一軍に上がった次の日。
俺の前には仁王立ちする成宮さんと呆れ顔のキャプテン

「あの、なにか…?」
「話が合って来たんだが…こいつが勝手について来てな」
「お前なんかのために雅さんが動くのが気に入らないの!!」

成宮さんの言葉に溜息をついてキャプテンに視線を向ける。

「話、なんですか?」
「お前、今寮には?」
「入ってないです」

キャプテンはやっぱりそうかと言葉を零して。

「寮に入って貰いたい」
「…家からの通いじゃダメなんですか?」
「練習時間が減るからな…可能なら入ってもらいたい」

キャプテンの言葉に視線を逸らす。


「………寮に入るならここに来る意味なかったんじゃ…」
「雅さんの言ったことに文句あんのかよ」
「…いいえ」

視線を逸らして帽子を深く被り直す。

「あの、寮って1人部屋ですか?」
「いや。1軍の2年と同室になる」
「……そう、ですか…」

どうしようか、と考えて視線を落とす。

「無理そうか?」
「…両親には相談してみますけど。その人に申し訳ないなぁと」
「は?」

不思議そうに首を傾げた成宮さん。

「分かり次第…報告します」
「あぁ、頼んだ」

結局成宮さんは何の為に来たんだ?
帰っていく後ろ姿を見つめて俺は首を傾げた。







結局、寮に入ることになってしまった。
事情を話せば両親は笑顔で俺を送り出した。


「やっぱり…来る意味なかったよな…」

練習が休みの日の昼ごろ、荷物が部屋に運ばれるのを見ながら溜息をつく。

段ボール数個が部屋に運ばれたのを確認して中に入る。
もう1人の人が使っているであろう机は酷く整っていて、ガサツな人じゃなさそうでよかったと安心した。

机に備え付けられた本棚に教科書をしまって、パソコンを机の上に置く。
ネット回線を繋いでいれば後ろからドアが開く音が聞こえて視線を上げる。


「…同室になった1年の玖城です」
「2年の白河」

白河さん、ね。
成宮さんみたいに騒がしそうな人じゃなくて良かった。


「お前がどんな奴か知らないけど」
「はい?」
「うるさくはするな。それから部屋を汚すな」

あぁ…この人とは気が合う気がする。

「…わかりました。あぁ、けど…少し夜更かしの癖があるのでその辺りは目を瞑っていただければ嬉しいです」
「…あぁ」


白河さんは自分の机の椅子に座ってヘッドホンで両耳を塞いだ。

俺も彼から視線を外して、パソコンの回線をつなぐ作業に戻る。
パソコンの回線がつながれば案の定何通かのメールが届いていて。
それを見る前に片づけを済ませようと残りの段ボールを開く。

本棚に入るだけの本を入れて、入りきらなかったものは段ボールに入れたまま机の下に置いて。
キャプテンに言われた通り段ボールをゴミ捨て場に運んで、部屋に戻ろうとすれば見覚えのある人がいて足を止める。


「あ、お前」
「…どうも」

野手の練習の時に良く俺に絡んでくる人。
頭を下げれば彼は楽しげに笑う。


「白河と同室だろ?」
「はい」
「頑張れよ。アイツ、細かいから」

俺は絶対無理、と言って笑う彼。
ガサツそうだしな…この人。
俺は白河さんより貴方が無理ですなんて、言わないけど。

「そういや、お前さ」
「はい?」
「1軍の奴らの名前憶えてんの?」

彼の言葉に首を傾げる。

「憶えてないですけど」
「俺の名前は?」
「…さぁ?」

マジかよ、と彼は零して。

「神谷カルロス俊樹。2年な」
「神谷さん…多分覚えました」
「多分かよ」


呆れたような目を俺に向ける神谷さんから目を逸らす。

「お前、人の目見て喋らないよな」
「…ダメですか?」
「いや、まともに目合わせて話したことないって思っただけだけど」


俺は視線を逸らしたまま口を開く。

「…成宮さんとはありますよ。目合わせて話したこと。他はないです」
「なんで?」
「特に理由はないです。必要性を感じないので」


何か言おうとした神谷さんの言葉を遮るように遠くから彼を呼ぶ成宮さんの声が聞こえて眉をしかめる。

「…失礼します」
「逃げんなよ」
「まだ片づけ終わってないんです」

絡まれたら面倒だし。
俺が足早に部屋に戻れば白河さんは先ほどと変わらず音楽を聞いていて。

俺も両耳をイヤホンで塞いでパソコンの前に座る。
届いていたメールには予想通りのものが添付されていた。

それを見つめてカタカタとキーボードを叩いていれば肩を誰かが叩く。
いや、誰かって白河さんしかいないけど。

「はい?」
「…携帯、鳴ってる」
「え?あ、ありがとうございます」

俺は着信を続ける携帯を片手に部屋を出た。

俺が出て行ったあと、白河さんがパソコンの画面をじっと見つめていたなんて俺が知るはずもなかった。

部屋に戻れば白河さんはやっぱり相変わらずな様子で。
俺も気にせず、画面に向かう。

そんな俺を白河さんがじっとみつめていたことも、俺が知るはずはなかった。



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