箱の中身はニャンだろな

富、名声、力。この世の全てを手に入れた男、海賊王ゴー○ド・○ジャー。
彼の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。
「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世の全てをそこに置いてきた」
男たちはグ〇ンドラインを目指し、夢を追いつづける。世はまさに大海賊時代!



「これぞ一繋ぎの財宝、ワン○ース!!」
「違うよ!玉手箱だよー!!」

和泉守と浦島虎徹が言い争いをしているが、絶対にどちらも違うだろう。

本丸の庭先に置かれた真っ黒な箱。それには鎖が幾重にも巻かれ、大きな錠前が付いている。大きさは私でも両手で抱えられるほど。色が黒でなければ絵本に出てくるような宝箱に見えなくもない。

「何やら凄いものを持ち帰ってきたな」

本日の近侍である鶴丸が感心したような声を上げた。
遠征部隊を比叡山へと送り出したところ、この箱を持ち帰ってきたのだ。

「どうしたのですか、この箱は?」
「中には財宝が入っているはずだぜ!」
「遠征先で見つけて拾ってきたばい!お宝の匂いがすると!」
「そうです!玉手箱には何かあるはずです!」

和泉守は最近二百年程前に発行された海賊の漫画を読み漁っている。先日、ようやく頂上戦争編まで読み終えたらしく部屋で男泣きしていたと堀川から報告を受けている。博多は目が¥になっているので彼の言葉は当てにならない。

また、浦島は竜宮城に憧れを待っている上に玉手箱の存在を信じている。私が知っている話では、玉手箱は開けられた瞬間に人を一気に老け込ませるのだけれど彼が思い描いている中身は違うらしい。

「元の場所に戻してきなさい。それが今後の歴史に関わるものだったら大問題です」
「中身を見てからでも遅くはないだろう?」

和泉守と共に、錠前を外そうと格闘している日本号がそう言った。貴方は酒代の資金が欲しいだけでしょう。
この騒ぎを聞きつけた他の刀剣達も徐々にこの場に集まりつつある。これ以上事が大きくなるのはまずい。皆の気持ちも分からなくはないが、開けて変なものが出てきても大問題なのだ。

「蜂須賀、貴方が隊長でいながらどうしてこうなったのですか?」

そっと成り行きを見ていた蜂須賀はビクリと肩を震わす。彼ならこの個性派集団をまとめられる思い隊長にしたというのに何という事だ。

「すまない主…だが聞いてくれ!俺の可愛い兄弟がどうしても箱を持ち帰りたいと言ったんだ。俺はそのお願いを断る事が出来なかった…!」
「蜂須賀、お前……」
「黙れ贋作!お前じゃない!」

タイミングよく表れた長曽祢のせいで言い争いが増える。
長男である長曽祢にはその来歴もあり当たりは強いが、浦島にはベタベタに甘い。これが原因か。

「ご主人様!蜂須賀くんばかりをあまり責めないでくれ!」

遠征部隊最後の隊員である亀甲貞宗が蜂須賀を庇った。この本丸の亀甲も大変変わった性癖をもっているがそれなりの常識はあるとは思っている。いや、私が今まで天下五剣を何かにまみれさせてきた話を聞きつけると「僕もいいかい!?」とローションを大量に持ってきたのだから常識はないか…

「どういうことですか?」
「ぼくも初めは持ち帰る事に反対だったんだ!でも箱に付けられている鎖を見ているうちに、"ぼくもあんな風に拘束されたら…"という妄想が止まらなくなっ」
「分かりました。もういいです」

そのブレない精神はドン引きを通り越していっそ清々しい。
相変わらず箱を開けようと奮闘する和泉守達。「箱を叩き斬ろう!」と言う者も出てきた為、そろそろ本気で怒った方がいいかもしれない。

