いざ行かん、ブラック本丸へ

今日は本丸内が少し騒がしい。
鶴丸や乱は内番をサボって物陰からこちらを窺ってるし、長谷部は私に朝から付いて回っている。燭台切も足早に廊下を行ったり来たり…
というのも、この本丸に私以外の“人間”が初めて来たからである。


「お久しぶりです」
「ご無沙汰しています。それにしてもこの本丸も随分と賑やかになりましたね」

私の担当者である政府職員の小泉さんはにこやかにそう答える。お茶とカステラを持ってきた平野藤四郎にお礼を言い、ぐるりと部屋を見回した。姿は見せないものの、皆隣の部屋や襖の陰から彼の様子を伺っている。小泉さんも多少の霊力があるようで彼らの存在に気付いているらしかった。

「毎日が楽しいですよ。もちろん、時間遡行軍との戦いもありますがこの本丸に居る時くらいは皆穏やかに暮らせるよう努めています」
「貴方の顔と日頃の報告書を見ていればわかります」

小泉さんは私の社畜時代を少なからず知っているわけで、その時のことを思い出したのか笑っていた。

「それで、今日は何かご用があったのでは?」

小泉さんのメールには本丸の視察と書かれていたが、わざわざそのために足を運ぶとは思えなかった。実際に審神者がいる本丸に政府の職員が立ち入ることもあるらしいが、そんなことは滅多にないとこんのすけが教えてくれた。

もしかして、知らず知らずのうちに何かやらかしていたのではないかと緊張した表情で小泉さんを見た。するとそれを感じ取ってか、彼は私を安心させるように笑った。

「そんなに緊張なさらないでください。では本題に入りますね。貴方は、“ブラック本丸”というものをご存じですか?」

斜め上の質問に“?”が浮かんだが、以前その手の資料に目を通したことがあるので頷いた。
“ブラック”と名の付く通り、その本丸の審神者は怪我を負った刀の手当をしなかったり、趣味のために刀剣同士で殺し合いをさせたり、思い通りにならない刀を折ったり……その内容は読んでいて吐き気がするほどのものであった。
おおよそ“ブラック企業”と意味合いは同じものだが、それよりも酷い。同じ人間がすることとは思えなかった。

「先日、政府はひとつのブラック本丸の解体に成功しました。そこにいた数少ない刀剣男士はとても人の手には負えずほとんどが刀解処分に、そしてその本丸は幽閉されることが決まりました」
「処分、ですか……」
「えぇ。あのままでは悪霊にまで成り下がってしまうところでしたから」

処分という響きは好きではないが、刀解されたということは本霊に還ることはできるのだろうか。次代では幸せで合ってくれと、心の中で小さく願った。

「しかし、その本丸の蔵に保管されていた刀はブラック本丸の影響を受けてないとして保護することが決まりました。そこで貴方にはその本丸へ行き、保護した後に新たな主になって頂きたいのです」
「はぁ!?」

驚いて間抜けにも大きな声が出てしまった。
それとほぼ同時に近侍として控えていた大倶利伽羅が殺気を放ち刀に手を掛けたため、慌てて彼を制す。刀を抜く体制は崩されたものの、彼の黄金の眼光は真っすぐに小泉さんを射貫いていた。

私のうしろの襖はガタガタと揺らされ「ふざけんなっ!」「兼さん落ち着いて!」という声が聞こえるし、廊下側の襖からは五虎退の虎の唸り声が聞こえた。これではポルターガイストものだ。みんなどうか落ち着いてくれ。

小泉さんはこの場の空気に怯むことなく、私を見据えていた。普段はのらりくらりと楽観的に見えるが、大分この人はすごい人なのでは?という感想もそこそこに私は座布団に座り直し話を戻した。

「えぇっと、何故そこで私なのですか?自分はまだ新米です。ブラック本丸の刀なら尚更、経験豊富な審神者様がいらっしゃる本丸に引き取ってもらった方が政府としても安心できると思うのですが…」
「貴方のおっしゃることは最もですが、私は貴方こそ新しい主に相応しいと思うのです。そして今日この本丸に足を運びそれは確信になりました」

