集え短刀!緊急会議です!

今日は朝からすこぶる体調が悪い。
原因は分かっている、二日酔いだ。

「私、お酒に強くなったかも!」と思いサシで次郎太刀と飲んだら案の定潰れた。昨日の自分を殴ってやりたい。
お酒に弱い事は重々承知だが、今まで二日酔いにまで引きずることはなかった。大抵は早々に寝落ちし、翌日には「お腹空いた」と思いながら目覚めるくらいの図太さは持ち合わせている。
しかし、今回ばかりは調子に乗りすぎたとしか言いようがない。しばらくお酒は控えよう。



「主、入ってもいいか?」

私室の襖越しに声が掛けられる。
誰だろう?私が二日酔いであることは一部の刀剣しか知らない。本丸の主が自ら進んで酒に呑まれた(酒に弱い事は周知の事実だが)と知れたらそれこそ刀剣達の士気に関わるため寝不足だと周りには伝えてある。であるためここには誰も来そうにはないのだけれど…
布団から顔だけを出して返事をすれば、鶯色の髪をした刀剣が姿を現した。

「温かい茶を持ってきた。厨当番の奴らが粥でも作ろうかと言っていたぞ」
「ありがとう鶯丸。でも食欲はないかも……」
「あぁ、無理して起き上がらなくていい」

鶯丸は持ってきた盆を傍に置き、上半身を起こした私の背中を支えた。朝餉もいらないと言ったため彼なりに気を遣ってくれたらしい。私の事は寝不足だと彼は思っているのに実に優しい。

彼から湯呑みを受け取り一口すすると、特有の苦みが口の中に広がる。敢えて濃いめに淹れてくれたようだ。少しだけ気持ち悪さが和らいだような気がした。

「ごめんね、迷惑をかけて」
「こういう日もある。ゆっくりと休んでくれ」

鶯丸は優しく私の背中をさすってくれた。
幸いにも今日は本丸全体の休養日だ。内番はあるが遠征や出陣の予定はない。けれど庭の落ち葉掃除や今日のおやつくらいは私が作ろうと思っていたのに、この分では難しそうだ。

そう考えている途中から胃がムカムカとしてきて、思わず口に手を添える。鶯丸は近くに置いてあった洗面器を私の前に差し出してくれた。しばらく咳と荒い呼吸を繰り返すが、物は吐き出されずに段々と落ち着いてくる。
いっそ全て吐き出せたら楽なのだろうけどそれが出来ないのがかえって辛い。

「今は休んでくれ。無理はいけない」

彼は私をゆっくりと布団へ横たえさせた。

「ありがとう」
「また様子を見に来る」

私に掛け布団をかけ、和かな笑みを残し鶯丸は部屋を出て行った。
昨夜も十分寝たというのに自然とそのまま瞼が重くなる。
外が明るくなる中、私は夢の世界へと落ちていった。





その鳥は静かに戸を閉める。
一先ず主の容体を知らせるため広間へ戻ろうと廊下を歩き出した。
するとパタパタと走る小さな短刀達に出くわした。

「鶯丸様!」
「主君のお加減は如何でしたでしょうか?」

普段は廊下など決して走らない平野と前田が心配気そうな表情でそう言った。鶯丸は静かに頷き、目の前の短刀を落ち着かせるように笑ってみせる。

「本調子ではないが大丈夫そうだ」

鶯丸の言葉を聞き、二人は胸を撫で下ろす。
彼は自分が出てきたばかりの彼女の部屋を振り返った。

「それにしてもここの主が北方(かたのかた)だったとは驚いたな。まぁ人の一代は短いから妥当ではあるか」

平野と前田は顔を見合わせる。北方とは既婚女性の一つの呼び方である。まさか主が結婚していただと?いや、平野はともかくとして前田は彼女の二度目の鍛刀で顕現させたのだから彼女との付き合いは長い。その前田が知らない事実だった。

「鶯丸様、それはその…どのような根拠があっての事ですか?」
「主は赤子を身籠っているのだろう。そのための体調不良だと思ったのだが違うのか?」
「「えぇえぇぇぇ!!??」」

はっとしてすぐに彼等は自分の手で口元を覆った。主に聞こえてはお身体にさわると思ったからだ。
それにしてもそれは本当なのだろうか?