「貴方達、いいかげんに——」
「まぁまぁ主、ちょっと待ちなって」

今まで黙って成り行きを見ていた鶴丸が私の肩に手を置いた。
彼の顔を見ればにこやかな表情をしている。

「主の気持ちはもちろん分かる。だが、これが歴史修正主義者に関わる物なら尚更元の場所に捨てに行くのは良くないんじゃないか?今後の脅威になる可能性だってある」

確かに鶴丸の言うことも一理ある。それに彼等に無理矢理捨てに行かせたとしても、道中にこじ開けるだろう。

「開けてからでも遅くはないのか…」
「そうだよ!開けようよ!」
「ほら主、可愛い浦島が頼んでいるんだ!」
「蜂須賀は浦島に甘いだけでしょう」
「主だって短刀達に甘いだろう?昨日だって一期一振に止められていたのにお菓子をあげていたじゃないか」
「なんですと?」
「うっ…」

畑当番であった一期一振が私のすぐ後ろにいた。
そう、私がお菓子を与え過ぎたため包丁が虫歯になったのだ。結局は手入れで治り、刀剣も虫歯になるんだねーっと笑っていたら一期一振に怒られたのは最近の話。
それでも可愛い短刀達にせがまれては、あげずにはいられないのだ。

「主、少しお話が」
「皆の言う通り、とりあえず開けてみましょうか。それからでも遅くはないはずです!」

一期一振の冷ややかな視線を感じながら、箱を開けることを決意した。
しかし、さすがに斬るのは良くないのでは?ということで、ひとまず鶴丸が錠前の鍵を開けると申し出た。

「本当にそんな針金で開くのか?」

浦島が興味深かそうに鶴丸を見た。確か、マジックの次は鍵開けについて興味を示していた。もしかしてそれがやりたかっただけなんじゃ…いや、今更考えても後戻りはできない。

しばらくは二本の針金を曲げながら、錠前へ差し入れを繰り返していた。時折、音を聞きながら試行錯誤を繰り返している。

「なぁもう斬った方が早ぇんじゃねーか?」

十五分程経過して、痺れを切らした和泉守がそう言った。手先が器用とて、素人がそう簡単に出来ることでもない。
そろそろ次の作戦を考えようとしたところで、ガチャリという金属音がした。

「ほら、開いたぜ!」
「鶴丸さんすごい!」
「中身は何が入ってる?早く開けようぜ!」
「まぁ落ち着けって」

ひとまず何も起こらなかったので錠前を外し、鎖も解いていくと黒い箱だけになった。他に鍵穴のようなものもないし、これで開けることができるだろう。

「せーのっ!!」

鶴丸と和泉守が両側から蓋を持ち上げる。
私も少なからず中身が気になりでしていて、皆でワクワクしながら開くのを待っていたが一向に開かない。

「おい、茶番はいいから開けろっての」
「いや、すっげぇ力入れてんのに開かねぇ…!」
「なんだこれ、くっ付いてるのか?」

蓋から手を離した二人は肩で息をしている。他の刀剣も手伝い蓋を開けようと試みるがびくともしない。
もう斬るしか方法がないとのことで和泉守が抜刀し箱に向かって振り下ろした。

「痛ってぇ!なんか弾かれたぞ!?」

切っ先が箱に触れる直前、火花が弾け和泉守が一歩下がった。どうやら開かないのは物理的な問題ではないらしい。

「呪術的なもので閉じられているようだね」
「何か封印でもされているかもしれないねぇ」

尚も刀を振るうが、その度に弾き返されている。その様子を見ていた石切丸と青江が眉をひそめていた。石切丸も言う通り、これは呪術の類。特殊な力で封印に近いものが箱自体に掛けられている可能性が高い。もはや財宝どころではなく、いよいよ穏やかな話じゃなくなってきた。

「私が開ける」
「本気かい?」
「うん。一度見てみるよ」
「危険だ。そんな真似はさせられないよ」

力で開けられないのでは私がやるしかない。私を引き止めた石切丸も、術の事には詳しいがどうにかできる力があるわけではない。

「封印がされているのなら、益々怪しいよ。中身を確かめないと」
「わかった、では私が隣に居よう」
「僕もぴったりと張り付いておくよ……箱の方にだよ?」

私が引かないことを分かっていたように、石切丸はそれ以上引き止めることなく私の隣にいてくれた。青江も言葉選びは相変わらずだが手伝ってくれることになった。

石切丸が私のすぐ後ろに控え、青江が箱の隣に立つ。皆が見守る中、蓋へと手を掛けた。
すると先程まで開かなかったのが嘘のように、触れた瞬間に箱の内側から蓋が押し開けられた。そのあまりの勢いに体が後ろによろめく。

