ここは時の政府が管轄している病院である。利用者は私と同じ審神者などの霊力がある人、政府職員が主らしい。初めて来た場所だが大半の人間が近侍として刀剣男士を連れていたのだから同業者が利用していることは直ぐに分かった。
鍛刀ができなくなって二十日が経った。
投げやりになり上限まで資源を注ぎ込んだところデカイ炭の塊を作ってしまった。そのせいでついに山姥切に鍛刀の失敗が続いている事がバレてしまったのだ。彼には怒られたと同時にかなりの心配をさせてしまった。「一度、専門家に診てもらったほうがいい」ということで今に至る訳である。
「原因は貴方の身体が神気に侵されているからですね。心当たりは?」
そう目の前の医師に告げられる。
神気とは、刀剣男士の様な付喪神が持つ霊力のことである。末端であれど刀剣男士は神である。強く願えば人を呪い殺すことだってできるし、魂を自身の神域という名の領域に縛り付けることだってできる。後者が所謂神隠しと呼ばれる出来事だ。
「特には……普通に審神者として生活しています」
先ほど私が紫色に染めた札を見て、医師はひとつため息をついた。紫に染まった札は神気測定紙らしく触れると色が変化していく。黄色、緑、青の次に紫に染まったのだが、自分がどのくらい危ない状態なのかいまいち分からない。しかし医師の様子を見る限り大分良くない様だ。
「女性の審神者によくあるのですが、刀剣男士と恋愛関係にあったりはしていませんか?」
「全くないです。恐らく彼等も私にそういった感情は抱いていないと思います」
上司と部下。
彼等を家族の様に思っているが一定の距離は保ち接してきたつもりである。彼等だって私に優しいし、よく懐いてはいるがそれはあくまで私が主だからである。そもそも生まれたての雛が初めて見たものを親と思い込むような、そのような感覚ではないのだろうか。
刀剣男士が人間に神気を注ぐ方法を知っているのかと聞かれる。私は無言で頷いた。
私もこんのすけから教えられたわけではないが、その辺りは審神者専用のネット掲示板で調べた。鍛刀が出来なくなって、自分でも神気に当てられている可能性を考えたからだ。
彼等の血といった体液を摂取したり、言葉通りに彼等と交わると神気が注ぎ込まれる。そして最終的には彼等は気に入ったものを自分の神域に閉じ込めるのだと、お伽話のように書かれていた。
「まぁそういう行為がなくても神格の高いものなら何だって出来ますからね。例えば触れるときに僅かに神気を注ぎその行為を繰り返すことで神気に馴染みやすい体質にするとか」
「刀剣不振になりそうですね」
「貴方はそれくらい危機感を持った方が良いのです。お手持ちの刀剣を教えてください」
ここで天下五剣三振りの名を上げたところで医師が露骨に「お前終わったわー」という顔をしたので私は終始苦笑いを浮かべることとなった。
神格の高い刀剣とは距離を取るようにと助言され、一週間後にまた受診するように言いつけられた。
診療室を出て、待合室へと向かう。その際に、若い女性とすれ違った。隣にはへし切長谷部がいて甲斐甲斐しく彼女を支えながら奥の診療室へと入っていった。女性の方は体調が悪そうだったが、二人が主従以上の関係であることはその雰囲気から何となく分かってしまった。
刀剣男士と恋愛関係になることに関して政府は黙認している。故に審神者に対して罰則が下るわけでもないし、逆に審神者が隠されても政府はそれに関与しない。神と人間の色恋沙汰に下手に首を突っ込まないあたり、“触らぬ神に祟りなし”という言葉を政府は大変理解しているらしい。
私は否定も肯定もしないけれど、自分は神様と共に在りたいだなんて思えない。人間を捨ててまで彼等と寄り添う覚悟はないからだ。
◇
受付で神気祓いと守護を兼ね備えた札を貰い会計を済ます。そして病院の待合室をぐるりと見まわし近侍を探した。もちろん自分の本丸の刀剣男士はその霊力ですぐに見分けることができる。しかし今日の近侍である彼は刀剣男士の中でも珍しく、ここにいるその刀剣は彼しかいないものだからすぐに見つけることができた。
「おまたせ大典太。時間かかってごめんね」
「いや…問題ない」
「一人で大丈夫だった?」
「あぁ」
彼を一人で待たせておくのは不安であったがそれも杞憂だったようだ。本当なら山姥切に着いてきてもらいたかったのだが、特命調査として文久土佐藩へ出陣中のためそれは叶わなかった。
そこでふと、そういえば大典太はまだ一度も近侍にしていなかったことに気付き声を掛けたのだ。ブラック本丸から引き取って以来、前田を通して本丸には馴染んできたし他の子達とも仲良くやれている。そろそろ頃合いかと、病院に行きたいから近侍をお願いしたいと言えばふたつ返事で引き受けてくれた。
「……身体の方は大丈夫なのか?」
「うん。というかただの健康診断だから大丈夫だよ」
笑って答えた私にそれ以上大典太は何も言わなかった。本丸にいるみんなにもそう言って私は病院に来た。ただ鶴丸は私の嘘に気付いていたのだろう。彼は自分が着いて行くと言ってくれたが、今日の遠征部隊の隊長に割り当てていたためそれは難しかった。短期遠征だったため、部隊を編成し直しても良かったのだが周りの刀剣達に感づかれても困るので行わなかった。
「…帰らないのか?」
「少し寄り道して帰ろうよ。大典太は初めての外出でしょう?」
「でも、俺は……あんたはまだ仕事が残っているだろう?」