主の体調不良の原因がつわりだとすれば、おおよそ妊娠四週間は過ぎていると仮定できる。この一、二ヵ月の間でそのようなことがあったとは考え辛かった。夜は短刀中心に主の部屋の見回りをしていたし、主の雰囲気が変わった様子もなかった。しかし、古来から長く人と共に在る鶯丸に言われるとその可能性は簡単に否定できない…

これは一大事です!!





緊急招集をかけ、平野と前田は協力し本丸にいる短刀達を粟田口部屋に集めた。
幸いにも一期一振は内番で外に出ていたため、この部屋が最適であると選ばれたのだ。因みに骨喰、鯰尾、鳴狐は別の部屋を割り振られているため問題ない。

「急にどうしたんだ?」
「前田に呼び出されてさ」
「ボクは平野に呼ばれたよ」

粟田口部屋に来た薬研が尋ねると同じく部屋に来たばかりの厚と乱がそう答えた。他にも本丸に来たばかりの後藤藤四郎、信濃藤四郎、博多藤四郎、包丁藤四郎、毛利藤四郎が部屋にいる。

「とうちゃくしましたー!」
「おぉ!ここが粟田口部屋か!」
「わわっ!虎くん待ってください〜!」
「一匹はここにいるよ」

次に部屋に飛び込んできたのは今剣と愛染、そして虎たちと五虎退、小夜は虎を抱えて入ってきた。粟田口の短刀だけでなく他の刀派も呼んだとなると何かあったのだろうか。各々が顔を見合わせていると、秋田を連れた平野が戻ってきた。そして最後に部屋に入った前田が廊下を確認してから戸を閉めた。

「お、戻って来たか!」
「何があったの?」
「本丸内を探検しようと思ってたのにー!」
「泣かないで。いい子いい子」

後藤が彼等を迎え、信濃は座布団を用意しながら前田を心配そうに見た。そして包丁は頬っぺたを膨らませて怒っており、その頭を撫でながら毛利が慰めている。

集められた総勢十五振りの短刀達は円形に座る。
前田はぐるりと皆の顔を見回して口を開いた。

「皆さんをここにお呼び建てしたのは主君に関してにわかには信じがたい情報が得られたからです」

前田の緊張した面持ちから、皆が黙り込む。
前田にとって彼女はかけがえのない存在である。いずれその日が来るとしても、もうしばらくは彼女の傍で彼女の守り刀でいたかった。だが、すでに相手がいるとなってはその役目は自分ではなくなる。その事実に直面し、言葉を詰まらせた前田の代わりに平野が口を開いた。

「主さまに妊娠の可能性があります」
「「えぇえぇぇぇ!!??」」

先ほどの自分達と全く同じ反応である。しかし十三振りが一同に叫べばその衝撃は凄まじかった。

「えっえっ?それ本当なの?」
「大将が!?」
「つまりは人妻ってこと?やったぁ!」
「…ほんと?」
「いや、大将に限ってそれはないだろう」
「あいてはだれなのです?」

等々、皆の絶叫に近い質問が飛び交う。
やはり一番気になるのはその相手である。おそらくこの本丸の刀剣であるだろうが、誰であるかは見定めた方がいいだろう。短刀達は主の事を慕っている。それはまるで母親のように、姉のように、姫君のように。主もその相手が好きであるならば問題ないが無理やり何かされた可能性も無きにしも非ず。刀剣達を信用していないわけではないが心配するに越したことはない。

