瞳を閉じて耳を貸して

今宵は雲一つない空で、ぽっかりと真ん丸なお月様が空に浮かんでいた。

私室と執務室の中間にある縁側で私は日本酒が注がれたグラスに口を付けた。
刀剣達も打刀中心に宴会を開いているらしく、大広間からは賑やかな声が聞こえてくる。

私も誘われたが今回は遠慮した。なんせ、毎度の如く早々に酔い潰れ寝入っては迷惑をかけてしまうし、上司という私が居れば気を遣うだろうと思ったからだ。

というわけで、一人ちびちびとお酒を飲んでいる。一応酔い覚まし用のグラスと水差しも持ってきたから酔い潰れることはないだろう。

「一人で晩酌か?」

ずっと明るい月を見ていたからか、暗闇から現れた彼にピントが合わない。しかし、月明かりに照らされた縁側まで来た時に布の隙間から覗いた金色の髪が月に負けずに輝くものだから誰だか気づく事ができた。

「山姥切、こんな夜更けにどうしたの?」
「大広間で飲んでたんだが、酔い覚ましで歩いていた」

なるほど、出なければ自分の部屋と逆方向のここまでは来ないよな。
山姥切は酔っているのか、少しフラついている。彼はお酒にそこまで弱いはずではないのに珍しい。私はもう一つ用意していたグラスに水を注ぎ彼に差し出した。

「すまない…」

控えめに受け取った彼は自然と私の隣に腰を下ろし、冷えた水を半分ほど一気に呷った。
ふぅ、と一息ついた彼はどこか幼く見えた。大抵は私の方が早く酔い潰れるから彼の酔っている姿は新鮮で可愛かった。

「珍しいね、山姥切が酔ってるの」
「『オレが勝ったら第一部隊の隊長を譲れ』と和泉守に飲み比べを挑まれた」

私がいない時にそんな大切な賭け事をしないでくれ。というかお酒の強さと戦場での強さは関係ないじゃないか。

「勝手にそんなことしないでよ」
「安心しろ、勝ったぞ」

私の不安が感じ取れたのかやんわり笑ってそう言った。なんだが今日の山姥切は話しやすいな。いや、彼とは別に普通に話をするが頻度的には蜂須賀や長谷部、短刀達の方が圧倒的に多い。そういえば、私は山姥切と仕事以外の話をした事があっただろうか。

「あんたが飲んでるの、珍しいな」

彼は酒瓶と私の顔を見比べた。
お酒は弱いが嫌いじゃないと伝えると意外そうに頷いた。まぁあれだけ何度も次郎太刀に潰されていれば酒が嫌いになってもおかしくないと思われていたのだろうか。

「今日は月が綺麗だし、ぼーっと見ながら飲んでた」
「そうか」

私がお月様を見上げれば、隣の彼もつられるように空を仰いだ。
特に会話はなかったけれど気まずい空気みたいなものも私達にはなくて、本丸の澄んだ空気が心地よかった。

「あいつとは、それなりに良くやれてるぞ」

ぽつりとそんな事を言われた。彼の視線の先には蔵がある。闇夜では見え辛いが今日は満月だということもあり、ぼんやりとそれが見えた。

「大典太はいい子でしょ?上手くやれててよかったよ」

私がそう言えば彼は隣で溜息をついて、酒のグラスを呷った。それ私の飲みかけなんですけど…とも思いつつ今日くらいはいいだろうと思い黙っておいた。

「ブラック本丸に行くのだって、俺は反対だった」
「でも許可してくれたよね」
「諦め半分と、あんたなら大丈夫だという気持ちがあった」

さすが初期刀、よくご存知で。
私の顔を見れば、彼はつられたように笑った。

私はあそこに行って気付いたことがある。何時、何が起こるか分からないということに。
大典太の元の主の話を聞いたとき、私は一概にその人を責めることはできなかった。
もし自分だったら、もしこの本丸の誰かが折れたら、私は冷静でいられるだろうか。

それを考えた時、ふと思った。あれをすれば、もし私の身に何か起こっても止めてくれるのではないかと。それによりこんのすけとの約束を破る事になるが、私は今その決心がついた。彼なら大丈夫だと。信じられると。

「山姥切、ちょっと耳かして」
「なんだ?」

手招きをして彼を呼び寄せ、私は耳元にそっと唇を寄せた。

「“ * * * ”」

顔を離して私を見た彼の翡翠色の瞳は大きく見開かれ、揺れていた。

「あんた、それって……」
「忘れないでよ。私の名前なんだから」

酔いの冷めた彼の頬は再び赤く染まる。あー、これは怒ってるかもしれない。
怒鳴られるかもと身構えていると盛大な溜息を隣でつかれた。そんなに溜息つくと幸せ逃げちゃうよ?

「なんで俺なんかに……」
「山姥切だからだよ。私の気が狂いでもしたら叩き切って。痛いのは嫌なので一振りで仕留めてね」
「やっぱり、あんたには敵わない」

風で布が飛ばされて、彼の優しいすぎる表情が視界に広がった。不覚にもその顔にドキリとしてしまったものだから、置いてあった酒瓶から直にお酒を呷った。

「おい、何やってるんだ!」
「今夜は飲もう!」

彼のグラスにもお酒を継ぎ足して、雑に乾杯をした。
山姥切も飲まなきゃやってられないとでも思ったのか一気に呷る。
偶には二人で飲むのも悪くない。



「あーもー!兼さん飲み過ぎ!ちゃんと歩いてよ!」
「うっせーなぁ!なんで俺があいつに負けるんだよぉ!!」
「うるさいのは和泉守なんだけど!っていうか部屋こっちじゃないじゃん!」
「まぁいいじゃん清光。ほら今夜は月が綺麗だよ」
「ほんとだ!」
「おっ!じゃあここで月見酒でもしようぜ。曽祢さんも飲み足りねぇだろ?」
「俺はいいよ。お前ももうやめとけって」
「ねぇ、あれって主じゃない?」
「本当だ。兄弟もいるけど寝ちゃってる?」
「二人ともこんな所で寝てると風邪引くぞ」
「そうだ!主も起こしてここでもまた飲み比べでも」
(シュッ 堀川が和泉守の急所を突いた音)
「兼さんはちょっと静かにしててください」
「ちょっ!堀川なにしたの!?」
「兼さんと兄弟、それと主さんの為です」
「だからってもう少し穏便にできなかったのかよ」
「じゃあ長曽根さんは俺が護衛するからいつもの如く主を運んで! 安定は山姥切ね!」
「え!?嫌だよ!僕が主に付き添う!」
「ダーメ。俺の方が偵察高いし」
「僅かな差でしょ!」
「ほら、二人が起きるから静かにしろって。長谷部が居たらすぐ教えてくれよ。あいつうるさいから」

宴終わりの新選組刀に発見された審神者と山姥切。
その二人の寝顔を見て彼等には同じ感想が頭に浮かんだ。

「この二人って似た者同士だよね」

加州が言ったその言葉に皆一同に頷いた。





その後、山姥切が彼女の名を呼ぶのは二回。

一度目はそう遠くない未来に。

二度目は彼女の最期を看取る時。