大典太と言えば本丸にいる時は大抵蔵に引きこもっている。他の刀剣達のように非番日に出かけることはしていない。どうやら誘われても断っているらしい。偶に前田が天日干しならぬ日向ぼっこに彼を庭まで連れ出したり、鶯丸と縁側で茶を飲んでいることは見たことあるがその程度だ。無理に連れまわしたいわけではないが、せっかくなら人の身としての幸せも感じて欲しい。
「仕事は残ってるけど溜まってはいないよ。今日は出陣もないから怪我して帰ってくる子もいないし遅くなっても大丈夫。どうかな?」
「……あんたがそう言うなら行こう」
医師に神格の高いものとは距離を取れと言われたが、貰った札もあるし少しくらいは大丈夫だろう。それに、私も気分転換に外を歩きたい。
先を行く私に大典太はぴったりと後ろに着いてきた。
茶器を取り扱っているお店や呉服屋などふらふらと当てもなく見ていく。大典太に声を掛ければ私と同じ目線になってうんうんと話を聞く。次第に外の空気に慣れてきたのか「あれはなんだ?」と秋田の様に尋ねてくる彼が非常に幼く可愛く見えた。
「……煙が上がってる」
足を止めた彼の目線の先を辿れば湯気が立ち込める屋台があった。私も気になって行ってみようと声を掛ければ彼もまた着いてきた。
「蒸し饅頭だね。紅白で売ってるなんて珍しい。食べてみる?」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃない。それに他の奴らにはなく俺だけ買ってもらうのも悪い」
「いいよ。買い物のときは近侍の子とこっそり買い食いしてるんだから」
それが目当てで近侍をやりたがるものもいるのだから自分はつくづく彼等に甘いのかもしれない。もしかしたらこういった積み重ねが神気に当てられた原因なのかも。
紅と白を一つずつ買って、近くの縁台に並んで座る。どちらがいいかと問えば、彼は白色を指さしたのでそちらを渡した。
「美味い…」
「ほんとだね」
「ありがとう」
「いえいえ。みんなには内緒だよ」
「いや、そうではなくて……俺の主になってくれて、ありがとう」
私の目を見て彼は深く頭を下げた。
ブラック本丸にいた刀剣なら人間不信になってもおかしくはない。彼の前の主は、時間遡行軍にその身を捧げ自分の本丸を、刀剣を破壊した。そのような人間を知っているのであれば、尚更自分の身を預けるなど恐ろしくて堪らないだろう。
しかし、彼は私に着いてきてくれた。いなくなった仲間の刀剣達の分も戦おうと誓った。全ては大典太が選択したことで、私が大きな何かをしたわけではないけれどお礼を言われて嬉しかった。
「こちらこそ、私の刀剣になってくれてありがとう。それとね、付いてるよ」
「む……」
口元についていた屑を取ってあげれば照れたような顔をされた。
この子達の為にも私は審神者を辞めるわけにはいかない。
◇
三日月が空に浮かぶ今宵はやけに静かで、端末の電子音が煩く部屋に響いた。
「もしもし」
『俺だ。今いいか?』
任務にあたっている山姥切から連絡が来た。文久土佐藩では今のところ問題なく調査ができているとのこと。今回の部隊編成は五振りであり、山姥切の他には陸奥守、骨喰、江雪、太郎太刀を行かせている。端末の向こうから陸奥守の笑い声が聞こえることから、どうやら政府の刀剣とも仲良くやれているようだ。
『病院には行ってきたのか?』
「うん。それが大分神気に侵されてたみたいで……とりあえず札を貰って来週も来るようにって言われたよ」
『やはり、そうか…』
きっと色々と私に言いたいことがあったのだろう。その言葉を呑み込んで彼の呼吸する音が聞こえた。
『出来るだけ早く戻るようにする。俺が帰るまで出来るだけ刀剣と関わらないようにな』
「うぅ…でも明日は短刀達と庭で雪合戦をする約束が」
『部屋でじっとしていろ』
私の唯一の癒しが絶たれるなんて…誰だ、私に神気なんか注ぎ込んだのは。その刀剣に悪意や意思があったのは知らないが、その前に話をするという手段には至らなかったのか。
『短刀達にも距離を置くよう薬研に話を付けてもらった方が良い。病院へは薬研と行ったんだろう?』
「え?大典太と行ってきたけど…」
『はぁ!?』
山姥切の声が大きすぎて端末を耳から離す。確かに大典太を近侍にしたのは初めてだったから驚いたのだろう。それに神気に侵されている危険性もあったのに神格の高い刀剣を連れて行ったのも今思えば詰めが甘かったかもしれない。薬研は私の初鍛刀だし、山姥切も信頼を置いていたのだから彼に頼むべきだった。
「もしかして何かまずい事でも…?」
『…明日もう一度病院に行った方が良い。その時は薬研か、兄弟を連れていけ』
「えぇ…急にどうしたの?」
『あんたはっ………で、かく……』
端末にノイズが入り山姥切の声が遠くなる。電波が悪いのだろうか?聚楽第での特命調査ではこんなこと起こらなかったのに。
「声が聞こえづらいんだけど大丈夫?」
『…だ!あお…、つ…ま……、きょ……れ!……な』
向こうに私の声は聞こえているのだろうか。山姥切が何を言っているのかは聞き取れないが必死に何かを伝えようとしているのは分かる。
部屋をぐるぐると回ってみるが相変わらず電波は悪い。こんな時は古典的ではあるが外に出れば良くなるのかもしれない。
『さ……きをっ…』
「山姥切!いま外に出るからちょっと待って———」
「やぁ主」
「え……?」
「今宵は月が綺麗だなぁ。共に来てはもらえんか」
視界、暗転————
◇ ◇ ◇
遠くで声が聞こえる。
でも何を言っているのか聞き取れない。
水の中で話しているように声はくぐもっていて、でも必死に呼びかけられている気がする。
女の人の声……?
起きて……―――!!
