幸せの在り方

六振りの刀剣が無断出陣をしていた。

話は一週間前に遡る。
遠征部隊に送り出した今剣が重傷を負って帰ってきた。通常の遠征ならこんなことは起こらない。どういうことかと部隊長だった鶴丸を問い詰めたところ遠征帰りに戦場にも出陣していたことが発覚した。

出陣や遠征の際に持たせている端末を弄れば刀剣男士でも自由に時代を行き来することができる。もちろん私の許可あっての事だが、特に遠征の際は少しくらい寄り道をしていいとも言ってあったから私もすっかり気が緩んでいた。

この遠征部隊は鶴丸をはじめとし、膝丸、今剣、鳴狐、加州、蛍丸がいた。うちの本丸では皆錬度が高い方で最近ではもっぱら遠征や内番を中心の生活だったのだから、刀剣としてのストレスが溜まっていたというのは分からなくもない。だが、勝手に出陣されて折れでもしたら元も子もないのだ。

「不動行光が欲しいと言っていただろう?だから見つけられたらと思って…」

鶴丸からそんなことを言われたら怒るに怒れなくなってしまった。
先日、刀帳を見ていた時にふとこぼれ落ちた言葉をそこまで親身に耳を傾けてくれているとは思わなかった。鶴丸以外の五振りも同意のうえで不動行光を探してくれたらしく私は何も言えなくなってしまった。

私も軽率な発言を謝り、今回の事は不問にしたのだけれど他の刀剣達が「主への反逆」だのと攻め立てたため鶴丸たちはすっかり元気をなくしてしまった。

そこで私は彼等を励ますために手紙を書くことにした。
手紙なんて小学校の参観会に親へ書いた以来だからあまりうまく書けた気はしない。でもこういうのは気持ちが一番大切なのだと歌仙も言っていたので、柄にもなく手紙を認めてみた。
しかし、書いてはみたものの面と向かって渡すのも恥ずかしいし、他の刀剣に見られて変な勘違いをされても困る。
そのため皆が寝静まった今宵にこっそりと届けることにした。



まずは私室から一番近い鳴狐の部屋へと訪れた。今回の騒動で一番気を病んでいたのは彼だ。まぁ兄弟総出で色々と言われてしまったらしいからしょうがない。鳴狐(本体)はもとより口数が少ないが、お供のキツネもここ最近はお喋りが少ないから少し心配である。

ひっそりと戸を開けると部屋には三つの布団が等間隔で並べられていて、右から骨喰、鯰尾、鳴狐の順で眠っていた。そういえば刀剣が増えたため本丸の増築を行ったのだが彼等は相変わらず同室である。本当に仲が良いんだな。

鳴狐の枕元まで回ってそっと手紙を二通置く。鯰尾と骨喰にも見られる可能性はあるが、二人ならなんとなく察してくれるだろう。
起こさないうちに部屋を出ようとしたところで、布団の中からもぞもぞと小さな山が動いていることに気付いた。

「おや主殿!こんな夜中に…うぐっ」
「静かにして!」

布団の中から顔を出したお供の口を押える。お前はただでさえ声が高いのだから騒がれたらたまったもんじゃない。私の意図が分かったのか、静かになったのでそっと手をどけてやる。

「ぷはっ!死ぬかと思いましたよ…」
「ごめんね。でもみんなを起こすわけにもいかなくて」
「さようでございますね。それにしてもどうされたのですか?」
「手紙を届けに来たんだよ」

ここに来るまでの経緯を簡単に説明する。手紙を読めば分かることだから今話しても問題ないだろう。

「それはそれは…きっと鳴狐も喜びます。主殿を裏切る行為だったとひどく落ち込んでいましたから…もちろん、わたくしも反省しています」
「確かに軽率な行動ではあったけれど、その気持ちは嬉しかったんだよ。鳴狐も貴方もありがとう」
「ふふっ。くすぐったいです」

