この本丸には何か“いる”ようです

その後は一日一振りのペースで顕現させ、ドロップで持ち帰って来てくれた刀剣も含めて遠征や部隊を上手く回せるようになってきた。
毎日が目まぐるしく過ぎていくが、不思議と体のだるさや気疲れなどはない。昔なら朝起きるのが億劫で通勤電車の中では「会社なくなってないかな…」と思うのが日常であったというのに。


「主殿」

遠征部隊を送り出し自分の部屋へと戻る際中、骨喰に呼び止められた。
彼はそうそうおしゃべりなタイプではない。粟田口の短刀達とよく一緒にいるのを見るが彼が積極的に話をしているというわけでもない。燭台切と一緒に厨の手伝いをしていることもあるから、ここで上手くやれていないというわけではないだろう。私とも話さないわけではないが、彼から話しかけてくるのは今日が初めてな気がする。

「どうしたの、骨喰?」
「切った?」

んん?急に何を言いだしたのかな、この子は。
じっと無表情で私の顔を見つめてくる。三秒ほど経っても彼は言葉を続ける様子もなく、瞬きする様子もない。
こほん、と一つ咳払いをしてから少し屈んで骨喰と目線を合わせた。

「骨喰、人と話をするときはちゃんと主語をつけないと。もう一度ちゃんと話してもらえるかな?」

刀剣によっては話し方に特徴がある者もいるし、それぞれの性格もある。だからあまり細かい事は言いたくないが情報を共有できないレベルであれば口出しせずにはいられない。だからこそ日常会話からちゃんと教えていきたいと思っている。

「すまない。髪の毛を切ったのかと思って」
「髪の毛?」

私は肩に垂れた髪を持ち上げ先端を見た。
現世に居た頃は美容院に行く時間もなかったため、割と髪は長めだ。仕事中は髪を一つにまとめていることが多いから短くなっていてもよく分からない。それに第一に、髪を切った覚えがないのだが。

「切ってないけど……」
「昨日より一センチほど短くなっている」
「一センチ!?」

こくりと頷く骨喰。寧ろ実際に一センチ短くなっていたとしてそれが分かる骨喰が怖い。さすが脇差と言うべきか、偵察の能力が高いのか。

「見間違いじゃない?」

私がそう言えば納得いかなそうな顔で去っていった。
骨喰は今のところこの本丸唯一の脇差しであるから遠征では部隊長に据えることも最近は多くなっていた。今日も朝一の遠征は彼を部隊長とした短刀中心の編成で行かせたのだ。

もしかしたら疲れていたのかもしれない。疲労が溜まっていないとしても、肉体と精神的な疲れは違う。
明日の部隊編成は組み直して彼を非番にした方がいいかもしれない。
そう考えながら執務室で明日の編成に関して見直しを行った。





次の日、朝起きて鏡を見たら自分の姿に驚愕した。
以前の隈と青白い顔色に比べれば最近肌の調子はとても良いため、起きて鏡を見るのが少し楽しくなっていた。

いや、今はそれが言いたいのではない。私の髪の、主に左側の髪の毛が五センチほど短くなっていたのだ。毛先が真っすぐ切られているところを見るとハサミで切られたようだった。左右でこうも長さが違えばさすがに気づく。

しかし、今日も午前から遠征や出陣の予定が控えているためこれ以上自分の身なりに構っている暇はない。鏡台にしまい込んでいた髪留めでひとまとめにくくり上げ、朝食のために居間へと急いだ。

午前中はいつも通り仕事を終え、午後の仕事に取り掛かる前にもう一度鏡で髪の長さを確認することにした。やはり髪は左側だけ綺麗に短くなっていた。
寝ぼけて自分で切ったとか?しかしさすがにそれは考えにくい。

「何をしてるんだ?」

執務室の自分の机で鏡を見ながら唸っている私に、不思議そうに声を掛けたのは近侍の山姥切だ。

「なんか髪の毛が切られたみたいでさ」
「はぁ」

私の言っている意味がよく分からないのか生返事をする。私だって自分が何を言っているのかよく分かっていないのだからしょうがない。

「山姥切、これ忘れ物だ」

次に執務室に顔を出したのは骨喰だった。どうやら内番表を持って来てくれたらしい。
この本丸では居間近くの掲示板に日替わりの内番表やお知らせのプリントを張るようにしている。昨日の分のものを骨喰が持って来てくれたようだった。

