秋の夜は長いそうで

随分と過ごしやすい季節になった。
夜になれば肌寒く羽織が必要になるが、日に日に季節の移り変わりを感じることができるのもまたいい。

「あるじさまー!」

夕餉後、執務室に戻りメールの確認だけはしておこうと廊下を歩いていれば後ろからパタパタと足音が聞こえた。呼ばれて振り返れば銀色の髪を揺らした小さな彼がすぐ近くまで来ていた。

「どうしたの?今剣」

彼に視線を合わせるよう腰を落としてやれば、嬉しそうにまた一歩近寄った。

「ぼくの ほまれのおねがい きいてくれますか?」
「もちろん。何にする?」

うちの本丸には誉十個貯まったら褒美を与える制度がある。今剣はちょうど今日の出陣で誉が貯まっていた。こうもすぐ来るとは、余程欲しい物があったのだろうか。私は少し嬉しくなって彼の言葉を待った。

「こんや ぼくのへやで いっしょにねてほしいです!」
「えぇ?」

今剣は楽しそうにそう言ったが、私はそれに裏声で返してしまった。
物以外の褒美をお願いされたのは髭切の時以来だ。しかも共に夜を過ごそうなど誰が想像したものか。

「それはちょっと……」

彼等とは家族も同然。しかも短刀とあれば幼少の見かけもあり抵抗はない。しかし、今剣に限ってそれを許してしまえば後々面倒くさいことが起きそうである。
私が躊躇っていれば、彼はさらに言葉を続ける。

「こんやは 岩融が えんせいでいないんです!ひとりは さみしいので あるじさまとねたいです!」

うちの本丸の部屋割りはおおよそ刀派毎だ。粟田口部屋を除き、一部屋二〜三振りで使用してもらっている。今剣と同室である岩融が居なければ確かに彼一人で寝る事になってしまう。だが、この本丸の秩序を保つ為にもそう簡単にこの申し出を飲むのも気が引ける。

「う〜ん……だったら他の三条達の部屋で寝かせてもらったら?今剣には別のご褒美をあげるから」
「いやです!ぼくはあるじさまがいいんです!ぼくにごほうびください!!」

私の右手をがっしりと掴み、目には涙を浮かべている。
本丸の秩序と可愛い短刀のお願い。天秤にかけてどちらが振りきれるかなんて、答えは分かりきったことであった。

「分かったよ。今日は特別ね」
「やったー!」

万歳をし、彼はその場でくるくると回った。
まぁ他の刀剣達にバレなければ大丈夫だろう。何より私と寝るというだけで今剣にこれだけ喜んでもらえれば審神者冥利に尽きるというものだ。

仕事を少しして、風呂に入ってから彼の部屋に行くと約束をしてその場で今剣とは別れた。





風呂に入ってから私室で支度をしていれば、今剣が迎えに来てくれた。
彼の髪はまとめられていなく、飛び跳ねるたびに石鹸の優しい香りがその場に広がった。

「はやくきてほしくて むかえにきました!」
「ありがとう。ほら、そんなに走ったら危ないよ」

今剣は楽しそうに私の前を歩く。
しかもすでに客間から私のために布団を運んできて敷いてくれたらしく読んで欲しい絵本も準備してあるとのこと。これがご褒美なら本来私がすべきことではあったけれど、その準備すら楽しいと言ってくれるのだからこの短刀を愛せずにはいられない。

「さぁつきましたよ!」
「ではお邪魔します」

今剣が部屋の戸を開けると、確かにそこには布団が準備してあった。
布団が三組。そう、私と今剣が寝るのに三組用意してあったのだ。

「お待ちしておりました、ぬしさま」

おいおいおいおい、なぜ小狐丸がいるんだ。お前の部屋は三日月と同じだろう。
彼は三組の布団の前で、戸の前にいる私達に向かって深々と頭を下げている。それに対して今剣の頬っぺたがどんどん膨れていった。