呼び掛けに応じ、反射的に目を覚ます。
やけに頭がぼんやりする。風邪をひいたときのような、頭に霞が掛かっているような感覚だ。
何とか上体を起こし、こめかみを抑えながら辺りを確認する。
十畳ほどの部屋の中央で私は布団の上に寝ていた。ぐるりと部屋を見回してみると文机の上には筆と硯が置かれており、桐箱が部屋の隅に積まれていた。箪笥に本棚、それに神棚と物が多い部屋だ。
山姥切と連絡を取っていたら電波が悪くなり、外に出ようとしたら三日月に会って……そこからの記憶がない。
戸に手を掛けるが少しも動かない。何の変哲もない部屋の扉であるのに、どんなに力を入れても動かないのだ。何かが支えているような感触もないのだが。
他に何かおかしなものがないが部屋を見回す。するとお札がいくつか貼られていることに気が付いた。部屋の四隅に、まるで結界でも張られているかのような雰囲気である。残念ながら私の身長ではそれに届かない。
トットットットッ————
部屋の外側、おそらく廊下だと思われる場所から足音と声が聞こえた。
本能的に危機感を覚え、急いで押入れへと身を隠す。
「まさかこんなにうまくいくなんて!」
「しかし急すぎはしないか?まだ先の話では合っただろう」
「そうだね。でもここまで連れて来られたのなら都合がいい」
今剣、岩融、石切丸の声だ。
懐を探り、今日貰った札を握りしめる。
「あるじさま、おきましたかね?」
今剣の声に続き、戸が開けられる音がした。内側から開かなかったのに、こうも容易く開くとはやはりこちらからでは開かないように結界が張られていたのか。
「あるじさま…?」
「主がいないぞ!?どういうことだ?」
「そんな!この部屋からは出られないはずなのに…」
まさか刀剣達に閉じ込められていたとは、私は何か恨みを買うようなことでもしていたのだろうか。
「だから石切丸にまかすのはいやだったんです!このまえの“ふだ”だってみやぶられたじゃないですか!」
「落ち着くのだ今剣!今はそれどころではなかろう」
「部屋の札は外されていない。主に協力者がいるのかもしれないね。私は皆にも報告してくる。二人は辺りを探してくれ」
「わかりました!岩融、いきましょう!」
「あぁ」
幸い、彼等は私に気付くことなく部屋を出ていった。それと同時に持っていた札がはらはらと黒い塵となって消えてしまった。私の存在が分からぬように守ってくれたのだろうか。そうでなければ彼等が気付かないはずがない。
これはもう、とんでもない事態になった気がする。
◇
少し時間を置き、押入れから這い出て開け放たれたままの戸から廊下を確認する。薄暗い廊下には誰もいなかった。外廊下と庭を隔てる建具も閉め切られている。今が夜と考えればそれは自然な事なのだが、どうにも閉じ込められている気がしてならない。
ぼつぼつと廊下の灯りがあるだけで視界は悪い。ここが本丸のどの位置かは分からないが一先ず私室に戻りたかった。
何故あの時三日月が来たのか、今剣達の会話は何だったのかと考えなければならない事はたくさんあるが山姥切ともう一度連絡が取りたい。電波状況は怪しいが頼れるものは端末しかないのだ。
音を立てず廊下を歩く。壁に飾られた絵などをよく見てみると自分がどの場所にいるかはおおよそ検討がついてきた。私が寝かされていたのは石切丸の部屋だ。今までの様子から考えるに三条の刀達が関わっているのだろうか。今日、病院で聞いた話も相まって嫌な汗が背を伝う。
静寂であった廊下に自分の物ではない足音が響き、柱の影に身を潜める。いま三条の誰かに会うのは危険だと本能がそう告げた。
そっと様子を伺うと紫色の戦装がちらりと見えた。
「長谷部…?」
「主!よくぞご無事で」
足早にこちらまで来た彼を見るに相当私の事を探してくれていたらしい。
「お身体の具合はいかがですか?それにしてもまさか主にそのようなお考えがあったなんて……もっと早く言ってくだされば俺が一番に協力致しましたのに」
「え、どういう事?」
「主が“こちら”に来たかったという事です。今剣から聞きましたよ、俺達と共に在りたいからそうなりたいのだと」
は?私そんなこと言ってもないし、思ってもいないんですけど。
長谷部は主命に従順しているタイプだからてっきり私を助けてくれると思ったのだが違うのだろうか。というかすでにここが“こちら側”だとするなら中々に詰んでいる気がする。
「ちょっと待って。落ち着いて聞いて、私はそんな事言ってないし貴方達の側に行くつもりもない」
「え……?」
長谷部が話を聞いてくれたので二人で今の状況を確認し合う。
まず、ここは私が今まで生活をしていた本丸ではないこと。刀剣達の間で私は“こちら側”に来たがっているという話になっていること。長谷部の推測だと恐らく三条の刀達が今回の事を招いたのではないかということ。
「どうりでおかしいと思った!主が神隠しを望むとは思えませんでしたからね。とするとあいつらの仕業か!」
長谷部も怒りを露わにし、私が望んでいないのならここにいるべきではないと強く言ってくれた。というか、怖くて言葉には出さなかったがやはり私は神隠しに会っていたのか…。こんな日が来るなんて思いもしなかった。
「とりあえず私室に戻りたいの。端末があれば外と連絡が取れるかもしれない」
「それは意味ないと思うぜ」
私が振り返るよりも早く長谷部が抜刀をし、その声の主に刃を突き付けた。
「鶴丸!お前達の仕業だな!何も知らなかったとは言わせない!」
