いち兄が欲しいです!

書類整理を終え、仕事がひと段落着いたところでぐっと腕を伸ばして伸びをした。開け放たれた襖からは風が吹いて気持ちがいい。執務室から見る景色はすでに見慣れてしまったが、手入れされた木々の緑や庭池で泳ぐ鯉など、よくよく考えればかなり贅沢な景色である。

「主君、お茶をお持ちしました」

少し休憩しようかと思ったタイミングで襖の陰から前田が顔を出した。お礼を言って招き入れると後ろには五虎退もいて虎たちも一緒に入ってきた。

「あっ、虎くん達ダメですよ!」
「大丈夫だよ、五虎退」

わらわらと私の元へ近寄ってきた虎たちはお腹を見せたり、服に顔をうずめたり膝の上によじ登ったりしてきた。猫カフェでもここまでの癒しサービスは受けられないだろう。じゃれてくる虎たちは可愛いかった。

「前田、いつもありがとう」
「いえ、主君のためになるなら当然です」

私は机の上にある小さな引き出しからチョコレートを数個取り出す。プリンをはじめとした洋菓子もこの本丸では人気であり、今はチョコレートが短刀達の間で流行っているらしい。

「これ、果物の味がするチョコレート。皆に内緒ね」
「えぇ!?そんなつもりでは……」
「えっと、僕ももらっていいんですか?」
「前田も五虎退も、お茶を持って来てくれたお礼」

嬉しそうにお菓子を受け取った二人を見て頬が緩む。おじいちゃんおばあちゃんが孫にお菓子を内緒で与える理由がよく分かる。これは、ついついあげたくなってしまうな。

「五虎退、昨日は夕餉の手伝いもしてくれたんだよね。ほうれん草のお浸し、美味しかったよ」
「えっ、あ、はい!初めて教えてもらって作ったのですが……あるじさまにも喜んでもらえて、嬉しいですっ」

虎たちが五虎退の方へと戻り、彼の周りをくるくると回っていた。虎たちも喜んでいるのか喉を鳴らしている。

「そういえば二人とも誉が十個ずつ溜まっていたね。何か欲しいものはある?」

研修(監禁)中に目を通した資料の中に他本丸の報告書があった。その中の一つに“誉を十個取ったら褒美を与える”と定めている本丸があり、これはぜひともうちでも取り入れようと思った。いわばそれは賞与である。そんなに高価なものは買えないけれど、これモチベーションに繋がるのであれば良いに越したことはない。

そう尋ねれば、二人は顔を合わせて私の前に並んで正座をした。

「「僕たち、お願いがあります!」」





「だれっが来るのか楽しみだぁ〜いち兄くっるかな鍛刀でぇ〜〜」
「鯰尾、何その歌?」
「資材はどれだけ溶けるかなぁー美濃国へは行き飽きたー」
「骨喰も歌うんかい」

両脇に鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎を連れ立って鍛錬場へと向かう。
今日は午前中に何とか仕事を終わらせ、午後は先日の二人の“お願い”を叶えるために鍛刀をしまくる予定だ。


前田と五虎退が誉のご褒美に頼んだのは“一期一振”であった。
最近では刀剣も増えてきたため、日課で合った鍛刀を行わない日もあった。きっと二人はそれに気付いていたのだろう。計ニ十個分の誉で一期一振が欲しいと言ってきた。

皆仲良くやれていた分、今まで刀剣同士の関係をそこまで重要視したことはなかったがやはり兄弟は揃えていった方がいいのだと思った。現に山姥切も山伏が来てよく話すようになったし…。ただ、必ず来てくれるという保証はないので、二人には努力はすると約束した。

今日、鯰尾と骨喰を連れてきたのは兄弟がいれば一期一振も来てくれるかもしれないという期待。ちなみに薬研を始めとした粟田口の短刀達はそれぞれ遠征と出陣で出払っている。

鍛錬場に入り、中で繋がっている資材置き場を確認する。

「あれれ〜こんなに資材ありましたっけ?」

鯰尾がどこぞの名探偵のような声を出す。
彼が驚くのも無理はない、一月前の四倍以上の資源がそこには置かれていたのだから。

先日、にっかり青江が本丸に残されていた件を小泉さんに報告したのだ。小泉さんも当時の事は他部署の先輩づてに聞いたらしく、何かきな臭い気がして当時の資料を送ってもらった。中身に目を通せば、私でも分かるレベルの資料改ざんの痕が残っていた。