耳の後ろをかいてやると嬉しそうに尻尾を振った。やはり手紙を書いてきてよかった。
暫しもふもふを堪能させて頂き、静かに部屋を後にした。



「……あるじ、帰った?」
「鳴狐兄さんばっかりずるいなぁ。骨喰もそう思うだろ?」
「うん。ちょっと羨ましい」
「鳴狐!手紙には何と書いてあるのでしょうか?」
「今日はもう遅いから明日読もう。それとキツネの分もあるよ」
「えぇ!」
「嘘!?俺も貰ったことないのに!」
「中見せて」
「駄目だよ。いくら兄弟でも見せられない」





次は同じく打刀の加州の部屋だ。
そういえば加州も相変わらず安定と同室だ。先ほどの様に同室の者も起こさないように気を付けなければ、と慎重に戸を開ける。

二人分の寝息が聞こえる。うん、大丈夫そうだ。
忍び足で彼等の枕元まで向かう。二人の可愛らしい寝顔を確認し、加州の枕元に手紙を置いた。

何となくぐるりと部屋を見回す。整理整頓されてはいるが以外にも物が多い部屋だ。文机には大きめの鏡の他にも化粧水や保湿クリームなどがたくさん置かれていた。私の鏡台よりも立派なラインナップに女としての自信を失う。

「へ?主…?」

無駄に長居しすぎてしまった。気配で気付かれたのか、まどろんだ紅い瞳と目が合う。その瞬間、彼はすっぽりと布団を被った。

「あっ…ちょっと、すっぴんだから見ないで!」

それは寧ろ私の台詞である。

「ご、ごめん。夜に押し掛けちゃって…」
「それはいいよ!あ、でも今はあんまり見られたくないかも…」

うん、それは本当にごめん。というか普段お化粧してたんだ。もう化粧込みで刀剣男士として存在してると思ってたわ。

勝手に部屋へ入ったことを謝罪し、ここに来た目的を伝える。最近元気がなかったこと、まだ無断出陣の件を気にしているのではないかということ聞き出し、その上で私は怒っていないよと伝える。
すると加州は目元のところまで布団をずらして顔を出した。

「……俺、主に嫌われちゃったかと思ってた」
「そんなことないよ。こんな可愛くて大切な刀を嫌いになるわけないでしょ」
「えへへ。俺って愛されてるね」

乱れた黒髪を整えてやれば照れたように笑った。
それを見て、寧ろ私の方が愛されてるなって思う。
戦に関してド素人の私を主と慕ってくれて、こんなにも健気で忠実で。それでいて優しいのだ。

加州には今度おすすめの化粧品を教えてもらう約束をして部屋を後にした。



「安定!起きて起きて!主の言葉聞いた?」
「うん…寝てたけど聞こえたよ」
「もう本当に主ってば素直じゃないよね!っていうか俺って超愛されてない?愛されてるよね?」
「あー……はいはい」
「手紙なんて書いてあるかなぁ?愛してるよって書いてあったらどうしよう!一人で見たいけど読むの怖い〜!俺どうすればいいかなぁ!?安定聞いてる?」
「うん……とりあえず、寝てくれ……」





ことごとく誰かに見つかってはいるが今のところは順調である。
次は来派部屋だ。
そっと戸を開けると明石を真ん中として、その両側に愛染と蛍丸が引っ付いて寝ていた。もはや布団が三組敷かれている意味がない。そういえば三人用の敷布団はあるのだろうか。もし見つけたら買ってあげよう。

そろそろと枕元に近づいて蛍丸の枕元に手紙を置く。
三人ともよく寝ている。明石の不眠症も治ったみたいだし一安心だ。

「あっ」
「…ん?」

その場を去ろうとした際、何かを踏みつけ思わず声がこぼれた。すると金色の瞳と目が合ってしまった。ここにきてやってしまったわ。

「主はん、何してはるんですか?」
「あー……」

苦笑いをしながら先ほどと同じように経緯を説明する。もはや説明までがテンプレとなりつつある。
明石は相槌を打ちながら私の話を聞いてくれた。

「今はこの通りよく寝とりますけど蛍もきっと喜んでくれますわ」
「うん。明石も最近はよく寝れてる?」
「お陰様で。それに両脇に湯たんぽもありますから快適ですわ」

私にも一人分けて欲しいくらいだ。
それにしても、何だかんだ明石は愛染と蛍丸の保護者としてちゃんとやれているじゃないか。明石がいない頃は蛍丸はよく執務室に顔を出していたが最近ではそれも少なくなった。愛染も同じだ。それが嬉しいような悲しいような…母親の心情とはこんな感じなのだろうか。