「おっと。俺は味方だ、そう怒りなさんな」
鶴丸は両手を上げ、落ち着けよと笑って見せた。でも、目は笑っていないから多分怒っているのだろう。せっかく近侍を名乗り出てくれたのに、こんな結果になり合わせる顔がない。
「それにしても全くきみってやつは」
「鶴丸、あれだけ心配してくれたのに巻き込んでごめん。長谷部、刀を下ろして。鶴丸は大丈夫だから」
「しかし……」
「お願い」
渋々刀は下ろし、長谷部は一歩引いた。
鶴丸ならきっとここにも詳しい。それに先程の発言も気になる。
「意味がないってどういうこと?」
「これが証拠だ」
彼が取り出したのは真っ二つに割れた端末だった。その断片を見るにおそらく刀で斬られたのだろう。試さなくても使えないのは明らかだった。
「俺が見つけた時には……」
「そう……」
「だがまだ諦めるのは早いぞ。ここから出る方法はある」
「?!教えて!」
「主、こいつを信じていいのですか?」
長谷部が疑う気持ちも分かるが今は情報が欲しい。聞いてから判断しても遅くはない。
長谷部を説得し鶴丸の説明を待つ。
「まずは青江を頼れ。彼ならきっと知恵を貸してくれる。それと、一振りの刀剣とずっと共にいるのは危険だ。きみはまだ人間だが、ここにいるきみはある種霊体のような存在なんだ。同じ神気に当てられ続ければそいつに連れていかれるぞ」
とりあえず青江に会えばいいのか。希望が見えた気がする。それに私はまだ人間であるということで少しは安心することはできた。
「おおよそお前の話は理解できた。だが、刀剣と共にいるべきではないということは護衛もなしにこの空間を主に一人歩きさせるつもりか?」
長谷部の怒りを込めた言葉に怯みもせず鶴丸は淡々と答えてみせる。
「きみは話を聞いていたかい?俺は同じ刀剣とずっといるのは危ないと言ったんだ。護衛を付けないとは言っていない」
護衛は確かに嬉しいが、その前に一度みんなと話し合った方が良いのではないだろうか。どうこじれたから分からないが、誤解を解けば私をすんなり帰してくれるかもしれない。特に三日月に関しては意識を失う前に会ったのだから、私がここに来たことに関わっているはずである。
「三日月達に会えないかな?直接話した方が早いと思うんだけど」
「それには賛同しかねます!何かあってからでは遅いのですよ!」
「俺も今は反対だな」
そう言えば二人に怒られたものだから大人しく指示に従う事にした。
「もうすぐ迎えがくる、そいつらを頼りな。長谷部、俺達は行くぞ」
長谷部はまだ鶴丸に不信感を持っているようだったが、私が大丈夫だと頷いたことにより納得はしてくれた。
「ご武運を祈っております」
「きみに言ってやりたいことは山ほどあるがそれは俺の役目ではないからな。しっかりやれよ、主」
音もなく彼等は暗い廊下に消えていった。
◇
暗い廊下でまた一人きりになったことにより不安が訪れたが、それも一瞬のことであった。
「あーるじ!アタシ達が来たから安心しな」
「おーまだ人間じゃねぇか。良かったなぁ」
「全く…なに面倒な事に巻き込まれてんだ」
次郎太刀の明るい声に始まり、日本号と同田貫が姿を見せる。
見るからに神隠しとかそう言った事に感心がなさそうな刀剣達である。彼等なら大丈夫そうだ。
「俺が少し先を見てくるからお前達は後について来いよ」
「アタシ達偵察は専門外だからねー」
「まぁ酒でも飲みながら気楽に行こうぜ」
「いいじゃないかい。賛成!」
「ふざけるな!お前ら二人は主から目を離すなよ!」
「同田貫、次郎太刀、日本号ありがとう!」
いつも通りの光景に気持ちが楽になる。道中、他愛もない話をしてくれるのが嬉しかった。
その後、無事に青江部屋の前まで辿り着くことができた。彼等には感謝しかない。
「今回の見返りに酒くらい奢ってくれよー」
「俺達のこと簡単に信用したけど警戒心は持っとけよ」
日本号は戯けたように、そして同田貫には厳しめの言葉を頂いた。
みんなありがとう。帰ったら高級なお酒をふるまおうと心に決めた。
「これは兄貴からだよ。もしもの事があったらアンタに渡してくれって頼まれたんだ」
別れ際に次郎太刀がくれてものは札であった。恐らくこれは“本物”の護符であろう。それを受け取ると同時に石切丸も神隠しの首謀者だという予想が確信に変わった瞬間であった。しかも割と計画性があったようだ。何でこんなことに……でも今そんなことを考えている暇はない。
「みんなありがとう!必ず帰るからね!」
そう約束して三人と別れた。
◇
部屋に来ることが分かっていたのか私が声を掛けるよりも先に戸が開けられ、青江に招かれる。
大人しく中へと入り、座ったところで私から話を切り出した。
「ここは神域だよね?鶴丸から青江なら手助けしてくれるって聞いて来た。私がもとの場所に帰れるように協力してくれる?」
部屋は廊下と同じく暗い。その中で彼のにっかりと笑う顔はまるで本物の幽霊のようだと思ってしまったけれど、怖さはなかった。
「もちろんだ。その前にこの場所の話をしようか。少し長くなるかもしれないけれど順序立てた方が分かりやすいと思うからね」
青江曰く、ここは厳密に言うと神域ではない。現実(と言っても本丸のある場所になるのだが)と神域の間の空間で青江達からしても普段なら通り道にしかならないような所らしい。
