸の奴らは全員変わっている。かくいう自分も、写しの身でありながら審神者にこれだけの物言いができるのは変わっているのかもしれない。

「楽しいですね、この本丸は」
「そうだな」

目を閉じた彼の見つめる先には、一体何が見えているのか。
きっとそれは俺と同じで、皆の真ん中にいる彼女の姿に違いないのだ。