「おはようございます」
「玖城…」
椅子に座っていた玖城がいつも通りパソコンを見ながらそう俺に言った。
「目、覚めたんだ」
「はい。ご迷惑おかけしました」
玖城はそう言ってカタカタと音をさせてキーボードを叩いていく。
「あれ…鳴は?」
「自室じゃないですか?」
昨日。
カルロスが帰った後も鳴は帰らなくて。
ずっと玖城の傍にいた。
「……お前のこと、心配してた」
「成宮さんがですか?」
「そう。ずっと、この部屋でお前のこと見てた」
俺の言葉に玖城はキーボードを叩いていた手を止めた。
「…何かの間違いですよ」
「一応、声…かけてあげれば?」
「その必要はないと思います」
玖城はそう言ってどこか困ったように眉を寄せていた。
「あ、俺監督の所、行ってきます」
「…俺のこと気にせず行けばよかったのに」
「散々迷惑をかけて突然いなくなるのはやめろって昨日…いや、今朝怒られたばかりなので」
誰に?って聞く前に玖城は部屋を出て行った。
「…なんか、変…?」
▽
朝に会った玖城は何事もなかったかのような顔をしていた。
泣いていたはずなのに。
樹と話している姿はいつもと全く変わらなかった。
「あれ、玖城は?」
白河が周りを見渡す。
俺もつられて周りを見て、姿が見つけられなかった。
「樹ー、玖城は?」
「一緒に来ましたよ?部活は抜糸して監督から許可でるまで俺達と一緒には参加しないって言ってましたよ?」
「いないんだけど」
樹も周りを見渡して首を傾げた。
「あれ、どうしていないんですかね」
「さぁ?」
白河は少し考えてから少し探してくるとグラウンドから出ていく。
「ちょ、白河!!」
「別に鳴は来なくてもいい」
「行くからっ!!」
俺も白河を追いかけていけば、何だ来るんだと彼が呟く。
「別に。勝手にいなくなるなって言ったのに…またいなくなって」
昨日…いや今朝?怒ったはずなのに。
どうして、アイツはまたいなくなるんだろう。
「あーもう、なんなんだろう。アイツ」
「鳴?」
「…ホント、ムカつく…」
探していれば室内練習場の前で白河が足を止めた。
「白河?」
「……いた」
視線を練習場の中に向ければ玖城の姿があった。
「何して…アイツ…」
左手だけ筋トレしながらアイツは何かの紙を見ている。
「…玖城…なんで、アイツ…」
「まだ目覚ましてすぐでしょ?なんで練習なんかしてるわけ!?」
「なんでキレてんの、鳴」
だって…と鳴は目を伏せた。
「やっぱり、心配…してるんだ?」
「別、に…」
練習をしていた玖城が視線をあげて、こちらを見た。
「あ…成宮さんと白河さん…?どうしたんですか?」
「なに、してんの…お前」
「え?あぁ…怪我してるからって休んでたらって体鈍るかなって…」
そう言って手に持っていた紙をベンチに置いた。
「それでもお前は目覚ましてすぐでしょ!!?何してんのお前。馬鹿なの!?やっぱり馬鹿なんでしょ!!」
「ちょ、成宮さん!?なんでそんなに怒って…」
「あーもうっお前やだ。何なの!?」
え、と言葉を漏らして玖城は後ろに下がる。
「あ…えっと、すみません」
「俺レオナルドに同情するよ!!」
「えー…なんでLeoの味方してんすか」
玖城は嫌そうに眉を寄せる。
「…珍しいな、玖城がそうやって気持ちを表に出すの」
「Leoの味方とか、ありえないです」
舌打ちをした玖城は気だるげに髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
「えっとすみません。Leoのことは置いておいて…」
「あ、うん…」
「何しに来たんですか?」
玖城の問いかけにだから心配して、と言って咄嗟に口を塞いだ。
「…本当に心配してたんですか?」
「ち、ちがっ!!」
俺の顔が熱くなっていく。
「違うからな!!い、今のは…」
「…必死すぎて笑える」
「白河っ」
冗談だと思ってたんですけど、と玖城は呟く。
「起きたとき、成宮さんがいたのってやっぱり…」
「黙れ!!玖城!!マジで黙って!!」
俺は両手で彼の口を塞いで真っ赤に染まっているであろう顔を伏せる。
「あーもう、あり得ないんだけど」
「んー、んん」
「離してあげろよ」
白河はそう言って俺の手を掴んだから渋々手を離す。
「ふんっ」
顔を背ければ玖城は困ったように笑っていた。
「…えっと、ありがとう…ございます」
「黙れってば、玖城!!馬鹿!!」
「馬鹿は余計ですよ」
そう言ってベンチに置いた紙を手に取った。
「2人はまだ練習あるんですよね?」
「あ、うん…」
「じゃあ、頑張ってください。俺もまだやらないといけないことあるので」
玖城はそう言って、紙に視線を落とした。
「白河帰るよ!!」
「あぁ、うん。無理、しないように」
「はい」
白河は後ろでクスクスと笑う。
「あーもう、うるさいっ!!」
「素直じゃないよね、お前は」
「うるさいってば!!もう、白河の馬鹿!!」
白河に怒鳴った俺を見て樹が首を傾げる。
「どうしたんですか、鳴さん」
「べっつにー」
「颯音いましたか?」
いたけど!!と言えば樹はなんで怒ってるんですかと首を傾げた。
「なんでもないし、怒ってない!!」
「え、ちょ鳴さん!?なんで俺にキレてるんですか!!?」
「キレてないってば!!樹の馬鹿!!」
八つ当たりするなよ、と白河がボソッと呟いた。
「白河―っ!!」
「あー、うるさいうるさい」
練習に戻っていく白河に俺はあぁもうっと叫んで練習に戻る。
「雅さんボール受けて!!」
「…お前、何怒ってんだ?」
「怒ってないんだってば!!」
雅さんは溜息をついて、仕方ねェとブルペンに歩いて行く。
「雅さん大好き!!玖城は嫌いだ!!」
「はいはい」
▽
練習メニューを終えてベンチに紙を置いてベンチに横になる。
「あー…」
本当に心配してるとは思っていなくて。
少し、焦った。
「いきなりあぁいうの…やめてほしい」
溜息をついて腕で目を隠す。
心配されるのはあまり得意じゃない。
前も心配されてばかりだったけれど、やっぱり得意じゃないことには変わりない。
Leoには怒られたばかりだし、きっと今日の夜ぐらいに説教の電話がかかってくる。
右腕に巻かれた包帯をぼんやりと見つめて、自分は変わらないなと笑う。
「颯音ー」
「多田野?」
「やっぱり大人しくはしてなかった。もう終わった?風呂行かない?」
入口から顔を出した多田野が笑う。
「ん、行く」
体を起こして多田野の横に歩いて行って。
その後ろにいた成宮さんが凄い勢いで顔を逸らした。
それを見て白河さんが笑って。
俺も気まずくて顔を背けた。
「颯音?どうかした?」
「何でもない」
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