短刀は古くから懐刀とされ、姫君の寝室に置かれる機会もあった。そのため、夜伽事にも詳しかったりする。だからこそその手の事に関しては敏感だ。
とりあえず皆を落ち着かせ、だからこそ召集したのだと伝えた。

「そんなら、まずは主の事を好きそうな刀剣や仲の良い者を上げてくのがよかと。順に辿れば相手が見つかるばい!」

さすがは博多、論理的に物事を運んでくれる。いきなり“相手”を探すとなると大変そうだが、一つ一つ可能性を上げていけば答えは自ずと導き出せるだろう。
この場を設けた前田はまだ話すのが難しそうであったので順番を飛ばし、その隣に座っていた平野から候補を上げることにした。

「僕は歌仙さんではないかと思います。新たに顕現された鶯丸様のために、主さまと一緒に茶葉を買いに行かれていましたから」

つまり“でーと”をしていたわけか。それが全てに繋がるわけでもないが名前が上がるに値する案件である。
しかし、先日の出来事を知っている数振りの刀剣達は首を横に振った。どういうことだ、と平野が首をかしげると「あのね……」と代表して小夜が話し出した。


それは八つ時にと主がおはぎを作ってくれた日のこと。その日は燭台切もおらず、歌仙が畑当番だったため、鯰尾と鶴丸が主の手伝いを請け負っていたのだ。
…この二人に手伝いを頼んだ時点で主の未来は決まっていたのかもしれない。
うるち米を粒あんで包もうとした際、鯰尾が「これ馬○ですね!」と言い出した。それに乗っかり鶴丸が「じゃあこの小さめのは兎の〇だな!」とふざけ始める。普段の主なら怒り出すところであったがこの二人相手に気が緩んだのであろう。
「じゃあこれは何の〇でしょーか?」
「主、何やってるの?」
その時の歌仙の目は、汚物を見るそれであったそうな。


「大将がそんなこと言うはずない!」
「言うんだなそれが」

知りたくなかったと信濃が叫び、厚が冷めた目でそれを見ていた。信濃は割と主に夢見てるところがあったからな。事実、厚にもそんな時期があったため彼の心中はよく分かる。まぁ、早めに気付けたようで何よりだ。
この件も踏まえ皆の意見をまとめると、「歌仙とてそこに愛がなければ主を叱ったりはしないだろう」ということになり候補として残すことにした。

順番は平野が座っている場所から時計回りに進めることになり、次は秋田の番となった。

「えぇっと僕はやっぱり山姥切さんだと思います。ずっと一緒にいますからね」

妥当といった刀の名前が上げられる。確かに初期刀である山姥切なら主との付き合いは誰よりも長いしそのような関係になっていてもおかしくない。

「確かにそうとも考えられますが、皆さんの意見はどうですか?」
「オレは違うと思うなぁ」

平野が進行を務めると厚が怪訝そうな顔をして唸った。どうしてそう思うのかと尋ねると、皆の視線を集めた厚がゆっくりと口を開いた。


それは山姥切が近侍として主と共に執務室におり、夕餉の支度ができたと厚が彼等を呼びに行った日の事だ。部屋の戸を開けようとした時、ちょうど二人の会話が聞こえてきた。
「山姥切ー」
「午前に仕上げた書面ならすでにこんのすけが持って行ったぞ」
「そうだったんだ。あと、あれはどうしたんだっけか?えーっと…」
「それは来週でも間に合うからと引き出しの中に入れたんじゃなかったか」
「ほんとだ!見つかった」
「悪いがそれを取ってもらってもいいか?」
「ハサミね、はい」
「すまない。それとこの前の話はどうなったんだ?」
「鶏は六羽仕入れて牛は却下した」
「なっ…じゃあ百パーセント本丸産のプリンは食えないのか」
「燭台切にもお願いされたけど無理です。牛一頭の食費いくらかかるか知ってる?」
「一ヵ月で俺の給料三ヵ月分か?」
「合ってるけど生々しいな……」


