それ、労働基準法に引っ掛かるので

“膝丸”といえば、源氏の重宝と呼ばれ、源満仲が天下守護のために髭切とともに打たれた刀である。
また、“へし切長谷部”といえば、織田信長にまつわる名刀であり、信長が膳棚の下に隠れた茶坊主をその棚ごと圧し切ったとされる刀である。

この二振りに共通点などないように思えるでしょう?
私もそう思っていました。
この二振りが揃うまでは。

「「主、次の主命は?!」」

彼らにトイレ掃除を命じたのは十五分程前の事、それを終えて二人は執務室になだれ込んできた。
風呂掃除、花壇の手入れ、戸棚の埃取りに布団の天日干し——朝からよくもまぁ働くことだ。

「もうないです」
「そんな!」
「では、今から近侍を賜りましょう!」
「なっ!長谷部殿は昨日近侍だったであろう?二日連続はおかしくないか!」

いや、君たち二人とも非番だからね。そもそも今日の近侍は太郎太刀だから。何なら休むことが今日の仕事なのですよ。それを寄ってたかって主命主命主命主命……こっちの仕事が進まない。

「主、この書類の確認をお願いします」
「「俺がやる!!」」
「いい加減にしなさい!」

太郎太刀から書類を引っ手繰ろうとした二人の手が止まった。

「今日のあなた達の仕事は休むことです!このままでは労働基準法に引っ掛かります」
「俺は主の為を思って…!」
「そうです!少しでもお力になれればと!」
「静まりなさい!」

立ち上がった私は腰に手を当て、背筋を伸ばし彼らに向き合う。二人よりも身長が低い私ではこうでもしないと視覚的な威厳が出せないからである。
それを見た二人はさすがに不味いと思ったのか、並んで正座をした。まずは栗色の髪の刀剣の方を向く。

「長谷部、貴方が私の事を思って仕事をしてくれているのは分かっています。それには常々感謝しています」
「ありがとうございます…!」
「ですが限度があります。仕事として“業務”を手伝ってくれるのは嬉しいですが、貴方先日私の部屋に置いてあった洗濯物を畳もうとしたらしいですね。加州から聞きましたよ」
「それは、主の負担を少しでも減らそうと思った次第です」
「その中には下着もあるのですがね。だから私は自分の物は自分で洗濯をし、部屋に干しているのですが」
「誤解です!私は決してやましいことなどしておりません!」
「『主にはこのような地味な下着ではなく、妖艶な紫がお似合いだ』とブツブツ言っていたとか」
「そ、それは…主の女性としての魅力を…」
「黙りなさい。余計なお世話です」

頭を垂れて長谷部はみるみる萎縮していった。その様子を隣でみていた膝丸は鼻を鳴らして得意げにしていたが、私が彼を睨めばまた背筋をピンと伸ばした。

「膝丸、貴方のお兄様を未だ顕現できていないことには大変申し訳なく思っています。そして私の負担を減らすために日々、気に掛けてくれていることには感謝しています」
「有難きお言葉です」
「しかし、四六時中私に付きまとうのはいかがなものかと。良く言えば従順、悪く言えば金魚の糞状態です。糞に関してのキャラ付けは鯰尾だけで十分です」
「それは何時何時でも主をお守りできるようにと思っての事。例え糞と言われようとも俺は主のお傍に仕えていたいのです」
「先日、私専用の風呂場に先に入っていたそうですね。乱が教えてくれましたよ」
「あぁ。しかし俺は長谷部殿のようにやましいことは考えていない」
「おい!」
「『主の背中を流すためにいる』と言い全裸で待っていたとか…江戸時代の三助すら半股引を身に着けています。というかそもそも居ることがおかしい」
「では次からは半股引を着用しよう」
「黙りなさい。私は一人で風呂に入れます」

長谷部と同じよう、温度のない声で言えば膝丸は顔を真っ青にし頭を垂れた。
二人の気持ちはもちろん嬉しいが、これは全くもって私の望んでいることではない。いや、これが彼らの幸せであるなら口をはさむべきではないかもしれないが、このままではあらぬ方向に行きかねない。

「二人とも、主命を求める前にまずは人としての一般常識を身に付けなさい。それまであなた方を近侍に付けません」
「なっ…」
「そんな…」

心を鬼にして彼らに言い放つ。涙目でプルプルと震えている二人は、宛ら捨てられた子犬だ。
この状況だけを見れば私が彼らを虐めているパワハラ上司になるわけだが、そんなことを気にしている場合ではない。