資料には本丸解体の際に刀解、他本丸へ移った刀がそれぞれ記載されていた。しかし青江の名前はどちらにも書かれていなかった。彼の存在自体が無になっていたのだ。でもそれは本丸解体時の資料であって、当時の本丸の刀帳にはしっかりと彼の名が記録に残っていた。
つまり、引継ぎ資料からは青江の名前を消し「この本丸は空きになりました」と偽りの報告をしたわけである。改ざんするにしてもあまりにも御座なりだ。

この粗を指摘した文書を作成し、小泉さんを介して政府側に報告してもらった。「うちの可愛い短刀も危険な目に合った」とチクチク書いてやれば謝罪文書とともに大量の資材と高級品である札が届いた。天井の修繕費ももちろん政府側から落ちる。
転んでもタダで起きて堪るか。

「さすが主!そのがめつさには時間遡行軍も真っ青です!」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」

鯰尾の言葉を受け取り、戸棚からレシピ表と札を何枚か取り出す。

「おっ!さっそく富士札からいっちゃいます?」
「うん。ここでケチってもしょうがないしね」
「主は貧乏性ですもんね!昨日も穴の空いた足袋履いてましたし」
「うそ!?教えてよ!」
「最初に気付いたのは骨喰だよ」
「骨喰!」
「資材を持ってきた」

私達の会話など気にもせず、骨喰は資材をこちらの方まで持って来てくれた。鯰尾のペースに合わせていたら鍛刀を行う前に体力がなくなってしまいそうだ。
骨喰にお礼を言い、レシピからアタリをつけて資材を入れ、富士札と依頼札を使った。

「誰がくるかなっ誰がくるかなっ」
「いち兄っいち兄っ」

二人の期待がかなりのプレッシャーである。
一期一振がきますよーにっ!

「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」

テンカゴケン、キチャッタヨ。

「うぉおぉぉぉ!」

私の代わりに鯰尾が大声をあげて喜び、拍手を送っていた。
天下五剣の中でも最も美しいと評される三日月宗近。青い装束に金色の髪飾り。瞳は吸い込まれるほどの蒼である。確かに息を呑むほどの美しさだ。
こんのすけも三日月宗近は審神者を十年以上やっていても迎えられない確率の方が高いと言っていた。富士札すごっ。

「はじめまして。この本丸の審神者になります。こちらは鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎です。貴方と同じこの本丸の刀です。どうぞよろしくお願いします」

定型文となりつつある挨拶をすれば、目を細めて笑った。
美しい人の笑顔はぞっとする。それくらいに浮世離れした姿だった。まぁ当然千年以上前の時代の刀なのだから浮世離れが当然ではあるが…

「よろしく頼む。うむ、骨喰久しいのう」
「…すまない。俺には、焼かれる前の記憶が無いんだ」
「そうか…それは悪い事をした」

確か二人は過去に足利の宝剣として共に過ごした時期があった気がする。
私がここで歴史に関しての話をしてもいいが、これは本人たちの問題である。主といえども“人間”が口をはさむことではないだろう。
私は骨喰の頭を優しく撫でた。

「骨喰はこの本丸の事をよく知っています。とても頼れる私の大切な刀ですから色々と教えてもらってください」

不安そうにしていた骨喰だったが、三日月への接し方が分かって安心したのか「よろしく頼む」と改めて挨拶をした。
そして、今まで事の成り行きを黙って見ていた鯰尾がパンッと手を叩いて空気を切り替えた。

「じゃあ僕たちが本丸を案内しますね!まずは馬小屋に行きましょう。楽しい遊びを教えますよ!」
「あっははは、それは楽しみだ」
「鯰尾!“アレ”は投げちゃ駄目だからね!」

鯰尾は三日月と骨喰の背中を押して鍛錬所を出ていった。もしかしたら彼なりに気を遣ってくれたかもしれない。
鯰尾には不安が残るが私は気を取り直し、次の鍛刀を行うことにした。





私は当本丸のこんのすけにございます。
いつもは審神者様のお傍に居て助言を下したり、政府からの連絡をお伝えしたり、時には自身の尻尾を使い審神者様に癒しを与えております。

本日は各本丸の“こんのすけ定例会”のため出払っていたのですが帰ってきて驚きです!
まさかまさか、三日月宗近が居るではありませんか!!
鯰尾様にお話を聞けば、短刀のお願いにより一期一振を顕現させようとしたところ三日月様が来たのだとか。

最近では、審神者様は刀剣男士が一定以上の錬度にならないと鍛刀を行わないようになっていました。何でも「皆に出陣機会をあげたいから」だからだそう。今は新たに迎えた刀の錬度上げが追い付かず鍛刀をしない期間が長く続いておりました。それもあり鍛刀で顕現される、所謂レアリティの高い刀剣はこの本丸にはおりません…。

それが審神者様の意向であるならば、こんのすけは口をはさみません。ですがやはりレアリティの高い刀の方が刀装も多く付けられるものですから、いずれそれが助けになる時がきます。そのことをそろそろ言い出さねばと思っていましたが、まさかこんなことになっているとは驚きです!

