第2試合当日。

ベンチに座って、グローブを見つめて小さく息を吐いた。

「玖城でも緊張すんの?」
「しませんよ。て、なんでそんなニヤニヤしてるんですか…神谷さん」
「緊張してたら解してやろうと思ったのに」

遠慮しておきますとは呟いて、頭を撫でていた神谷さんの手を払う。

「頑張れよ、1年坊主」
「後ろは守ってるから、自分のピッチングしてね」

声をかけてきた2人を見つめて首を傾げる。

「えっと…ありがとうございます。ご迷惑おかけすると思いますが…宜しくお願いします」
「うわっ態度違いすぎじゃね!!?」
「いや…神谷さんだし…」

そう小さく呟けば頭を叩かれて。

「負けたら承知しないからなっ」

びしっと俺を指差した成宮さんにわかってますと答えれば不服そうに眉を寄せた。

「ダメそうだったら絶対交代してやる」
「それは困るんですって」

キャプテンが俺の名前を呼んで、そちらに駆け寄る。

「平気か?」
「一応研究はしたのである程度は。…まぁ何が起きるかわからないですけど」
「無理はするな」

その言葉に頷いて俺はベンチに座った。


初回から白河さん達がヒットを打って2点先制で1回の裏を迎える。

「玖城!!」
「はい?」

ベンチから出た俺に声をかけたのは神谷さんで、足を止める。
神谷さんの隣には白河さんがいて。

「みんなお前を信頼してる」
「は?」
「だからお前をマウンドに上げる」

神谷さんはそう言って笑って俺の肩を叩いて走って行く。

「それだけじゃわからないだろ、馬鹿」

白河さんはそう小さく吐き捨てて俺を見た。

「後ろが信頼してるんだから、玖城も後ろを信頼するべきだよ」
「あ、はい」

白河さんが俺の横を通り過ぎて小さな声で言った。

「頑張れよ」

俺は目を丸くして、でもすぐに帽子を深くかぶって呟いた。

「はい」

マウンドに上がって、後ろを振り返って頭を下げる。

「よろしくお願いします」

俺の言葉は聞こえてないだろうけど笑ってる彼らが見えて、俺は前を向いた。

「…でも、ごめんなさい」

小さく呟いた言葉はグラウンドの歓声に飲み込まれた。

深く被っていた帽子の下からキャプテンを見れば、一度だけ彼は頷いた。





颯音のピッチングはあの日以来初めて見た。
ストレートは多分鳴さんと同じくらい出てる。
今のところ球種はストレートとカーブ。

コントロールは凄く良くて、雅さんはほぼミットを動かしていない。

3人をアウトにして颯音がベンチに戻ってくる。

「普通にいけんじゃねェか!!」
「頭叩かないでください、神谷さん」
「ナイピ」

翼さんがそう言えば颯音はどうも、と小さく答えた。


2回の表。

颯音はバッターボックスに入って。
相変わらず落ち着いた様子でヒットを打って出塁する。
けど、その後が続かなくて交代になった。

2回裏も出塁は許さず、颯音はベンチに戻ってきた。

「颯音」
「ん、サンキュ」

飲み物を渡せばそれを受け取って颯音は隣に座った。

「球種、カーブとストレート?」
「あとスライダー。コントロール重視だったから球種は少ないけど」

颯音はそう言って紙コップをゴミ箱に捨てて、試合に視線を向ける。

「ストライクゾーン何分割で練習してた?」
「9分割」
「何割くらい正確にいく?」

俺の問いかけに颯音は首を傾げる。

「9割?」
「マジで?」
「ちゃんと数えたことないけど。てか、多田野もちゃんと捕手だな」

颯音が少し驚いたような声で言った。

「どういう意味!?」
「いや。目、キラキラしてるから」
「え?…てか、帽子深く被ってるのに見えてるの?」

俺の言葉に見えてるよ、と颯音は答えた。

「カッコいいんだから、隠さなくていいと思うんだけど」
「The eyes are as eloquent as the tongue」
「は?」

颯音は突然流暢な英語で話して俺は目を丸くする。

「目は口ほどにものを言うって意味。口は閉ざしてしまえばいいけど。目は閉ざしてられない。だから、隠すんだよ」
「て、ことは。颯音の目見たら何考えてるかわかるってこと?」
「その逆転の発想は困る」

て、ことは…やっぱり昨日のあれは…
目を閉じていたのは、それを悟らせないためってこと?

