「玖城、やるじゃねぇか」
俺の頭を容赦なく叩く神谷さんに眉を寄せて。
「痛いんですけど」
「ホームラン2つにツーベースヒット。上出来だな」
「……なんでそう上からなんですか」
神谷さんの手を払って、溜息をつく。
キャプテンと成宮さんは青道のユニフォームを着た奴と話している。
「颯音、試合見るだろ?移動しようぜ」
多田野の言葉にすぐ行くと答えて、歩き出そうとすれば神谷さんが俺の名前を呼んだ。
「はい?」
「折角だしベンチで見たらどうだ?樹も」
「え、いや…悪いですよ!!」
慌てる多田野の声を聞きながら、俺は帽子のつばを少し上げて。
「…お言葉に甘えて」
「「え?」」
「ちょ、颯音!?」
白河さんまで驚いた声を上げて。
「見せてくれるって言うんだから、断る理由はない」
「てっきり、自分の出ない試合には興味ないとか言うかと思った」
「だから、言ったじゃないですか。どれだけ待ったことかって」
神谷さんが笑い出して、俺の背中を叩く。
「楽しみにしてろよ」
「……期待してます」
そんな話をしていれば俺の名前を呼ぶ声が聞こえて。
振り返れば青道ユニフォームを着た人が2人増えていた。
そこにいた人は皆俺の方を見ていて。
「…何だと思いますか?」
「行って来れば?」
「え…」
白河さんが頑張れ、なんて勝手なことを言って俺の背中を押した。
仕方なくそこに行けば成宮さんは俺を睨みつけて。
「……俺がなにか?」
「さっきの試合。凄かったな、お前」
眼鏡の人はそう言って俺を見る。
「なんで黙ってんだよ、お前」
成宮さんがそう言って俺を睨み付ける。
小さく溜息をついて、帽子のつばを下げた。
「たかが、あれだけのプレーで…」
「え?」
俺の言葉を聞き返そうとした眼鏡の人の言葉を遮った声。
地面の手をついていた奴が立ち上がって、びしっと俺を指差した。
「同じ一年として!!俺はお前には負けないからなっ!!俺は時機に青道の1番をつける男!!沢村え「ねぇ」」
高々と宣言しようとしていた男の言葉を止めて、俺は首を傾げた。
「1番つけるってことは投手?だったらさ、そういう宣戦布告はこの人にしてくれない?」
隣にいる成宮さんを指差して言えば、え、と成宮さんが言葉を零して。
「それに…同じ1年として、俺がお前に負けたとしても。チームが勝ったならそれでいい」
俺は彼に視線を向けてすぐに逸らす。
真っ直ぐな瞳、してんのに勿体ない奴…
「個々人の勝負とか…そんなくだらねぇことのために、俺は野球してない」
「なっ!!?」
「野球は1人でやるもんじゃない。そんな考えの奴が1人でもいるチームなんて、俺はチームとは認めない」
俺の言葉に成宮さんがハァ!?と眉を寄せた。
「カッコつけたこと言ってるけど、俺はお前を認めてないからな!!」
「だから、俺のことは認めなくていいですって」
「ハァ!!?」
キャプテンが溜息をついたのが聞こえる。
俺に宣戦布告した奴は焦っていて。
「俺を認める必要はないですよ。人間、好き嫌いはありますから」
「じゃあ、なんだよ」
「俺を認めてなくても、俺の実力は信頼させるんで」
俺の言葉に3人目の青道の人が独特な笑い方で笑い出した。
「なんですか?」
「いや、面白れぇ奴だなって」
「…どうも。…成宮さん」
成宮さんは何も言わずに眉を寄せていて。
「信頼って、その人自身に向けるものもありますけど。相手の力だけを信頼することはできるんですよ」
「……俺は、お前なんか絶対認めない!!お前の力も信頼なんてしねぇし!!」
「そうですか。だったらそれは俺がまだ未熟ってことですね。だったら、努力します。だた、それだけです」
成宮さんは目を丸くして、キャプテンは笑っていた。
「なぁ、お前」
「はい?」
「名前は?」
俺を笑った人がそう俺に問いかけて。
「玖城颯音です」
「俺は2年の倉持洋一だ。お前、最後の打席狙ってファールにしてたよな?それだけじゃねぇ。最初の打席の2球もわざと見送った」
倉持さんの言葉に成宮さんが俺を見る。
「まさか。そんなわけないじゃないですか。試合出るのこれが初めてなので、緊張してただけですよ。ファールも、ただ上手く当たらなかっただけですよ」
「……玖城って緊張すんの?」
じとーっと俺を見る成宮さんが見えて、俺は首を傾げた。
「しませんけど」
「普通に嘘ついてんじゃん!!」
「……わざわざ教えてあげる義理はないかなぁって。倉持さんだって、わかってて質問してるだろうし」
ヒャハッと彼は笑う。
「やっぱお前、面白れぇわ」
「それはどうも」
「もう行くぞ。鳴、玖城」
彼らに背中を向けて、歩き出す。
「……ねぇ」