「明石も成長したね」
「いきなり何言うてはるんですか」

夜のせいかセンチメンタル気味な私はついつい長話をしてしまう。左文字兄弟は小夜を鎹として仲睦まじいが、君らはそこら辺の関係が読めなかったのだから私なりに心配してたんだよ。明石、お前は内番サボりの常習犯で本丸にいる時はいつも寝転がっているイメージしかないけどよくやってくれてたんだな。審神者、嬉しい。

「なんや主はん。今宵はえろう褒めてくれますやん」
「そんなことないって。……あっそういえば明石、眼鏡割っちゃった」
「えっほんまでっか!?」

どこかで聞いた台詞だなと思いつつ謝罪する。さっき見事に踏み潰してしまったんだ、ごめんよ…
ひとまず朝一で手入れをする約束をした。そういえば手入れで眼鏡は直るのだろうか。直らなかったら亀甲あたりに眼鏡を借りてくれ。
罪悪感から逃げるように部屋を後にした。



「まぁ眼鏡の事は抜きにして…主はんはええ人やな。蛍の気持ちも分からんでもないけど、俺は反対やなぁ。自分らに人の在り方を唱えるような人に、あっちの世界は窮屈すぎるやろ」





これでようやく半分だ。十分くらいで終わらすつもりがすでに三十分以上経過している。私も正直眠い。ここからは巻きで行きたいところだ。

薄暗く冷える廊下を歩き訪れたのは源氏部屋だ。
焦る気持ちが抑えられず少々雑に戸を開けてしまった。が、特に起きる気配は見受けられない。ゆっくりと顔を窺うが寝ているようだった。それにしても二人とも寝顔すら美しいな。加州に言わせれば彼等は“すっぴん”なのだろうが私よりもきめ細やかな肌をしている。特に二人は水道水でしか顔を洗っていないというのに解せぬ。

お美しい寝顔を拝見したところで当初の目的を思い出し膝丸の枕元に手紙を置く。
残すは二人だ。早く次の部屋に行こう。

「ひっ…、うぐっ!?」

立ち上がりかけた直後、いきなり足を掴まれそのまま押し倒される。腹の上に重みを感じ、次いで片腕を押さえつけられ首元を絞められた。

「誰?勝手に部屋に忍び込んだのは?」
「ひげ、きりっ……わたし、だけど!」

降参するように動く方の手で喉元を絞めている彼の腕を叩く。
髭切さん、目がマジじゃないですか。本気で意識が飛びかけてるのですが。早く離してくれ。

「ありゃ?君だったのかごめんごめん」

一先ず両手をどけてもらった。その瞬間思いっきり咳き込む。
勝手に忍び込んだ私が全面的に悪いのだが、不法侵入者に対してももう少し違う捕獲方法はなかったのだろうか。まぁこれだけ強い刀剣がいるのは心強い限りだ。

「こんな夜中にどうしたの?」
「膝丸に手紙を届けようと…最近、元気がないようだったから」
「あぁ、勝手に出陣していた件だね」

そういえば髭切が膝丸に怒る姿は中々に怖かった。彼の場合は言葉で攻め立てるのではなく、拳で解決する主義だった。いつも通りのにこやかな笑顔のまま膝丸を殴りつけた時は見ていた私が発狂しそうになった。「お前ならあとは分かるよね?」という言葉を残し、二人はいつも通りの日常を送っている。しかし膝丸の方は明らかに気持ちの整理はついていないようだった。

「弟に変わって先に礼を言うよ。未だに気を病んでいてね…ありがとう主」
「うん。あのー…そろそろどいてもらってもいい?」

平然と会話をしていたが髭切はまだ私の体の上に乗っていた。地味に重いんだわ。
ごめんごめんと言いつつどいてくれた髭切に、「もう行くから」と言ったところで再び足を掴まれた。

