人間らしく生きたい君に

秋と言えば何と答えますか?
私は即答で“食欲の秋”と答えます。

先日、政府から会報が届いた。
それは毎月月初に配布されるもので、内容としてはどこの地域で時間遡行軍の出現が高くなっただとか、新しい刀剣男士が発見されただとか、定例会のお知らせ等が書かれている。
また、後半になるにつれ政府が作成した刀剣男士の曲や新しく導入された景観なども載せられてる。

仕事の合間にパラパラと読んでいると秋の特集ページというところで手が止まった。
なんと、いくつかの遠征先で秋の味覚が入手できるらしい。

もちろん本丸で育てている作物はあるが、栗や葡萄、柿といった木に生るものは購入するしかない。そういったものが、今回たくさん手に入れることができるらしい。

その数ある作物の中で一際目を引くものを見つけた。“松茸”だ。
独特の強い香りを持ち、日本においては食用キノコの最高級品に位置付けられている“松茸”。残念ながら私は永○園のお吸い物でしかそれを味わったことがない。社畜時代、夜食がてらにおにぎりと共に飲むそれは最高のご馳走であった。本当に感謝している。

さて話は逸れたが、私だって本物を食べてみたい。現世に居た頃は「あんなキノコに何万円も払うなんて…」と思っていたがタダで手に入ると言えば話は別だ。ぜひ秋の味覚をふんだんに使った料理を食べようではないか。
ちょうど近侍として傍にいた燭台切にその旨を話すと「それはいいね!」と私に同意してくれた。

刀剣が増えてからは余裕を持って隊を組めるようになっていたので、一週間区切りで隊の編成や出陣地域、内番などをある程度は決めてしまう。来週の予定は組んでいなかったため、それを踏まえて来週末に宴会ができるように調整することにした。

私と燭台切が練りに練って編成したスケージュール表は居間の近くの掲示板に貼られたのだが、それを見た刀剣数振りからは抗議の声が上がった。特に同田貫正国には「遠征じゃなくて戦場に行かせろ!」と散々言われた。その件に関しては秋の味覚が手に入ることを懇切丁寧に説明しみんなの為にもなることを力説した。中々引き下がらなかったが最終的に燭台切が「主の手料理食べたくないの?」と押し切ったら納得してくれた。というか私も作るんですね、まぁやりますけども。

ということで秋の味覚を食す宴会が開かれることになった。





待ちに待った宴会は、想像以上の豪華さだった。
大量の栗に銀杏。柿、葡萄、梨といった果物ももちろんのこと、秋刀魚や鮭といった魚を採って来てくれた者もいた。ただ安定が喜々として生け捕りにしてきた猪は逃がしてやった。さすがにそれはさばけないわ。そして待望の松茸はというと背負い籠二つがいっぱいになるくらいには集まった。どうやら鳴狐とお供の狐、物吉が大健闘だったらしい。私は二人を褒めちぎった。

「わ、わたくしめもいいのですか?」
「たくさん手に入ったからね。こんのすけも食べてってよ」

また、最近では用があるときにしか来なくなったこんのすけも呼んであげた。就任当初はこちらに随分と留まってはいたが最近では伝達事項があるときと夕餉に油揚げが出る時でないと来ない。まぁ呼べば変なワープホールみたいなところからすぐ来るわけだがせっかくなので声を掛けた。

松茸ご飯を使ったお稲荷さんとおにぎり、鮭の酒かす汁、焼き松茸、山菜の天ぷら、秋刀魚の刺身、栗の甘露煮、銀杏は茶碗蒸しにして、食後の甘味に果物もむいた。肉も食べたいという意見もあったので山賊焼きや短刀用に小さめのハンバーグも作った。もちろんお酒もたくさん仕入れた。

「今週は遠征ばかりでとなってしまいましたが皆さんのおかげでこんなにも豪華な料理が出来ました!今日は存分に食べてください。それではいただきます!」

いただきますの号令で一気に食事に群がる刀剣達。
私も負けじと料理に手を伸ばした。



「もうお腹いっぱい〜」
「苦しくて動けねぇよぉ」

宴会も終わり残りの食器を運ぶため再度居間へと戻ると、蛍丸と愛染国俊が畳の上に寝転がっていた。二人のお腹はパンパンに膨れ上がっている。君らの小さい体にどれだけの料理が詰め込まれたのであろうか。まぁ美味しく食べてくれたのなら何よりだ。