一見普通の会話だが色々とツッコミどころがありすぎる気がするのはこの場の全員が感じていることだった。
まず、“あれ”や“それ”で話が通ずる時点で会話が熟年夫婦のそれである。仲睦まじいと言えなくもないが、その域に達するには些か早すぎるのではないだろうか。そしてコントかよっと言いたくなる要素が所々に散りばめられている。
言いたいことは他にもあるが、相手候補としての着眼点としては悪くない。山姥切も候補者の一人とした。

そして、そのまま秋田の隣に座っていた厚が答えることになった。

「オレは山伏さんだ!よく大将と筋トレしてるからな。出産も体力ありきだろ?」

確かに厚の言う事は最もである。仲が良いという視点から見ると、主と山伏の仲は良好だ。
しかし問題はその“筋トレ”である。初めのうちはそれなりに主のペースに合わせていたものの、今では山伏に主が振り回されている状態である。先日はバーベルの如く扱われていた主を骨喰と鯰尾が救出したという報告も受けている。しかし妊婦であることを知っていたのならこのような行いはしないだろう。いや、寧ろ彼との子供ならこのくらいの方が逆にいいのだろうか?
とりあえず山伏も候補として残すことにした。

次は五虎退の番である。彼は少し悩んだ後、口を開いた。

「僕は太郎太刀さんだと思います。実はこの前こんなことがありまして———」


先日、五虎退は虎たちと一緒に縁側で寝入ってしまったのだそう。足音が聞こえたため目覚めたのだが虎たちが体に乗っていたためすぐには起き上がれず、悪いと思いながらもそのまま寝ているフリをしたらしい。すると自分にふわりと毛布が掛けられ主と太郎太刀の会話が聞こえてきた。
「五虎退と虎たちが寝てる。可愛いね」
「そうですね。もし主に子供ができれば綾羽○イのように美しく、ル〇ーシュのように賢いのでしょうね」
「ごめん、私ア〇カ派なんだ」
「なんと」


ここにこそツッコミが欲しかった、と彼等は頭を抱えた。それとその辺りの派閥論争に関しては口を挟まない方がいい。みんな違ってみんな良い。それぞれの押しを尊重しあう心が大切なのだという天の声がどこからか聞こえた気がした。
イメージとしては打刀か太刀の誰かだろうと思っていたが大太刀もありか…そのような理由で太郎太刀は候補として取っておくことにした。

「はい!じゃあ次はボクだね。ボクは髭切さんだと思うな」

待ってましたとばかりにそう言ったのは乱であった。この中では一番色恋沙汰に敏感である彼の意見は参考になるかもしれない。皆黙って彼の話を聞く。

「それはね、髭切さんはあるじさんと二人きりのとき特別な名前で呼ばれてるんだよ。しかもとっても楽しそう!」

これは最有力候補かもしれない。敵と戦っているときの髭切はめちゃくちゃに怖いし、短刀達の間では“返り血が似合う刀剣”の一振りとして名が上がる。因みに鶴丸もそれに入るが「主を怖がらせるわけにはいかない」と返り血は手ぬぐいで拭ってから帰還するようにしているため印象は髭切の方が上だ。話は戻り、では本丸での髭切はというと見かけ通りのほわほわ雰囲気があり、短刀達をよく懐に入れさせてくれる。ここにいる何振りかも彼にはお世話になっているのだ。
髭切は有り、と満場一致で話がまとまった。