「ちょっとぉ!?」
「確かに手紙も嬉しいと思うんだけど、起きて君が隣にいた方が弟も喜ぶと思うんだ」

何言ってんだ、と思ったのも束の間そのままズルズルと布団の中へ引き込まれそうになる。ってか足首掴まれて後ろへと引っ張られるとかB級ホラー映画の展開じゃないか。普通に怖いし、手元に掴むものもないしすでに腰のあたりまで引き込まれてるんですけど。もしや詰んだか。

「兄者…?何かあったのか」

やばい、膝丸まで起きそうだ。よく分からないフラグが立ちまくっているが私はどれも回収するつもりはない。こっちはまだあと二人残ってるんだよ。
ここでふと懐に入れていたある物を思い出す。念のため持って来ていてよかった。素早くそれを取り出して膝丸の頭に張り付ける。

「ごめん!膝丸」

その瞬間、彼は力を失ったように再び布団へと倒れこんだ。
この札は先日石切丸に貰ったものだ。南泉の存在をまだ危険視していた彼が私にくれた護符である。持っていると私を守ってくれると言う事だったが、実際に必要になることはなかった。その後も何だかご利益がありそうだったので肌身離さず持っていたのだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

「そんなものよく持っていたね」
「ちなみに護符はもう一枚持ってるよ。手を放して。そうじゃないと次は髭切に使うからね」
「しょうがないなぁ」

渋々解放され、すぐさま布団から這い出て部屋の出口へと向かった。というかそもそも膝丸じゃなくて髭切に使うべきだった。これでは膝丸が完全にとばっちりだ。まぁ夢の中の出来事ということで忘れてくれることを祈るばかりだ。

髭切をひと睨みし、そそくさと部屋を後にした。



「あーあ、残念。それにしてもこんな質の悪い札が護符だなんて随分と丸め込まれているねぇ。可哀想な主」
「あに…じゃ?」
「起きてしまったようだね。今はゆっくりお休み。まだこちらの時期ではないようだから」





早足で次の部屋まで移動する。
何で手紙を置くだけなのにこんなに苦労するんだ。というかそもそも皆気配に敏感過ぎでしょ。確かに常に命を狙われている戦場にいるとなれば分からなくもないが寝ている時くらいもう少し気を緩めてくれていいのに。しかしそうもいかないのが彼等が刀剣男士である所以なのかもしれない。

さて、続くは今剣と岩融の部屋だ。
源氏部屋の時とは違い静かに戸を開ける。小さい山と大きい山の布団の膨らみが見える。膝歩きで小さい山の布団に近づき、枕元に手紙を置く。今剣は良く寝ている。しかし寝苦しいのかうなされているような声が聞こえる。

「あるじさま……ごめ…なさい」
「今剣……」

彼の銀色の髪を梳く。
大怪我をした今剣の手入れをし、次に目覚めた彼は私の前で大泣きした。私の為に不動行光を探したい気持ちと命令違反になる後ろめたさが彼の中でせめぎ合っていたらしい。人の感情というものはまだまだ彼等の中では処理するのに難しいようだ。

だけど、うなされるまで追い詰められているとは思わなかった。彼の頭を撫でながら少しだけ霊力を注いでやる。これがどういった効果をもたらすのかは分からないが、そうせずにはいられなかった。

「すまんなぁ主」

もはや岩融が起きていることにも驚かない。彼の事だから私が部屋に入った時点で気付いていたのだろう。布団から上体を起こし私と今剣を見比べた。

「今剣はずっとうなされているの?」
「あぁ。主に合わす顔がないと、部屋に引きこもることも多くなっていてな」

確かに、ここ最近彼の姿は食事の時以外見ていない気がした。前はよく執務室に遊びに来てくれたり、お八つを一緒に食べたりしたんだけどな。

「様子を見に来てくれたのか?」
「うん。正確には手紙を届けに来たんだけどね。明日一緒にお八つを食べませんかっていうお誘いの手紙」

まぁ日付的には今日なんだけどね。
そう伝えると岩融は目を細める。

「礼を言うぞ主。今剣もきっと喜ぶ。此れがしたことは簡単に許せることではないかもしれんが、どうか主の方から話しかけて欲しい。まだ我々にはそういった感情の制御ができなんだ」

