準決勝のスタメンが発表されて、俺はまたスタメンから外された。

怪我ももう平気だから試合出てもいいんだけど。
まぁ、監督の命令なら従わざるを得ない。

対戦校の桜沢の映像を見ながらの話し合いを聞き流しながら椅子の上に膝を抱えて座って左手に持ったペンをクルクルと回す。

桜沢の投手、長緒アキラ。
偵察部隊と共に見た試合を思い出して、ペンを止める。

「…颯音、話聞いてる?」

隣に座っていた多田野が小さな声で俺にそう尋ねた。

「微妙」
「……ダメじゃん」

ちゃんと聞きなよ、と多田野が言って。
俺は仕方なしに視線を映像に向ける。


「興味ないって顔してる」
「別になくはないよ」
「その割に話聞いてないじゃん」

まぁ、そうなんだけど。
ペンをクルクルとまた回して。

「ねぇ、颯音も投げられる?」
「え、あれを?」
「うん」

無理無理、と言えば多田野は不思議そうに首を傾げた。

「原理はわかってるし、少しなら投げられないこともないかもしれないけど」
「けど?」
「あれほど投手の感情と結びついた球種はないよ。一瞬でも心が乱れたなら、おしまい」

それはここまで投げ続けたあの人は本当にすごいと思うって言えば多田野は驚いた顔をして俺を見た。

「…なに?」
「いや、そんなこと言うとは思ってなかった…」
「本当のことを言っただけだよ」

出来ることなら別の形で出会いたかった。
敵だと話も聞けそうにないし…

「…ねぇ、対戦校の人と話とかって出来るの?」
「え、無理じゃない?」
「……だよなぁ…」

話し合いが終わってぞろぞろとみんな部屋から出ていく。
止まった映像の中、彼が映っていて。

「…帰らないのか?」
「帰りますよ」

白河さんの言葉にガタッと音をたてて立ち上がる。
机の上に置いていたノートを持って、白河さんの後を追いかけて部屋から出る。

「また、試合出られないんだね」
「みたいです。もう元気なんすけどね」
「…まぁ、次の試合、嫌でも出番が増えるからじゃない?」

だといいんですけどね、と言えば準備だけは怠らないようにと言われた。

「わかってます」
「なら、いいけど」





試合当日。
青道-仙泉戦の後に俺達の試合があるからとキャプテンたちは試合を見に行くと言っていた。

「玖城」
「はい?」

キャプテンが俺を手招いて。

「なんですか?」
「お前も来い」
「え、試合見にですか?」

頷いたキャプテンの横、成宮さんは不服そうだった。

「なんでそいつ呼ぶわけ?」
「でたツンデレ」

3年の確か吉沢さんが笑いながら言えば成宮さんは顔を紅くして彼に突っ掛かっていて。

「次の対戦校だ。見ておいて損はねぇ」
「…わかりました」
「決勝ではお前の打撃力は確実に必要になる。投手陣研究しとけ」

わかりました、と言葉を返して、吉沢さんに突っ掛かる成宮さんに視線を向ける。

「……嫌いな奴がいて邪魔だと思いますけど。気にしないでいてくれれば助かります」

そう一言告げれば成宮さんはぴたっと動きを止めた。
キャプテンはやれやれと首を横に振る。

「俺なにか変なこと言いました?」
「いや、お前は悪くない。行くぞ」

試合の流れは仙泉だろう。
1-0で青道は5回まで無得点。

あの仙泉の長身の投手。
ステップ幅が小さくて重心が高い。
ただでさえ高い身長であのフォームはリリースポイントが高くなるから多分凄い打ちにくい。
自分の武器を理解して最大限使いこなしてる。

「1点差か…苦戦してるな」
「仙泉は地味だけど堅実な野球をしてくるからな。それにあの真木って投手…アレだけの角度があると打ちづれぇだろ」
「デカいだけじゃん」

不機嫌そうに成宮さんが言った。

「それより丹波さんもう変えた方がよくない?変化球でかわしてはいるけど…ストレート浮きまくってんじゃん」

あんまり引っ張ってると取り返しのつかないことになっちゃうよ、と成宮さんが言った。

まぁ、確かに。
けど、エースはそんな簡単に崩れはしないだろ。

「ほらぁ!今のも危ない危ない…一也もリード大変だな…」
「鳴。前にも言ったがお前は丹波のことを甘く見過ぎだ。以前とは違い弱気な態度を表に出すこともない。あの死球を経てアイツは一回り大きくなって戻ってきたぞ」

ミットにいい音をさせて収まったボール。
吠えたエースに会場が沸いた。

「気持ちだけじゃ限界あるって…」

成宮さんは小さくそう呟いた。

「ジュース買ってこ!」

そう言って椅子から立ち上がって出ていく成宮さん。

「あ、逃げた」

そんな言葉も聞かずに姿は見えなくなる。

「…どう思う?玖城」
「何がですか」
「丹波だ」

俺は視線をグラウンドに向けたまま、そうですねと口を開く。

「成宮さんが言っていることもわかりますけど、いい投手だと思いますよ」
「そうか」
「戦列を外れるという経験は人を強くさせます。チームを外から見ることと自分の無力さを痛感させられることはそう簡単に味わえる経験ではありませんから」

経験者は語る、だなとキャプテンが言った。


6回の表、試合が動いた。

小柄な人がカーブを捕えた。
その次のうるさい人はレフトライナーだったがその次の4番が打って1アウト1、3塁。
仙泉内野陣は前進守備。

打席の人がカーブを打って、サード方向に転がるボール。
ボールがバットに当たった瞬間に飛び出した3塁走者。

ホームに返ってくる小柄な人は迷わず突っ込んできて。
耳に届いたセーフの声。

「……今の…」
「どうした、玖城?」

俺は立ちあがって次の打者とハイタッチをして戻っていくその人を見て俺は眉を寄せた。

次の打者は歩かせ、その次の打者で三振。
徹底的に背番号2の選手に打たせないでいる。

『8番丹波君に代わりまして代打小湊春市君』

聞こえてきた放送。

「丹波さん、下げましたね。このタイミングで代打…」

2アウト満塁。
打席に立ったのは代打。

さっき突っ込んだ人と同じく小柄な体格。

ストライク、ボール。そしてファールとカウントが埋まる。
チームの雰囲気的に追い込まれているという空気には見えない。
それだけ彼が信頼されている。

代打の少年にはストレートしか投げていない。
ここで三振を狙ってカーブを投げるか、後ろを信じてストレートで打たせてアウトを取るか。

投手が投げたのはカーブで。
代打の少年のボールは前進守備をしていたレフトをギリギリで越えて、地面に落ちる。
打った瞬間にスタートを切っていた走者たちがホームに戻ってくる。

「俺だったら、カーブは投げさせませんでした」
「俺もだ」

キャプテンは腕を組んでそう言った。

「欲が出たな」
「そうですね」

あの代打の少年、俺と同じ1年か…

「いいですね、青道」
「玖城?」

こちらを先輩達が見ていたが気にせず口元を緩める。

「面白い」

俺は一言そう呟いた。
戻ってきた成宮さんがそれを聞いて顔をしかめていたのは知る由もないけれど。



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