次は小夜の番になるのだが彼はなかなか答えられずにいた。平野に「無理して答えなくても大丈夫ですよ」と言われたけれど、彼は決心がついたのか口を開いた。

「僕は江雪兄さまか宗三兄さまだと思うんだ。でもどちらかと言えば宗三兄さまかも……」

なるほど、どちらの兄にするかで悩んでいたようだ。
小夜はさらに言葉を続ける。

「宗三兄さまは自虐や皮肉を言う事が多いんだけど、主の事を話す時は楽しそうなんだ…だからもしかするかも……」


そしてそれを裏付けるかのように小夜はひとつ話を付け加えた。
それは自分が居間で寝てしまい宗三に抱きかかえられ自室に運ばれようとしていた時の事。夢の狭間で記憶は曖昧だが宗三が誰にも聞こえないくらいの声で「僕だって貴方に会いに行けますよ。夢の中では誰だって自由ですからねぇ…」と言っていたのだとか。その言葉の前後の様子は分からないためそれが主の事を指すかは明確ではないが、小夜としてはきっとそうであるとのこと。


小夜が頬を染めて話す姿に思わずきゅんとなる。毛利の次の可愛がりの対象になりそうだ。
小夜に続き、じゃあ俺からもいいか?と愛染が手を上げた。

「それなら国行かもしれない。何たってこの前まで主がずっと着いてたんだ。可能性はあるだろ?」

明石は食欲不足と睡眠不足のこともあり、先日までは主がやたら世話を焼いていたのを皆は知っている。しかし、その間に彼が主に変な気を起こさぬよう長谷部が目を光らせていた。赤子のことまで考えると少し無理がありそうだが一概には否定できない…
二人とも候補として取っておくことにした。

次は今剣の番である。
彼は落ち着いた様子で話し出す。

「ぼくは三日月だとおもいます。かの“てんかごけん”ですよ?あのうつくしさに みほれない にんげんなど いません!」

美しさを引き合いに出してしまえば、天下五剣の三日月宗近に叶う刀など存在しない。しかし、主は見かけだけでその価値を計るような人間ではないことは皆十二分に分かっている。しかし、いざあの美貌で迫られたとなると……微妙なところである。

「ぼくとしては大典太光世もかんがえられますが、前田はどうおもいますか?」

いきなり話を振られ前田は目を丸くする。蔵に籠りがちの大典太への食事は毎日前田が届けている。ブラック本丸から来たとあって初めの頃は怖かったが、今ではよく話もしてくれて主にはひどく感謝していることも知っている。

「そうですね…確かにお二人とも仲はよろしいようですが、大典太さんは蔵からあまり出られないので難しいかと」

前田も一瞬大典太の存在を考えたのだが、それはないだろうということで発言は控えていた。
三日月は有りで大典太は無しと結論付ける。
今剣は前田に謝り、話は元の順番に戻された。
とはいえ、残りの六振りの刀剣は薬研を除けば最近ここにきたばかりの者だ。だが後藤、信濃、博多、包丁、毛利は自信がありそうな表情をしている。
順当にいけば後藤の番ということで彼は答える。

「俺は岩融さん!だって大きくてかっこいいだろ?俺達にも優しいし」
「おお!岩融のよさを わかってくれるのですね うれしいです!」

ある意味、今剣の同意は得られているがそれだけでは理由になりえないだろう。ただ彼は主と共に庭に短刀達用の遊具も作ってくれたのだから、評価が高いのも分かる。しかし彼ほど素行のよい刀剣が皆に報告もせずに主と恋仲になることも考え辛い。
一応無し寄りの有り、ということで岩融は残しておくことにした。

次は信濃の番である。彼は似たような理由になるけど…と前置きをした形で話し出した。

「俺は長曽祢さん。あの人の懐も中々に居心地がいいんだよね!」

ここにきて初めて幕末刀の名が上がる。理由は不順であれ、主が酔いつぶれるたびにお世話をしているのだから無きにしも非ず。しかも主は何気に彼の屈強な胸筋にときめいているのもまた事実だ。「長曽祢か…いや、蜻蛉切も捨てがたい。村正はもう一息か……」とぶつぶつ言っていた時もあったのだ。因みにこの独り言を聞き、厚の主への“初心で可愛いおしとやかな女性”というイメージは崩壊した。
ともあれ髭切同様、最有力候補が一振り増えた。