小泉さんははっきりとそう言って、お茶を一口含んだ。審神者として彼に買われていることは嬉しいが、まだその理由に納得できていない。
同じく納得ができていない刀剣達の声が部屋のあちらこちらから上がっていた。

「都合よく言っているに過ぎない!」「主君騙されてはいけません」「勝手に決めないでくだされ!」等々…言いたいことがあるならいっそ出てこいと言いたいところだがそれでは話が進まないだろう。「静かにしなさい!」と私が叫べば静寂さを取り戻す。
小泉さんは一度咳ばらいをし、再び私を見た。

「そういえば、天下五剣の三日月宗近と数珠丸恒次も顕現されたのですよね。貴方の報告書を拝見しました」
「あ、はい」

いきなり話題が変わり頭が追い付かない。

「いやぁ、しかし驚きましたよ。あの三日月宗近を馬糞まみれにしたり、数珠丸恒次を卵まみれにしたり……貴方にそんな性癖があったのか、なんてね。思わず飲んでいた缶コーヒー吹き出しましたよね」
「ぶふっ……」

控えていた大倶利伽羅が堪えきれずに吹き出した。そうか、彼がまだ来ていなかった時の出来事だったか…。
原因は私でないにしろ失態を部下の前で晒すでない。こら、隣の部屋にいる蜂須賀と歌仙も笑うな。

「あのまま上層部に報告していたら貴方のところが“ブラック本丸”認定されかねませんでしたよ。私の方で修正しておきましたので確認しておいてくださいね」
「はい…。それで今回の引き取りの件と何か関係があるのでしょうか?」

今までの顔つきを少し引き締めてから彼は頷く。いよいよかと思い、私も背筋を伸ばした。

「貴方に引き取って頂きたいと言うのが、天下五剣が一振り“大典太光世”という刀剣男士になります」

大典太光世——枕元に置けば病も治るとされた霊刀である。小鳥などの動物が恐れて近寄れないほどの強い霊力を持ち、普段は厳重に蔵に仕舞われていたという刀だ。彼ならば、蔵に居たという理由も分かる。

「彼自身の歴史から、あまり人と関わろうとはしません。その上、ブラック本丸に居た事で尚のこと引き篭もり状態。そこで、貴方のような審神者であれば心が開くのではないかと私は考えたのです」
「それでも、私でいいんですか?」
「ええ。……貴方に言うべきではないかもしれませんが、希少な天下五剣故、政府も彼を残したまま本丸を幽閉したくはないのですよ。ただブラック本丸では刀解処分される刀剣が多い中、彼は唯一救えそうなのです。できれば幸せに暮らしてほしい。貴方のお力をお貸しください」

彼は机にぶつかるんじゃないかというくらい深々と頭を下げた
若輩者の私にまで筋を通してくれる小泉さんはやっぱりすごい人なのだと思う。こうまで言われては私も手を貸したい。

しかし、ブラック本丸に行く事を皆が許してくれるだろうか。
廊下側の襖の隙間からは長谷部が子犬のような目で「私達のことを見捨てるのですか?」と言わんばかりに見ているし、小泉さんの後ろの襖からは左文字兄弟がめちゃくちゃ睨んでいる。「鬼退治かい?全部切っちゃえばいいのかな」「兄者そうではないぞ」という怖い会話も聞こえる。そして本物か幻聴かは分からないが山姥切の大きな溜息が聞こえた気がした。

小泉さんは無理強いはしないだろうし、私が断れば他の人に話を振るだろう。自分の刀剣達がここまで不安がっているとなると断った方がいいのかもしれない。彼等の命を授かっている私の身も、もはや自分だけの命ではないのだ。
断わろうと口を開こうとした時、スッと目の前に書類が差し出される。

「因みにこの件に関しては手当も付きまして、これくらいの額が支給されるのですが」
「やります」

「主さん金に釣られたよ!」という鯰尾の声が天井裏から聞こえたが無視した。第一、これはお前のせいなんだからな。君が壊した風呂場の蛇口の修繕費用明細を見た時、私はぶっ倒れた。意外とするんだね、修繕費用。勉強になったわ。

「ありがとうございます。貴方の安全面はこちらでしっかりと確保しますのでご心配なさらずに。まぁ、大典太光世も何かにまみれさせて連れ帰って来てくれればと思います」
「では大量の馬糞と卵を用意して向かいます」
「貴方らしいですね」
「ぶふっ……」