「大丈夫!?」
「下がって!」

すぐ後ろにいた石切丸が私を抱きとめ、青江が抜刀し箱に向かって振り下ろした。

「いてて……やっと出られ…っに"ゃ!?ここはどこにゃ!?」

箱の中身は、財宝でも敵でも瘴気の塊でもなかった。
金色のくせ毛に、猫目、首にチョーカーを付けた人物だった。





箱に入っていた刀剣男士をそのままにしておくこともできず、縄で縛り上げ建屋の中へと連れ帰る事にした。

「いくらなんでもこの扱いは酷くないかにゃ?」
「悪いけど、まだ貴方のことを信用したわけじゃないからね」
「ほら、さっさと歩け」
「に”ゃ!?」

にゃーにゃー言っている彼に、鶴丸がきつめに縄を引いた。彼の前には私と石切丸が居て、最後尾では青江が未だ抜刀したまま彼を監視していた。
さすがに可哀想な気がしなくもないが、私はこの刀剣男士の事を知らない。研修中の資料でも見たことないのだから、怪しい気がしてならないのだ。歴史修正主義者が差し向けた刺客の可能性だって考えられる。

空いていた客室に彼を通し、中央に座らせる。
上座には私が、すぐ横には石切丸が控え、鶴丸が彼を縛っている縄を持ち、その反対側には青江が控えた。

「私はこの本丸の審神者になります。まずは貴方の事を教えてください。お名前は?」

今のところ、彼は私達に危害を加える様子はない。彼に話をする気があるのなら慎重に事を進めたい。

「何でお前なんかに名乗らないといけない!それに本当のオレは背が高くて泣く子も黙る恐るべき刀剣だにゃ!なのになんでこんな扱いを受けるにゃ!」
「全然恐ろしくないし、にゃーにゃー五月蝿いんだが」

名前も教えてもらえないとは…こんのすけを呼び出し助言を貰いたいところであるが今は“こんのすけ定例会”というものに行っており連絡が取れない。

「こ、これは……呪いだ!猫の呪いだにゃ!にゃっ?!……ごろごろ」
「ほーれ、いい子いい子」

彼のすぐ隣に控えていた鶴丸が面白がって彼の首を撫でてやれば気持ち良さそうに身動ぎをした。首といえば人体の急所でもあるのに、これでは本物の猫のようだ。

「失礼。遠征から戻ってきたので報告をしに来たのだが……おや?猫殺しくんじゃないか」
「げっ」

もう一部隊遠征へと送り出していた部隊が戻って来たらしい。
隊長として顔を出した長義を見るなり彼の顔が酷く歪まれた。

「長義、彼の事を知っているのですか?」
「彼は猫を斬った刀、南泉一文字だよ。相変わらず語尾が可愛らしいね。山姥を斬った俺からしたら猫殺しくんは可愛い可愛い刀剣さ」
「その小馬鹿にしたような言い方はやめろ!だからお前には会いたくなかった…にゃ!」


その後長義から南泉一文字の話を聞いた。
一時的に開通する江戸城潜入捜査先で現れる刀剣らしい。今ではその経路は閉じられているため、どうして彼がここにいるかは謎だが一先ず政府に連絡をし調べてもらうことにした。そしてとりあえずは政府から連絡が来るまで彼を本丸で保護することとなった。


◇ ◇ ◇


最悪最悪最悪最悪っ!!
せっかく窮屈な箱から出られたと思ったら何なんだあの偉そうな女は!

「ここが俺の部屋で君の処分が決まるまで同室となる。五月蠅くしないでくれよ猫殺しくん」

しかも何でこいつがいて、俺の目付け役になってんだよ!