「主殿は髪の毛を切ったのか?」

彼は私の髪を見て、いつも通り表情を変えぬまま言った。
昨日言った通り主語をきちんと使えるようになった骨喰を撫でまわして褒めたいところだが、今はそんな場合ではない。

「自分では切ってない。朝起きたらこうなってて……」

ぴくりと肩を動かした骨喰は、私と山姥切の顔を見比べて、そういえば…と再度口を開いた。

「薬研たちもおかしなことがあったと言っていた」



骨喰の後ろに私と山姥切が続く。
今日が非番である骨喰、薬研、秋田は粟田口部屋でトランプゲームをする予定とのこと。何か遊ぶものがあるようにと、本やゲーム類をいくつか揃えてみたがそれが実際に使われているようで嬉しくなった。いや、喜んでいる場合じゃないんだけどね。

ガラッと何の声も掛けずに骨喰が襖を開ければカードを切っていた薬研とびっくり顔の秋田が向かい合って座っていた。

「骨喰にい、開けるときは一声かけてくれよ。びっくりするだろ」
「すまない」
「や、山姥切さんと主君も一緒ですか!?ど、どうしてここに…?」
「お休みの日にごめんね。二人に聞きたいことがあって」

私達にも座布団を用意してくれた薬研にお礼を言い、私の髪の毛について話したのちに“おかしなこと”についての話を聞いてみる。

「大将の髪を切るなんざ許せねえな。もしかして同じ奴の仕業かもしれねぇ」

目の色を変えて怒りを露わにしたのは薬研だ、隣に座っていた秋田もこくこくと力強く頷いた。そして骨喰が促すと秋田が口を開いた。

「顕現された夜の事です。僕は兄弟たちに挟まれて真ん中で寝かせてもらっているのですが急に首元に寒さを感じて目が覚めたんです。そしたら薄っすらと笑う人影が見えて……首筋を長い指で撫でられました。怖くて、声も出なくて…布団の中に潜り込んで震えていたら最後に声が聞こえたんです『君じゃなかったみたいだ…』って」

その時の事が余程怖かったのか、目元に涙を浮かべて話す秋田の頭をそっと撫でた。
でもひとつ引っ掛かることがあった。

「秋田が顕現された日って結構前でしょう。なんで教えてくれなかったの?」

問いただすのではなく、優しい声でそう言えば薬研が小さく手を上げた。

「それに関しては俺がもう少し様子を見てからにしようと言ったんだ。秋田以外は気付かなかったし、見間違いかもしれねえからってな。大将も忙しいだろうから余計な心配をさせたくなかったんだ。すまねえな」
「そうだったんだ。私の方こそごめん…そこまで気が回ってなかった」

改めて、この本丸を回すことの難しさを知った。
就任したばかりだから、出陣地域が増えたから、刀剣が増えてきたから…言い訳はいくらでもできる。それでも刀達のためにこの本丸を気の休めるものにしたかったのに。

「これからどうする?」

骨喰がそう言った。
今は自己反省している場合ではない。この現象を解決することの方が先だ。

「私の髪の毛は確かに切られていたけどその髪は部屋の中には落ちてなかった。もしかしたらその幽霊が持って行ったのかもしれない」
「確かにその可能性はあるな」

皆の協力を経て本丸内を見て回ることにした。といっても今この本丸に居るのはここにいるメンバーだけだ。そのため私と山姥切、粟田口の二手で別れて探すことにした。

「山姥切の部屋には幽霊出たりした?」

普段使われていない部屋もひとつひとつ見ていく。
秋田が被害にあったのなら他の刀剣のところにも行ったかもしれない。

「俺はなかったな。でも宗三が部屋の前を変な影が通ったと言っていた」
「変な影…?」
「あぁ。『誰ですか?』と聞けば何も答えず部屋の前を通り過ぎていったそうだ。細身の陰だったから主ではないかと文句を言っていた」

…二重の意味でショックだ。宗三も私には一言も言わなかったこと、そしてあらぬ疑いを掛けられ文句を言われていたこと。先日、「宗三の髪は綺麗だね。フラミンゴに勝る桃色!」と言ったのを根に持っているのだろうか。私にとっては最高の誉め言葉だったのに。