「二人とも大丈夫?ご飯は腹九分目にしときなよ」
「それをいうなら八分目だぞー」
「八だとお腹空かない?」
「へへっさすが主さん。男前だな!」

二人はお腹を擦りながら未だに動けずにいる。本当によく食べてくれたんだなぁ。こういった幸せは人の身を得てからでないと味わえない。だからこそ喜んでくれて私としても満足だった。

「でも俺らがこうなったのは国行のせいなんだからな。あいつ全くご飯食べないんだよ」
「そうなの?」
「そうだぜ。自分は腹いっぱいって言って俺らに飯を回すんだ」

彼等と同じ来派の明石国行を顕現させてのはつい最近の事。本人が言っている通り基本的にやる気はないし、蛍丸と愛染の保護者と言いながらどこかぼんやりとはしているが、戦場に送り出せば普通に仕事をしてくるし私の言う事も聞いてくれる。この本丸にも刀剣が増え、また来派の二人もいたことから正直私は明石にあまり気を掛けていなかった。
しかし食事をまともに取らないとは、結構おおきな問題ではないだろうか。

基本、刀剣男士は食事を採らなくても生きることはできるらしいが、空腹は感じるし身体への影響はあるらしい。それは先日ブラック本丸より引き継いだ大典太から教えてもらった。その空腹が次第に恨みつらみ、怨念といった負の感情まで膨れ上がると怨霊にまで堕ちる。それを聞いた私が大典太にたらふくの料理を振舞ったのも記憶に新しい。

「ねぇ、他に明石に関して気になることはない?体調が悪そうだとか」
「え〜国行がダルそうにしてるのなんて何時ものことだよ」
「あ、でも」

愛染は上体を起こし、何かにを思い出したとばかりに応えた。

「夜あんま寝れてないみたいだぜ。昨日夜中に厠に行こうとしたら国行が布団にいなかったんだ」

もしや拒食症や不眠症なのだろうか。食欲なし、睡眠欲なしが続いたら人の身を得た彼等にとってそれは非常に不味い。すれば、その原因はストレスによるものとも考えられる。ならば大大大問題だ。ここがブラック本丸になりかねない。

「教えてくれてありがとう。ほら、二人とも寝る前にお風呂に入っておいで」
「わかったよ。ほらいくぞ蛍!」
「えぇ〜俺まだ動きたくない」

善は急げという。
厨の片づけが終わったら、明石に会いに行ってみよう。





食器の片づけをしながら燭台切の話に付き合っていたら、思ったより時間が経っていた。
来派の部屋にもいなかったし、どこにいるのだろうと歩いていたら長谷部に出くわした。

「お疲れ様です、主。このような場所でどうされましたか?」
「お疲れ様。ちょうどよかった、明石を見てない?」
「あぁそれなら先ほどまで俺といましたよ。あいつは保護者としての自覚が足りていませんからね。一期一振にもお願いし、保護者の何たるかを教えていたところです」

どうやら私の知らないところで長谷部は新人教育係になっていたらしい。そういったことは同じ刀派の者に任せているのだが、明石の場合は長谷部に目を付けられてしまったのだろう。少し可哀そうではある。

「あーそうだったんだ…。それで、今明石がどこにいるか分かる?」
「おそらく書庫に向かったのだと思います。いくつか本を推薦しましたので」

なるほど、通りで見つからないわけだ。
長谷部が何か言って欲しそうだったので、「頼りになるよ、ありがとう」と褒めておいた。おぉ、桜吹雪が凄いことになったぞ。そのまま深くお辞儀をして、彼はスキップしながら自分の部屋へと向かって行った。
さて、彼が本当に書庫に居るかは不明だがとりあえず向かうことにした。



書庫の戸を開けるが電気はついていなかった。やっぱりどこかへ行ったのだろうか、と思いつつ手探りで壁のスイッチを押せば「う、わ…」と驚いた声を発した明石と目が合った。
ちゃんと来ていたのか。疑ってごめんね。

「電気もつけずにどうしたの?」
「まさか主はんが来るとは驚きですわ。どうされました?」

彼は書庫の隅に置かれている小さな椅子に座っていて、私は机をはさんで彼の目の前の椅子に座った。
愛染が教えてくれたことを踏まえ、改めて明石を見るとどことなく顔色が悪く痩せているように見えた。手入れで治る傷とは違うそれが、妙に痛々しく感じた。

「明石に会いに来た。ここでの生活は慣れた?」
「嬉しいこと言うてくれますなぁ。それやと、ここは蛍も国俊もおるし悪くはないなぁ。ただ長谷部ゆう刀は苦手やけど」
「長谷部のあれは皆にだから、あんまり気にしないでね」
「主はんに免じて、そういうことにしときましょか」