珍しく大倶利伽羅がよく笑ったなと思いつつ、小泉さんは私が署名した書類を持ち帰っていった。



その後は言わずもがな審神者vs刀剣男士の討論大会が行われるかと思いきや以外にも穏便に話はまとまった。というのも山姥切がブラック本丸に行く事を了承してくれたのだ。
長谷部、膝丸が本気でキレかけ、短刀達は泣き叫び、加州と安定辺りは最後まで反対していたが山姥切は私を送り出した。

ただし、“絶対に生きて帰ってくる”という条件付き。
神との約束は絶対だ。
宗三には血判を押せと言われたがそれは怖いので断った。

とにかく、後は小泉さんからの知らせを待つだけとなった。





小泉さんに手続きをしてもらい、後日例の本丸の敷地へと足を踏み入れた。

広い本丸は怖いくらい静かだった。自分も就任初日は山姥切とこんのすけしかいなかったが、その静かさとはまた違ったものだ。
彼がいる蔵以外の場所は厄落としが済んでいるとは聞いていたが、所々に瘴気は残っている。結局、この本丸事態最終的には幽閉するのだからこんなものか。

「寂しいところだなぁ」
「そうだね。三日月、今は何ともない?」
「あぁ。問題ない」

この場の空気に似つかわしくなく、三日月は朗らかに笑った。
近侍には一振りだけしか連れていけない、と言われていた。何でも神様である神聖な存在が瘴気に触れすぎるとその魂が汚れていくらしい。三日月には政府から支給された加護札を持たせている。それでも万が一彼が瘴気に呑まれ暴走した場合は私が止めなければいけないのだから、どちらにしろ一振りが限界だった。

三日月と共に彼がいるという蔵を目指す。本丸の門から一番離れた場所にあるその蔵は、そこだけ世界が切り取られたかのような異質な雰囲気を放っていた。瘴気、殺意、怨嗟、狂気——でもその中で一番強く感じたのは悲嘆であった。相変わらず辺りは静かだったけれど悲しむ声が聞こえた気がした。

「鍵はあるのか主」
「うん。担当さんから借りてきた」
「どれ、俺が開けよう」

三日月に鍵を渡し、“如何にも”といった大きな錠前の鍵穴にそれを入れガチャリと大きな音を立てて外す。三日月が扉に手を掛けるも少しも動かなかった。

「開かない?」
「あぁ。押しいるか?」
「無理に開けても意味がないよ」

三日月には一歩下がってもらい、私は扉の前に立った。確かに中からは刀剣男士の気配がする。
胸に手を当て、一度自分を落ち着かせてから大きくて固い扉に向かって声を張り上げた。

「初めまして!私は別本丸の審神者をしている者です。貴方に会いに来ました!」

本丸という異空間に私の声がいくらかこだましたが、中からは返事がない。無視されるのはちょっと悲しい。あの慣れあう事が嫌いな大倶利伽羅でさえ、呼んだら返事をしてくれるぞ。まぁ彼は優しいからな。
簡単に引いてはたまるかと何度も言葉を変え叫んでいると、急に背筋が冷たくなるのを感じた。

「主!」

後ろから三日月に引き寄せられたのと同時に、扉から大量の瘴気が漏れ出てきた。先ほどまでいた場所は真っ黒に染まっている。目で視認できるくらいの瘴気ってかなり危ないのではないだろうか。背中に冷や汗がつたう。

「誰だ?俺の眠りを妨げる者は」

某RPGゲームのラスボス級のセリフも、いざ目の当たりにしては思わず後ずさる。するとこつんと壁にぶつかった。僅かに視線を上げるとそれは壁ではなく三日月の身体であり、彼は安心させるように目線を合わせて私に微笑んだ。私を抱き留めていた彼の腕は緩み、そのまま自身の後ろに私を隠した。