「大将、それらしきものが見つかったぜ」

二部屋目を探し終わった時、薬研がそう言って私達を呼びに来た。
急いで後に着いて行くと、その部屋は居間の奥にある部屋で普段は誰も使っていないところだった。その部屋の中央に居た骨喰と秋田に近寄ると一本の毛が渡された。色味をみてもこの本丸にいるどの刀とも合わず、また長さも五センチほどであることから私の髪に違いなかった。

「どうしてこんなところに…」
「そういえばこの部屋、」

隣にいた山姥切が居間の方を見ながら言葉を続けた。

「あんたが就任した初日に俺はこの部屋に入った」

そういえば夕飯ができたと呼んだとき、少し遅れて山姥切はこの部屋から出てきた。

「その時、天井から音が聞こえたんだ。鼠か何かだと思っていたんだがもしかしたらそいつかもしれない」

鼠にしても報告してほしかったんですけど…。
皆さん、少し“ほう”“れん”“そう”が甘いのではないですか?出陣結果は報告してくれてもその他のことに甘い。この件が解決したら早急に対処しなければ。

「じゃあさっそく上ってみるか」

私が色んな方向へ考えを巡らせているうちに、薬研が脚立と懐中電灯を用意してくれていた。納屋にでもあったのだろうか。小柄にも関わらず、彼は片腕で脚立を運び上げ部屋の中央に置いた。そして天井板を取り外し、私達に顔を向けた。

「薬研、大丈夫?」
「あぁ、俺に任せなって。何か見つけたらすぐに知らせるから」

私を安心させるように微笑み、軽々天井裏に上がっていった。
トントンという足音と共に薬研は索敵をしているようだった。天井に向かって声を掛ければ返事が返ってくる。それを頼りに私達は本丸内から薬研を追いかける。

「無理しないでね」
「大将は心配性だな。大丈………」
「薬研?」

そこで不自然に会話が途切れる。それはちょうど自室の真上辺りで私たちは口々に名前を呼ぶも返事が帰って来ない。
右手に温かな感触があった。見れば秋田が私の手を握って目に涙を浮かべていた。

「兄弟は、大丈夫ですか?」
「私が何とかする」

秋田の頭をそっと撫で安心させる。そして私は急いで脚立が置いてある部屋に戻った。和装の袖が邪魔にならないようたすき掛けをし、足袋も脱いで脚立に足を掛ける。

「あんた何をしてるんだ!俺が行く!」

慌てて私を追いかけてきた山姥切がそう叫んだ。普段の彼からは想像もできない声だったが、今はそんなこと考えている暇などない。

「山姥切じゃ大きすぎて無理でしょう!」
「なら俺が行く。脇差なら夜目も効く」
「骨喰は秋田と居てあげて!」

呼び止めも聞かずに天井裏に入り込もうとした時、足を掴まれた。
それは山姥切であったが、その時私は初めて彼の顔を見た。いつもの布は、彼の動きに耐えられなかったのか背中の方へ落ちており、吸い込まれるほどの浅葱色の瞳はひどく歪まれていた。

「ふざけるな!あんたに何かあったら元も子もない!」
「仲間を奪われて黙っている大将がどこにいる!?」
「っつ……」

山姥切の手の力が一瞬緩んだすきに天井裏へと這い上がった。

「!?おいっ…」
「執務室の机に端末が置いてある。しばらくしても戻らなかったら担当さんに連絡して!」

それだけ言い残して、私は少し屈んでそのまま天井裏から自室を目指した。
真っ暗闇だが自室までの方向と距離感はなんとなく分かる。下で山姥切が何か言っている気がしたが、それに返事をする余裕なんかなかったし、ほとんど何を言っているかは分からなかった。それほどまでに焦っていたんだと思う。

しばらくして白い光が見えた。腰が痛くなってきたが、前に進むスピードを上げる。
それは薬研が持っていた懐中電灯であり、それを拾い上げた瞬間奇妙な感覚に陥った。


ここ、私の本丸じゃない……?