へらっと笑って彼は答えた。
その顔に不安や不満はなさそうで、だからこそ私は彼の大切な部分を見逃していたかもしれない。言い訳だけど。

「明石、最近寝れてないんだって?ご飯もあまり食べれていないんでしょう?」

あまりこういう聞き方は好きではないが、直球で質問をした。
彼は表情を変えずに視線を下へと動かした。眼鏡のせいで顔がよく見えなくなる。
この子は心を隠すのが上手いな、と思った。

「二人から聞きはったん?でも、主はんに心配頂くことでもありまへん。この通り、やる気はないけども仕事はしますんで」
「でも……」
「さて、そろそろ蛍たち寝かしつけないとあきまへんので失礼しますわ。主はんも早う休んでや」

有無を言わさず、彼は椅子から立ち上がり部屋を出ていった。
その間、彼は一度も私の顔を見なかった。



これからどうしたものか、と考えながら私も書庫を後にした。
明石は他の刀派の者とも関係は良好であろう。長谷部に対してはああ言っていたが、膝丸や蜻蛉切と話している姿を見たことがあるし、蛍丸と愛染のこともとても大切に思っている。

私にできることは何かあるのだろうか。
とぼとぼと私室へと帰ろうと廊下を歩いていると目の前から大倶利伽羅が歩いてくるのが見えた。ちょうどお風呂上りなのだろうか、寝間着姿でタオルを首にかけていた。

「あ、大倶利伽羅ちょっといい?」
「なんだ?」

彼も明石同様、日常生活の中では中々考えが読み取りづらかったりする。彼と仲の良い燭台切や鶴丸からすれば「わかりやすい」らしいが私はまだ彼の感情を読み取るのが下手だ。
彼と交流することにより、何かヒントが得られるかもしれない。

「少し屈んでもらってもいい?」

怪訝そうな顔はされたがとりあえず身長を私に合わせてもらった。
コミュニケーションはまずスキンシップからだ。短刀の場合はおおよそ彼等の頭を撫でれば良好な関係性を築けることはこの数か月で立証済みである。それが見かけ成人男性の刀剣に効くかどうか試させてもらおう。大倶利伽羅のことはまだよく分からないが、とりあえずいきなり怒り出し殴られることはないはずだから丁度いい相手だ。

私の手が届くようになった彼の髪を優しく撫でる。おぉ…。きちんと髪を乾かした後なのだろうか。髪は意外と柔らかくてサラサラだ。ふわふわ度は秋田の次、髪の滑らかさは乱の次だな。

「………おい、何している?」
「いや、これやったら喜ぶかなぁって」
「やめろ」

彼の腕で手を跳ねのけられ、足早に来た廊下を戻ってしまった。
やはりこの手の子供だましは打刀以上には通用しないのだろうか。でも和泉守と大典太には効いたからなぁ。まぁ、万人受けはしないということか。

「伽羅坊、顔が真っ赤じゃないか!」
「ちょっ、すごい花びらだよ!何かいい事でもあったのかい?」

彼が消えていった廊下の先で鶴丸と燭台切の声が聞こえた。
前言撤回。これでいこう。





あれから明石への接触を試みるも、心なしか避けられている気がする。
食後もすぐにいなくなるし、出陣後や遠征の出迎えに行ってもいつの間にか姿が見当たらなくなる。最近では大きな怪我も負わないため手入れの必要もない。それは喜ばしい事なのだがつまりは合意的に関わりあう事もないのだ。一度無理やり近侍にでもしようと思ったが、それこそ逆効果になりそうだったので止めた。


そんなことを延々と考えていたら眠れなくなってしまった。目が冴えて何度寝返りを打っても眠気がやってこない。おやすみ三秒の私がこうも眠れないとは…
潔く寝ることを諦め、夜の散歩に出かけることにした。

戸を開けた瞬間冷たい風が頬を撫でた。流石にこの時期の夜は冷える。益々寝られなくなりそうだが、羽織を肩にかけて部屋を出た。

夜の日本家屋は中々に雰囲気がある。初めのうちは幽霊でも出るんじゃないかとビビっていたが、それっぽい青江が「こんな清らかな場所に幽霊なんてでないよ。僕意外はね」と笑いどころが分からないことを言っていたのでそれを信じている。