「ただいま戻りました!審神者様すごいじゃありませんか!あの天下五剣を顕現させるなんて!」
「あ、こんのすけお帰りなさい」

審神者様の肩に飛び乗って尻尾を振ればくすぐったいと笑います。
私のアニマルセラピーにより癒された審神者様は気合を入れ直し資材を再び手に取りました。

ここからは審神者様のテンションが若干おかしくなっておりますのでダイジェストでこんのすけが実況致します。
色々すっ飛ばしておりますが、主らしく顕現時の自己紹介はされておりますのでご安心くださいませ。

それでは鍛刀チャレンジスタートです!

―二回目―

「あれ?札を使ったのに刀剣男士がいないん——」
「よっ!驚いっ……」(ゴッ)
「ぎゃあぁあああ!!」
「なに玉鋼で殴ってるんですか!」
「つい、びっくりして…」
「彼は驚き好きの鶴丸国永様ですよ!早く手入れをしてあげてください!」

・ ・ ・

「先ほどはすみませんでした…ここの審神者です、どうぞよろしくお願いします」
「まさか自分が驚かされるとは思わなかったぜ。鶴丸国永だ、よろしくな」
「この本丸ですと鯰尾様と気が合いそうですね」
「驚きはいですが“アレ”では遊ばないでください」
「なんだいアレって?」
「“アレ”は投げないでください」
「だからアレって…」
「アレ、ダメ、ゼッタイ」

この時の審神者様は遠い目をしておりました。
先日、審神者様は短刀達とおままごとをして遊んでおりました。薬研様と審神者様がご夫婦役、乱様が審神者様の愛人で加州様が薬研様行きつけのスナックのママ役。妻の浮気を疑った夫がママの紹介で殺し屋に愛人の殺害を依頼するというサスペンスものでした。その時殺し屋役を演じた鯰尾様が“アレ”、つまりは馬糞を手榴弾のごとく投げ………思い出すだけでも鼻の奥がツンッとします。

ともあれ平安時代に活躍した五条国永の最高傑作ともいわれる彼を呼び出せたとは滑り出しは好調です。
このまま続けていきましょう!

―三回目―

「……江雪左文字と申します。戦いが、この世から消える日はあるのでしょうか……?」
「小夜、宗三!お兄さん来たよーーー!」
「おぉ!左文字兄弟が揃いましたね!」
「!?二人はすでにいらっしゃるのですか…?」

その後、鍛錬場に抱き合う三人のお姿が。これにはこんのすけも審神者様もほろりです。これぞまさに兄弟愛です。その姿に感化され審神者様は気合を入れ直します。粟田口の皆様にもこのような感動を届けたいとお思いになられたのでしょう。

―四回目―

「私は、数珠丸恒次と申します。人の価値観すら幾度と変わりゆく長き時の中、仏道とはなにかを見つめてまいりました」
「テンカゴケン、キチャッタヨ。(二回目)」
「すごいじゃないですか審神者様!!!」

審神者様の肩により私は尻尾を千切れるくらいぶんぶんと振りました。「あのっ、こんのす…息、できな…い」という審神者様のお声が聞こえた気もしましたがそんなことは気にも留めませぬ。
一日で天下五剣二振りとは!やればできるじゃないですか!

―五回目―

「審神者様?太刀のレシピにしては配合が少なすぎるのでは?」
「ほら、脇差で幸運を呼ぶ刀がいたでしょ?あの子を呼んで近侍にしたら一期一振もくるんじゃないかなって……」
「物吉貞宗のことですか?でも鯰尾様と骨喰様を近侍にしても来なかったのでは、そういう問題でもない気が……」
「やるだけやるの!」
「すみませーん。こっちに兼さん……和泉守兼定は来てませんか?あっ、僕は堀川国広です。よろしく」
「あぁぁ…ごめんなさい。来てないんです…。和泉守もすぐ呼びますので」
「仕事増やしてどうするんですか!」

こちらには幕末刀はそんなに揃っていないのですよ!和泉守様を呼んだ後は長曾祢虎徹、蜂須賀虎徹、大和守安定、そして陸奥守吉行まで呼ぼうとする審神者様のお姿が目に浮かびます。
そこまで私は付き合えませんからね!