「やぁこんばんは。あれ、今はこんにちはの方がいいのかな?」

驚いて声がした方に明かりを向ければ、白装束をまとい“にっかり”と笑う男が膝を抱えて座っていた。彼の近くには刀に戻った薬研が落ちている。

「それ、眩しいな。僕に当てないでくれると助かるんだけど」
「すみません」

私は懐中電灯の光を彼から外し、方向を変えてゆっくりと置いた。彼と向かい合うように正座をする。薬研は彼の近くにあるし、下手に刺激するのはよくないだろう。それに今のところ私を殺す様子はない。殺すなら声を掛ける前に首を狙いに来ただろうし、わざわざ挨拶なんてしてこない。

「貴方、にっかり青江ですよね?」
「ふふ…。僕の名を呼んでくれる人にまた出会えるなんて嬉しいね」

目を細めて、笑みを深めた。
大丈夫、会話はできている。

「私の髪を切ったのは貴方ですか?」
「そうだよ」
「どうしてそんなことを?」
「持っていたものが朽ちてしまったから」

そう言って彼は服の内側から白い紙を取り出した。ゆっくりとそれを広げるが、その最中に黒い粉のようなものが落ちていった。
中身を見えるように私へと差し出す。それを覗き込むように見ると黒い藁のような塊が白い紐で結ばれていた。

「これは……」
「彼女のね、髪の毛なんだ」
「彼女?」
「“この”本丸の主」

確かこの本丸は以前別の審神者が持っていたとは聞かされていた。しかし、刀剣男士が取り残されていることがあるのだろうか。
基本的に本丸が解体されるとなった時、刀剣男士は刀解か他本丸への移動を選ぶと言われている。それに主がいないとなれば霊力の供給は断たれ本来の姿に戻るはずだが、彼は人の形をして今も目の前にいる。

「これの代わりが欲しかった」
「私は貴方の言う“主”ではありません」
「分かってるっ!!」

突如大きな声を出した彼に合わせて座っているにも関わらず体が大きく揺れた。慌てて手をついて体を支えるもその揺れは収まらない。

「主が死んだのは分かってる!僕が看取ったんだから!政府からは本丸解体を言い渡された!仲間は皆ここからいなくなったっ…!!」

彼の嗚咽交じりの叫びに合わせ、揺れは酷くなる。ついで頭もどこかに打ちつけたように痛む。

しかし、ひとつおかしなことに気付く。
体勢を保つのがやっとであるのに手元に置いた懐中電灯、そして薬研の位置は始めの場所から少しもずれてはいなかった。

彼に近づいた途端、変な感じがした。
そもそも刀剣男士がいれば天井裏に居たとしても霊力で気付ける。
先ほど彼は、“この本丸の主”と言っていた。

「にっかり青江!!」
「っ……!?」

彼の叫びが止まってもまだひどく揺れている。
揺れが酷すぎて、舌を噛みそうだ。
痛む頭を気合で働かせる。一日三時間睡眠で二週間耐え抜いた時の頭痛に比べればこんなの可愛いものだ。

「彼女が泣いてる!」
「え…?」
「“貴方の”主だよ!貴方がずっとここに一人でいるの、悲しんでるの!」

半分は本当の事で、もう半分は当てずっぽうだ。私の想像でしかない。
揺れが少し収まった時を見計らい、一気に畳みかける。

「貴方がまだここに居られるのは彼女の霊が留まって霊力を供給しているから!貴方の事が心配で成仏できずにいるの!」
「そんな……」
「まだ気持ちにけじめがつかないなら私の霊力をあげる!このまま彼女の霊力が全部なくなったら彼女は輪廻に乗れなくなる!」

こんのすけに「これだけは絶対に守ってください」と言われたことが二つある。
一つ目は、真名を絶対に晒さないこと。刀剣男士も付喪神という神様である。そのため真名を奪われることで主従関係が逆転し場合によっては殺されることもあるとのこと。

二つ目は、霊力の著しい低下がみられ回復も見込めない場合は審神者をやめること。霊力はある種誰しもが持っている“気”のようなものであり、これがなくなれば輪廻転生の流れに乗れなくなるとのこと。
後者に至っては、自分に前世の記憶がないため想像がつかないがこんのすけ曰く暗い闇の中を独りで彷徨う事になるという。

