それから

今日でちょうど一年———

厨房では朝から慌ただしく宴の準備が行われており、広間では短刀達が部屋の飾り付けに精を出していた。試飲と言って酒を飲もうとする酒豪たちを脇差達が止め、何か形に残るものを…と打刀達が万屋へと出かけていった。

「大将は時間になるまで大人しくしてろよ」と薬研に言われたにも関わらず、どこかへ行ってしまった主を俺は探していた。

「なぁ、主を見なかったか?」

縁側で茶を啜っていた鶯丸が顔を上げる。鶯丸は馬の世話を頼まれていたはずだが…とも思ったがそこはあえて触れずに次の言葉を待った。

「執務室にはいなかったのか?」
「あぁ。書庫にも私室にもいなかった」

じゃあ分からないな、と首を振った鶯丸に礼を言って廊下を進む。
床のきしむ音に加え、今日は本丸のあちらこちらから楽しそうな声が聞こえた。

ふと覗いた広間では今剣と乱が、それぞれ岩融と一期一振に肩車をされながら高い位置に輪飾りを付けていた。
厨房では歌仙と燭台切を中心にご馳走の用意がなされていた。大倶利伽羅の飾り切りの上手さに歌仙が唸っていたのが印象的だった。

万屋から追加の酒を購入してきた蛍丸は自身よりも大きな酒樽を軽々と持ち上げていた。「主と飲むんだ!」とはしゃいでいたので飲ませすぎるなよ、と忠告しておいた。

少し遠くの部屋からは大きな物音が聞こえたが、それはきっと朝尊の仕業であろう。花火を作ると言っていたが大丈夫なのだろうか。肥前がため息を付いている姿が目に浮かぶ。

さて、屋敷内を一周してみたが見つからない。そうなると、もう探すべき場所はひとつだった。

外履きに変え、庭へと出る。
が、主の元へ向かう前に蔵へ寄ることにした。
慌ただしい屋敷とは裏腹にそこには俗世と切り離されたような静けさがあった。

「あんたは宴の手伝いをしないのか?」

蔵の奥にひっそりと、大典太光世がいた。



主を自分の神域へと連れて行こうとした主防犯。
俺がいない時を見計らい、三日月の力を利用し主を裏本丸へと連れて行った刀剣。
しかし、その時のことを覚えているのは俺と主だけだ。

主と連絡が取れなくなったことで、俺たちは文久土佐藩での特命調査を一時中断することにした。
そして政府より派遣された刀剣としてその話を聞いていた朝尊が、自分に考えがあると手を上げた。

手立てがない俺たちは朝尊に促されるまま繋がらなくなった端末を渡した。すると、それを分解し中の回線を弄りだしたのだ。
焦る俺とは裏腹に、何故か太郎太刀だけが「これが二十三世紀のドラ〇もん……いや、ワ〇ワ〇さんですか…!?」と別の方向に驚いていた。

何も言わずに作業を始めた朝尊を横目に、肥前が俺たちに彼のやろうとしていることを説明してくれた。
曰く、この朝尊は南海太郎朝尊の中でも特に機械いじりが好きらしい。研究熱心で特に今は霊体と電子についての論文を読み漁っているとのこと。その結果、こういうこともできるようになったとか……いや、できるというか今思えばただ実験したかったようにも思える。

ともあれ、朝尊が手を加えた端末を媒介にし刀剣を霊体へと変換、そして主の元へ直接転送することができた。かなり危険な試みだったにも関わらず皆ふたつ返事で頷いた。

体を包まれるような浮遊感、これは本丸から各時代へと転送されるときと感覚が似ている。でも、そこで普段とは違う違和感に気付く。それは“違和感に気付けた”ということだ。
意思をもって目を開ける。途端、体が引っ張られるような感覚に陥った。そして渦潮に巻き込まれたかのように体が捻じれる。

その中で主の姿を見つけた。
手を伸ばしても届かない。それに今の俺は電子状の霊体であって肉体がないから彼女に触れられない。

そうなれば手段は一つ。
届かないなら、こちらに引き寄せればいい。

絶対に呼ぶことのないと思っていた主の真名を俺は叫んだ。

そして目が覚めると俺たちが暮らしている本丸に倒れていた。
自分以外は皆刀の姿のまま本丸の至る所に落ちていた。
一緒に転送された陸奥守たちは庭に放りだされており、大倶利伽羅、小狐丸、獅子王、大典太、数珠丸が刀身に傷を負った状態で発見された。

刀剣が顕現されていないのなら、この場から主だけの気配を辿るのは容易いことだった。
そして裸足で雪の中に倒れている主を見つけた。
時間にすれば数日ぶりだというのに、何百年越しに会えた兄弟との再会よりも懐かしい気持ちが溢れ出す。その結果、布を被るのも我慢するのも忘れて涙が零れ落ちた。

