練習復帰の許可を貰ってやっと通常の練習に参加させて貰えるようになった。
なんだかんだ言ってフラストレーションが溜まっていたからボールを打つとスッキリする。

「ライト」

後ろから突然聞こえた声。
降っている途中だったバットの当てる部分を少しずらして振り抜けばボールはライトへ跳んでいく。

「神谷さん、いきなりなんですか…?」
「いや、なんか楽しそうだったから。本当にライトに打つとは思わなかったぜ」
「…全部コントロールできるの?」

神谷さんの隣にいた白河さんがそう問いかける。

「ピッチングマシーンのボールならある程度は。人が投げたらボールにムラがあって厳しいところはありますね」
「…やってみて」
「え、あぁ…いいですけど」

指示は神谷さんが出すと言って、楽しそうに笑った。

「なんか賭けるか?」
「賭けは嫌いなので遠慮します」

バッドを構えて、小さく息を吐いた。

「センター」

バッドに当たったボールはセンターに飛んでいく。

「1、2塁間」
「レフト」
「2、3塁間」

今更だけど。
ここはバッティング練習のスペースだから塁は置いてない。
目測で打ってたけど、いいのか?

なんて、考えながら打っていれば何球目かわからないボールが発射される寸前。
神谷さんじゃない声が指示を出した。

「ピッチャーに直撃」

咄嗟にそれの通りにバットを振ってしまって、俺は振り返る。

「…成宮さん…」
「今の、本当にピッチャーに直撃するよね」

成宮さんはにやにやと笑う。

「あー、痛そう。怪我しちゃうよね」
「鳴?」

神谷さんと白河さんが不思議そうに成宮さんを見た。

「成宮さん…」
「怒んないでよ、冗談だよ。ジョーダン」

成宮さんには色々話しすぎた。
満足気に笑う成宮さんから視線を逸らして、バットを構えた。

今まで前に飛ばしていたボールをわざとファールにして。
彼の目の前に飛んでいったボールはフェンスに当たり落ちる。

「ちょ、玖城!?お前今の狙って…」
「俺が嫌がるとわかっていて、言ってるんですよね」
「もしそうだったら?」

俺は溜息をついて、メットを深く被った。

「いえ、別に」

飛んでくるボールをただ延々と打っていく。
折角気持ちよく打ってたって言うのに、成宮さんは何がしたかったんだ。





「おい、鳴。お前また玖城のこと怒らせてんじゃねぇか」
「べっつにー」
「……本当にめんどくさい」

2人の言葉を適当に聞き流しながら玖城の背中を見つめる。
アイツはラフプレーが酷いところにいた。
それに疑問を持って、嫌気がさしてチームを作ったって言ってた。
けど、アイツはラフプレーをしたことはなかったのかなって気になった。
疑問を持つまでに、アイツは…人を傷つけたのか。

「ねぇ、玖城」

玖城はこちらを見ない。

「お前は人に怪我させたこと…」

やっぱり、こちらは見ない。
けど確実に聞こえてる。

「あるの?」

アイツが打ったボールが弧を描いて飛んで行った。
マシーンが止まる。

「ありますよ」

玖城はそう答えてバットを下した。

「………ないと、思いましたか?」

玖城ならそう答えてもおかしくないって思ってた。
けど、あるんだ…。
正直、素直に答えるとは思ってなかった。

玖城が自分の環境に疑問を感じたきっかけって何だったんだろう?
怪我させたことがあるってことは最初から疑問を持ってたわけじゃないのか?
いや、けどなぁ…

「玖城、ブルペン入れ」

雅さんの声が聞こえて、玖城ははいと返事をした。

「それじゃあ失礼します」

…やっぱり、Joker'sについて調べないとアイツについてわからなそうだな。
あの写真はまだ返してなくて、俺の引き出しの中に入ってる。

「…鳴、なんか変なこと企んでるだろ?」
「べっつにー。何でもないよー」
「…嘘つくの下手」

白河が呆れたように溜息をつく。

「まぁ坊やだからな」
「坊やって何!?バカにしてるよね!?」
「いや、してねぇよ」

あ、そうだ。
玖城ブルペンって言ってたし。

「玖城の投球見に行こう」
「はぁ?まぁ…いいけど」
「…いいのかよ」

乗り気なカルロスと嫌そうな顔をしながらも行く気らしい白河。

「この間はちゃんと見れてないからねっ」





「どうした?」
「いえ…」

一瞬寒気がした。
何か嫌な予感がしなくもない。

「あれ、多田野が捕るの?」
「まぁ一応控え捕手だし」

向かい側に座る多田野。
ずっと隠れてやってたから初めてだな、人前で練習するの。

「どっちで投げる?」
「どっちでもいいけど。右の方が良いんじゃない?感覚戻さないとでしょ?」

まぁ、確かに。
多田野からボールを受け取って、右手でぎゅっと握りしめる。

「指示は任せるよ」
「あ、うん。じゃあ、ストレートから」

構えられたところにボールを投げ込んで俺は首を傾げる。

「どう?」
「いつもより感覚ズレてる」
「まぁ怪我明けすぐだもんな」

返球されたボールをキャッチして。
怪我した後はやっぱりめんどうだなぁなんて思いながら多田野のミットを見つめる。

「あれ、右で投げてんの?」
「…また邪魔しに来たんですか」
「別に、見に来ただけ」

まぁ、いいや。
何度か投げ込んでいればなんとなく感覚が戻ってくる。

「段々球のってきたね」
「ん。感覚戻ってきた」
「じゃあさ、9分割…でいい?」

目がキラキラしてる多田野に俺は笑ってしまう。
ちゃんと捕手なんだなぁと思ってしまう。

「ちょ、何だよ」
「いいよ。9分割で」
「本当に!?」

そんなに嬉しそうな顔をされるとすごく困る。

「いいよ。ほら、さっさと構えろ」
「うん!!」

その後何球か投げて一度休憩を入れる。

「なんか、いいバッテリーだな。お前ら」

神谷さんがそう言って俺の頭をガシガシと撫でる。

「それはどうも」
「なぁ、颯音!!」
「なに?」

多田野に呼ばれてそちらに行けばスライダーがとかカーブがと語り始める。

「あぁ、もう。喋るより投げた方がわかるだろ」
「あ、うん。けど、怪我治ったばっかりだし」
「いいよ、別に。ほら、構えろ」

多田野はやっぱり嬉しそうに笑った。

「まぁ…悪くはないか」
「何?」
「何でもない」



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