―六回目―

「源氏の重宝、膝丸だ。ここに兄者は来ていないか」
「だから来てないって言ってるじゃないですか!」
「審神者様、その方は膝丸様です!先ほどの堀川様とは違うお方です!」
「え?あ、ごめんなさい来てないです。貴方のお兄様もすぐ呼びますので」

これは髭切も顕現させねばいけませんね。
とりあえず紙には早急に顕現させる刀を控えておきますので後で確認してください。

―七回目―

「札使わずに、上限いっぱいまで資源をつぎ込もう」
「もうやけくそじゃないですか」
「自棄にならずして鍛刀できるか!」
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。じゃーん。真打登場ってね」
「……私、短刀のレシピで回したっけか?」
「しっかりしてください!彼は大太刀です!サニワゼミでやったところですよ!」

だんだんと審神者様の瞳から光が消えていきます。いえ、もちろん新たな刀剣男士を迎え入れて喜ばれてはいるのですが……。
一期一振のことを一期一会と言い出したのでそろそろヤバいかもしれません。

―八回目―

「一期一振一期一振一期一振一期一振一期一会一期一振……」
「なんか変なの混ざってませんでしたか?」
「…おや。現世に呼ばれるとは。私は太郎太刀。人に使えるはずのない実戦刀です」
「はっ!貴方には弟様がいらっしゃいましたよね!?キタコレ!膝丸お兄さんきたよ!」
「審神者様!その方の弟様は次郎太刀様です!違いますよ!」
「兄者ぁぁぁあぁぁあ!?」

虚ろな目をした審神者様、兄者はどこだと叫びだす膝丸様、「え、ここが現世?」と困惑される太郎太刀様——
もはや鍛錬場はカオスです。





「今日はもう休まれた方がいいのでは?」

見かねた私は審神者様にそうお声を掛けました。
資源も札もまだまだありますが、さすがに一日にこれだけの刀を顕現させれば疲労も堪ります。刀剣達の疲労には敏感なくせに、自身には無理をさせてしまうところがこの方の悪いところです。

「でも一期一振きてないし……」
「短刀達も話せばわかってくださります。ですから今日はもうやめましょう」
「こんのすけ…」
「戻ったぜ、大将」

声のする方を向けば資源を持った薬研様がいらっしゃいました。遠征で手に入れてきたものでしょうか、それを資材置き場に入れつつ机に置かれたレシピ表を手に取りました。

「いち兄を鍛刀してくれようとしたのか?」
「うん。でもまだ来てくれてなくて…薬研も早く一期一振に会いたいよね?」
「そうだな。でもな、俺らは大将に無理はさせたくねぇよ。大将が居てこその本丸だ。それにここは良いところだ。いつかいち兄の方から来てくれるだろうよ。なぁ、お前たち」

薬研様のお声を合図に鍛錬場には次々と粟田口の皆様が入ってきました。前田様、五虎退様、乱様、秋田様、そして鯰尾様に骨喰様も。

「すみません。僕らの我儘のせいで…」
「あ、あるじさまにも早くいち兄を紹介したくて…ごめんなさい」
「前田、五虎退…」

泣き出しそうな彼らの頭を審神者様は優しく撫でました。
皆さま、貴方様には無理をしてほしくないのですよ。貴方はご自身が思っている以上に、刀剣の皆さまに愛されているのですから。

「ありがとう。でも最後にもう一回やってみてもいい?薬研が持って来てくれた資材で試したいの」

これで今日の鍛刀は終わりにすると約束し、審神者様は資材を入れました。
そしてすぐに札を使い鍛刀を終わらせます。
光と花吹雪に包まれて、空色の淡い髪色の影が私達の目の前に現れました。

「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」
「やっと…やっと……」
「審神者様、やりましたね!……って審神者様!?」

そのまま倒れて気を失った審神者様に皆が騒ぎ立てます。
その後は一期一振様が審神者様をお運びし、薬研様が薬を煎じ、燭台切様が看病をしての大惨事でした。
そして後日、執務室には山姥切様に説教をされる審神者様のお姿がありました。

ほらね、貴方は自身が思っている以上に愛されているのですよ。