彼が人の形を保てているのは、彼がいる場所を彼女の霊力が満たしているからだ。だから私が今いるこの空間は“私の”本丸ではない。

「これ、…」

震える手で彼が懐から取り出したのはボロボロになったお守り。でもそれは政府が支給している刀剣破壊を防ぐものではなかった。

「主が僕のために作ってくれたもの。そうか、ごめんね主……僕は自分の事ばかりで………昔も今も、愛しているよ———」

言葉には表せないほど、彼はそのお守りを見て美しく笑っていた。

と同時に、座っていた天井裏が唐突に抜けた。
反射的に薬研を助けなければと空中に放り出される感覚に陥られながら無我夢中で腕を伸ばした。
視界全体が明るくなり、目をつぶる。体に大きな衝撃がくるのではないかと身をこわばらせるも、そこまで痛くないことに気付く。

「主君っ…!」
「怪我はないか?」
「〜〜!本当にあんたはっ……」

うっすらと目を開けると私の顔を覗き込むように秋田と骨喰がいる。そして私の下には畳に倒れこんだ山姥切がいた。怪我をしないように頭はしっかりと彼の腕で抱え込まれており、受け身の姿勢で私をキャッチしてくれたらしい。

「勝手に行くし、返事もない!俺達がどれだけ心配したか分かっているのか!!」
「ごめんなさい…」
「ちょうどこの上から霊力を感じ取れたから切ったんだ」

山姥切は私と目が合えば、翡翠色の瞳を震わせ耳が痛くなるほどの大声を出した。
そして骨喰は抜け落ちた天井裏を指さしながら自身の刀身を撫でそういった。いつも無表情な彼ではあるが、安心したように少し口角をあげた。

「無事でよかったですっ」

半泣き状態で泣きついてきた秋田を抱き留めた。
如何に自分が軽率な行動に出てしまったか思い知らされる。ごめん以外の言葉が出てこない。

「大将、俺が未熟なばかりにすまなかった」

いつの間にか、刀から人型に戻っていた薬研が畳に頭を付けて私の方を向いていた。

「やめてよ薬研!そんなことないから!」
「大将を守れないような俺がここにいる資格なんてない」
「そんなことない!私は貴方の大将なんだから私がしたことは当然の事だよ。それが薬研でなくてもきっと私は同じことをした」

ゆっくり顔を上げた薬研を抱きしめた。
そしたらかすれた声で「ありがとう」と言われた。お礼を言うのは私の方だ。

「これは?」

骨喰の手には一振りの刀が握られていた。
脇差にしては長めの刀身。

「にっかり青江……」





「日向ぼっこですか、お兄さん」
「おや、僕に興味があるのかな?」

にっかりと笑った彼の横に腰を下ろす。
縁側から見える景色は現世の季節に合わせている。まだ初夏にすらなっていないが今日は抜けるような晴天で頬を撫でる風が気持ちよかった。

あの時刀解したかに思えたにっかり青江だが、消える寸でで私が触ったことにより霊力が供給され刀のまま存在が保たれたのだそう。
もう一度彼を人の形へと戻すと、泣いてお礼を言われた。

「お墓、建ててくれてありがとう」

本丸内の畑の先、秋になれば竜胆が咲くであろう場所に彼女の髪の毛を収めた小さなお墓を建てた。青江が「彼女は青紫色の着物がよく似合っていた」と言っていたから弔いになればと思いその場所を選んだ。

「“私の”本丸に建ててよかったの?」
「意地悪だねぇ。“君の”本丸だからよかったんだよ」

ふふ、と彼は笑った。
風が彼の美しい青色の髪を撫でた。

「ねぇ、」
「なに?」
「君の本丸のにっかり青江が僕でよかったのかな?」

彼女のお墓を建てた後、彼とは正式に主従関係を結んだ。
この本丸の刀剣たち、とくに山姥切は最後まで良い顔をしなかったけれど彼の誠意を見て最終的には折れたのだ。

「“貴方”だからよかったの」
「君は、やっぱり意地悪だ…」

彼の目を見て力強く伝えれば、目じりを下げて笑ったような泣いたような顔をした。

自室に戻ると、机の上に一輪の花が飾られていた。
釣鐘型の花は外から差し込む日差しを向いて美しい花を咲かせていた。
竜胆が咲くのは秋のはずだが……
誰が飾ったのか分からないその花は、しばらく枯れることはなかった。