「なんですか?」
「さっき聞かれてたの本当?」
お互い前を向いたまま、尋ねられた質問に俺は内心ため息を吐く。
「そんなはずないでしょ。繰り上げで試合に出てる1年なんですから」
「…あっそ」
▽
ベンチでただじっと試合を見つめる。
成宮さんは6回まで無失点。
稲白打線は初回から点を重ねて8点のリード。
成宮さんの投球をちゃんと見たのは初めてだった。
スライダー、フォーク、ストレート。
ストレートは150`くらいでている。
成宮さんがどこか楽しげに笑って、帽子のつばを指で上げる。
キャプテンが少し渋って、ミットを構えたように見えた。
そして投げたボールはチェンジアップ。
縦横の変化に加え、緩急もあり。ねぇ…
ナイス、と声をかけられながらベンチに戻って来てびしっと体が固まった。
「余計な情報は与えるなと言ったハズだが?お前はこの回で降板だ」
「ええっ!!マジっスか!!?」
説得しようとする成宮さんの声を監督は完璧に無視して。
「雅さ〜ん。俺降板だって。エースなのに」
「当たり前じゃねーか、このバカ!!こうなることを分かった上で威嚇したんだろ。だったら泣くな」
「うん」
あれは隠し球だったわけか。
チラッと成宮さんを見れば目に涙を浮かべていて。
マウンドを譲りたくないって気持ちが強いんだろう。
「お前はこの1年。甲子園で勝つことだけを考えて努力してきたんだ。その決意を青道の奴らに見せてやるのは間違っちゃいねーよ!!」
「だよね!俺頑張ってたもんね」
「だからそれを口に出すんじゃねーよ!!本当小せぇヤローだ!!」
甲子園、ねぇ…
打者を見つめながら首を傾げる。
その舞台に一体何があるんだろう?
「けど…去年の経験があったからこそ俺達は大きくなれた」
「うん!これからだってもっともっと強くなれる!!」
成宮さんは監督に言われた通りその回で降板し、試合は稲実の勝利で終わった。
「どうだった?」
白河さんが俺にそう問いかけて、その後ろで神谷さんも俺を見ていた。
「……どう、と言われるとなんて答えればいいのかわかりませんが…」
少し首を傾げて、言葉を探す。
「まぁ、あれですね」
「なんだよ?」
「即刻帰る、なんて必要はなさそうでよかったです」
2人は顔を見合わせて首を傾げた。
▽
次は試合の観戦で。
あの眼鏡の人はキャッチャーなのか…
倉持さんはショート。
小さく欠伸を噛み殺しながらそれを眺める。
「あ〜あ、つまんないなー。青道の打線が凄いのはもう知ってるよ。降谷ってやつの球が見れないのがな〜」
「まだ言ってんのかテメェは…。青道って投手が弱いイメージがあるけどよ。川上も丹波もいい投手だぜ。油断せずにちゃんと見とけ!!」
「けど…あの人後半自滅するじゃん。折角いい球投げるのに同じ投手として見てらんないというか…」
成宮さんはそこで黙ってキャプテンの影に隠れる。
「わっ!目が合った…」
「隠れてんじゃねーよ!!」
そんな会話を聞きながら隣にいる多田野の肩を叩く。
「どうしたの?」
「丹波ってあの人?」
「そうだよ。川上っていうのは俺達の試合で投げてた人。鳴さんが気にしてる降谷っていうのは俺達と同じ1年の投手らしいよ」
俺が聞きたかったことを全て答えてくれて、サンキュと言葉を返して視線を試合に向けた。
マウンドに上がった丹波さん?がどこか驚いたように目を見開いたように見えた。
そしてずっとカーブとストレートを投げていたのにボールはガクンと落ちて。
「フォーク…」
ストレートとほぼ同じ軌道。
打者の手元で落ちた。
「ほ〜…」
「だから油断できねぇって言っただろ。本気で甲子園狙おうって奴らはどいつもこいつも死にもの狂いなんだ…甘くみてると喰われちまうのは俺達の方だぜ」
バッターボックスに丹波さんが立つ。
まぁ、面白いチームだなぁ…なんて思いながら試合を眺めていて。
俺は目の前の光景に、目を丸くした。
「え?」
投手の投げたボールが曲がり、丹波さんの顔に直撃して倒れ込む。
いち早く監督が駈け出していって。
「颯音…今の顔面…かな?」
「いや。顎か頬…」
ざわめきの中倒れた丹波さんを見つめて。
「…脳に異常がないといいけど」
「そう、だな…」
顔を青くしてる多田野の頭をポンと撫でて。
大丈夫か?と尋ねれば多分と弱った声が返ってきた。
「おい…帰りの準備をするぞ」
「は…はい」
監督の言葉にみんな動揺しながらも答えて。
歩き出した彼らの一番後ろをついて行きながら振り返る。
「エースが抜ける…か」
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