その場所に今この屋敷が存在し、霊体である私を閉じ込めているとのこと。じゃあ青江なら現実の方へ行き外と連絡が取れるのではないか、と聞いてみたがそうしようとすると他の刀にも気付かれるため安易な行動はできないらしい。因みに廊下の建具も開かないため閉じ込められている状態だ。
「言うなれば裏本丸ってところかな。とても危うい空間に存在しているけど、だからこそ綻びもあるんだ」
その綻びを見つければ裏本丸から私がもといた本丸へ帰ることができると言う。しかし、この裏本丸も形を変えているらしく本来なら本丸と同じ造りのはずが内部がかなり複雑になっているらしい。確かに石切丸の部屋からここに来るまでかなり時間がかかった気がする。
「綻びってどうやって探せばいいの?」
「あの本丸だからこそ在るべきものかな。君が作ってくれた、僕にとってとても大切なものさ」
「……お墓?」
「正解」
青江が前に仕えていた審神者さんのお墓を私は裏庭に作った。確かにあれは何処にでも在るものでもないし、私が作ったものだから失礼ながらそんな大層なものでもない。
「あそこが本丸と裏本丸を繋ぐ道になるはずだ」
「でも戸が閉まってるんじゃ庭まで出られないよ」
「いま僕と同じ様に主を本丸に帰そうとしてくれている刀達が庭まで出られる場所を探してくれている………戻ってきたかな?」
青江が部屋の入り口に視線を向けると外が騒ついているのが分かった。
「主はいる?入ってもいい?」
青江が声を掛けると加州と安定がなだれ込むように部屋に入って来た。
「主〜!よかった無事で!」
「本当に心配したんだからね!それと庭に出られる場所を見つけたよ!」
ひと時の再会を喜び、加州と安定の話しを聞く事にした。どうやら私室と執務室の間にある縁側のところの建具は開け放たれていて出られそうだという。
「何だがあからさま過ぎて罠っぽいけど」
安定の言うこともよく分かる。でもその他に庭に出られるような場所は見つけられなかったと言うのだから、そこを目指すしかない。
「俺だ。入ってもいいか?」
またも部屋の外から声がかけられ刀剣達を迎え入れた。
「まだここにいてくれて良かった」
「ご主人様!お会い出来てよかった!」
「加州さんも大和守さんもお戻りでしたか」
長義、亀甲、物吉は私の顔を見て笑顔を見せてくれた。彼等は現状を把握するため屋敷を見回ってくれていたらしい。
「手分けして屋敷を見回ってみたが大分造りは変わっていたよ。無駄に廊下が長かったり、部屋がいくつも続いていたりしている」
「それとどうやら本丸にいる全ての刀剣達がここに来ているようだね。ぼくたちと同じように気付いたらここに来ていたらしい」
「ここに戻ってくるまで三条の皆さんには会いませんでしたが、少し嫌な話を耳にして……」
そう言った物吉の話は中々に物騒なものだった。
この機に乗じて私を自分の神域に隠してしまおうと考えている刀剣が三条以外にもいるらしい。自惚れかもしれないが、みんな割と私の事が好きだったのか…今までそんな素振り見せなかったじゃないか。中々に頭が着いていかない。
加州から幕末刀は私を本丸へ帰すために動いてくれると約束してくれた。そして青江は数珠丸も手助けしてくれると教えてくれた。ここにはいないが数珠丸はいま色々と動いてくれているらしい。
今日の医師の話と照らし合わせると、三日月と同じ天下五剣である数珠丸がいてくれることは非常に心強かった。幕末刀の他に誰が私を助けてくれるかは分からないが、短刀達なら神格も低いし今まで可愛がってきたのだからきっと大丈夫なはず。幕末刀と短刀達を頼りに庭を目指していこう。
◇
みんなにお礼を言って部屋から出ると、廊下には蜻蛉切と村正がいた。長義が二人を連れてきてくれたらしい。蜻蛉切は忠誠心の塊のような性格であり、村正は神隠しなど興味ないだろう。
「屋敷の構造も変わってきております。少し遠回りになりますが辛抱ください」
「ありがとう」
村正が前を、蜻蛉切が私の後ろを歩いてくれている。
先ほど青江の部屋に入った時よりもやけに廊下が長く伸びている気がする。部屋もこんなにあっただろうか。ここが自分の本丸ではないと自覚し始め少し怖くなった。
恐々歩いていると村正が急に足を止めたものだから、勢い余ってぶつかってしまった。もしや三条の誰かがいたのだろうか。今剣と岩融が私を探していたようだから彼等かもしれないと思い身を強張らせる。
蜻蛉切が後ろで武器を構えるのが分かった。すると村正はゆっくりと振り返り、私を見た。
「……アナタはワタシ達と一緒にいたいとは思わないのデスか?」
「どういう事?」
「村正!」
怒る蜻蛉切には目もくれず、彼は私を見つめたまま言葉を続ける。
「みんな、アナタとずっと一緒にいたいから隠そうとするんデス。そうすれば人間としての肉体を捨て、寿命などに囚われず文字通りずっと一緒にいられます」
「村正、お前も主を隠そうとするのか?ならばお前を主の傍に置いておくことは出来ない」
「ワタシは主の気持ちを知りたいのデス。出来る事なら傍に居たいと、蜻蛉切も思うでショウ?」
村正は決してふざけているわけではない。彼の発言により、蜻蛉切も押し黙る。
きっと村正が言っていることこそが刀剣達の本音なのだと思う。私もみんなと一緒に居たい。でも“ずっと”というのは少し違う。時間遡行軍との戦いが終わるのか、はたまた私の寿命が尽きるのか。有限な時間の中での関係である。
「私は貴方達の事を大切に思っている。だけどずっと一緒にはいられないよ。私は人間で、貴方達は神様なんだから。私は人間として生きて、人間として死ぬの」