分かっていたつもりだけど、やっぱり彼等にとって人間の感情というものは難しいものなのか。刀の時にも感情はあったかもしれないけど、行動できる手段ができると選択肢が増えて処理しきれなくなってしまうのだろう。

岩融とはまた短刀達の為に一緒に遊具を作ろうと約束し、部屋を後にした。



「今剣よ、今代ではお前が主を殺すことはないぞ。共に守っていこう。だが人は脆く、実に短命であるのも事実。その時が来たらどうするか……考えていかねばならないな」





ようやく最後の一人となった。
そういえば本丸を増築して一人部屋が欲しいかと皆に聞いたところ一番に三条の刀達が手を上げたな。仲が悪いというわけではないだろうが、古い刀ほど一人部屋を希望していた気がする。一人でいる時間が長かったからだろうか。

今剣達の部屋を後にした後、鶯丸の部屋の前を通りひとつ角を曲がった。ここからは手前から順に鶴丸、石切丸、小狐丸、三日月の部屋だ。一番奥の突き当りが三日月の部屋だと思うとラスボス感が半端ない。まぁ行く機会はないからいいか…

鶴丸の部屋に入る。
鶴丸は本丸のムードメーカーのような雰囲気はあるが意外と素顔が見えない刀剣だと思っている。皆と話しているときは屈託なく笑い、戦場ではとても頼りになる。でも偶に見せるどこか遠くを見ている横顔が、異様に怖いと感じる時がある。ただそれはほんの一瞬のことですぐにいつも通りの彼に戻るのだから謎である。

だからこそ彼の部屋には少し興味があったのだが、中はとても簡素なものだった。戸棚には昔あげたマジックの本やグッズなどが置かれていたがほとんど空きが多い。文机もあるがその上には何も置かれていなかった。

枕元にそっと手紙を置く。
美しい金色の瞳は閉じられており、寝ているように見えるが今までの経験からすると起きている可能性が高い。しかも鶴丸の性格上、とんでもないドッキリが仕掛けられているかもしれない。髭切のせいで今夜の私はかなり敏感だ。あの時にはもう一枚護符があると言ったが、実は一枚しか持っていなかった。次何か起きたら言霊しか使えない。

鶴丸の顔の前で手を振ってみる。反応なし。
次に頬をつついてみる。反応なし。

「鶴丸、起きてる?」

声を掛けてみる。反応なし。

うん、多分大丈夫だ。
まぁ彼は二十四時間遠征明けだから疲れて熟睡しているはずだ。このまま静かに部屋を出よう。

「もう遊びは終わりかい?」
「……起きてたの?」

心の中で舌打ちをしたのは疲れていたからということで大目に見て欲しい。
ゆっくりと上体を起こした彼は真っすぐに私を見た。白い布団にいるというだけでまるで病人の様に見えてしまうくらい色白で細く見えた。

特に聞かれた訳ではないがここに来た経緯を簡単に説明する。鶴丸はそれを黙って聞いていたけれど、多分分かっていたんじゃないかな。

「皆を危険な目に合わせてすまなかった」
「もうその話は終わったでしょう。でも、まさか鶴丸が私の為にそこまでしてくれるとは思わなかったよ」

布団の上で正座をし、彼は静かに頭を下げた。そんな事はしないで欲しい。謝らせるためにここに来た訳ではないのだ。

でも、鶴丸が何故今回の事をしたのかは未だに理解できない所がある。彼は非常に賢い。私の言葉一つでそんな軽率な行動をするとは思えなかった。

「きみ、最近元気がなかっただろう?鍛刀が上手くいってないようだったから少しでも元気になればと思ったんだ」

彼は本当によく見ている。
ここ最近、確かに私は鍛刀に失敗していた。失敗と言うのは文字通りの意味だ。刀装の消し炭の如く、資材を入れて出てくるものは全て黒い塊になっていた。どんなレシピで行ってもその状態。手入れも刀装作りもできているから霊力が衰えているというわけでもないのだろう。きっと調子が悪いだけ、そう自分に思い込ませていたのだが不安でないわけがなかった。

