元社畜のとある休日

今日は本丸全体の休日となった。
今まで刀剣たちには非番の日を作りそれぞれ休みは取らせていたが、燭台切が近侍だったときに「主は休まなくていいの?」と聞いてきたことが事の発端だ。

仕事が早く終われば夕食の支度を手伝ったり、仕事の気分転換に畑仕事をしたり、暇があれば短刀たちとおやつを食べることもあった。それだけでも私にとっては充分であったのに、それが逆に彼らに気を遣わせてしまっていたらしい。本当にいい部下を持ったものだ。

だから今日は私も含め丸一日休みになったわけだが、いざ時間があると何をしていいか分からない。
とりあえず朝食後はいつも燭台切がやってくれている後片付けを手伝うことにした。

「せっかくの休みなんだから休んでていいのに…」
「それは燭台切もでしょ?お互い様だよ」

燭台切が食器を洗い、私が布巾で水気をふき取っていく。でも食器の量が多いからすぐに布巾が水を含んでしまう。そろそろ食器洗い機も導入した方がいいかもしれない。

「小夜、運ぶの気を付けてね」
「…うん」

真っ青な髪色が特徴の短刀は重ねたお皿を食器棚まで運んでくれる。椅子を使って頑張ってくれる彼を見て思わず笑みがこぼれた。

本丸に迎え入れたばかりの小夜左文字は、その過去から少々接し方に難しいと感じる時がある。けれど、彼の兄弟である宗三と他の短刀達が彼の事を気にかけてくれているおかげで最近では少し取っ付きやすくなった気がする。

「小夜ちゃん、最近ではよくお手伝いをしてくれるんだよね」
「そうなんだ」
「燭台切さん、これ洗い忘れ」

居間の机に残っていた食器も持って来てくれるこの気遣い、誉をあげたいくらいだ。
何気ない日常のひと時に満足して三人で後片付けを行った。





「あーもー!洗濯したいんだからそれ脱いでってば!!」
「絶っ対に嫌だ!断る!!」

本丸の廊下を自室に向かって歩いていれば庭先から言い争う声が聞こえてきた。せっかくの休みに中々穏やかではないな、と思い近くにあった外履きを履いて声のする方に歩いて行った。

竿だけには真っ白なシーツが何枚も干され、風に靡いていた。これは今夜良い眠りをもたらしてくれそうである。

「汚いから脱いで!」
「汚くない!!」
「どうしたの?こんなところで」

シーツの陰に隠れていた彼らを見つければ、加州清光が山姥切の布を引っ張っていた。
加州清光は一週間ほど前に青江が戦場から持ち帰った刀だ。細かなところまで気が利く子で、部屋の掃除なども積極的にやってくれるので助かっている。

「主聞いてよ!シーツと一緒に山姥切の布も洗いたいのに脱いでくれない!」
「俺には必要ない!」

うーん、どちらの見方に着くかは微妙な状況である。
加州の気持ちもわかる。寧ろ彼は親切心で言ってくれているのだからそれを無下にするのは良心が痛む。片や山姥切は白い布にアイデンティ的な何かがあるだろうからそれを剥ぎ取るのもなぁ。事実嫌がっているし……

「ねぇ!主も何とか言ってよ!あっ……」

加州が私に助けを求めた一瞬の隙に山姥切は全力で馬小屋の方へ逃げていった。怒る加州だが、残念ながら今の彼では山姥切の機動には勝てないだろう。

「ごめんね加州。せっかく山姥切のこと気にかけてくれたのに…」
「えぇ!?主が謝ることじゃないよ。それに、俺がちょっとムキになってたとこもあるし…」

少しだけしょんぼりした加州を励ませば、「主は優しいね」といって少しだけ桜の花びらを散らせた。
山姥切も代えの布があればきっと洗濯を許してくれるだろう。何枚か買ってあげようかな。

「ねぇ主、今日は何する予定なの?」
「実はあんまり決まってないんだよね。加州はどうするの?」
「やりたいことはあるんだけど……。ねぇ主、今日はおやつ一緒に食べてもいい?」
「もちろんだよ。一緒に食べようか」

加州は自身の花びらを身にまといながら「やったー!」といいながら手をあげて喜んだ。
加州とはもちろん毎日顔を合わすし、挨拶くらいはするがこうして話すのは初めてのことであった。