「なんであの女に決められなきゃいけない!いらないなら捨てればいいだろ!俺は一人でも十分やっていけるにゃ!」
「箱の中に閉じ込められて森に転がっていたのにか?」
「あ、あれは運が悪かっただけにゃ!もう自分で戦える!」
「その肉体も主あってのものなのだが」
「うるさい!あんな女の世話になってたまるかにゃ!」
「語尾がうるさくて会話にならないよ」
「ゔー……」

こいつの事は気に入らないしあの女が偉そうにしているのも気に入らない。が、ここに居れば衣食住には困らない。一先ず様子を見て隙があればあのヘンテコ装置を使って違う時代に逃げればいい。とりあえずはお前らに従ってやる…にゃ!



「働かざる者食うべからずだ。君には本丸内の仕事を手伝ってもらうからな」

ここでの生活二日目。
オレはよく分からん部屋に手ぬぐいを持って連れていかれた。近くにある箱の中には黒い球体がたくさん詰められている。

「この炭の塊はなんだ?」
「刀装の元だ。俺達はこれを身に着け戦場に行く。これを磨き上げることで使えるものになるんだ。この刀装作りが今日の猫殺しくんの仕事だ」

やり方を教えると言って目の前で球体を磨いてみせる。煤が剥がれ落ち徐々に金色の球体へと変化していく。

「ふむ、軽歩兵の特上か。悪くないな」

促され箱からひとつ取り出し力任せに磨いていく。金よりはくすんだ色合いの表面が見えた。

「並の軽騎兵か…」
「にゃ!?これじゃダメなのか?」
「まぁ消し炭にしないだけ及第点だ」

何が良いのかよく分からないがもう一つ取り出し磨いていく。こういう作業は案外嫌いじゃない。
しかし周りに転がる玉が増えてきたので遊んでいたら怒られた。

「本当に君って奴は……」
「これは呪いのせいだにゃ!」
「はぁ……主も何でこんな奴に構うんだか」
「あぁ!こんなところにいたんだね!それに新入りくんも一緒とは」
「げっ」
「にゃ?」

突然戸が開けられ亜麻色の髪の眼鏡をかけた青年が現れる。昨日いた奴らの一人にゃ。
隣の奴は顔を真っ青にしながら眼鏡の奴を見ている。眼鏡の奴はにこやかにこちらまでやってきてすぐ傍に腰を下ろした。

「ぼくは亀甲貞宗。こうして言葉を交わすのは初めてだね。同室の長義くんとは仲良くやれているのかな?」

愛想よく話かけてきたこいつとは裏腹に“長義くん”の顔色はみるみる悪くなる。これはもしかして、こいつの事が苦手なのか?

「それなりに……お前らはどうなんだ?」
「ぼくと長義くんのことかい?それはもう大親友さ!」
「おい!何ふざけた事を言っている!」
「朝から晩までぼく達は一緒にいるんだよ。まず朝起きたら、か」
「やめろ!」

オレは何を見せられているのだろうか。喧嘩をしているように見えて、ただじゃれ合っているようにしか見えない。というかもしや今がチャンスなのか?目付け役のこいつさえ出し抜ければこの作業をやらなくて済む。それにもっと上手くいけばこの屋敷から逃げ切れるかもしれない。オレは自由に生きたい。

「お茶をお持ちしましたよ!」

部屋から出ようとした際、桃色の髪の短刀が勢いよく戸を開けた。それと同時にわらわらと白い虎が部屋へと侵入し、出来たばかりの刀装で遊び始めた。桃色の髪の短刀の後ろには、また同じくらいの背丈の白髪の短刀が盆を持って現れた。

「虎くん達、邪魔しちゃ駄目ですよ」
「そろそろ休憩かと思いまして…あ、亀甲さんもいらっしゃったんですね。亀甲さんの分もお茶を用意してきます!」
「やぁ五虎退くん、秋田くんこんにちは。ぼくと長義くんはもう失礼するから大丈夫だよ」
「なっ!勝手に決めないでくれ」
「新しいアイデアが浮かんでね。早速馬小屋に向かおう!」