「なぜ 小狐丸がここにいるのですか!」
「先ほど布団を運ぶのを手伝ったではありませぬか。すればぬしさまと一緒に寝るのだとか…ですから私もここで寝ようと思いまして」
「あるじさまは ぼくとねるのですから小狐丸は でていってください!」
「なっ!?」

私の目の前で二人の言い争いが始まる。
嫉妬深い小狐丸にバレるとは最悪の事態だ。しかも今日に限って自分の味方になりそうな山姥切、長谷部、石切丸は岩融と同じく遠征に行ってしまっている。膝丸は髭切と晩酌をすると言っていたし、一期一振は粟田口の短刀達を寝かしつけている頃だろう。
というか小狐丸と同室のもう一振りは何をしてるんだ。

「小狐丸、貴方がここで寝れば三日月が一人になっちゃうでしょ?そうしたら三日月が可哀そうじゃない」

言い方は悪いがここは三日月をダシに使うしかない。ああ見えて彼は寂しがり屋で甘えベタなのだ。服の着付けも自分でできるけど人に頼ったり、給料を短刀達の菓子代に使ったり、蝉の亡骸を見て弔いの句を詠むような性格なのだ。

「三日月はもう寝ています。就寝時間は戌の刻ゆえ今頃夢の中におります」

戌の刻って夜八時ごろじゃないか!短刀達よりも早いくらいの時間だ。どうりで彼は早起きなわけだ。これでは本格的なおじいちゃ…いや、それはもう言わないと決めたんだった。

「これはぼくの ごほうびなんです!小狐丸も じぶんであるじさまにおねがいすればいいじゃないですか!」
「分かりました。ではぬしさま、次の誉の褒美には一夜を共にしてください」
「まてまてまて、誤解を生む言い方をするな。それにそのお願いはちょっと……ほら、小狐丸とだと色々と問題があるでしょう?世間体とか……」

可愛い可愛いうちの刀剣達だが、私とて少しくらい女としての防衛本能はある。しかも小狐丸は就寝中に私室に潜り込もうとした前科もあるのだ。そのため、万が一の事が起こるかもしれないという不安は少なからずある。

審神者と刀剣男士が恋愛関係に至ることは罪に値するわけではないが、そうすると人間ではいられなくなるらしい。彼等と交じるということは神域に片足を突っ込むのと同じこと。すると百年以上は余裕で生きられたり、病気に掛かりにくくなったり、老け込むこともないらしいが人間ではなくなるため現世に戻れなくなったり、次代で人ならざる者になったりもするらしい。

如何せんそこまでの覚悟は私にはない。ついでに言うと君たちの事も私はそういう対象としては見れない。

「何故ですか!?」
「えーっと…小狐丸が駄目とかじゃなくて見かけとか精神面というか、そういう問題」
「ぬしさま、騙されてはいけませぬ。それを言うなら今剣とて見かけは子供でも中身は平安時代のじじいですぞ!」
「やめろ!私の夢を壊すのは安定だけで充分だ!」
「うるさいです 小狐丸!ぼくはあるじさまとねるのですから でてってください!」

ここまでくると小狐丸はそう簡単には引き下がらない。けれどここで私が本気で怒ったりでもしたらさすがに可哀そうでもあるし、パワハラ案件になる。いや、逆を言えば小狐丸のセクハラ案件だと言えなくもないが、力でねじ伏せたところで不満は溜まる一方だろう。
誰かいないのか。私の味方になりそうな刀は……

「あのー、もしかしてお取り込み中でしたか?」

さらに白熱した言い争いをしている中、控えめな声が部屋の入り口から聞こえた。
そこには枕を抱えて寝間着姿の物吉貞宗が立っている。

「物吉、どうしたの?」
「実は相部屋の歌仙さんが遠征でいなくて……もしよければここで寝かせてもらえないかなと思いまして」

そうだ、まだ貞宗の刀は彼一人だから歌仙と同じ部屋にしたのだった。
さすが幸運をもたらす刀。物吉自身が来てくれたことにより、今まさに私に幸運がもたらされた。

「物吉、今夜は今剣と私とで三人で寝ましょう!さぁ小狐丸、この部屋はもう一杯です。出て行ってください!」
「殺生な!短刀脇差はよくて太刀は駄目ということですか!これが太刀虐めですか?あんまりです!」
「小狐丸は色々と前科があるから信用できないの!太刀でも江雪となら私は寝れますね!」
「は?」

開けっ放しになっていた部屋の戸。その先の廊下に見えるのは目をカッと見開いた江雪と、寝ている小夜を抱きかかえている宗三であった。なぜ左文字兄弟がこんなところに…。というか今の会話を聞かれたのだろうか。とするとこの状況は非常にまずいのでは?

