第3試合。
俺は抜糸を済ませたが試合に出ることは許されずベンチでぼんやりと試合を眺めていた。

途中で成宮さんは交代させられて、不機嫌そうにベンチに座る。

「ありえない、なんで交代なわけ!!?」
「まだ試合が続くからじゃないですか」
「わかってるけど!!」

むすっとした成宮さんはわーわーと文句を言って。

「颯音は出たいって文句言わないの?」
「え、俺がそんなことするイメージ?」
「いや、うん。しなさそうだけど」

多田野はそれでも出たくないわけじゃないでしょと首を傾げた。

「出たいけどね。あの説教はもう御免なんだよ」

説教?と成宮さんが首を傾げた。

「2時間も電話越しにされたんですよ。まぁ、今回は短くてよかったです」

多田野は顔を引き攣らせていて、俺は溜息をついた。


結局試合は稲実の勝利で終わった。

成宮さんに沢山の声援が向けられる中、ムスッとした彼にキャプテンが呆れたように溜息を着いた。

「おい!まだスネてんのか。どこまで小せぇ奴なんだ、テメェはよ!!」
「最後まで投げてればノーヒットノーランだったのに!!また勝手に代えられた!!」

監督にそう突っ掛かる成宮さんを監督は無視して。

「別にいーだろ点差もあったんだしよ!!監督だってお前の疲労を考えてだな…」
「疲れてないし!!完封できたし!!」

あ〜ムカつく!!と成宮さんはご立腹だった。

「お前いいかげんシメるぞ…」

キャプテンも我慢の限界だったのか声に怒気が含まれていた。

「甲子園まであと3つ…負けちまったらそこで終わりなんだぜ、鳴!!これからの死闘のために力はできるだけ蓄えておけ」
「わかってるよ…」

キャプテンって成宮さんの扱い本当に上手だよね。
なんて思っていれば偵察部隊が慌てた様子で帰ってきた。

「か…監督…」
「どーした?顔色変えて…」
「府中の試合どーだった?」

肩で息をする彼らに全員の視線が向けられていた。

「……市大が…市大三高が薬師に敗れました…」

その言葉に空気が張りつめた。
市大三高って確か…春の選抜ベスト8のチームだったっけ。
一応チェックはしてたけど、負けたならどうでもいいか。

ダークホースはいつだっている。
これだから面白いんだ、野球ってものは。





夜。
1人食堂で今日の試合の映像を見ながらノートにまとめている玖城がいた。

「またそんなことしてんの?」
「……成宮さん?」

玖城の前に椅子に座った俺は乱暴に彼のノートを掻っ攫って。
目を丸くしてこちらを見たがすぐに視線を逸らす。

「自分のチームのデータなんて何に使うわけ?」
「……なんで、知ってるんですか?」
「前に携帯持ってきたときに見た」

一番最初じゃないですかと玖城は言って溜息を零す。
誰にも見つかってないと思ったんだけど、と小さく呟いた。

「なんでこんなの書いてるの?」
「…ただの習慣です」
「自分のチームのデータをまとめるのが?それ、おかしくない?」

頬杖をついて顔を背けていた玖城の肩が揺れた。

「何が言いたいんですか?」

俺はノートを捲りながら口を開く。

「お前、おかしいよ」
「…何が、ですか?」
「ラフプレーの傷とかスイッチピッチャーとか疲れない体とか自分のチームをまとめてるのとか、全部。お前、変」

玖城は頬杖をつくのをやめて椅子の背もたれに背を預けて溜息をついた。
顔を伏せて、髪で表情が読み取れない。

「カルロスから聞いた。信頼のないチームにいたって。だからお前は力だけ信頼とか意味わかんないこと言うんでしょ?」
「…意味、わからないことですか…?」

彼の吐き出した声は、酷く冷たかった。
いつもより低く、どこか怒気の含まれた声。
視線は交わってないけど、あの時を思い出した。
俺が彼の鍵付きの本を返さなかったとき。
背筋が凍る感じがして、体が動かなくて、ノートが俺の手から滑り落ちた。