「まずは非番の日は何をすべきなのか、じっくりと考えなさい」

二人を執務室から追い出し、襖をぴしゃりと占めた。
はぁ〜と盛大に息を吐き出し振り返れば、ずっと書類の確認を待っていた太郎太刀と目が合った。

「私、言い方きつかったかな?」
「そんなことはなかったと思います。言葉責めというSMぷれいとしては上出来かと」
「待て太郎太刀。どこでその言葉を覚えた」
「先日主から頂いた書籍に」

“文化を学べ!若者語録 2000年代ver.”にはそんなことまで記されていたのか。太郎太刀が他の刀剣達とも馴染めるよう渡した本により、うちの太郎太刀があらぬ方向に行きかけている。いや、行ってしまった。

「ごめんなさい、太郎太刀…」
「え、次は私が言葉責めをする番ですか?」

太郎太刀からの的外れな返答が私の胸に突き刺さる。
膝から崩れ落ち、次に頭を垂れるのは私の方だった。





審神者に執務室を追い出された二人はよたよたと廊下を歩いていく。
これからどうすればいいのかという思い。それと同時に頭に浮かんだことは互いに“こいつさえいなければ”という邪な考えだった。
先にそれを吐き出したのは長谷部であった。

「悪いがこれはお前のせいではないか?俺、へし切長谷部という刀は主思いの刀で有名だ。俺一振だけならこんなことにはならなかったのだ」
「はっ。俺が異常とでも言いたいのか?お主では事足りていないのだから俺が主に尽くしているのだ。それが分からないのか?」

売り言葉に買い言葉。
罵り合いを続けるも、一向に気が晴れることはなく、寧ろこのままでは主に捨てられてしまうのではないかという不安が募っていく。

「これでは何の解決にもならん…」
「同感だ。このまま近侍になれない日々が続いたら俺は…どうすればいいのだ兄者……」
「おい、膝丸。ここは一時休戦といこうじゃないか」
「そうだな。同意する」

手を取り合い、先ほどのことは互いに水に流し前を向いた二人。その瞳には主への忠誠心と、新たな決意の光が灯っていた。
さて、ここからどうするかが問題だ。審神者には"人としての常識を身に付けろ"と言われたが、今の自分達が普通だと思っていたのだから何をしたら常識なのかが分からない。

「まずは他の刀剣達に話を聞くのはどうだろうか。主も非番の日の過ごし方を考えろと仰っていただろう」
「ほう。確かに出陣以外で何をしているのか知れれば答えに近づけるかもしれん」

目的を見つけた二人の行動は早い。
早速、本丸内にいる刀剣男士を探すことにした。



「あれは宗三左文字ではないか?」

落ち着いた色合いである庭の情景に、彼の髪色は映える。長谷部の言葉通り、縁側では儚げな表情で庭先を見つめている彼がいた。
長谷部の声に気付いた宗三が視線を向け、口元に袖を当てながら軽く頭を下げた。

「珍しいですね、あなた方が一緒にいるなんて」
「まぁそういう日もある」
「大方、主に愛想を尽かされたと言ったところですか?」
「愛想は尽かされていない!」

長谷部の剣幕に怯むことなく、図星ですかと頷く宗三も中々肝が座っていると膝丸は思った。しかしこのままでは話になりそうにないと悟った彼は宗三に声を掛けた。

「お主はここで何をしていたのだ?」
「お小夜が短刀達と缶蹴りをしているようで、それを見ていました」

彼が庭先へと向けた視線の先には、小夜左文字が三日月宗近の手を引き、缶の方へと走る姿があった。三日月はこちらの視線に気づいたのか、空いている方の手を振ってきた。何をやっているんだあの天下五剣は。
ひとつ咳ばらいをし、当初の目的を思い出した膝丸は再び口を開く。

「宗三殿、お主はこの本丸には長く居ると聞くが本当か?」
「えぇ、主が就任して二日目にはこの本丸に顕現しましたからね。打刀としては初期刀の山姥切に続いて二振目になります」

“打刀”と“二振目”を強調して言った
長谷部を煽るかのように発せられた言葉を楽しそうに言った彼も人(刀)が悪い。尚も怒りで震えている長谷部には心底同情するがさすがに剣を抜くことはないだろう。
大きく深呼吸をし落ち着きを取り戻した長谷部は、宗三を見据えた。