主を休ませ、目が覚めた彼女と共に状況の整理とこれからのことを話し合った。

まず、主が連れていかれた場所について。
“裏本丸”という場所は神域でもなければ、彼岸でも此岸でもないような夢現の場所。故に、そこでの記憶は現実まで持ち越せない。また、主のために道を作った陸奥守たちも少なからずそこへ干渉したことになり記憶は残らない。
俺に至っては直接的に干渉したわけではないので記憶は保持された。

そしてこれからについて。
刀剣たちの記憶はないとはいえ、この騒動から改めて主従関係よりも強力な誓約を結ばせる必要があると思った。
今回は運がよかっただけだ。裏本丸での記憶はないとはいえ、刀剣たちが主に向ける感情が変わらない限りまた同じことは繰り返される。
大典太は刀解処分に、そして他の刀たちには絶対に主の意に背かないことを誓約させるべきだと強く言った。

「ここにいるのは全て私の刀剣だよ。私達の関係は何一つ変えない」

しかし主の出した答えは、全てが丸く収まるようなものだった。俺は頭を抱えつつも、こうなることは分かっていたのでため息をつき頷いた。

しかし、さすがに危険性は感じたのであろう。主は俺にひとつ頼みごとをしてきた。

「山姥切の神域に連れて行って」と———

誰か一人の神域に行ってしまえば他の刀剣は干渉し辛くなる———そのことを主は知っていたのだ。
俺の場合は主の真名を知っている。それに主が俺の神域に行く事を望むのなら連れて行くのは容易い。神域に長く留まりすぎなければ人間の道から外れることはないので主の“人間として生きて、人間として死ぬ”という願いは叶えてやれる。それに俺の気をまとえば他の刀剣を牽制できる。効力の持続時間を考えると月に一度の頻度で俺の神域まで連れて行けば問題ない。

だがしかし、俺がその気になれば一生出られないように神域に囲うことだってできる。それこそ神隠しのように。主だってそのことは知っているはずだ。

だから主は一つ俺に“誓約”を結ばせた。
そして俺はそれを受け入れた。

俺は黙って手を差し出した。
主は静かに手を乗せた。

それが俺達の出した結論だ。



「………俺がそこに居ていいのだろうか」

大典太には主を裏本丸へと連れて行った記憶はない。
それでもあの出来事以来、主や本丸の刀剣達と距離を取るようになったのは自身の中の違和感に気付いたのだろう。高い神格を持っているからなのだろうか。ある意味気の毒だ。
こいつに同情する気はない。しかし、一振りの刀剣として認めてはいるのだ。

「あんたもこの本丸の刀剣で、俺達の仲間だからな」

蔵の戸は開けたままで外に出る。
すると入れ替わるように前田が大典太を訪ねにやってきた。「一人だけサボるなんて許しませんよ!」という声を聞いてつい笑ってしまった。それに続くように平野と信濃も来たのであとは任せて大丈夫だろう。

蔵から出て、主が岩融と作った遊具を横目に足を進める。野菜が収穫された畑は少し寂しくも感じるが、明日になれば審神者の霊力により鮮やかな野菜がまた実るであろう。

目的の場所が見えると、そこに小さな影がうずくまっているのが見えた。
それにしても少し見ぬまにそこは随分と神聖な場所になったと思う。付喪神という末端の神である自分でもそれが分かる。現にあれだけの竜胆が常に満開なのだから霊力がない者が見てもその光景に圧倒するだろう。

お墓の前でしゃがみこんで手を合わせている主。
その横顔は出会った頃に比べ随分と大人びたものになっていた。
そう言えばあんたはきっと「老けただけだよ」と笑うのだろう。

「主」

目を開けたのを見計らい、声を掛ける。
俺の姿を見つけると立ち上がって大きく手を振った。
前言撤回。あんたはまだまだ子供だな。

「どうしたの?何かあった?それとも私も手伝った方が良い?」
「就任一周年記念の宴なのに主役がでてきたら駄目だろう」
「だって暇なんだもの」

主がこの本丸に就任し、今日でちょうど一年。
そして初期刀である俺が主に顕現されちょうど一年。

その時間は刀として歩んできた歴史に比べればほんの瞬き程の時間にも関わらず、自分にとってはかけがえのない時間。

だからこそ、自分のことについて考えるようになった。

自分がどういう存在になりたいのか。
自分がどうあるべきか。

そして、自分のやるべきことが分かった。

「……聞いてくれ。頼みがある」

修行から帰還したら改めて言わせてくれ。
俺はあんたの自慢の刀で在ると。


【完】