「あぁ、そうですよね…アンタにはきっと、わかりはしない」

玖城は自嘲するように笑って、前髪をグシャッと握りしめた。

「今日同じユニフォームを着ていた味方が明日敵になって」
「玖城…?」
「敵になった元味方の人に傷つけられて、挙句の果てには味方同士でも傷つけ合う…そんな、そんな…ぶっ壊れた場所にいた俺の気持ちなんて。その時に感じる恐怖や形容しがたい感覚なんて…アンタにわかるはずがない」

前髪を握りしめていた彼の手が力なく体の横に垂れ下がって。
口元はやっぱり笑っていて。
でも、肩は微かに震えていた。

「信頼できる仲間に囲まれて。レギュラーに選ばれなくても悔しさを噛みしめながら背中を押してくれる仲間に囲まれている貴方に…何が、分かるんですか…」
「え、あ…いや…」
「俺らだったら、本当に背中押されてますよ」

玖城は顔を上げて視線が絡み合う。
何も映していない瞳が細められて、彼の口は弧を描く。

「夜の階段で後ろから」

両手で突き落とすモーションを真似して彼は笑った。

「なんて…冗談ですけどね」

絶対冗談なんかじゃない。
さっきの目が嘘を吐いているとは思えない。

「自分のチームのデータをまとめる習慣がおかしい、でしたっけ?」
「え?あ、うん…」
「敵になるってわかってるならデータは多い方が良い」

そう、思いませんか?って玖城は言った。

「…確かに、そうだけど…それって凄く悲しくない?」
「悲しかったから……だから、俺は…チームを求めた」
「は?」

玖城は地面に落ちていたノートを拾って、それの表紙を見ながら口を開く。

「信頼関係のあるチームを。けど、仲良しこよしじゃなくて、ちゃんと勝てるチーム」
「…それが、お前のいたチーム?今もお前が連絡を取り続けてる奴ら?」
「はい。アイツらが…俺が初めて信頼関係を築いたチームメイトです」

レオナルドも?って聞けば玖城は優しい顔して頷いた。

「最初は確かに力だけの信頼だったけど。俺が一番信頼してるのがLeonardoですよ」

まぁ、こんなこと本人には間違っても言いませんけどって玖城は眉を寄せた。

「…ツンデレ?」
「違いますけど」
「仲悪いんじゃなかったの?」

仲悪いですし、お互い嫌い合ってますよって玖城は言った。

「それでも俺はアイツを信頼してます。アイツは俺を裏切らないから」

酷く優しい声色。
甘ったるいそんな声だった。

玖城は片づけをして食堂を出て行った。

「あーもう、やっぱりアイツ意味わかんない」

けど、多分。
玖城は俺が考えているよりもいろんなものを抱えてる。
けどそこに踏み込ませないようにアイツは上手に逃げる。

「俺も部屋に戻ろ」

なんで声かけちゃったんだろ、俺。
アイツのこと知れたのはよかったかもしれないけど、なんか聞かない方がよかった気がする。

ガタンと音をたてて立ち上がって、気づく。

「あれ?」

床に落ちた四角い紙切れ。
さっきのノートに挟まっていたのかもしれない。
その紙切れには去年の日付が描かれていて、裏返せば優勝記念の写真のようだった。
前に見た写真とメンバーは変わっていないようで、少しだけ大人になった。

その中には今とほとんど変わらない玖城が見たこともない笑顔で写っていて。
メジャーで使っているようなユニフォーム。

「あ、れ…」

玖城のユニフォームには紛れもなく1と言う数字が描かれていた。

「エース…だったの?アイツ…」

Joker's。
そう大きく書かれたユニフォームに1という数字。

アイツが踏み込ませない過去に一歩近づいた気がした。



戻る