「出血多量。5針縫ったって」

寮の部屋で眠る玖城を鳴はただじっと見つめていた。

「聞いた話、病院で1度目を覚まして寮に戻りますって答えたらしいけど。その後すぐに意識失ったって」

さっきまで先輩とかも様子を見に来ていたけど、起きたらまた来ると言って戻っていった。

「雅さんから聞いた」
「何を?」
「試合する前に…相手のラフプレーが酷いことわかってたって」

俺は眉を寄せて、ヘッドホンから流れる音楽を止めた。

「毎回投手や主要な選手を怪我させる傾向があって。俺と井口さんをマウンドに上げるわけにはいかなかったって」
「だからってなんで、玖城が…?」
「そういうところにいたらいいぜ」

玖城の椅子に座るカルロスがそう言って、溜息をついた。

「バットもボールもスパイクも凶器になるって。あの体の傷も全部そういうことだろ」
「だからってなんで玖城が怪我してんの?俺のことなんて放っておけばいいじゃん。玖城がわざわざ俺を庇った理由ってなに?なくない?」
「それは本人に聞かないとわからねぇけど、プライドよりも大事なものあったんだろ?」

機能の会話を思い出して俺は口を開く。

「約束」
「え?」
「プライドより大事なもの約束、誓いって言ってた。あと…例の本も関係してると思う」

未だ眠る玖城から鳴は視線をこちらに向けた。

「あの鍵付きの?」
「あれ、中身は手書きの英語。遠くて読めなかったけど」
「玖城は隠し事が多すぎる。だって、スイッチピッチャーとか聞いてないし。まず投球練習してたのも聞いてない」

拗ねた子供のように頬を膨らませた鳴にやっぱり坊やだとカルロスは呟いた。

「…鳴がいるから。言わなかったんじゃない?」
「どういう意味?」
「玖城、なんだかんだ言って鳴がエースだって認めてたしな」

鳴は眉を寄せた。

「それ、俺が悪いみたいじゃん」
「悪いだろ」
「悪いんじゃね?」

何で!!?と声を上げた鳴に俺は溜息をつく。

「鳴の態度だろ。アイツあれでもお前に実力だけでも信頼してもらわないといけないって言って頑張ってたし」
「そ、れは…」
「確かに隠し事は多いけど。言いにくい状況なのも事実だろ」

鳴は視線を伏せて、部屋に沈黙が流れる。

「玖城の体見たの初めてだったよな」

カルロスが沈黙を破ってそう言った。

「俺らが風呂の時間投球練習してたから。部屋でもいつの間にか着替え終わってる」
「凄い鍛えてるよね…」

鳴はそう呟いて、眠る玖城を見る。

「しかも、疲れないんだよ。こいつ」
「疲れない?」
「半日走り続けても平然としてた」

鳴の言葉にカルロスは俺が一番最初に感じた違和感はそれか、と呟いた。

「それじゃあサボってるとか言われてたのも全部勘違いだったってことだろ?」
「……多分」
「そりゃ最初の態度があれでも…仕方なくね?」

玖城を見る鳴の表情はどんどん険しくなっていく。

「何で2人とも玖城の味方なワケ!!?」
「…悪い奴じゃない」
「結構いい奴だぜ?普通に話しするし。ただ、目は合わせねェけど」

鳴は納得いかないのか不服そうな顔をしていて。
カルロスはそれが面白かったのか笑いだす。

「カルロ、うるさい!!」
「なんだと!!?」

じゃれ合う2人を余所に玖城は静かに目を閉じていた。
枕元に置いた携帯はチカチカと光っていて、着信かメールを知らせている。
音が鳴ってないから2人は気付いてないけど。





腕が熱くて目を覚ませば見覚えのある天井だった。

「あ、れ…」

暗い部屋。
聞こえるのは規則的な2つの呼吸音。

「…成宮さん?」

俺の机で眠ってるのは紛れもなく成宮さんで俺は首を傾げる。

「何でここにいるんだ…?てか、試合前に風邪ひくだろ」

ベッドから降りて自分のブランケットを肩にかけて。
その時見えた包帯の巻かれた腕。

「そういえば…怪我したんだっけ」

包帯を外せば縫った後があって、病院に運ばれたことがわかる。

試合が終わったあとベンチに戻って。
片づけをしようとしてグローブに血が付いているのに気づいた。
騒がれるのも面倒で血を洗い流して何事もなく戻ろうと思ったところまでは憶えている。

まぁ状況を見る限り途中で倒れたんだろう。
枕元に置かれていた携帯には数件の着信履歴があって。
携帯を持って外に出る。

グラウンドのベンチで電話を掛け直せば一番に聞こえたのは怒鳴り声だった。
どうして電話に出なかったのかとかそっちは今深夜だろとか。
昨日の試合はどうだったとか。
一気にぶつけられた問いかけに一つずつ答えて、最後に怪我をしたことを告げれば電話の向こうは静かになった。

どうして?と彼が呟いて。
ラフプレーか、と言葉を続けた。

そうだよと答えれば、また誰かを庇ったとかバカのことは言わねェよなと荒々しい声。

「Sorry,Leonardo」

俺の言葉に聞こえたのは舌打ちと怒鳴り声だった。
遠く離れたからと言って俺の約束が消えると思ったのか、と。
次会ったら絶対ぶん殴ると彼は言った。

また喧嘩になるなぁなんて思いながら顔を伏せていれば突然目の前に影が出来て。
顔を上げようとすれば胸倉を掴まれ、頭に衝撃が走る。

「痛ッ!!!?」

咄嗟に携帯を持っていたのと反対の手で頭を押さえ、顔を上げる。
見えたのは顔を歪めた成宮さんだった。



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