「俺、超楽しみ!残りの洗濯物も頑張ってくるね」
「いつもありがとう」

手を振って本丸へと戻っていった彼の周りには遠目からでもまだ花びらが舞っているのが分かった。
同じく初期刀組と称される山姥切と比べると彼は非常に感情豊かである。綺麗好きだし、いつも身なりに気を遣っている。まるで港区OLだな。ザ・キラキラ女子。私にもそんなOLになりたいと思っていた時期がありました。
そう古い記憶に蓋をして私はその場を離れた。





「山伏、どこに行くの?」

次に出会ったのは山伏国広であった。彼はこの本丸の二振り目の太刀であり、最近では急速に錬度を上げていた。今日は休みにも関わらず戦場に行くときと同じような装束である。

「カカカカカ!これはこれは主殿!今から山へ修行に行くところである!」

私は彼の豪快な話し方が好きだ。自然と自分に気合が入る気がする。

「そうなの?言ってくれればお弁当作ったのに…」
「主殿のお気持ち、感謝する。だが自然の中で己を鍛えるのもまた修行である!」

サバイバルをするって意味かな?さすがは鍛えているだけあって体力に自身はあるのか。よくある“無人島にひとつだけ持って行くなら?”という問いに、今の私なら山伏国広と答えるであろう。

「そっか。気を付けていってきてね」
「うむ!んん?そこにいるのは兄弟ではなかろうか?」

馬小屋の陰にすっぽりと白い布に丸まった山姥切の姿があった。山伏の大声に驚くも、加州でないことが分かり安心したのかノロノロとこちらまでやって来た。
でも私を見る目には疑いの色が込められている。

「布を剥がしに来たわけじゃないよ」
「そうか…」
「のう、兄弟!せっかくの休みだ。共に山へ籠ろうではないか!」
「いや、俺はっ……」

山伏は勢いよく山姥切の背中を叩いてずるずると門の方まで引きずっていった。豪快な笑い声が徐々に遠ざかっている。山籠もりで少し山姥切に自信がつくといいんだけどな。
そうだ、山へよく行く彼には手ぬぐいの一つでも買ってみようかな。





その後は乱藤四郎主催のおままごとに付き合ったり、鬼ごっこをしたり、畑で土いじりをしていたらあっという間に時間は過ぎていた。
ここ最近、執務室に籠る日が多かったため久しぶりに動かした体は早くも節々が痛い。けれど、この痛さも心地いいと思うのは気が休まっている証拠なのだろうか。



「おやつだよ!主!」

ついつい縁側でうとうとしていれば、お盆を持った加州が二人分のおやつを持って来てくれた。
もうこんな時間か、と思いつつも時間に縛られずに過ごせるのは実に気分が良い。携帯から発信される一日のスケジュールアラームにびくびくしていた時代が信じられない。

私の隣に腰を下ろした加州がお茶を淹れてくれる。今日のおやつは蜜だんごで、団子の部分にはしっかり焼き目が付いていた。燭台切はどんどん料理の腕を上げていくなと日々感動してしまう。
二人並んで座った縁側で、それを一口含むと甘い蜜と団子の焦げの苦みが絶妙に美味しかった。

「美味しいね!」
「さすが燭台切だね」

あっという間に一本食べ終わり、二本目に手を伸ばそうとした時加州の手が重なった。

「ご、ごめん主」
「加州、爪紅どうしたの?」

私がそう言えば、団子も取らずに慌てて手を引っ込めた。
いつもは綺麗に紅色に塗られている爪が所々剥げていた。いつもの彼にしては珍しい。

「今日は洗濯とか色々やってて……でね、えっと、実は主に爪を塗ってもらいたいなぁって……ダメかな?」

頬を赤く染めている加州は非常に可愛らしく、「愛してるーー!!」と抱き着きたいくらいであったが、それをやるとセクハラパワハラ案件になりかねないのでグッと堪えた。

「いいよいいよ。いくらでも塗ってあげる」
「ほんと!?じゃあ部屋から紅取ってくる!」
「あ、ちょっと待って」

そういえば現世からこちらに来る際、すべての荷物を持って来ていたことを思い出す。荷物を整理する時間もなかったため、手当たり次第に段ボールに詰めて持ってきたわけだが、その中に昔買ったマニュキュアがいくつか入っていたはずだ。

二人で二本目のお団子を頂いてから私の部屋へと向かった。

「とりあえず入ってよ」
「おじゃましまーす、ってうわぁ…主、部屋片づけた方が良いよ」

加州がそう言いたくなる気持ちも分かる。私の部屋には段ボールの山があって、数個は箱が開けられ中途半端に飛び出ている状態だ。挙句、青江の件で壊した天井もそのままであり、屋根の骨組みは丸見えでなかなか悲惨な状態だ。来週あたりには修繕される予定なのでもう少しの辛抱である。