次は眼鏡を掛けなおした博多の番だ。彼の手には先ほどまで何やら書いていたノートが握られている。

「俺の番ばいね!俺はへし切長谷部を押すばい。あの男に着いて行けば生涯安泰!」

そう言って長谷部の有能さを延々と語られそうになったため、無理やり候補に入れた。これは“主に勧める刀剣の紹介会”ではないのだ。しかし長谷部が主に弱いのは事実。それに何だかんだ主も長谷部を頼りにしているのだ。充分な候補になりえる。

博多の隣に居て目をキラキラさせたのは包丁だ。はーい!と返事をして皆の注目を集めた。

「俺は燭台切がいいなぁ。だってそうすれば主も厨に立ってくれるでしょ?人妻の中でも新妻感が出るよ!」

ここまでくると包丁の願望である。しかし、燭台切も初期からいる刀であるし主との仲も良好。そしてあの低音ボイスで囁かれたら主も落ちるかもしれない。これといった反対意見もなく候補に入れておいた。

そして新参者のトリを務めるのは毛利だ。彼はにこにこと表情を崩さずに口を開いた。

「みんな分かっていませんね。まだあの人の名前が出てないじゃないですか」

毛利の発言に対し、皆の頭に?が浮かぶ。これでもかなり絞り出して候補を上げているのだ。そんなすぐに名の上がる者がいただろうか。

「いち兄ですよ、いち兄!絶対主さまとできてます」
「「えぇえぇぇぇ!!??」」

本日三度目の絶叫。粟田口の短刀達は開いた口が塞がらない。
一期一振は盲点であった。だって彼は自分達と共に夜の見回りをし、刀剣達が夜這いに来ないよう注意を払っていた。だからこそ、最も可能性が高そうな小狐丸の名が上がらないのだ。
しかし、言い換えればそれは他の刀剣達への牽制だったかもしれない。それに、その条件ならいち兄が忍び込むことは逆に容易い……

「嘘だ!いち兄がそんなことするわけないじゃん。絶対髭切さんだよ!」
「そうだよ!それに長曽祢さんの可能性もまだ残ってるよね?」
「でももし主さんがいち兄と結ばれたら、僕らのお姉ちゃんになるんだよ?」
「なっ!そういうわけにはいきません!それだったら三日月に あるじさまをください!」
「僕もあるじさまにお姉さんになってほしいかも……宗三兄さまじゃダメ?」
「それならば長谷部にしといた方がよか!あの男がもたらす利益は———」
「い、いち兄がそんな……やっぱり太郎太刀さんでは?」
「いち兄のお嫁さんなら人妻感が薄れるじゃん!絶対燭台切!」
「国行しっかりしてないから主さんが保護者になってくれると嬉しいや。ってことで国行!」
「大将に長生きしてもらうには体力づくりは必須だ。山伏さんが適任!」
「岩融さんなら大将も俺らも大切にしてくれそう!岩融さんでいいんじゃねぇか?」
「山姥切さんに黙って話は勧められません!僕、山姥切さんに会ってきます!」
「あ、待ちなさい秋田!」

本来の目的から大きく話は脱線する。そして平野の呼び止めも虚しく、秋田は部屋を飛び出してしまった。それに続くように次々に部屋から短刀達が出て行く。平野は皆を止めなければと、彼等の後を追った。

部屋に残ったのは前田と薬研のみ。

前田は膝の上でこぶしを握り締め、俯いた。
自分はその来歴から表立って皆を率いるような性分でもないし、戦闘に特別特化している刀でもない。けれども本丸での顕現順、また敬語が抜けぬ話し方から頼られることも多かった。それは兄弟からだけではなく、初めてこの本丸に来た刀剣達からも色々な事を聞かれたり、時には相談にも乗ったりしていた。でも時にそれが疲れとして、異様に心が寂しくなる時があるのだ。そんな時は彼女が誰よりも先に気付き何も言わずに自分を抱きしめてくれた。存分に甘えてちょっとだけ涙を流すと、寂しさが勇気に変わって何だってできる気にさえなれた。
その時を思い出し、思わず目に涙が溜まる。