「俺の名は三日月宗近。お主と同じ天下五剣だ」
「……あぁ、あの三日月か。…して、もう一人は?」

自分の事だとびくりと体が跳ねるが怯んではいられない。引き受けたからには投げ出さない。給料分は仕事をする、と三日月の口癖を頭で繰り返して私は再び声を張り上げた。

「三日月の主です。貴方に会いに来ました。この場所は幽閉されることが決まり、このままでは貴方も閉じ込められてしまいます。出てきてください」

よし、声は震えなかった。自分偉い、と褒めようとした時そっと頭を撫でられた。後ろに控えていた三日月が優しく笑った。君らからしたら私なんか生まれたての子供なのだろうけれど、私とて成人済みの大人なんだから子ども扱いはしないでくれ。ついでに言うとブラック企業で鍛え上げられた社会経験豊富な大人なんだぞ。

心の中でツッコミを入れ、暫く無言で三日月と扉を見つめていると。ゆっくりとその扉が開いていった。足元からは濛々と黒い靄が流れ出ているがそれにそこまで穢れが含まれているようには感じられなかった。それはここに来てからも感じているよう、残っているものの大半が悲しさだからなのかもしれない。

ゆらりと一際大きな塊が現れたと思えば、ギロリと睨まれた。蛇に睨まれた蛙とは正にこのことか、一歩も動けなくなってしまった。

というか、大典太光世ってこんなに大きいのか!
あらかじめ資料に再度目を通し彼について勉強はしてきたつもりであったがいざ目の前にすると想像以上に大きい。これで太刀なのか…大太刀と言っても過言でない大きさじゃないか。

「俺を、殺してくれ……」

ようやく発せられた彼の言葉。
その図体とは裏腹に彼の口から溢れた言葉は実に弱々しいものだった。

「……初めはいい奴だったんだ。度胸もなくいつもビクビクしながら采配を振っていたが、それも他の刀剣達が奴を支えた。俺もいつかそうなれればと奴のために刀を振るった」

心臓がどくりと跳ねた。
彼が言っているのはおそらくこの本丸の主だった審神者の事だろう。私はここがどうしてブラック本丸になったのかは聞いていない。小泉さんは話そうとしてくれたが私が断ったのだ。それは、これから仲間となる刀剣に先入観を持ちたくなかったからだ。

「でもある日、一振りの刀が破壊されあいつは変わった。日に日に狂い出し、『いつか折れるなら自分の手で…』と次々に壊していった」

静かに話すがその言葉の一つ一つが泥の塊の様に重くのしかかる。
彼の目は私を見ていたけれど、瞳には何も映していなかった。

「元より精神的に弱い審神者がいよいよ不安定になり、いつしか綻びができたこの本丸に時間遡行軍からの襲撃があった。狂った奴の元で俺達は戦った。しかし敵にほだされた審神者はその身を奴らに捧げ、刀剣達も次々に堕ちていった」

彼の声が、体が震えている。
私の足元もぐらぐらと揺れる。周りの木々は風吹かぬ本丸で葉の一つも揺らさないのに、こちらは立っているのが精一杯だ。青江の時と状況が似ている。

それと同時に背後から三日月が殺気を放つ気配がした。「待って!」と叫び柄から半身ほど刀を抜いた三日月を止める。慌てて彼の顔を見れば普段の穏やかな表情とはうって変わり、物凄い目で睨まれた。大典太より怖いくらいだよ。

目の前の大典太光世は今にも倒れそうな体を両手でしっかりと支え、言葉を続ける。

「重傷を負った俺は仲間達に蔵へと押し込められた。『全員片付けたら、またお話しましょうね』と言った前田の顔が、今も脳裏に焼き付いている……」

彼の瞳は虚で、真っ黒だった。
彼一人生き残り、仲間が堕ちていった本丸で今まで彼はどう思い過ごしてきたのだろうか。

殺すのは簡単だ。刀解するのも簡単だ。
でもそうしたとして、果たして彼は、この本丸にいた仲間は報われるの?
無理に私の刀にしたいわけじゃない。でもこのまま消えたところで彼はきっと輪廻転生の流れには乗れない。いつまでもずっと独りぼっちだ。

未だ揺れる足元に力を込め、一歩彼に近づく。後ろで三日月が抜刀する気配がしたがそれを再度制する。そうしたら大声で呼び止められた。

「このままでは危険だ!俺が切ろう!本人もそう言っているのなら問題はないだろう?」
「駄目!まだ話は終わってない!」
「話は終わらずとも結論は出た。主を無傷で連れ帰る事こそが今日の俺の仕事だ!」