「お前は非番の時、何をしている?兄弟が来る前は今日の様にはしていないだろう」
「それを聞いてどうするのですか」

それを説明するには主に怒られた経緯も話さなければならない。自らの自尊心もある手前、そのことは口にしたくはなかった。
彼等の青くなったり赤くなったりした顔色に満足したのか、宗三はそっと口を開いた。

「と言われても最初の頃は刀剣も少なく休みもありませんでしたからねぇ…あぁでも"へあすたいる"について勉強した日がありましたね」
「「"へあすたいる"?」」
「髪結いの事ですよ。ちょうど私以外の刀剣が出払っている時、彼女が私の髪を結いたいと言ってきたのですよ。人を人形のように……全く迷惑な話です」

宗三は自身の髪に触れ、髪をまとめていた櫛を抜き取り再度まとめ直した。孔雀青色に金の模様が描かれた櫛は、彼のその反対の色合いからより髪を美しく魅せた。

「主がか?それは誠か?」
「えぇ。でも彼女が余りにも不器用なものですから僕が勉強して教えたのです。だから今、彼女は乱藤四郎の髪を綺麗に結えているのです。お礼にとこの櫛を頂きましたが労力には見合いませんねぇ」
「誰が主に愛されている話をしろと言った!」

長谷部がそう言いたくなる気持ちは充分に分かる。
何故ならそれを話す宗三の背中には、ひらひらと美しい花びらが舞っていたからだ。





気持ちを切り替え、燭台切も同じく非番だったことを思い出した二人は厨房へと歩き出した。近づくにつれて、鼻腔をくすぐるような甘い匂いが漂ってくる。
厨房と廊下を仕切っている暖簾をあげると燭台切と蛍丸が、八つ時の菓子を作っている姿があった。

「おや、二人ともどうしたんだい?」

自分達の気配に先に気付いた燭台切がそう声を掛けてきた。
やはり長谷部と膝丸が一緒にいることが珍しいのか、宗三と同じようなことを言う。まぁ普段主命を取り合っているのだからそう思われても無理はないだろう。

「分かった。お前ら甘い匂いに誘われてきたんだろー」
「そうかもしれないな。それにしても蛍丸殿も厨にいるのは珍しくはないか?」

抱えるように銀色の器と泡立て器具を持っていた蛍丸が、中に入っていた薄黄色のとろみがある液体を見せつけてきた。そして、電子レンジではなにやら生地を膨らませているらしく、そこから甘く香ばしい匂いがする。

「蛍丸君はね、非番にも関わらずお手伝いをしてくれてるんだよ」
「まぁねー。国行も国俊もいないから暇だし」

確かに、来派の刀は今のところ彼一振りである。であれば彼の非番の過ごし方は何か参考になるものがあるかもしれない。

「蛍丸、お前は非番の時このように厨の手伝いをしているのか?」

大太刀であるにも関わらず小柄な彼は、厨の作業台に届くよう台に乗っている。それでも長谷部、膝丸の視線には届かない彼は上目遣いで彼等を見た。

「んー今日は偶々。いつもは短刀達と遊んだり、太郎太刀によじ登ったり、縁側でゴロゴロしたりしてる」

泡立て器に付いた液をぺろりと舐めて「美味しー」と言った蛍丸は燭台切に「つまみ食いはダメ」と怒られていた。なんてマイペースな刀なのだろう。それが羨ましくもあり、自分たちに必要な事ではないのかと思い始めてしまった。
考え込んでしまった二人を見て、蛍丸は何かに気付いたらしい。「おーい」と二人の視界に入るように手を振った。

「あと、主のところにも遊びに行くよ」

見かけは小柄であるが、戦場では敵を一撃で叩き込み口調はあまり可愛げのないもの。でもニコリと見かけ相応に可愛らしく笑った蛍丸に「主の邪魔はするな」と小言をいう気も削がれてしまった。





「どうだ!驚いたか?」
「すごいよ鶴丸さん!」
「どうやったんですか?僕全然分からなかったです」

粟田口部屋から興奮気味の乱藤四郎と秋田藤四郎の声が聞こえてきた。ひょいと少しばかり襖を開くと二人に囲まれている鶴丸国永の姿があった。彼の手には、沢山の造花が握られている。
確か三人は朝から昼にかけての遠征部隊に組み込まれていたはずだ。自分達が執務室を追い出された時と入れ替わりに戻ってきたのだろう。