「大丈夫か?」
「薬研兄さん……」

今まで何も喋らず成り行きを見ているだけだった薬研が前田の背中を擦り声を掛ける。
主が子供を身籠っているかもしれないということ、そして導き出された相手がいち兄かもしれないということ…
正直、前田はすでにいっぱいいっぱいであった。

「お前が思っているようなことはないと思うぞ。それに不安なら大将に直接聞くべきなんじゃねぇか?」

安心させるかのようにそう言った。
確かに薬研が言うことは一理ある。彼女は嘘をつく性格ではない。少なくとも、皆が悲しむような嘘はつかない。
それにこんな考えを巡らすより主に聞きに行った方が良いに決まっている、そして何よりも安心できるのではないだろうか。お慕いしている彼女の言葉は、自分にとってそれが“真実”になりえるのだから。

今は無理だが体調がよくなったら聞きに行こう。その前に、皆を呼び戻してこないといけない。

そう思い、前田と薬研も部屋を出た。





ぱちりと目を開けると時刻は正午を回っていた。
良く寝たとあって大分頭はすっきりしている。吐き気もない。ついでに言うと若干の空腹も感じる。今の時間なら昼餉にもありつけるかもしれない。そうでなくても厨で何かを作ればいい。
着替えを済ませ、居間へと向かうことにした。

それにしても、今日は休養日というのにやけに刀剣がいない。庭にもいないし、未だに廊下で誰一人としてすれ違わない。
しかし、居間に近づくにつれ人の声が聞こえてくる。みんなでご飯を食べていたのだろうか。

「山姥切さん!そうだと言ってください!」
「宗三兄さまはどう思ってるの?」
「絶対に髭切さんだよね!」
「これからの筋トレは山伏さんと大将と三人でやらないか?」
「ほらほら!三日月もはっきりと いってください!」
「早く人妻にしちゃってよ燭台切!」
「た、太郎太刀さんですよね…?」
「岩融さんも負けてちゃ駄目だぜ!」
「俺は長曽祢さんだって信じてるからね!」
「ほら長谷部も早よ言い返すばい!」
「国行も先越されるぞ!」
「あ、歌仙さん!丁度良いところに…」
「いち兄、焦らさなくてもいいんですよ?」


何やら短刀達が騒いでいる声が聞こえる。何かの遊びなのだろうか?それにしてはあまり穏やかな様子でないように思える。
何事かと居間へと足を踏み入れると、皆が一斉に私の方へと振り返った。
秋田は山姥切の手を引っ張っており、小夜は宗三に何か訴えかけていたようだ。乱も髭切の腕にしがみつき、厚も山伏の服を掴み放さない。そのような感じで短刀達はそれぞれ一人の刀剣にくっついていた。

「主、お身体は大丈夫ですか?」
「ただの寝不足だから大丈夫だよ。心配かけてごめんね。それにしても何があったの?」

一番近くにいた長谷部に声を掛けられ、私が返事をしたのと同時にわらわらと短刀達がそれぞれの刀剣達の手を引っ張って私の前に連れてきた。
しかし短刀達が一斉に話し出すので状況がつかめない。それは連れてこられた刀剣達も同じようで困惑した表情をしていた。

「主君!」

呼ばれた方を振り向けば前田と、その後ろに続いて薬研が姿を見せた。私はその場に屈んで血相を変えて走ってきた前田と視線を合わせる。

「そんなに慌ててどうしたの?」
「お、お身体の方は?!」
「大丈夫だよ」
「あぁ…よかったです」
「心配してくれてありがとう」

いつものように前田の頭を撫でようとしたところで、その手を彼にぎゅっと握られる。「お話があります」とはっきりと伝えられた言葉にただ事ではない事態が起きていると痛感した。きっとそれはこの騒動に関係したことなのだろう。
私は彼を安心させるようにその手を握り返した。