普段怒らない人が怒るとかなり怖い。でも私とて一人の審神者で、それなりの意地だってある。大典太光世を助けると小泉さんと約束した。本丸のみんなに生きて帰ると約束した。どちらの約束も破る気など毛頭ない。

三日月が刀を持っていない方の手で私の腕を掴もうとした。が、それを振り切るように地面を蹴り上げ私は大典太の下へ走った。

「主!!」
「っつ!」

三日月の叫ぶ声。
大典太は咄嗟に自分の刀に手を掛けた。でもそれすらも巻き込んで、私は彼に抱きついた。彼の大きな身体を包み込むように必死に手を伸ばした。

「なんっ……」
「よく頑張ったね」

震える身体が落ち着くようにと彼の背中を擦った。少しずつ私の霊力で彼を包み込む。
荒い息が段々と落ち着き、それに比例して足元の揺れも鎮まっていく。

「ここにいたみんなは無事に還ったよ。後は魂が輪廻して、来たるべき時にまた彼らは生まれ変わる」

ブラック本丸については聞かなかったけれど、処分になった刀はもう生を受けることはないのかと小泉さんに尋ねた。
「そんな事はありません。時間は掛かるでしょうが彼等の魂は浄化され再び神としてのお役目を果たしてくれるでしょう」
そう力強く言ってくれた彼の言葉を私は信じた。

「だからね、もう心配しなくていいんだよ。もう自分の事を考えていいんだよ」
「お、俺の……こと………?」
「貴方にはその権利がある」

カチャリと三日月が刀を戻す気配がした。
大典太の足の力が抜け、そのままずるずると二人で地べたに座りこむ。ようやく手が届くようになった彼の頭を撫でてやれば、耳元に近い彼の口から嗚咽が聞こえた。

「……俺は、やり直したい。ここで出来なかったことを」
「うん」
「あいつらの分まで刀を振るいたい。今代では必要とされる刀になりたい」

彼はゆっくりと顔を上げた。目元は赤く充血し、初めて見た時より顔色は悪いがどこか吹っ切れた表情をしていた。

「…あんたさえ良ければ、次に目が覚めとき主と呼ばせてくれないか?」
「もちろん。これからよろしく、大典太光世」

光に包まれ刀の形に戻る寸前、彼が笑った気がした。その場に落ちそうになった本体を慌てて掴む。
おぉ、結構重い。打刀くらいまでなら持ったことがあるが、太刀でも結構重い。これを片手で振り回している三日月のことを、心の中でおじいちゃんとはもう呼べないなと思った。

「主」

ぽん、という効果音では些か優しくない勢いで頭を鷲掴みにされる。
やばい、三日月めっちゃ怒ってる。

「無茶をしましたごめんなさい反省しています。そしてどうか山姥切には言わないでくださいぃぃ…」
「自覚はあるのだな」
「それはもう」

怖くて顔が上げられない私の頭から、三日月の手が離れる。そして私の隣へと屈み、顔を覗かれた。目が合った三日月はとても悲しい目をしていて、余程心配をかけてしまったのだともう一度深く謝った。

「じじいの心臓がもたないからな。余り無茶はし過ぎぬように。さぁ帰ろうか」
「うん。ありがとう三日月」

三日月に支えられ、立ち上がる。

「太刀は重い。俺が持とう」

気遣って大典太を受け取ろうとした三日月をやんわりと制した。私は大典太をもう一度両手で抱えなおす。

「新しく来たうちの子だよ?主の私が連れて帰らないと」
「はっはっは、主には敵わんなぁ。それにあの人間との約束も果たすとは」

三日月の言葉の意味が分からず首をかしげる。彼の目線は私の腕の中へと向けられている。
その先を辿るよう、視線を自分の腕の中へと向けるとそこには柄から鞘の先まで桜の花びらがぺったりと貼り着いた大典太光世がいた。

「“桜まみれ”とは、実に風流。よきかなよきかな」

どうやら私は天下五剣を何かにまみれさせないといけない性らしい。

さぁ帰ろうか。
私達の本丸に。