私には眠っている物の想い、心を目覚めさせる審神者としての力はあるけれどそれ以上の何かが在るわけじゃない。
人は輪廻転生を繰り返し、この世に生をなす。私はその理から抜けたくはない。
「やはりワタシはアナタのところに来れてよかったデス」
頬を緩めて、彼はまた前を向いて歩きだした。その後を私と蜻蛉切は慌てて追いかける。
「村正?」
「実にアナタらしい答えデス。主が望むままにワタシは従いまショウ」
「本丸に帰りたいの。協力してくれる?」
「勿論デス!それにしても何だか熱いデスねぇ…脱ぎまショウか!」
「それはちょっと!」
私達のやり取りを見ていたであろう蜻蛉切が後ろで小さく笑ったのが聞こえた。
彼等からしたらこれは私の我儘だ。必要な時だけ彼等をモノからヒトの身へと呼び起こし、使われて、戦って、用が済んだら還すのだ。
「村正、蜻蛉切、本当にありがとう。またね」
廊下の十字路で別れて私は左へと進む。長義たちに教えてもらった情報だと本丸の内部の方がまだ造りは変わっていないらしい。遠回りにはなるが知っている道の方がまだ安全に進める。
「村正、もしも主がこちらに来ると言ったらお前は何と答えたのだ?」
「…どうでしょうね。でも主ならきっとあぁ答えるのだと思っていましたから。そんな彼女だから蜻蛉切も仕えているのでショウ?」
「そうだな」
◇
蜻蛉切、村正とは別れ一人で先へと進む。二人ともこれ以上私のそばにはいられないが近くで警護はしてくれると言ってくれた。
早足で歩いているとどこからか良い匂いがしてきた。何かを煮込んでいるような、お醤油の香り。包丁の規則正しい音に、食器がこすれる音。
厨房に誰かいるのだろう。こっそりと覗き込むと、机の上には出来上がった料理が何品も並んでいた。宴会でもするかのような量と品数である。
「やっと来たのか」
「お、大倶利伽羅!?」
料理を運んでいた大倶利伽羅と目が合う、そして奥で野菜を切っていた燭台切にも気付かれた。
「主!遅かったからつい料理を作りすぎちゃったよ。さぁさぁこっちに座って!」
「え、ちょっと、待って……」
言うが早いが私の腕を掴み、大量の料理が並んだ机の前へと座らされる。
から揚げ、天ぷら、金目鯛の煮つけ、豆乳スープ、ホワイトソースグラタン、豆腐の白和え、ヨーグルトスムージー…。なんか白色で汁物の料理が無駄に多い気がする。
燭台切、厨房、食材、白色、液体———
うっ頭が。嫌な予感が頭をよぎる。いやいや、うちの燭台切がまさかそんなことするはずないじゃないか。
「ちょうどハンバーグも焼けたんだよ!君は覚えているかな?二人で初めて作った料理がこれだったよね。今日はソースも作ってみたんだ!」
ホワイトソースね。知ってた。
一口大に切られて口元まで持って来られたが、些か食べる気にはなれなかった。
この中に食材ではない何かが入っている可能性を考えるより先に、この世界の物を口にしてはいけないということを思い出す。
古事記にも
“あの世のものを食べると、この世に戻れなくなる”
それがここでも通用するかもしれない。
「どうしたの主?いつもは美味しく食べてくれるじゃないか」
「いや、お腹いっぱいでね…それに私行くところがあるし……」
「じゃあこれはどう?レアチーズケーキも作ってみたんだ!なんと伽羅ちゃんも手伝ってくれたんだよ!ね?」
「あぁ」
大倶利伽羅が冷蔵庫から持ち出してきたそれを、私の目の前に置いた。そうか、君も手伝ってくれたのか。普段の私なら大喜びであるが今は素直に喜べない。
「気持ちは嬉しいんだけど急いでて……本丸に帰ったらみんなで食べようよ」
「本丸?ここがそうでしょ。何言ってるの?」
現実とここの区別がついていない?
いや、まずはここから逃げることを考えよう。だけどフォークにチーズケーキを乗せた燭台切が目の前にいて、それを大倶利伽羅が見守っているという最悪な図が出来上がっている。二人に悪意がない分、逃げずらい。
「……食べないのか?」
大倶利伽羅、そんな切ない声で言わないでくれ。君はそういうキャラじゃないじゃないか。
椅子から立ち上がろうにも、時すでに遅く燭台切が満面の笑みで私の目の前にいる。片手が頬に添えられ、顎を持ち上げられる。少女漫画の一コマに見えなくもないがその手は私の口をこじ開けようとしていた。
スタンッ タタッ————
燭台切の指が唇に触れた瞬間、彼の頭上を何かがかすめた。
三人で慌てて壁を見ると、三本の包丁が突き刺さっていた。
「美味しそうな料理だけど、食材を粗末にするのは雅じゃないね」
「歌仙君、それはどういう意味かな?包丁を人に投げつける君の方が雅じゃないと僕は思うんだけどな」
ゆらりと現れた歌仙の手にはさらに三本の包丁が握られていた。彼の張り付いたような笑顔が怖い。目が笑っていない。
「こっち…!」
唖然としてその光景を見ていた私の手が掴まれる。大倶利伽羅に阻まれそうになったがその足元に包丁が刺さり、彼の動きが止まった。
小さな手に引かれ、二人の間を抜け厨から廊下へと出る。
「小夜君、主を頼んだよ」
「任せて」
歌仙は小夜とアイコンタクトを取り私の逃げ道を作ってくれた。
ここから逃げたいのは確かなのだけれど、あまり手荒な真似は望まない。歌仙、どうか燭台切を三十七人目にしないでくれ。
「小夜達は私を助けてくれるの?」
「うん。だって戻りたいんでしょ?」
「ありがとう!」
やはり短刀は正義だった…!