「主、今の話をお聞かせ願えませんかね」

断りもなしに部屋に入ってきた宗三の目に光はない。顔も笑っていない。
いや、違うんだ。「寝れる」と言ったのは男女の関係としてではなく、文字通りの“寝る”という行為のそのものなのだ。だってほら、江雪は和睦に務めているから“そういう”下心はなさそうじゃないか。

「いや、決して変な意味ではないんだよ。江雪の隣ならいい夢がみれそうだという話をしていたのです」
「ほぅ」
「私のふかふかな毛に包まれれば、ぬしさまもきっといい夢をみることができましょう!」
「あるじさま、だまされないでください!小狐丸が "よばい"をしていることは とっくにばれてます!さぁでていくのです!」
「やっぱりボクお邪魔でしたか?」
「物吉は帰らないで!お願いだからここにいて!」
「ちょっと、小夜が起きるでしょう?静かにしてください」

争いは収束を迎える気配がない。寧ろ刀剣達が増えてややこしくなってきた気がする。
こうなったら言霊で縛ってしまおうか。そして小狐丸は青江部屋辺りに放り込めば静かになるだろう。青江と数珠丸の独特の空間に彼が耐えられるはずがない。また、沖田刀部屋でも問題ないだろう。加州と安定が「しばいてやるよ小狐ちゃん」って具合に制裁を加えてくれるはず。

「よろしいでしょうか」

廊下でフリーズ状態であった江雪が部屋に入ってきた。もう先ほどの様に目は見開かれておらず、いつも通りの冷静さを取り戻したらしい。
彼は私の前で立ち止まり、静かに口を開いた。

「今晩、貴方の隣で寝てもよろしいでしょうか?」
「え!?」

何が起きたと言うんだ。今度はこちらが目を見開く番である。
彼は至って落ち着いており、立ち話もなんですから…と言い皆をその場に座らせた。

「どういうことですか?」

一番不機嫌そうに答えたのは小狐丸である。事の発端はお前だというのに、彼はぴったりと私にくっついている。

「秋の夜長は冷え込む日も増えましょう。貴方が眠るまで、私は貴方が良き夢を見られるよう祈りましょう」

正直に言おう。それは少し重い。
基本私はおやすみ三秒なのだ。それに出陣を繰り返す彼等の方が肉体的にも疲れるだろう。寧ろ彼等に早く休んで欲しいのだ。

「いや、それは申し訳ないよ。小夜も寂しがるだろうしいつも通り三人で寝てよ」
「いえ、こちらの事はお気遣いなく。せっかくの兄さまからの申し出です。一緒に寝ることを許しましょう」

宗三、何があったんだ!?てっきり私に殺意を覚えているのかと思ったがそうではないのか?
小夜を撫でる姿は新妻宛らだが、いつものお前はそんな性格じゃあないでしょう。いつも見せる苦虫を嚙み潰したような顔をしてみなさいよ。この状況はどういう風の吹き回しだ。怖い。

そして短刀と脇差の二人はというと今剣は私の膝を枕に、物吉は畳に寝転ぶようにすっかり寝入ってしまっている。私も正直眠い。というか疲れた。

「まだ寝ないのか?」

心が折れかけたその時、小さな影が部屋に現れた。黒髪に、透けるような肌、その身は小柄にも関わらずはだけた胸元はどことなく色っぽい。

「薬研…」
「なんで大将がいるんだ?こんな夜更けに男の寝床にいるなんざ食われちまうぜ」

いた。私の見方になりそうな刀が、今まさに目の前にいる。
何故彼がこの時間まで起きているのかは謎であるが、今はそんなことを考えている暇などない。
しかし私が事情を説明する前に状況を察したのか、彼は不敵な笑みを浮かべた。