「お、お二人さんは非番だったな。どうだ見ていくかい?」

鶴丸は造花を振りながら、二人を手招きした。彼の周りをよく見れば、絵柄の描かれた札や赤い布なども落ちている。

「鶴丸さんすごいんだよ!手の中から色んなものが出てくるんだ」
「手品って言うみたいなんですけど、魔法みたいなんです!」
「ほぅそれはすごいな」

興奮気味の乱と秋田の話を聞き、彼等の横に腰を下ろす。鶴丸は得意げな表情をし、傍に置かれていた本を見て「次はこれにしよう!」と言った。

「まずは秋田、これに何か文字を書いてくれ。模様でもいいぞ」

鶴丸は秋田にペンを渡し、硬貨に書くように促す。少し悩んだ挙句、硬貨の隅に"×"という印を書いた。それを受け取った鶴丸は、ひとつ咳払いをし皆に見えるように硬貨を掲げた。

「よし、では皆様ご注目!ここに秋田がたった今模様を書いた硬貨がある。これに仕掛けがないか確かめてみてくれ」

乱から順に硬貨を触るも、何の変哲もない本物の硬貨である。秋田、長谷部、膝丸の順でそれを確かめ、鶴丸へと返す。

「変なところはなかっただろう?それに秋田の書いた模様も覚えてくれたかな」
「あぁ。だが本を見ていたところを見ると、やはり仕掛けがあるのだろう?」

にやりと笑った長谷部はその仕掛けを見破るつもりでいるらしい。それに気付いた鶴丸も自身の笑みを深める。

「見破れるものならやってみな。じゃあこの硬貨を膝丸、しっかりと握ってくれ」

鶴丸は膝丸に再び硬貨を戻し、左手に握らせる。そのまま拳を下に向けさせ、自分が仕掛けをしていないと分かるように両手を広げみんなに見せた。

「俺は硬貨を持っていない。膝丸の手の中にしっかりと握られている。そうだよな?」
「あぁ。この目でそれを見て、今は俺の手の中にある。そして鶴丸殿に何かされた気配もなかった」

膝丸の言葉に長谷部は頷き、乱と秋田は興味深そうに硬貨があるであろう左手を見ていた。

「ではいくぞ」

鶴丸は膝丸の左手に白い布を被せ、膝丸の手を覆った。その上で右手をパチンと鳴らし、すぐに布を取った。

「確かめてくれ」
「はぁ。ただ指を鳴らしただけではないか」
「いいからいいから」

半分呆れながら左手を開いていけば、それと同時に膝丸の顔が強張る。短刀達の目はキラキラと輝いていたが長谷部の顔も膝丸同様強張っていた。

「ないだと!?」
「どういう事だ!?」
「すごいよ鶴丸さん!」
「まだ驚くのは早いぜ」

鶴丸は先程指を鳴らした右手で長谷部のポケットを指した。

「そこ、調べてみな」

恐る恐るポケットへと手を伸ばす。中は空のはずなのに、硬いものが触れて長谷部の顔は再び強張った。
それを取り出せば一枚の硬貨が。しかも秋田が書いた"×"の印がしっかりと記されていた。

「それ僕が書いたものです!間違いないです!」
「どうだ!驚いたろう?」
「そ、そんな馬鹿な!」
「俺の手からどうやって…まさか風穴をあけた訳でないだろうな!」

二人の慌てぶりに自信たっぷりの笑みで鶴丸は応えた。
そして満足したのか散らばっていた道具を拾い集め腰を上げた。

「さてと、じゃあ主にもお披露目してこようかねぇ」

すっかり夢中になっていたが、こんなところに時間を費やしている場合ではないのだ。“主”という言葉でそれを思い出した二人は慌てて鶴丸を引き留める。

「ちょっと待て!主は仕事中だぞ。邪魔するのは許されない」
「長谷部殿の言う通りだ。お前は主に迷惑をかけたいのか?」

二人が一様に鶴丸を責めるような言葉を発するが、鶴丸も、そして乱も秋田も意味がわからないという風に顔を見合わせた。

「ボク、よく執務室に遊びに行くけど怒られたことないよ。さすがに忙しそうにしている時は声を掛けないけど…あるじさんはね、たくさんお話してくれるよ」
「僕もです。兄弟がまだそんなにいなかった時は休みの日でも一人で居るのが寂しくて、主君のところでお昼寝させてもらってました。えっと、今も偶に……」

