…さっきまで、寝てたよね?
俺の疑問なんて知るはずもなく電話の向こうのLeonardoが俺を呼ぶ。
先輩が来たから切る、と言えばさっきの音は何だと問いかけられた。
先輩に頭突きされたと素直に答えればざまぁみろと彼は笑って電話を切った。
とてつもなくムカついたけどそれよりもきっと成宮さんの方が問題だろう。
「あ、の…」
「何してんの」
ベンチに片足を乗せて胸倉を掴んだままの成宮さんがそう俺に問いかけた。
「電話してましたけど…」
「怪我して意識不明で。散々人に心配かけておいて突然いなくなるって何」
「あー…ご迷惑おかけしました」
成宮さんの眉間のしわはさらに深くなった。
交わったままの視線。
「何で庇った?」
「え?」
「何で怪我するってわかってて俺の代わりにマウンドに上がったんだよ」
彼の瞳に映っているのは、怒りだろうか?
「…貴方を怪我させないため」
「だったら自分は怪我していいってわけ?確かにエースの俺が抜けるのは凄く困ることだけどね!!けど…それがお前が怪我していい理由じゃない」
この瞳を俺は見たことがあった。
チームメイトを庇って怪我した時だった。
あの時も胸倉を掴まれて…
「自己犠牲がカッコいいとか思ってんの?」
「え…」
同じことを、言われた。
「なんだよ、その顔」
「あ、いや…同じこと言われたことあったんで」
「……同じこと繰り返してるってこと?バカなの?バカだよね?」
この人に馬鹿って言われるのは非常にムカつくんだけど。
口にしたら面倒だろうと口を閉ざした。
「お前が怪我して勝って嬉しいわけ?そんな勝ちが欲しかったの?」
「同じこと、言われました」
「なんて答えたの?」
こんなに人と目を合わせ続けたのはいつ振りだろう。
「その時は、違うと答えました。普通に戦って普通に勝ちたいってそう答えました」
「なら、なんで」
「けど。それでも…勝ちたいと思ってしまった」
成宮さんは目を丸くした。
「他の誰かが怪我をするくらいなら俺が怪我をすればいい。自己犠牲の上にある勝利でも…このチームが戦い続けられるなら構わないと、思いました」
「なんで!!」
「先が、見て見たくなった。甲子園ってところがどんなところか…知りたくなった」
日本の綺麗な野球の頂上を知りたくなった。
驚いている成宮さんが口を開く前に俺が言葉を続ける。
「怪我をするのは、慣れてます」
「慣れてるからって痛くないわけじゃないじゃん!!てか、慣れてる割に重傷だし」
「怪我自体はそこまで深くないんですけどね。思いの外出血が多くて。倒れるとは思いませんでした」
俺の言葉に成宮さんはまた眉を寄せた。
「頭下げてまで怪我するとかMなの?」
そして吐き出された言葉に俺は目を丸くして、笑う。
「酷いこと言いますね。ただ誓いを守りたかっただけですよ」
「何、誓いって」
「俺のチームメイトをもう誰も、傷つけさせない。俺が犠牲になっても」
それ、さっきと矛盾してない?と成宮さんが言った。
「普通に勝ちたいって言うのは事実ですよ。けど、それが無理なら俺が犠牲になってでもみんなを守りたいと…俺は思って。それを成宮さんと同じことを言った奴に言いました」
「それ、許されたの?」
「まさか。問答無用でぶん殴られましたよ」
思い出すだけでムカつく。
「……バイオレンスだね」
「俺とアイツだけです」
「それってレオナルド?」
成宮さんの口から出た名前に俺は首を傾げた。
「何で知って…」
「電話届けたじゃん。あの時の相手。怒鳴られてたし。…それで?」
話しの続きを促されて俺は言葉を続けた。
「馬乗りになって、アイツが言ったんです。お前が自分を犠牲にして仲間を守るって言うなら俺も自分を犠牲にして仲間を守ってやろうって」
「は?」
「俺とお前で仲間を守れば誰も怪我はしない。それに俺がお前をお前が俺をお互いに庇うんだからきっと誰も怪我をしないって」
馬鹿ですよね、って言って俺は笑った。
成宮さんはどこか複雑そうな顔をしていた。
「それが、プライドよりも大事なの?」
「これ以上誰も失いたくないから。まぁ俺は誓いを守ったけど俺は勝手にLeonardoのの誓いを破ったんで。会ったら絶対にぶん殴るって言われましたけどね」
成宮さんはやっと俺の胸ぐらから手を外して、少し離れて俺の隣に座った。
そして、沈黙が流れた。
▽
口を閉ざしてどれくらい経ったか。
玖城はあまり気にしていないようで空を見つめていた。
俺を怪我させないために。甲子園が見たいから。
そんな理由で玖城は俺を庇って、自分は当分試合になんて出られないのに。
誓いのために頭を下げて、結局その誓いも自己犠牲。
誰も失いたくないと言った玖城の表情は本当に辛そうで。
お前は一体何をしていたんだと、思った。
頭の中がグチャグチャして、本当にパンクしそうだ。
「お前…馬鹿じゃないの」
考えて、浮かんだ言葉はそれだった。
だって話だけ聞けばただのバカでMなだけの奴の話になるし。
「酷いですね。けど、甲子園ってところを見せてもらえるならその馬鹿も報われます」
「甲子園には絶対行くけど!!俺に恩を売る気でいたわけ!?」
そんなこと欠片も考えてませんけどと玖城は答えて、ぼんやりと空を見つめていた。
「……後悔しないの?怪我して」
「しませんよ。今まで幾度となく俺は後悔してきたから。もう、後悔はしない」
玖城は怪我をした右手で額を撫でる。
「手加減、されると思ってませんでした」
「は?」
「頭突き」
もう痛くないと、彼は呟く。
「怪我人に怪我増やしてどうすんの」
「…そう言われればそうですね。Leonardoだったら容赦なく殴って頬に湿布貼ってますよ、今頃」
玖城の方を見てももう視線は交わらなかった。
さっき交わっていた視線。
彼の瞳は一体何を語っていた?