「旦那たちも部屋に戻りな。これ以上大将を困らせるってんなら俺が黙っちゃいないぜ?」

錬度は初期刀である山姥切の次に高く、夜、室内ということを考慮すれば尚の事この男前短刀に勝てる刀などいない。
それを悟ったのか宗三がいち早く腰を上げた。

「彼に言われては引くしかありませんね。戯れはここまでにしておきましょう。兄さまも部屋に戻りましょう」

小夜を抱きかかえ直した宗三と目が合った。そうしたら鼻で笑われてしまった。
なるほど、彼にとってはその言葉通り“戯れ”に過ぎなかったわけか。江雪の意外な反応と私の姿を見て面白がっていただけだ。

キッとひと睨みすればその美しい桃色の髪を揺らし、江雪を促し部屋を出ていった。江雪には最後に「では夢で逢いましょう」と頭を下げられた。そういうと君らは本当に夢に現れるのだからやめろください。

左文字兄弟が部屋を出ていけば、次は小狐丸の番だ。暫く薬研と睨みあいを続けていたが、やはり勝てないとわかったのか渋々立ち上がった。その背中があまりにも可哀そうで出ていく背中に声を掛けた。

「小狐丸、明日執務室においで。髪を梳いてあげる」

ぴくりと耳の様に立った髪が揺れ、彼の周りにひらひらと花びらが舞い始めた。

「約束ですぞ、ぬしさま!」

小狐丸が出て行ったあと、寝落ちしてしまった今剣と物吉を布団まで運んだ。もちろん薬研も手伝ってくれたけど「大将は相変わらず甘い」ずっと小姑の様に言っていた。ごめんと謝りつつも、彼があまりに優しく言うものだから私は実のところ反省できなかった。
電気を消し、さぁようやく寝れると言ったところで私は薬研を呼び止めた。

「どうしたんだ?」
「薬研も一緒に寝ようよ。こんな時間じゃ部屋に戻りにくいでしょ」

私は自分の布団をめくりあげ、一人分が寝られるほどのスペースをつくってやった。隣に寝ているのは今剣だが、彼もまた小柄なため少し詰めても大丈夫そうだった。

「大将、俺も男なんだぜ?」
「うちの刀剣男士は皆かわいい家族みたいなもんだよ。ほらほら」

彼の腕を引けば、おとなしく私の隣に収まった。
さすが頼りになる私の初鍛刀。頭を撫でてやれば見かけ相応に照れてみせた。
やばい、これはパワハラセクハラ案件か?でもそんなことを真剣に考える前に、瞼は睡魔でどんどん重くなっていく。

「ほら、早く寝な」
「おやすみ薬研」
「あぁ、おやすみ」



数分後、部屋の中で三つの小さな寝息が規則正しく聞こえていた。

むくりと体を起こした短刀は、隣で寝ている彼女の髪を優しく撫でた。少しだけ身じろぎをするも全く起きる気配はない。なんて無防備なんだと、小さく笑った。

胸騒ぎがして部屋を抜け出てみれば、困り果てた彼女がいて「あぁやっぱり」と思いながら部屋へと入った。

もっと俺を頼ってくれていいのに。

天井裏で彼女を助けられなかったあの日から、俺は何があっても彼女を守ると誓った。それはもちろん彼女を主と見込んでの事。
それ以上でも、それ以下でもない…はずだ。

彼女の髪をかき分けて、額にそっと唇を寄せた。
彼女を困らせることはしたくない。でも今日ばかりはいいのではないだろうか。
自分がまだ理性を保てているご褒美だと言う事で。

「いい夢みろよ、たいしょ」


静かに部屋を出て暗い廊下に消えゆくは一振りの短刀。
彼は男前すぎる余り、損をする質なのかもしれない。