試合が何とも煮えきらない感じで終わって。
自主練習を終えて自分の部屋に戻ればなぜか成宮さんと神谷さん、多田野がいて。
白河さんは不機嫌そうに眉を寄せていた。

「どうしてここにいるんですか…?」
「この部屋が一番綺麗だからな」

俺は自分の椅子を神谷さんに取られてしまっていて。

「神谷さん」
「なんだよ。退かねぇぞ」
「いや、退かなくていいので。ちょっと荷物とっていいですか」

椅子に座ったまま神谷さんは少しずれて。

引き出しの中から新品のノートを2冊出して、鞄の中の筆箱を取る。

「どうも」
「なんかやるのか?」
「いえ…少し、課題を。ここじゃできなさそうなので食堂行ってきます」

そう言って、部屋を出ようとすれば成宮さんに呼び止められて。

「ポカリ買ってきて〜」

…この人、話聞いてたのか?

内心ため息をついてノートと筆箱を机の上に置く。
鞄から財布を出して、部屋から出る。

「…ポカリでいいんですか?」
「うん。て、は?」

驚く声を無視して部屋を出て、外にある自販機でポカリを5本買って。

それをもって部屋に戻れば成宮さんが目を丸くして俺を見た。
その視線から逃れるように顔を背けて。

「どうぞ。白河さん達も」
「あ、あぁ…?」
「お金」

白河さんが財布を出そうとするのを止めて、机の上のノートと筆箱を取る。

「お礼なので、気にしないでください」
「お礼?何もしてないけど…」
「多田野は、無茶なボール投げた謝罪ってことで。構えてないのに投げて悪かった」

それだけ言って部屋を出ようとすればまた成宮さんに呼び止められる。

「お前に借りなんて作りたくない!!お金返す」
「借りじゃなくて、俺の為に5本買ったようなものだし」
「は?」

意味が解らないという彼に溜息をついて。

「小銭ってちょっと使いにくくて。邪魔だったんで」

それだけ言って部屋を出る。
残りの1本を持って、向かった先はキャプテンの部屋で。

「すいません」
「玖城?どうした」
「スコア、借りてもいいですか?」

あぁ、と答えて渡されたそれに視線を落とす。

「あと今日の試合映像を。青道と修北のも」
「別にいいが…」

ありがとうございます、とビデオカメラを受け取る。

「あ、あと。これ」

残りの1本のポカリを渡せばキャプテンは首を傾げて。

「いつも迷惑かけてるので。どうぞ」
「あ?あぁ…」
「それじゃあ失礼します」





玖城に貰ったポカリを飲みながら駄弁っていれば、部屋に携帯の音が鳴り響いて。

「誰かー携帯鳴ってる」
「俺じゃないです」
「俺でもねェけど」

音は1度止まって、また鳴り出す。

「誰の?」
「玖城の」
「え?」

白河の言葉に顔を上げて、音の出どころを探せば鞄の中で震える携帯があった。

「誰から?女?」

カルロがニヤニヤと笑って。
画面に視線を落とせばLeonardoと書かれていて。

「レ…レオ、レオナルド?」
「外人?」
「英語だし。多分そう」

音はまた切れて、俺達は顔を見合わせる。

「いつもの電話の相手がレオナルドって奴なの?」

俺の言葉に白河は首を傾げて、樹が届けた方が良いんじゃ…と言葉を漏らす。

「誰行く?」
「めんどくせぇ」
「じゃんけんでいいだろ」

携帯を真ん中に置いてじゃんけんをすれば、俺だけグーで他に奴らはパー。

「鳴、だな」
「げぇ」
「頑張れよ〜」

仕方なく携帯を持って、部屋を出る。
廊下の窓の外はもう暗くなっていて。
手の中の携帯はまた震えだす。

「しつこっ!!」

食堂に入れば一角だけ明かりがついていて、腕に顔を埋めている玖城がいた。
やっと鳴り止んだ携帯を片手に近づいて顔を覗きこむ。

「…寝てんの?」

普段は帽子で隠されてほとんど見えない瞳が閉ざされていて。

「…睫長っ」

規則的に上下する肩。
起こすに起こせなくて、どうするかと視線を動かせば机の上に広げられたスコア表が目に入る。

「これ…今日の試合?」

腕の下には開かれた1冊のノート。

「確か2冊持って出て行ったから…あった」

スコア表の下にあったノートを開く。
そこには小奇麗な文字が並ぶ。

「なにこれ…」

各回、各打席について細かく書かれたそのノート。
ボールの軌道や振ったバッドの位置まで。

1ページに1打席のペースで書かれたそのノートに俺は眉を寄せる。
攻撃の時は俺が投げたボールについても事細かに書かれていて。
ページを捲っていけば俺が降板した回に行きつく。

「チェンジアップ…スクリュー気味に緩急をつけて落ちているように見える」

チェンジアップにアンダーラインが引かれてそう書かれていた。

「…たった1球しか投げてないのに…」

テレビ画面には丹波さんにボールがあたったところで止められた映像があって。

「……研究してたってこと?」

わざわざ自分のチームまで…?
意味わかんない。
ノートを閉じて、彼を起こそうと手を伸ばせばまた携帯が鳴りだして。

「ん…あ、れ…」

顔を上げた玖城が俺を見て首を傾げる。
初めて向けられた冷たくない視線。
交わった視線に目を逸らせなくなった。

「…なんで、成宮さんが…」
「携帯…鳴ってたから、持ってきた」

ん、と差し出せば玖城は眉を寄せてそれを受け取って。
手首の時計に視線を向ける。

「……9時…?」

玖城は顔を上げて、食堂の時計を見る。

「……もう11時か…」
「いつから寝てたの?」
「10時半までは記憶があるのでそれくらいかと…」

通話ボタンを押して電話を耳に当てる。

「Ah…Good morning,Leo」

電話の向こうから怒鳴るような声が聞こえて玖城は眠たげな瞳を擦りながらクスクスと笑う。
俺はそれ見て目を丸くして。
電話の向こうから聞こえる声を耳を離しながら聞いている玖城は俺を見た。

「携帯、ありがとうございました。電話が終わったらここ、片付けるので戻って貰っていいですよ」
「あ…あぁ…」

暗に帰ってくれ、と言われた気がするけど。
そこにいる理由もなくて食堂から出ようとする。

玖城は多分英語で電話の相手と楽しそうに話していて。

「……意味わかんない」

微かに胸の辺りが苦しくなって眉を寄せた。



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