明治神宮野球場。


『これより第89回全国高校野球選手権、東西東京大会を開催いたします』

アナウンスのあとサイレンが鳴り響く。

ぎゅうぎゅうに詰め込まれて、正直気分が悪い。

「詰め込みすぎじゃね、これ」
「…だよね」
「帰りてー…」

こんなことならサボればよかった、なんて内心考えて溜息をついた。

開会式を終えて球場彼出ればどこか見覚えのある集団と遭遇する。

「あぁ〜〜〜!!た、丹波さんがデッドボールのショックでハゲた」
「隠れるな」

成宮さんがデッドボールを受けた青道の投手を指差しながらキャプテンの後ろに隠れる。

…成宮さんって、普通に失礼な人だな…

「あの時は冷や汗が出たが思ったより大事には至らなかったようだな」
「ったりめーだ!丹波の顔面は鉄よりも硬ぇ。硬球になんか負けるかよ!!」

ひげを生やした人が右手で自分の頬を軽く殴る。

「げんこつせんべい並みだ」
「いや、それ割れるから…」

青道の人達の言葉に丹波さんはどこか驚いて、呆れたような表情をしていた。

「ウチと当たるまで楽しみに待ってろコノヤロー」
「お前ら元気一杯だな…」

成宮さんが何か見つけたのか騒いでいるのを聞きながら帽子を深く被って小さく溜息をつけば顔を覗きこまれて。

「やっぱ、玖城じゃん」
「…倉持、さん」
「ヒャハッ相変わらず冷めてんなー、お前」

交わった視線に彼は独特な笑い方をする。

「背番号は?」
「14」
「試合出れんの?」

この人は何で俺にそんなことを聞くんだろう…?

「監督次第です」
「あーっお前もこの間の!!」

大声で俺を指差したのは宣戦布告をしていた1年の奴。
俺が顔を横に向ければ眼鏡のキャッチャーが馬鹿にするように笑う。

「沢村、ガチで嫌われてんじゃね?」

何で俺こんなに絡まれてるんだろう?
深く被った帽子の下、眉を寄せて。

「御幸も沢村もガン無視されてるじゃねぇか」
「悪いな、うちの1年が」

キャプテンがそう言って俺の頭を軽く叩いた。

「いや、こちらこそすまない」
「お前ら、ウチと当たるまでコケるなよ!!」
「それはこっちのセリフだ!!」

キャプテンの陰に隠れて溜息をつく。

「決勝でな」
「ああ、決勝で」

お互いに歩き出して、倉持さんが俺の名前を呼んだ。

「じゃあな、玖城」

会釈だけ返して、列の一番後ろを歩く。

「…なんで倉持さんに絡まれてるの?」

不思議そうに首を傾げた多田野に俺も首を傾げる。

「俺も知りたい。練習試合の時名前聞かれて答えた…だけ」
「それだけ?」
「あぁ、多分…それくらい」

歩きながら振り返れば丹波さんが見えて。

「…戦列から外れたエースに出来ることって何だと思う?」
「え?丹波さんのこと?…早く治して、チームに戻ることじゃない?」
「それ以外は?」

多田野は何だろうと首を傾げる。

「……無力だよな、試合に出れないエースって」
「え、うん。悔しいだろうね、きっと」

無力の、お飾りのエースか…





第1試合、俺は練習試合同様ライトだった。
試合は7回コールド。
投手は成宮さんではなく控えの井口?さんだった。

「控え投手なのに、いい球投げるんだな。あの人」
「井口さんのこと?鳴さんがいなければ普通にエースになれる素質はあるよね」
「あぁ」

今日は2回打席に入った。
練習試合みたいにホームラン2つとはいかなかったけど一応ヒットは打ったし、出塁もした。

「初戦からスタメンって、颯音凄いよな」
「そうか?…後々楽させるためだろ」
「……そこは素直に喜べばいいのに」

多田野はそう言って溜息をつく。

「喜んでられないだろ。すぐに次の試合だろ?」
「段々試合の間隔が短くなるよ。なのに相手は強くなっていく」
「…しかも夏に。これは叩かれても仕方ないよね」

ボソッとそう言えば多田野が何?と首を傾げる。

「なんでもない」
「そう?」

帰り道そんなことを話しながら帰って、いつもより軽めの練習をしてその日は終わる。
キャプテンにボールを受けてもらおうと彼を探していればキャプテンと監督が何か話していて足を止める。
何か資料を見ながら話す2人が、頷いて。
キャプテンがこちらを向く。

「あ、玖城…いいところに。玖城、今お前を呼ぼうとしていた」

そんなキャプテンの言葉に首を傾げてそちらに向かう。
外で話すのはあれだからと監督の部屋に入って、渡されたのは先程まで2人が見ていた資料。

それは次の対戦校のここ数ヶ月の試合データだった。
ぺらぺらとページを捲っていき、俺は眉を寄せる。

「これって…」

言葉を続けなくても、監督は頷いた。

「……わかりました」

2人が何も言う前にそう言って、その資料を机に置く。

「俺が出ます」
「それがどういうことか……わかってるのか?」

キャプテンはそう言って俺を見て、俺は視線を机に置いた資料に向ける。

「前に練習の時間を変えて欲しいとお願いした時。わざと聞かせなかった言葉があるのを憶えていますか?」
「あ?あぁ…鳴の声に消されたやつか?」
「はい」

俺は小さく息を吐いて、口を開いた。

「ただ、練習を見せる必要はない。俺がマウンドに上がるのは…きっと、何かを犠牲にしないといけないときだから。……そんな日は、来なければいいと思ってたんですけどね」
「玖城…」
「大丈夫です。こういうのは慣れています」

監督は資料をじっと見ていて。

「俺が交代しなければ…きっと大丈夫です」
「交代しねぇってのは、難しいんじゃねぇか?」
「いえ、大丈夫です。…少しお時間を頂ければ」

キャプテンの方を向いて、口を開く。

「キャプテンのお時間を…少しいただけますか?」
「俺の?」

はい、と頷いて左手をぎゅっと握る。

「隠していたことは、謝ります」
「は?」
「あれだけ優秀な投手がいれば、必要ないと思っていたんですけどね」

俺の言葉にキャプテンは首を傾げていた。
監督は静かに俺の名前を呼んで。

「任せたぞ」
「…はい」

俺はそう答えて部屋を出る。
キャプテンも一緒に部屋を出て。

「必要なものがあるので、家に取りに行ってきます」
「あ?あぁ…」
「すぐに帰ってきます。帰ってきたら投球練習に付き合って下さい」

わかったとキャプテンは答えた。



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