目は口ほどにって、お前は目でも何も語ってないよって思った。
まぁ、結構いろいろ喋ってくれたけど…
「お前と初めてまともに喋った」
「そう言われればそうですね」
「樹とは…よく喋ってる」
俺の言葉にそうですか?と彼は呟いて、目を閉じた。
「カルロスとも、白河ともよく喋ってる」
「そうでもないですよ」
「…けど、皆。お前のことよくわかってない」
玖城は閉じた目を開いて、俺を見た。
赤色を帯びた瞳に俺が映っていて。
「聞かれれば答えますよ。ある程度は、ですけど」
言えないこともまだ沢山ありますけどとどこか困ったように笑った。
「なんで投球練習隠してた?」
「エースは貴方でしょう?俺がマウンドに上がる必要なんてなかった。あんなラフプレーがなければ」
「スイッチピッチャーとか、あり得ない」
あり得ないって言われても困ると玖城は答えて。
「元々左投げです。俺の球逸らさずに完璧に捕れる奴がLeonardoしかいなかったし。ローテだから毎回Leoを捕手にするわけにはいかないし。それ以前に俺とアイツは試合中でも喧嘩するから公式戦でのバッテリーはタブーだったんです」
「それで?」
「どうするかって言ってた時に左手を怪我して。右で投げる練習しました。球種は増やさずにコントロールを重視して、捕手がリードしやすくはしてます」
所々敬語じゃなくなっていると言えば玖城は溜息をついた。
「その辺はご愛嬌でお願いします。ちょっと面倒になっただけですから」
「その割にはずっと敬語だったじゃん」
「まぁ…俺は後輩ですから。それに、そこまで喋る方じゃないし」
玖城は立ち上がって体を伸ばす。
髪が玖城の瞳を隠した。
「…喋らないなら、目ぐらい合わせろよ」
「目は口ほどにものを言うって言うじゃないですか」
「お前は目も口も何も言わない」
玖城は空を見上げて、その後ろ姿を見つめる。
「何も言うことがないからですかね」
「意味わかんない」
「成宮さん」
なんだよ、と言葉を返せば玖城は振りかえって頭を下げた。
「ご迷惑おかけしました」
「は?」
「それから、試合の時。信頼してくれたかはわかりませんけど…最後までマウンドにたたせてくれてありがとうございました」
それだけ言って玖城は歩いて行く。
「信頼なんかしてないっ!!」
彼を追い抜いて小走りで寮に向かいながら彼に向けて叫んだ言葉は本音なのか、俺には少しわからなくなった。
「…なら、もっと努力します。それじゃあ、おやすみなさい」
やっぱりアイツは気に入らない、気がする。
背中にかけられた彼の言葉に俺は眉を寄せた。
「あーもうっさっさと寝よっ!!」
そう呟いて足早に寮に向かう。
けどなぜか寮に入って足が止まって。
ゆっくりと振り返れば追い抜いた玖城は俺が追い抜いたところに立っていた。
グラウンドの方を向いて俯いていて。
彼の肩は微かに震えて見えた。
「…なんだよ、それ」
握りしめられた彼の手。
震える肩。
今日はよく喋ると思った。
空を見上げていたのも、目を閉じていたのも全部。
泣くのを我慢していた。
「やっぱりお前の目は何も語らない。目を見たって会話したって…俺にはお前がわからない」
彼に背を向けて自室に歩いて行った。
「後悔してないって言ったじゃん」
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