さて、目付け役と変な奴がいなくなったわけだが目の前にはちっこい奴が二人いる。茶と同時に豆大福も進められたので頂くことにした。まぁ丁度腹も減ってたし、食ってから逃げても遅くはない。

「南泉さんの服装かっこいいですね!僕達とは全く違うので憧れます」
「は?」
「虎くん達も興味があるみたいですね」

このオレがかっこいいとは。よく分かってるじゃねぇか。先ほどまで刀装で遊んでいた虎が少し遠くからオレを見ていた。じっと見ていれば、何やら同じ匂いを感じとったのか膝の上に飛び乗ってきた。

「五虎退の虎が懐くなんてすごいです!」
「虎くん達は人見知りをするので…こんなに早く懐くのはあるじさま以来かもです」
「ふ〜ん」

その後、虎を撫でちっこい二人が見守る中刀装作りを再開した。まぁ、ここでの生活もまだ二日目だし急いで出ていく必要もないはず…にゃ。

「わぁすごいです!特上の銃兵ですね」

最後の一つを磨き上げた時、初めて金色の刀装が出来上がった。

「これは強いのかにゃ?」
「短刀しか装備できないですが遠戦ができるので頼りになるんですよ」

じゃあ俺は付けれないのか。といってもオレがあの女の命で戦場に送り出されることはないから関係ない。

こんなに喋ったのは初めての事で、ものすごく疲れた。多分刀を振るうより疲れた。でもその疲れの中で眠るのは悪い気はしなかった。



四日目の今日は野菜の収穫だと行って外に連れ出された。

「当番だった長谷部さんが主君の使いで外出されたので助かります」
「急なお願いにも関わらずありがとうございます」

おかっぱ頭の短刀二人が前を歩く。
日の当たる縁側でウトウトとしていれば長谷部とかいう奴に「代わりに畑仕事をやれ」と命令された。ただでさえあの女の命令通りにしてやって苛ついているのになんでお前の言うことまで聞かなきゃいけない。そう言えば「聞かないなら飯抜きだ」というもんだからたまったもんじゃない。

「寒いし早く終わらすにゃ」
「そうですね。今日の夕餉はぶり大根だそうです」
「そのため大根を多く収穫しないといけなくて……」

代わる代わる後ろを振り返り説明してくれるが、同じ顔で見分けが付かない。兄弟がたくさんいる藤四郎の中の二振りだ。前田と平野だと自己紹介されたがこうも似ているともう見分けがつかなくなっている。

「また面倒な仕事を……」
「僕たちが引き抜くので荷台に積んで頂くだけで構いません」
「はい!収穫の方は任せてください」

そう意気込む二人が畑へと駆け出したが、中々苦戦している。それに、ようやく抜けたと思ったら反動で後ろに倒れ込みそうになる。

「う、うわわ!」
「平野!大丈夫ですか?!」
「だぁー!もう見てられないにゃ!いいか、オレが引き抜くからお前らは荷台まで運んで並べるにゃ!」

土を掘り、茎が折れないように大根を引き抜いていく。昨日、ネギの収穫を雑にして折ったら厨当番の紫頭の奴にネチネチ文句を言われたためそれ以降は気をつけることにした。

「南泉さんありがとうございます!」
「べ、別に。お前らペースじゃ日が暮れるからにゃ!」
「頼りになります!」
「うるせー!…にゃ?!一度に持つと落とすから気をつけるにゃ!」

よろけそうになる身体を支えてやれば「ありがとう」と言われる。それが何だがむず痒くオレは作業を再開した。

その後、十分な量の食材を厨へと持っていけばまたお礼を言われた。

「みんなありがとう!お礼に夕餉は少しだけサービスするね」

伊達男の笑顔は胸焼けがするほど甘かった。
約束通り皆より多めによそわれた夕餉は、何だがいつもより旨く感じられた。



ここでの生活も七日経った。

刀装作りに畑仕事。部屋の掃除に洗濯。
オレは一体何をしてるのかにゃ。俺の傍には誰かしら付いてくるので気の休まる暇もない。一時期一人になりたくて屋根に上ったら兄弟がたくさんいる藤四郎の一振りの見つけられたのだからたまったもんじゃない。まぁその後一緒に焼きいも食ったから良いけど。あぁ、でも昨日伊達男と手合わせをしたのは楽しかったにゃ。やはり刀たるもの戦うものである。竹刀だったけど。