「なぁ颯音」
「なに?」

俺が口を開こうとすれば交代の声が聞こえた。

「多田野?」
「いや、なんでもない。頑張れよ」

3-0で迎えた3回の裏。
颯音のピッチングは安定していた。

「玖城と何話してたの?」

ずっとムスッとして黙っていた鳴さんが後ろから声をかける。

「え?あぁ球種とか…」
「なんだって?」
「ストレート、カーブ、スライダーって言ってました。コントロール重視で球種は少ないって」

鳴さんはマウンドにいる颯音を見つめる。

「他は?」
「他は…目は口ほどにものを言うって」
「はぁ?何の話してるわけ?」

さっきの会話を鳴さんに言えば眉を寄せる。

「玖城と目、合わせたことある?」
「1回だけ」
「アイツ、怒ってるときは目を合わせるだけで背筋が凍る感じがする。スッゲェ、怖いの」

鳴さんの言葉に浮かんだのは昨日の颯音の目。

「けど、怒ってないときって…目、逸らせなくなる」
「え?」
「なんか、体動かなくなるっていうの?逸らしたくないって思うんだよね。すぐ逸らされるけど」

なんとなく、それもわかった。
意識が持って行かれるような、吸い込まれるようなそんな感覚。
綺麗な瞳をしてるから。

「それ…わかります」
「わかる?アイツ、なんなんだろうね」
「鳴さん?」

鳴さんはじっと颯音を見つめていた。
その視線に嫌悪なんて含まれていない気がして、俺は首を傾げる。

「玖城がまともに目を合わせるようになったとしても…きっと何を考えてるかなんてわからないよ」

また鳴さんの眉間に皺が寄った。

「全く知らない奴の思考なんて、わかりっこない」

颯音がベンチに戻ってくれば鳴さんは何事もなかったかのように視線を逸らした。

「お疲れ。次打者?」
「あぁ」

3回まで無失点。
出塁もされず安定している。

バットを持った颯音は監督の所へ歩いて行く。
話してる内容は聞こえなかった。
けど、メットの下に見えた颯音の目は昨日見たものと同じだった。

コクリと頷いてベンチを出ていく颯音はぎゅっとバットを握りしめて。
怒っているなんて言葉じゃ表せない。
嫌悪というよりは憎悪。
殺意、のような…そんな鋭く冷たい瞳だった。

先頭打者が1塁に出る。
颯音はバッターボックスに入って。
打球は2・3塁間を抜けて行き、1塁にいた先輩はホームに帰ってきて颯音は2塁で足を止めた。
颯音の次は打順1番の神谷さんで。
ぎりぎりなボールで1塁に出たが、颯音は2塁で足を止めたまま。


「足速いなぁ…」

その次は白河さん。
白河さんの打球は1・2塁間を抜け。
颯音が3塁を蹴ってホームに向かってくる。

ライトの送球は今までよりも速く感じた。
球速も動作も、今までとはどこか違かった。

颯音がホームに頭から突っ込んで、それと同じタイミングでボールが捕手に向かって行った。
砂煙に飲み込まれて、どうなったか見えなくて手すりに掴まって体を乗り出す。
鳴さんも体を乗り出してホームを見ていた。

「セーフ!!」

審判の声に歓声が沸いた。
けど、砂煙が消えて見えた光景に俺は目を丸くした。

「颯音!!!?」

颯音はホームに伸ばされた右腕を左手で押さえ蹲っていた。

「玖城!!!!?!」

隣から鳴さんの酷く焦った声が聞こえた。



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