そういえば明石は眠れているのだろうか。
来派部屋まで行き、そっと戸を上げる。布団は仲良く三組並べられているがその中央の布団には誰も寝ていなかった。蛍丸と愛染がいるのだからそこは明石なのだろう。二人を起こさないように静かに戸を閉めた。

「何かご用でっか?」
「ひぃっ…!」

背後から声を掛けられ、前のめりに倒れ思いっきり膝を打った。ついでに言うと腰も抜けたかもしれない。

「何やっとるんですか」

声の主は困ったように笑った。夜だからいつにも増して顔が青白く見える。

「こんばんは明石」
「こんばんは主はん」

気だるそうに手を差し伸べられ立ち上がらせてもらう。細身だが確かに力はある。膝を擦っていたらバツが悪いのかやはり私とは目を合わせなかった。

「眠れなくてね。明石もでしょ?」
「まぁ……」
「少し話し相手になってよ」
「主はんの頼みなら仕方ありまへんなぁ」

少し寒いが縁側へと腰を下ろす。今日は星空が綺麗だ。こんなことならもっと星の名前や形を学生時代に覚えておくべきだったかもしれない。

「こないだの宴会楽しかったね」
「随分と豪勢でしたなぁ」
「私あの時初めて松茸食べたんだ」
「主はんが歌仙兼定と松茸を取り合いしていたんは笑いましたわ」
「あんな雅じゃない歌仙は初めて見たよ…明石は初めての松茸どうだった?」

他愛もない話を続けながらそう聞けば、彼は視線を自分の膝元へと落とした。

「どんな味しはるんですか?」

淡々と発した声が冷たくて冷たくて。
彼の名を呼べば、呼吸する音が聞こえた。

「食うのも寝るのも、何でみんな普通にできとるん?元は皆、刀やろ。無機物やん。意思も自我もないやろ。自分にはさっぱり分かりまへんなぁ……」

頭を下げて手で顔を覆った。
箸を使ってご飯を食べ、夜になったら布団に潜り、日が昇って起床する。私にとってそれは当たり前の事で、刀剣達もその理を自然に受け入れていた。そんな中、ただひとりそれが“普通”の行いであると受け入れられなかった彼は今までどんな気持ちでいたのだろうか。自分だけ“異常”だと、“異端”だと思っていたのだろうか。

「主はん、自分のこと刀解してもらえまへんか?もう疲れましたわ」
「それはできない」
「はぁ?勝手に呼んどいて随分勝手ですなぁ。自分の代わりなんていくらでもおるでしょう。主はんなら次の“明石国行”もすぐ来てくれはりますよ」
「貴方を刀解しない」

私は彼の頭に触れた。色は違うけど、愛染の髪質にしている気がした、サラサラで指によく通るけど、意外と太くてちょっと硬い毛質だ。

「なんでっ…」
「じゃあなんでそんなに悲しそうなの?」

本当にここにいるのが嫌なら刀解でもいいと思う。私が気に入らないなら他所へ行けるように手続きだってする。でもそうするのは、彼等が心の底からそれを望んだ時だ。

「みんな初めから全てが普通にできたわけじゃない。歌仙は箸を何組も折ったし、蜻蛉切は布団に入らずに寝てた。小夜は皮が付いたまま柿を食べて、小狐丸は髪を乾かさずに寝て風邪もひいた」
「でも、自分は……」
「大丈夫だよ」

根拠はないけど、直感でそう言った。この子なら大丈夫だと。まぁ親馬鹿なので大目に見て欲しい。

「じゃあ明石が寝られるように子守歌を歌ってあげよう」

おやすみ三秒の私にとって子守歌は必要のないものだったけれど、短刀達のために覚えた。
同じ言葉を繰り返し、韻を踏むその歌は心地よい眠りをもたらすはずだ。

「……主はん、歌下手ですなぁ」
「なんか言った?」

ごめん、自信満々に歌ったけど音楽の成績は悪かったです。そして短刀達からの評価も悪いです。友達とカラオケに行く度に私はタンバリン係を任命されていました。

「まぁ、悪くはないけどなぁ」

その時、私は初めて彼の笑った顔を見たかもしれない。

「じゃあ明日は私が明石のために料理を作ってあげるよ」
「そっちは楽しみにしときますわ」

明石は暫く私の下手くそな歌を聞いて部屋へと戻っていった。
でも部屋に入る直前、彼は私の元に戻ってきてぺこりと頭を下げた。

「もっかい撫でてもろうてもいいですか?」

どうやら頭撫で攻撃は全刀剣男子に効果ばつぐんのようです。
他本丸の審神者の皆さまもぜひお試しください。