「そうだね……とりあえず座ってて」

加州をローテーブルの近くに座らせ、私はマニュキュアの捜索を開始する。“化粧品・タオル類”と書かれた段ボールを開ければ奥底からいくつかマニュキュアが出てきた。昔に買ったものだが、まだ中の液体は固まっておらず使えそうである。

「すごい!このラメのやつとか超可愛い!」

まさか幕末の刀から“ラメ”という単語が聞けるとは思ってもみなかった。加州と話しているとOLというより、JKと会話をしている気分になる。

「星の形をしたラメもあるよ」
「すごい!俺迷っちゃうよ」

さんざん悩んだ末に、今回は全ての爪を紅色に塗った後、星型のラメを人差し指と薬指に塗ることにした。全ての爪にラメを塗るより、不揃いの方が見栄えが良いだろうからね。

「主もおしゃれすればいいのにー。美人なのに勿体ないよ」
「私はいいよ。加州がもっと可愛くなってくれる方が嬉しい」
「えへへ」

ひらひらと花びらを纏ながら実に幸せそうに笑った。

ここが本当に刀剣達の気の休まる場所になっているか心配になることもある。でも食事を取るときや、私のちょっとしたことで喜んでくれると“このやり方でいいんだ”と自信が持てる。まだまだなところはもちろんあるけど、少しはいい本丸になっていると実感できる。

全ての爪を紅色に塗り終え、しばらく乾くのを待つ。
ラメのマニキュアを振りながら、中身を拡散させていると加州がじっと私を見ていることに気付いた。

「俺さ、主にずーっと聞きたかったことがあるんだけど聞いてもいい?」
「なに?」
「怒らない?」
「そんなに私が怒っちゃうようなことなの?」

笑ってそう言えば加州は少し困ったような顔をした。
聞くのが躊躇われるのか、口を開けたり閉じたりして迷っている。

「怒らないから言ってごらん」

私がそう言えば、覚悟を決めた様に頷いてゆっくりと口を開いた。

「主はさ、どうして山姥切を初期刀に選んだの?」
「え?」

予想外すぎる質問にすぐには答えられなかった。それが彼を不安にさせたのか「主、怒った?」と泣きそうな顔で見られてしまった。

「そんなことないよ。びっくりしただけ」
「ほんと?」
「うん。本当だよ」

目を見てはっきりと答えれば安心したように頬を緩ませた。

「あのね、山姥切のことは嫌いじゃないんだよ。寧ろ尊敬してるし!でも俺も初期刀候補の刀なんでしょ?だから山姥切を選んだのには理由があったのかなって……」

資料を開いて初めて学んだ刀剣は初期刀である五振りだった。
新撰組、沖田総司が使用していたとされる加州清光。細川忠興が家臣三十六人を斬ったとされる歌仙兼定。江戸時代に活躍した刀工、虎徹の紛う方なき真作である蜂須賀虎徹。坂本竜馬が愛刀とし、自身の野心と主への忠誠心を持つ陸奥守吉行。そして備前長船長義作の打刀の写しである山姥切国広。

初めて刀の歴史を学んだ私にとって、どれもとても魅力的な刀に見えたのは間違いなかった。ただ、その余韻に浸る間もなく、次々と資料に目を通しどの刀を選ぶかなんて研修初日は考えてもいなかった。
しかし、いざ五振りを目の前にした時私は迷うことなく山姥切国広を手に取った。いや、手に取っていた。
それは決して何となくとか、真ん中にあったからとかではない。
上手く言葉にはできないけれど、彼じゃなきゃダメだったんだ。

私の、答えにもなっていない話を聞き終わった加州は満足そうに頷いた。

「じゃあ主は山姥切に“運命”を感じたんだね」
「運命?」
「だって、理由はないけど山姥切がいいって思ったんだよね?それって運命じゃん」
「加州はロマンティストだね」
「ろまんてぃすと?」

“ラメ”は知っていてもまだこの言葉は知らなかったのか。きょとんとしている加州の紅い瞳と目が合った。彼の柔らかな黒髪に手を滑らせて、頭を撫でる。

「加州清光。初めて選んだ刀は貴方ではなかったけど、貴方の事ももちろん愛しているよ」
「主〜!俺も大好き!」

私がそう言えば今日一番の花びらを身にまとって彼は笑った。

「愛してる」と言ったり、人の頭を撫でるだなんて、現世に居た頃は一度もしたことはなかったがここに来てからはよくするようになった。
それはここにいる誰よりも私は皆のことが好きでこの本丸を愛している証拠なんだと、そう思うのだ。