「よく気付いたね」
「鍛刀部屋から出てきたきみの顔を見れば分かる」
「そっか」

きっと今夜の事がなければ、彼はこの話を私にすることはなかっただろう。
鶴丸の表情は変わらずに、静かに私を見ていた。今の鶴丸は私が「怖い」と感じる時の鶴丸だ。
この静寂に根負けして鶴丸が何か言ってくれればよかったのに、私の方が先にため息を付いてしまった。

「皆には言わないでね。心配かけたくない」
「そうやってきみはいつも抱え込む」
「今回だけだよ」
「ブラック本丸に行った時も勝手に決めたじゃないか」
「鶴丸も反対だったの?」
「当たり前だろ」

あの時、鶴丸は何も言わずに送り出してくれたから感心がないものだと思っていた。が、今の彼の口調と表情から察するに大分怒っているらしかった。

「…ごめん」
「これからは気を付けて欲しい。きみが生きていたいと望むなら。俺達だってきみを失いたくはないし放したくないんだ」

分かった、という言葉を呑み込んで私は頷いた。第六感とでも言えば良いのか、ここで言葉として約束をしてしまうと後戻りができない気がした。神との約束は“絶対”なのだから。
ここには長いすべきではない。

「夜中にごめんね」

私が立ち上がると、そこで初めて彼は表情を緩めて「おやすみ」と言ってくれた。
しかし部屋から出る直前、

「主、部屋に戻るまで絶対に後ろを振り返るな」

彼の鬼気迫った声が私の背中を射貫いた。



彼女は薄暗い廊下を早足で歩く。規則正しい足音に、次第に息が上がっていく。
彼女の口から出る息は白い色をしていた。
何かが身体にまとわりつくような気配がした。
きっと寒さのせいだろう。初雪もそろそろ降るだろうという季節なのだから。
そう言い聞かせながら長い長い廊下を彼女は急ぐ。



「それくらい警戒心を持った方が良いい。きみが描く幸せと俺らが描く幸せは違うんだ。だから、……」


◇ ◇ ◇


頭の上にうっすらと積もった雪を見て「白くて見分けがつかないな」と三日月に笑われた。

検非違使討伐の為に向かった先で一振りの刀を見つけた。しかし、それは検非違使を倒したから入手できたというわけではない。俺達が気付かぬ間に、「見つけた」とお前さんは言ったよなぁ。拾った刀というにはあまりにも都合がよすぎる言葉で、俺は眉を顰めるのだ。

「お主が探していた刀が偶然手に入るとは…らっきーというやつだな」

笑いながらその短刀を撫でる。
俺はお前さんの次に主に鍛刀されたのだからよく覚えているよ。霊体であった俺は引き寄せられるようにあの本丸に顕現された。もちろん今となっては主に出会えてよかったとは思っているさ。結果から言えば成功。だが、その過程としてはあまり良ろしくはないな。

「今日は喋りが少ないな。俺への嫉妬か?」

嫉妬、だがそれは少し違う。
俺は主に忠誠を誓っている。それは紛う方なき主従関係上の忠誠だ。
俺は主が望む刀で在りたい。

「まぁな。不動行光を手土産に、主に褒美でももらうのか?」
「それもいいが……今はまだ主の笑顔が見られるだけで十分だ」

俺が張り付けた笑みで答えれば、お前さんは極上の笑みを浮かべる。

俺は怖くて堪らないよ。

俺達の欲というのは人間のそれよりも深くて質の悪いものなんだ。それが分かっているうちは、俺はまだ主の理想の刀なのだろうか。でも一度でも彼女を欲しいと思ってしまえば、俺も目の前の刀と一緒だ。 
お前さんの姿は未来の俺を見ているようで怖いのさ。

「さて帰ろうか。主の元に」

無事に帰還した俺達を見て、きみはいつも通り笑顔で出迎えてくれるのだろう。
きみの喜ぶ顔がみんな好きなんだ。鉄の刀身がじんわりと温かくなるんだ。それが幸せなのだと教えてくれたきみの事がみんな好きなんだ。

きみが描く幸せと俺らが描く幸せは違うんだ。
だから、



———隠されるなよ、主。