歌仙へのお礼は帰ってから言おうと決め、小さなその手をしっかりと握った。
◇
目の前を走る青髪の短刀にしっかりと手を繋がれながら走っていくと、桃色の髪の刀剣が廊下の先に見えた。こんな薄暗い場所でも彼の髪は美しく映える。
「お帰りなさい小夜」
「宗三兄さま、連れてきたよ」
「宗三も助けてくれるの?」
「まぁそうなりますねぇ。それにしても、よくも厄介事に巻き込んでくれましたね」
宗三のいつもの口調に安堵を覚える。ついニヤニヤとしていれば、「全く貴方は…」とため息を付かれてしまった。ごめんね、素直に嬉しかったんだ。
「さぁ休んでいる暇はありませんよ。彼はこっちに向かってきていますからね」
後ろを振り返って後悔した。暗闇に光る、黄金の大倶利伽羅の眼光は獣のそれであった。
宗三に背中を押され、近くの部屋になだれ込む。そして戸を閉めたと同時に、小夜が札を貼り付けた。
「それは?」
「江雪兄さまが作って札だよ。少しは時間稼ぎになるはず」
「貴方は向こうの戸から廊下に出なさい。長曽祢虎徹が近くに居るはずです。彼なら貴方の力になってくれるでしょう」
目の前の戸はガタガタと音を出している。それに続き、人間の声とは思えない叫び声のような怒号が聞こえた。
「大倶利伽羅は大丈夫なの?」
「えぇ。大分この空間に飲み込まれているようですが彼の魂に影響はありません。まぁ今会えば貴方は確実に隠されるでしょうが」
燭台切もそうだったが、こういった空間に耐性のない神様は自我より本能が優先されて行動してしまうらしい。その結果が燭台切や大倶利伽羅の言動に繋がったのだと教えてもらった。
大丈夫だと言われてもやはり大倶利伽羅の事が心配で中々動けずにいると宗三に背中を押された。
「貴方にこんな息苦しい場所は似合いませんよ。籠の中の鳥は僕だけで十分です」
「こっちの廊下には誰もいないよ、早く」
小夜にも促され、立ち上がる。私が帰れないのでは元も子もない。燭台切も大倶利伽羅もこの空間から出られればいつもの彼等に戻るはずだ。
反対側の廊下へと足を踏み出す。しかし彼に一言いいたいことがあったので完全に部屋から出る前に私は振り返った。
「宗三だって似合わないよ」
「は?」
「宗三のその髪は明るい太陽の下でこそ映えるんだから」
「生意気なことを言いますね。……絶対に帰るのですよ」
宗三と小夜に見送られ、私は再び廊下を歩きだした。
◇
少し廊下を進んでみたものの、長曽祢の姿は見当たらない。その場で待っていた方がよかったのだろうか。しかし、暗い廊下に一人きりというのが中々に怖くて歩き出さずにはいられなかった。
「主!」
そう呼ばれて、廊下の先へと目を凝らしてみるとこちらにやってくる長曽祢が見えた。
加州たちも話もあり、彼の事は信用できると思い私も足早で移動した。
「よかった!長曽祢に会え…ぶっ!?」
近づいた瞬間強く抱きしめられ、胸板に顔を押し付けられた。
いきなりの彼の行動に目を白黒させる。胸筋ヤバイ……という個人的な感想は置いておいて、長曽祢ももしや大俱利伽羅と同じような状態なのだろうか。普段の彼ならこんなことはしない。
不安になって彼の腕から抜け出そうともがいていると、彼の姿が幻影の様に歪み始めた。そして現れたその刀剣を見て一気に血の気が引いた。
「やっと見つけました!」
「こ、小狐丸!?」
お前、そんなこともできたのか。こんな不安定な空間だから、小狐丸なら姿を変えることなど容易かったのだろう。完全に油断していた。
彼はとても嬉しそうだが私としては最悪のエンカウントだ。
「離しなさい!」
「そう冷たいことは仰らずに。さぁさぁこちらです!」
言霊を飛ばしてみたが効いている気配はない。ここではあくまで人間よりも彼等の方に分があるのだと実感した。太郎太刀の札を使いたいところではあるが、小狐丸が私の腕も巻き込んで掴んでいるため懐から取り出せない。
そのまま引きずられるように一つの部屋へ連れて行かれ戸を締められた。
彼がその場に腰を下ろしたので、勢いに巻き込まれ私は彼の膝の上に乗る形になってしまった。
「石切丸から姿を消した聞いた時にはどうしたものかと心配しておりました。お怪我はございませぬか?体調は如何ですか?」
「どっちも大丈夫だけど、“こちら側”に連れ込まれた時点で気分は最悪です」
「それは……」
首だけは動かせるが、彼は相変わらず私に抱き着いている。
懐から札を出したいところではあるが、彼の腕が邪魔してあと一歩届かない。
落ち着け落ち着け、彼はまだ正気なのだから話し合える。
「三条のみんなは何で私を隠そうとするの?」
「皆、貴方と共に在りたいからです。神域に来ていただければ貴方はずっと傍に居てくれる。私だけを見てくれる」
彼の指先が私の頬を撫でる。いつもは構われるのを望むくせに今はそれが逆転している。ここでは刀剣男士の方が私よりも力がある。それでこの状態はかなりまずい。
「あそこには刀剣が多すぎます。それにぬしさまは短刀ばかりを可愛がる。頭を撫でたり、膝の上に乗せたり、添い寝をしたり…」
「確かにそれは否定できない……でも私は小狐丸のことも大切な刀だと思ってる。じゃなきゃ髪を櫛で梳いたりもしないよ」
「………短刀達はまだ許せます。でもあの猫殺しの刀だけは許せませぬ!」
声を荒げたと同時に肩を掴まれ押し倒される。服の上からでも彼の爪が肌に食い込むのが分かった。小狐丸の周りには神気が滲み出ている。それを吸い込むと途端に息苦しくなった。
「あんな刀捨てておけばよかったのです!あいつが現れたせいで私とぬしさまの時間が奪われた!」
きっと南泉の件だけではない。多分、色々な事が重なって南泉のことが引き金になっただけだ。
「小狐丸、落ち着いて。話を、しよう…」
「ぬしさまは新しい刀を次々と顕現される!それらを平等に扱う!新入りが増える度に私とぬしさまの時間が減らされる!だから新しい刀などいりませぬ!」
「そんなことはっ、ない…!」
「これ以上増やしたくない!寧ろ多すぎる刀は減らした方がいい!」
鍛刀が失敗していた原因は小狐丸か。
