練習試合当日の朝。
「玖城」
「あ、おはようございます」
白河さんに挨拶をして、パソコンに視線を戻す。
「…試合の日まで夜更かしか?」
「あぁ…すみません。定時連絡みたいなものです」
メールを送信しましたという文字を見てパソコンの電源を落とす。
「朝食、行きますか?」
「あぁ」
白河さんは俺の方を見ないで、名前を呼ぶ。
「はい?」
「…悪かったな。この間は」
白河さんの言葉に俺はえ、と言葉を零して彼の方を見る。
「……鳴達を部屋に入れたこと」
「あぁ…別に…。俺もあんなこと言ってすいません」
「いや、あれは怒ってもおかしくないだろ」
部屋から出て、隣に並ぶ白河さんにまぁそうですねと返して。
「鳴とは…喧嘩したか?」
「…喧嘩、ではないと思いますよ。ただ怒らせただけです」
「お前は…怒ってないのか?」
はい、と答えるよりも前に後ろから誰かがぶつかって来て。
「はよ」
「……おはようございます」
神谷さんは楽しげに笑って俺を見る。
「お前の実力がやっとわかるな」
「……それは、俺のセリフです」
視線を伏せたままそう言えば、2人は黙って。
「………俺がどれだけ待ったことか…」
足を止めた2人を無視して、食堂に入る。
ご飯を受け取って、いつも通り端の席に座ってそれを食べていればさっきの2人が俺の前に座った。
「置いて行くなよ、玖城」
「……待っている必要性を感じませんでした」
「また、そういうこと言うし…」
後ろから視線を感じて、手を止める。
「………あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「後ろから俺を睨んでるのは…」
「「鳴だな」」
あぁ、やっぱり。
そんなことだろうと思った。
あれ以来視線を感じるなと思って、そちらを向けば成宮さんがいた。
「仲直りしねぇの?」
「最初から仲良いわけじゃないです」
「いや、そりゃそうだけど…」
ごちそうさま、言って席を立つ。
「集合時間はわかってるか?」
「はい」
「じゃあ、後で」
▽
最初の相手は青道。
「颯音!!」
「…多田野。何?」
「初試合だろ?緊張とかしないの?」
俺の言葉に颯音は眉をしかめた。
「ちょ、なんでそんな睨むの!!?」
「所詮俺らは繰り上げなのに、元気だなって」
「いや、そうだけどさぁ…」
ユニフォームを着た颯音は深く帽子をかぶる。
「緊張なんて、しないよ。昔から」
「颯音らしくて納得」
「俺らしいってなんだよ」
颯音はめんどくさそうに溜息をついて、守備に向かって行く。
「颯音、頑張ろうな!!」
「……愚問だな」
颯音は背中を向けたままひらひらと手を振った。
初回から、1点を取られて2アウトで1、2塁にランナーがいる。
投手の調子が悪いわけではないけど、少しだけ動きが堅い。
キャッチャーミットを構えて、そこに向けて投げられたボール。
それは打者のバットに捉えられ、ボールはライトへ飛んでいく。
「颯音!!」
マスクを上げて、颯音の名前を呼ぶ。
颯音は焦る様子もなくそのボールを捕って。
2塁ランナーが3塁を蹴ってそのままホームへ向かってくるのが視界の端に映る。
1点は仕方ない?
いや、けど…ここでもう1点はやりたくない。
俺の迷いなんて、颯音は知るはずもなくて。
颯音は何の迷いもなく腕を振りかぶった。
「え…」
颯音の投げたボールはグラウンドを引き裂くように俺の所に飛んできて。
構えていたわけじゃない。
ただ、手に付けたままのミットにボールが収まった。
「うわっ」
体が吹き飛ばされそうなほどの威力に俺は眉をしかめて。
「アウトーッ」
咄嗟にランナーに触れれば、聞こえた審判の声。
俺は状況が飲み込めなくて瞬きを繰り返す。
「スゲェーッ!!」
「今の見たかよ!!」
歓声がグラウンドを包んだ。
攻守のチェンジの声が聞こえて、颯音が欠伸を零しながらこちらに歩いてくる。
「颯音!!今の怖いんだけど!!」
「あぁ…悪い。もう1点やるの癪だった」
「あんなの捕れるわけないだろ!!?」
颯音にそう詰め寄れば右手を俺に伸ばして。
「え?」
「それでも、捕っただろ」
ポンと頭に乗せられた手に俺は足を止めた。
「は?」
「サンキュ」
ポンポンと俺の頭を叩いて、颯音はベンチに入っていく。
「わっ、嘘…マジで!!?」
颯音は振り返って首を傾げた。
「なに?」
「頭…撫で、た…」
「え?あぁ…」
颯音は右手を見つめて、悪いと呟いた。
「え?」
「つい癖で。嫌だったなら悪いな」
「え、嫌じゃないけど…びっくりしただけ!!」
ならいいと颯音は言って、ベンチに座った。
「てか、うるさいな…」
颯音は片耳を塞いでグラウンドを見る。
未だに騒ぐ観客に溜息をついた。
「今の1年だろ!!?」
「1年であの肩?投手じゃねェのか!!?」
「レーザービームみたいだった!!」
聞こえてくる声は驚きと賞賛の声。
颯音は帽子のつばをグイッと引いて目元を隠す。
「……たかがあんなボールで」
颯音はそれだけ言ってバッターボックスの方を見た。
たかがって…
あんなの普通の高校生、まして1年に投げられるようなものじゃない。
プロでも早々見られないレーザービームみたいなボール。
それに、構えていたわけではない俺のミットを的確に狙って…
「何者だよ…颯音」
俺の言葉は聞こえなかったのか、颯音は帽子を深く被ったまま真っ直ぐとグラウンドを見つめていた。
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