「あっいた!南泉さん!」

夕餉ができるまで暇を与えられた。部屋で寝るかと廊下を歩いていると藤四郎の一振りに声を掛けられる。ツリ目と、髪は明るめの茶に所々紫の差し色が入っている。いつもちょろちょろしてる奴。あー…名前が分からない。

「何か用か?」
「お礼を言いたくてさ。昨日の出陣で南泉さんが作った銃兵が敵を倒してくれたんだ。俺は錬度も低いし短刀で力も弱いからまだ守られることもおおくてさ…しかも特上だったから安心して敵の懐まで行って攻撃も出来た。刀装は壊れちまったけど、南泉さんのおかげで戦えた!ありがとう」

今までこいつらに大した情なんかなかったはずなのに体がぽかぽかと温かくなった。少しだけむず痒い。が、悪い気はしない。

「それはよかった…にゃ」
「へへっ」

その短刀は「後藤、外で遊ぼうよ!」という声に呼ばれて庭の方へと駆けていった。
そうだ、今のが後藤という名の短刀だ。秋田に五虎退に、前田に平野。亀甲に歌仙に燭台切に。目付け役のあいつはいいとして、ここに居る奴らの名前も自然に覚え始めてきた。

「案外仲良くやれてるじゃないですか」
「に”ゃ!?」

突然声をかけられたものだからあわてて飛びのく。久しぶりに見たと思ったらこの女は…オレも他の奴らも働いてるってのにずーっと部屋に引きこもっていた奴だ。

「なんだお前かにゃ」
「ここでの暮らしは楽しい?」
「この屋敷から出れずに刀装作りと内番くらいしかやらせてもらえなくて楽しいと思うか?」
「では言い方を変えます。彼等の事は好きですか?」

女が指示した方向へと目を走らせると刀剣が何振りか庭先にいた。
藤四郎の短刀達が遊んでいて、亀甲と燭台切が収穫した野菜を運んでいる。あいつらは何かとオレに絡んできた。でもそれが鬱陶しいと思った事は一度もない。まぁ昼寝を邪魔された時はイラついたけど。

「嫌いじゃない…」
「そうですか」

女は満足そうに頷いているがオレは面白くない。七日振りに会ったくせにお前にオレの何が分かるんだよ。それに政府からの連絡はいつ来るんだ。
オレの言わんとしていることに気付いたのか、女が口を開く。

「先ほどようやく書類の申請が通ってね。貴方は安全な存在であり刀剣男士としてこの世に在ることが認められました」
「つまりどういうことだ?」
「私の刀剣としてここにいることもできるし、ただ戦いたいだけなら政府の討伐隊に行けるよう手続きします。一からやり直したいなら刀解もするけど…貴方はどうしたい?」

ここにきて初めて自分に選択肢を与えられる。
ここがダメなら一人で生きていく覚悟もあった。元より仲間が欲しいという質でもない。だけど——

「…ここにいる。だけど、それはここの飯が旨くて他の奴らともやっていけると思ったからにゃ!戦うのもお前の為じゃなくてオレを箱に閉じ込めた奴が許せないからにゃ!」
「戦う理由はなんでもいいよ。じゃあこれからよろしく南泉一文字」

体がぽかぽかした。
この女の事は好かないし主と認めたわけじゃないけれど、初めて名前を呼ばれた感覚はお礼を言われた時と似ている気がした。

これは後から知ったことだが、前例を見ないオレの出現は刀解処分になってもおかしくなかったらしい。それを何やらあいつが頑張って対処してくれたとのこと。難しいことよく分かんねぇけど。

別にあいつが勝手にしたことだから礼は言わねぇけど、主と認めてやってもいいか…にゃ!