いくら声を掛けても彼の耳には私の声が届かない。彼の神気が次第に濃くなっていく。頭に靄がかかり意識が朦朧としてきた。
「ぬしさま、私と共に暮らしましょう。ずっと共に在り続けましょう。本当は二人が良いのですがぬしさまが寂しくない様、三条の刀も連れていきます。きっと退屈はしないでしょう」
頬づりをしてくる彼の髪が顔に当たってくすぐったい。そのまま彼は私の首筋に唇を寄せ、ぺろりと舐めた。甘噛みのような仕草をされるが、こちらとしては喉元を噛み切られるんじゃないかという恐怖もある。ぐったりとした私の頭を優しく撫で、髪を梳く。
「ぬしさまぬしさま。私だけのぬしさま。ずっとずっと一緒ですよ」
それはまるで呪文のようであった。
自分の刀剣なのに、恐ろしく怖かった。
いや、自分の刀剣だからこそ恐ろしく怖かった。
「……小狐丸、貴方の顔を見せて」
しっかりしろ自分、私は絶対に帰るんだから。
ここに来るまでの間、何人もの刀剣と約束した。それに山姥切達だって私の帰りを待ってくれているはず。
「ぬしさま…?」
「ごめん!」
「ギャンッ!!」
彼と私の体に僅かに隙間ができる。その隙に懐から札を取り出し小狐丸に押し付けた。
獣が銃で撃たれたような悲鳴を上げ、彼は畳の上に転がり苦しそうに胸を押さえている。神気も晴れ、呼吸ができる。太郎太刀が作ってくれたお札はかなり強力なものだったらしい。
ひどく苦しんでいる小狐丸には申し訳ないが逃げるチャンスは今しかない。彼の気持ちに私は答えられない。
「待ってくだされ…どうか、どうか……」
「私は本丸に帰るよ。私の大切な刀剣達がいる本丸に。その中にはもちろん小狐丸もいる。またみんなで仲良く過ごそうよ」
「いやです、いやです……それだけでは足りないのです」
ずりずりと這いつくばりながら彼は私に近づいてくる。このままだと神として堕ちぶれてしまうんじゃないかと思うくらい不安定になっている気がする。でもいま手を伸ばしてしまえば私はきっと後悔する。
「ぬしさま……うぅ…」
「ごめん…ごめんね、小狐丸」
「やっっっと見つけたっ、にゃ!」
「主、大丈夫か〜?」
「え!?」
部屋から出るため立ち上がろうとすると、戸が勢いよく蹴り飛ばされた。小狐丸はその下敷きになりぴくりとも動かなくなってしまった。
大急ぎで来てくれたのは南泉と不動であった。
◇
「長曽祢さん達が主のこと心配してたぞ。どこに行ったんだーって。だから俺と南泉さんで探してたんだ。な?」
「にゃ!?オレは別に……」
二人にお礼を言う。長曽祢は私の姿がないと分かり彼ら二人にも捜索を頼んだのだそう。他に浦島と蜂須賀も私を探していたという。
早くみんなと合流しなければと思い、立ち上がろうとしたが足首が痛く力が入らない。どうやら小狐丸に押し倒された時に捻ってしまったらしい。
「どうしたんだぁ?」
「足が痛くて……」
「あー…少し腫れてるみたいだな。南泉さん、主に肩かしてあげて」
「にゃ!?何でオレがそんなことまでしなくちゃならない!?」
「俺じゃ身長足りねぇよ。所詮ダメ刀だし……」
「不動はダメな刀なんじゃないよ!痛いけど自力で歩けそうだから大丈夫!」
「でも……」
「だぁーーー!!分かったにゃ!やればいいんだろ!」
南泉は私の腕を持ち上げて支えながら立ち上がらせてくれた。これなら大分楽に歩けそうだ。
小狐丸の事は気がかりであったが、あの状態の彼では話し合う事は難しいだろう。
三人で部屋を後にする。廊下に出ると不動が少し先を見て辺りを偵察しながら先導してくれた。
「……痛むか?」
「南泉が支えてくれるから大丈夫だよ」
「ほら」
「え?」
南泉は私を支えるのをやめ、目の前で屈みこんだ。背中をこちらに見せていることから、おぶされと言う事なのだろうか。
「いいの?」
「歩くの遅せぇし、お前の身長に合わせるのも疲れる」
「ありがとう」
彼の背に身を預けると、そのまま静かに立ち上がった。打刀の中でも夜目は効く方なのか南泉は先を行く不動を見失わずに音を立てずに進んで行く。
いい子だねぇ、と頭を撫でたら本気で嫌がられたのでその先は自重した。
◇
先を行く不動が長曽祢と合流した。私と南泉もその輪に加わったところで浦島もちょうどこちらに戻ってきた。どうやら時間でこの場所に待ち合わせることにしていたらしい。
「主、おれの到着が遅れたばかりに……すまなかった」
「俺も一緒にいたんだけどこの屋敷の形が複雑で迷ちまったんだ。ごめんな」
「不動と南泉が来てくれたから大丈夫だよ。二人ともありがとう」
長曽祢が尋ねてきたので足を捻ってしまったことを伝えると一度医務室へ行った方が良いと伝えられた。裏本丸内部は形を変えていると言っても元は本丸と同じ造りであるからそういった部屋もおおよそ同じ方角に存在しているらしい。どちらにしろそこは縁側まで行く間にある部屋だから都合がいい。
これからの計画を話し合っていると蜂須賀も現れた。彼も私との再会を喜んでくれたが悪い知らせがあると眉間に皺を寄せた。
「主を探しているとき包丁と毛利を見かけたんだけど、どうも様子がおかしかったんだ。粟田口は信用できないな」
私への想いが強いと考えれば、それはきっと短刀達になるだろう。私が今まで甘やかした結果だ。でも医者の話通りなら彼等は神格が低いのだから小狐丸以上に危ない目には合わないはず。肉体的にも私の方が彼等より大きい。
「どちらにしろ長居は禁物だな。主を別の場所に移そう」
「なぁ、なんか変な感じしないか?」
長曽祢の言葉に続き、不動が何かに気付き声を上げた。
私は特に何も感じないが、皆の顔つきが変わる。
「長曽祢兄ちゃん、蜂須賀兄ちゃん、どうしよう?」
「俺達を囲もうとしているな。逃げ場をなくす気のようだ」
「二手に別れるぞ。俺、南泉、不動は撹乱の為主から離れよう。浦島とお前が主を連れていけ」
蜂須賀が指示を出す。この場において最適な指示の様に思えたが長曽祢だけは目を丸くしていた。
「おれでいいのか?」
「お前の方が主を運び慣れているからだ。いいか、絶対に無事に届けろよ」
「あぁ、もちろんだ」
私は南泉から長曽祢に引き渡され、医務室に向け運ばれることとなった。