「どうしたの?」

彼は熱を帯びた手で私の手を包み込み、決意を決めたような顔で口を開いた。

「主君がご懐妊されたというのは真の事でしょうか?そしてそのお相手がこの場にいる誰かのなのでしょうか?」
「「えぇえぇぇぇ!!??」」

間違いなく、今日一の絶叫が本丸中に響いた。
短刀達はそうだそうだと騒ぎ出し、彼等に引っ張られる大半の刀剣達の顔は真っ赤だ。

「おい、またあんたは何かやらかしたのか!?」
「些か笑えませんねぇ……」
「僕と君が恋仲かぁ。うんうん、いいんじゃないかな」
「なっ…拙僧が!?」
「はっはっは。主と一緒になるのもやぶさかではないぞ?」
「僕かい!?そんな、ぼ、ぼ、僕!?」
「…………………」
「俺と主がそんなことはなかろう!」
「おれの胸筋がそんなに良かったのか…?」
「ああああああ主!?あ、あ、ある、じ!!??」
「自分そういうんは興味あらへんわ」
「雅じゃない雅じゃない雅じゃない雅じゃない雅じゃな」
「お、お前たち何を言っているのですか!?」

山姥切は問答無用で私を怒るし、宗三も半笑いで呆れた眼差しを私に向ける。髭切に至っては何もよくないのににこやかに頷いているし、山伏は煩悩を消すための修行へと今にも向かいそうな勢いである。三日月は平安刀特有の余裕を見せてくるし、燭台切は何一つカッコよく決められていない。今こそ太郎太刀の面白発言が必要だというのに無言だし、岩融の顔は茹でタコの如く赤い。長曽祢は両手で胸を隠すな、長谷部は一度深呼吸をしてくれ。明石は割と冷静だが、歌仙は雅がゲシュタルト崩壊してるし、一期はぶっ倒れそうなくらいテンパっている。

しかし渦中の審神者は放心状態である。いや、寧ろ心の中でツッコミを入れるくらいには冷静であると言った方がいいかもしれない。
何故なら、前田の発言自体がそもそも事実じゃないからである。だがどういう成り行きでこんなことになってしまったのだろうか。審神者には全く心当たりがないのだ。

「主に皆もこんなところでどうしたんだ?」

この惨状に新たに姿を現したのは鶯丸。彼は座り込んでいた審神者の体調が未だに優れないと思ったのか、彼女を労わるようにそっと肩に手を置いた。

「無理はいけない。このような冷えた場所ではお腹の子にもよくないだろう?」
「………は?」
「畑から大豆を分けてもらってな。豆腐はつわりにも良いと聞く、明日になってしまうが用意するからな」

その気遣いは素晴らしい。
けれども、たった今全てを理解したよ。
審神者は肩に置かれた彼の手を掴んだ。それはもうがっしりと掴んだ。

「そうね、どちらかと言えば豆腐よりも鶯の丸焼きが食べたいかしら」
「鶯に食える身など多くはないぞ」
「目の前の鶯は随分と食べ応えがありそうだけど?」
「もしや夜伽の誘いか?主はすでに身籠っているというのに…まぁ二人目は俺に任せてくれ」
「お前のせいだな!このアホ鳥がぁぁぁああぁあぁぁ!!!」



怒り狂った審神者は薬研により迅速に宥められた。
この争いにより誰一人として血は流さなかったが皆のSAN値はゴリゴリに削られた。

そして、再び布団に運ばれた審神者の傍には付きっきりで看病をする前田の姿がある。

「ううっ……私が信じられるのは前田だけだよ…」
「主君のことは僕がお守りしますからね」

しばらくは前田なしに彼女は生きられないだろう。
そっと彼女の頭を撫でた守り刀は、この争いの唯一の勝者であるかもしれない。