乱と秋田の話を聞くもそれは初耳だった。
それもそのはず。自分達が近侍の時は誰一人としてそのように主に会いに来る者がいなかったのだから。

「あぁ。近侍の時も非番の時も、暇があれば構ってもらえるのさ」

じゃあな、と小走りに白い鶴は執務室へと向かっていった。





今まで仕事や戦績の報告意外で主と話をしたことがあっただろうか。

膝丸は審神者が一日で大量に鍛刀した際に来た一振り。
長谷部は四部隊が余裕を持って組めるようになってから、日課の鍛刀で来た一振り。

気づけば彼女との関わり方がよく分からないままここまで来てしまったのだ。
報告書を作成する時、編成を組む時、手入れをする時——確かに彼女は審神者としての業務を全うし、時に厳しく、時に刀剣達の意見を聞き入れながら仕事をしている。

ではそれ以外の時は?
短刀達が茶を持っていけば頭を撫で、廊下ですれ違う者には声を掛け、食事の際は共に卓を囲む。

そう、彼女は審神者である前に人の子で、そして自分たちの事を“物”ではなく“命あるもの”として見てくれている。

そんな事まで考えず、ただただ刀としてここに来た目的だけを追って過ごしてきた。確かにそれは政府からしたら十分なことだが、彼女から見たら如何なものだろうか。

食事、会話、睡眠など人の体を得たからこそできることを、彼女が大切にしている事は容易にわかる。
でなければ非番の日なんて作らないし、畑で育てる作物を自らも進んで手入れをするわけが無い。

思えば、それを良しとしない自分達が異常だったから、二人が近侍の時は誰一人として主に会いに来なかったのではないだろうか。

「長谷部殿」
「膝丸」

二人が互いの名を呼んだのはほぼ同時だった。
それはつまり、答えを見つけられた瞬間だった。





審神者にも伝えるべきだと、数時間振りに執務室へと向かった。しかし彼らが執務室へと着く前に、部屋の前の縁側で茶を淹れている彼女の姿があった。

「おかえりなさい。ちょうど二人を呼びに行こうと思ってたんだ」

手元の盆には大きな茶色い饅頭が三つ。そして茶が注がれ湯気が立つ湯呑が三つ用意されていた。

「今日のおやつはシュークリームなんだって。だからお茶は紅茶にしてみたんだけど、湯呑しか用意できなかったからこれで許してね」
「あの、主……」

先に声を掛けたのは長谷部だった。
顔を上げ、彼等を見た彼女の目は優しい色をしていた。

「我々の事を、その、怒っている訳ではないのですか?」
「怒る?」
「俺達に常識が足りなかったから…」

続いて言った膝丸の言葉も消え入りそうなものだった。
自分達は気付くのが遅すぎた。宗三の言う通りすでに愛想をつかされていて、刀解されてもおかしくないのではと思っていた。
でも二人の不安とは裏腹に彼女は声を出して笑った。

「二人とも、私が言いたかったことが分かったみたいだね」

彼女に促され用意されていた座布団に並んで座る。
湯呑に入った紅茶からは爽やかな香りが、シュークリームからは先ほど厨で嗅いだ甘い香りがした。

「私は主命云々ではなく、あなた達とも他愛もない話がしたいんだよ。見た事、感じた事、くだらないと思えるようなことでもいいから、私に教えてよ」

二人の肩が震え、その場にひらひらと花びらが舞った。
初夏なのに花見ができるなんてね、と手を叩いて喜んだ審神者と共にお八つを食べた。
その時が初めて、主と肩を並べられた瞬間だった。

この日を境に二人は変わった。
主の為に積極的に仕事をするのはもちろんのこと、時には冗談を言い合い、時には縁側で日向ぼっこをしたり、他の刀剣の執務室への出入りにも寛大になった。

それが主の望む本丸の姿であり、自分たちの喜びへと繋がる。
こんな日常を守ることこそが主命であると、彼等は気付いたのだ。



「大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でもありません。私が小!大きいけれど!」

そう言って顕現されたこの刀が、執務室に入り浸るようになり長谷部と膝丸が本丸内で抜刀し、審神者から謹慎処分を言い渡されたのはわずか一週間後のことである。