1回の裏。
2アウトランナーなし。
バッターボックスに立っていたのは玖城だった。

気にしてないふりをしながらも鳴の視線は玖城に向けられていた。

バッターボックスに入った玖城の目元は相変わらず見えなくて。

「…あれ、見えてんのか?」

俺の呟きに鳴が知らないっと大きな声で答える。

1球目、ボールの球を見送り。
2球目、ストライクのボールも見送る。

「もーっバットは振らないと当たらないってば!!」

鳴の言葉に俺は苦笑する。

「そりゃ初打席だろ?体堅くなってても仕方ねぇだろ」
「練習の時はムカつくぐらい打ってるけど」

白河もじっと玖城を見つめていて、俺も視線をそちらに戻した。

3球目の前。
ピッチャーの肩が震えて、体が強張った。

白河たちは気付いていないのか、玖城を見つめたまま。

3球目、投げられたボールをバットが捉えて。
低い弾道を描くボールは、2,3塁の間を抜ける。

歓声が上がって、玖城は1塁を蹴って2塁へ。

「さっきの1年打撃もイケるのか!!」
「いいぞー」

歓声を浴びる玖城は相変わらず深くメットを被って顔は見えない。

「初打席でツーベースヒットか。上出来じゃね?」
「…たかがヒットじゃん」
「素直に褒められねェのか、お前は」

雅さんが溜息をついた。
それに鳴はあからさまに拗ねた顔をする。

「褒めるほどのプレーじゃないし!!」
「さっきのレーザービームは?」
「俺でも投げれるし」

雅さんは眉間のしわを深くしてやれやれ、と首を振った。

「何があったか知らねぇけど、さっさと謝って来いよ」
「はぁ!!?俺悪くないし!!」
「……いや、お前が悪いだろ」

白河はさらっとそう言って視線を逸らした。

「白河はアイツの味方なワケ!!?」
「……悪い奴じゃないからな」

鳴が喚く中、初回は玖城の次の打者がアウトになって攻守交代の声が聞こえた。





「悪い、繋げなくて…」
「まだ初回です。次がありますよ」

4番の人にそう告げれば少し肩を落としながらもそうだな、と言葉を返して。

「あぁけど…次の打席ではスイングはもう少しコンパクトでいいと思います」
「え?」
「練習の時よりも大振りになってて力が逃げてる。」

俺の言葉に彼は目を丸くして、でもすぐに頷いた。

「颯音ってそういうこと言うんだ」

驚いている多田野に俺は首を傾げる。

「何が?」
「アドバイス、みたいな。…キャラじゃないなぁって」
「……試合じゃ練習通りプレーが出来ない人も多い。いつもプレーと何が違うか指摘されるだけで結構変わるもんだよ」

多田野にミットを渡してベンチから出る。

「もう点は取られるなよ」
「え?」
「俺が次の打席で必ず1点は返すから」

多田野は目を瞬かせて、すぐに笑った。

「おうっ!!」

相手の1点リードのまま4回へ突入して。
4回の表、こちらのミスで2点取られた。
ベンチに戻れば多田野が申し訳なさそうに眉を寄せていて。

「悪ぃ、颯音」
「まぁ、今のは仕方ないだろ」

手に持ったバッドをくるりと回してベンチから出る。

「まぁ…約束通り1点は返してくる」
「え?」

ぐっと体を伸ばしながらサークルに入って。
先頭打者はフライを上げてアウト。

「先に出てくれた方が、楽なんだけどなぁ…」

バッターボックスに入って投手に視線を向ける。

さっきの回。
2球見送ってなんとなくどんなボールかは分かった。
サイドスローってあんまり見ないから興味あったけど…
まぁ、あれくらいなら…

ベースを2回バットのヘッドで叩いて肩に担ぐ。

普段目元を隠すように被るメットを少し上げて。
投手と視線を合わせれば、微かに肩が震えた気がする。


1球目をバッドの芯で捉えて、バッドを振り抜けばボールは弧を描いてフェンスを越える。

驚きの声と歓声を聞きながらベースを蹴って、ホームに戻れば多田野が俺に飛びついてきて。

「颯音!!」
「痛い。離れろ、馬鹿」
「凄い!!」

キラキラとした目を俺に向けるから俺は溜息をついて。

「離れろっつってんだろ。けどまぁ…」

多田野にデコピンして、笑う。

「約束、守ったからな」
「…おうっ!!!」



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